超歌舞伎「花街詞合鏡」を観たよ、いろんなこと目撃したよ 【超会議】

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国立劇場の元演出室長で音楽プロデューサーの木戸敏郎氏は、以前、ダイヤモンオンラインにおいてクオン株式会社の武田隆社長と、“日本の伝統芸能とインターネット融合”をテーマに対談をされている。その中で木戸氏は、「ポイエティック」という方法論について言及し、次のように語られている。

 
−−−古典と言われる芸能の中には、「伝統」と「形骸」が一緒になって入っています。そこから形骸を壊し、伝統だけを抜き取る。それを何か別のパラダイムに入れてみて、新しいものを創り出そうというわけです。−−−

 
まさに「ポイエティック」。2年目となる超歌舞伎を観ながら、何度もその木戸先生のその言葉を思い出していた。

昨年の超歌舞伎での“分身の術”が話題となったNTTのイマーシブテレプレゼンス技術「Kirari!」など最新テクノロジーと伝統芸能が見事に融合した舞台。

 
今年の超歌舞伎「花街詞合鏡」(くるわことばあわせかがみ)は、昨年のそれのように「凄かった」「素晴らしかった」の一言で片付けるわけにはいかない。初音ミク、テクノロジー、伝統芸能の融合と言う以上の何かがあの舞台には昇華していたように思う。1時間の舞台を反芻しながら、気にとめたことを書いてみたい。

最初に感動したのが、大向こうのかけ声。「萬屋!」「初音屋!」と、このかけ声のタイミングがいい。1年前のたどたどしさがウソのようにサマになっている。歌舞伎座でかかるそれと比べても遜色ないほどだ。この1年、一体何があったのだ、おまいらw あと、どうでもいいけど、中村獅童とミクさんが並んだときに「ご両人!」と大向こうの声が飛ぶけど、ミク廃のみなさん的にはそこは「阻止!」じゃね?

八重垣紋三(中村 獅童)と傾城初音太夫(初音 ミク)

物語の舞台はタイトルにあるように、花街・吉原。重音テトが歌う楽曲「吉原ラメント」の世界観を元にしつつも、歌舞伎の世界ではおなじみの背景だ。歌舞伎ファンならずとも、助六、揚巻(あげまき)の「助六所縁江戸桜」(すけろくゆかりのえどざくら)がどうしても頭をよぎる。と、期待通り「助六」と同様に、(発端が頭にあったものの)幕開けに口上、そして花魁道中と続く。初音ミク演じる初音太夫は吉原一の花魁という設定だが、これは「助六」における揚巻も同じ。そして、この花魁をめぐって2人の侍が争うという筋書きも同じだ。つまり、これがポイエティックなのでは? 「助六」を初音ミクとテクノロジーというパラダイムに入れてみて新しい何かを創造しようとした、そんな試みなのでは、と感じた。

だから、初音太夫の「初音でござんすぅ」の台詞には鳥肌が立った。揚巻の名台詞「慮外ながら揚巻でござんす」に重なったからだ。昨年の超歌舞伎は楽曲「千本桜」のスピンオフ的な展開であったのに対し、今年のそれは真っ向から歌舞伎、歌舞伎の世界そのものなのだ。松竹はじめ、歌舞伎役者さんたちの覚醒された本気度を感じ、再度身ぶるいした。

重音テト扮する仲居の重音が登場したとき、その着物の柄が向日葵だったのにもハッとさせられた。よく見ると紫陽花の簪を差している。「吉原ラメント」の動画を見ればわかることだけど、亜沙さん、小山乃舞世さんのこだわりを見た思いがした。同時に、「吉原ラメント」を歌うのはテトさんでなければならなかったのだ、とそう確信した。

中央:仲居の重音(重音テト)

着物と言えば、初音太夫の俎板帯に大きな蝶があしらわれていたのだけど、あれはどういう意味だったのだろう? 「契情倭荘子」(けいせいやまとぞうし)の「蝶の道行」に出てくる蝶=人ならざるもの、としてなのだろうか。あるいは、蝶の儚さに「向こう側」の存在である初音ミクを重ねたのだろうか? と、そんな想像で遊びたくなる。

「電話屋」ことNTTが舞台上で見せてくれたテクノロジーについても、いくらでも語れそうだ。大詰での、透過スクリーンを使ったリアルタイム特撮は楽しいの一言に尽きる。また、日舞を舞うミクさんの手の繊細な動きに心揺さぶられた。が、それ以上に息を呑んだのは、花魁道中での初音太夫の足元、足の運びの美しさだった。

そして、圧巻は何と言っても、歌舞伎役者、中村獅童と澤村國矢の2人であったことは誰もが認めるところだろう。ミクさんときれいに同期した掛け合い、様式美とスペクタクルが合わさった歌舞伎独特の荒事、5000人の観客を総立ちにさせたパフォーマンス。どれをとっても素晴らしいとしか言いようのないものであった。終演後、きっと誰もが思ったであろう。「獅童さん、来年もお願いします!」と。

中村獅童(左)と澤村 國矢

「伝統」と「伝承」はまったく異なる、とは、先の木戸先生の言だ。伝統は、進化しながら生き続ける。その過激なまでの進化を今、僕たちは目撃している。

「助六所縁江戸桜」では、敵役である意休という侍に揚巻が悪態をつくという名場面がある。ここは本当にカッコいい場面なのだが、それはこんなセリフで始まる。

「慮外ながら揚巻でござんす。男をたてる助六が深間(ふかま)、鬼の女房には鬼神とか。さあ、これからは揚巻の悪態の初音(はつね)」揚巻による初音

 
ほら、やっぱり初音さんじゃなきゃダメだったんだよw

 
(特別寄稿 TEXT by 福岡 俊弘

著者プロフィール:編集者/デジタルハリウッド大学教授。元『週刊アスキー』編集長。過去には、小説『千本桜』の企画・メディアミックスの展開をプロデュース の企画や、初音ミクのコンサート『夏祭初音鑑』のプロデュースなどを行なった。初音ミクを主人公とする浄瑠璃を書くのが人生の野望。現在、J-CASTで「消失する日本の往来ーー『消滅可能性都市』の現在」を連載中。

 
 
*ニコニコ超会議2017の取材まとめはこちら

 
 
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