*本寄稿はnoteよりの転載となります
本稿はVTuberを題材に、そのビジネスや経営戦略を考える上で重要と思われる情報整理と同時に、展望についても考えてみる月1連載形式のnoteである。#1から#3までで、VTuberの概念から基本的なビジネスモデル、今後の展望や課題について整理を行ってきた。
#4では本連載の総括として、ライブプラットフォーム『SPWN』やXRライブ制作事業等を行うバルス株式会社の伊藤執行役員にお話をうかがった(※本連載はPANORAにて転載を頂いております)。
- #1『前提認識の共有』(note、PANORA)
- #2『VTuber市場の概観(事業構造、市場規模)』(note、PANORA)
- #3『主なプレイヤーとその戦略方向性の整理、VTuberビジネスの展望仮説』(note、PANORA)
- #4『業界関係者インタビュー』⇦ 今回
バルス社について
本日はよろしくお願いいたします。先ずは、伊藤様およびバルス社について教えていただけますか。
※以下、敬称略
- 伊藤)バルスで執行役員をしています、伊藤です。昨年まではXRライブのプロデューサー業務等をしたのち、今年からは事業戦略室として全社・事業戦略の策定を担当しています。
- 伊藤)現在、弊社では『SPWN』事業、XRライブ事業、コンテンツ事業の3事業を主に展開しています。
- 伊藤)『SPWN』は多くのVTuberさんにも活用いただいているライブプラットフォームです。XRライブ事業は、弊社としてモーションキャプチャースタジオを保有し、企画・演出から制作まで一貫して行っています。『SPWN』とあわせ、ライブの企画からファンへの様々なサービス提供までをバルスがワンストップで担うことが可能になっています。
- 伊藤)コンテンツ事業は、直近では株式会社ABCアニメーション様と『マーダーミステリー・オブ・ザ・デッド』というアニメを製作しました。今後の中長期戦略の中で、バルスとして継続的に自社IPを生み出していくために、VTuberという枠にとらわれない業態進化を考えています。

「VTuber」という概念の捉え方
「VTuberという枠」というお話がありましたが、そもそも現時点ではVTuberをどのように捉え、どのような意図でその枠を越えていこうと考えていらっしゃるのでしょうか。
- 伊藤)前提としてCDI Sketch Bookで整理してもらった通り、VTuberを「タレント機能」と「IP機能」を持つ存在として認識しています。一方で、VTuberの「IP機能」はあくまで機能的なもの、すなわち「純粋なIP」とは異なると考えています。

- 伊藤)具体的には時間軸の違いです。例えばマンガの世界では累積発行部数という指標が使われ、『ワンピース』は約25年という時間をかけてトータル5億部を突破しました。対してVTuberは同時接続者数がみられ、端的にはその日その日でどれだけ視聴者を集めることができるのか?が人気のバロメーターとして重要となります。これは配信に限ったことではなく、その時その時でどれだけ注目を集めているかという広義の同時接続者数が求められるというのがVTuberという存在の宿命になっているように思います。
- 伊藤)IPの魅力のひとつとして、ある仮想世界を舞台にして起こるストーリーや事件の他、キャラクターの関係性や世界観の余白に関する考察を楽しむことが挙げられると思います。ではVTuberではどうか?と考えると、VTuber本人の苦悩や努力などといった視聴者から見えない部分はたくさんあるものの、受け取るコンテンツとしてはほとんどが日々の配信・投稿動画であり、純粋なIPの楽しみ方とは性質が異なるように思います。
- 伊藤)つまりその時その時にみる、ということが価値になる。極端にいえば、今日やった配信が5年後もみられるようなコンテンツかときかれると、多くはそうではないという特徴があります。そもそも5年後にもみられるコンテンツとしてはつくられていないということです。
- 伊藤)メタ視点になりますが、VTuberには様々な設定や世界観はあるものの、結果的には「中の人」の人格や、視聴者と完全に一致する時間軸に根差した面白さが要因となっているケースが主流だと思います。
- 伊藤)視聴者と時間軸が完全に一致していることで大きな共感を得られた結果として突如バズる、といった瞬間風速的な人気獲得の可能性があるのはVTuberや配信者の特徴と捉えています。
- 松元)非常に詳しい解説をしながら選挙開票LIVEをやって話題になった旅野そらさんなどは、その好例かもしれません。
- 伊藤)裏を返せば、VTuberが「時間軸を越える魅力をつくる」ということは今後の課題になると思います。実際に視聴者と過ごした時間しかコンテンツにすることができないという課題です。
- 伊藤)例を挙げると、今をときめく星街すいせいさんの武道館 Liveは演出含め非常に素晴らしく、あの感動はデビュー当初から武道館を目指すと明言していた星街すいせいさんと、そのファンである星詠みの皆さんが長い時間を共に過ごしてきたからこそのものだと思います。しかしながら、何年後かにVTuberを見始めた人がこのライブだけをみても同じ感動を得られないようにも思います。これは良い悪いでなく特性として、純粋なIPとは違う側面があるということだと思います。一方、例えば『鬼滅の刃』を初めて読むワクワクは、恐らく10年後も一定同じだと思うんですよね。

- 伊藤)おそらくですがVTuber企業各社さんは「VTuberのIPとしての限界」は感じており、そこを乗り越えていく、あるいは別の戦い方をするために色々と考えているタイミングではないでしょうか。明確な答えはまだなく、業界全体で模索をしているフェーズだと思います。
「VTuberのIPとしての限界」という観点は非常に興味深いです。この枠組みを越える上で、参考にしている事例はありますか。
- 伊藤)VTuberではありませんが、直近では『timelesz project』はとても関心が高く見ていました。『Sexy Zone』からの改名やメンバー脱退を経て、新メンバーを探すオーディション企画なのですが、このドキュメンタリーがNetflixで配信されている等、オーディションという枠組み自体をブランド化しています。アイドル本人達はVTuberと同様に時間軸を越えるということが難しいものの、オーディション番組という切り出し方をすれば越えることができるかもしれないという視点で非常に刺激になりました。
- 伊藤)つまり、彼らはアイドルとして今後の活動の中で変わらず“リアルタイムの人気”を集めていく必要はあるのですが、それに対して、この新メンバー募集オーディションという番組自体やそこで生まれるストーリー・キャラクターは“作品”として独立的に成立しており、ある種現実の時間軸から切り離されて5年後も10年後も見返されるようなIP的コンテンツになる可能性があるということです。

- 伊藤)一方のVTuberのコンテンツは、どうしてもその時その時に消費していく側面があると思います。新衣装や3Dのお披露目は重要なコンテンツですが、やはり文脈の中で同時に盛り上がることに意味があり、5年や10年にわたって何度も鑑賞されるコンテンツかと聞かれるとそうではないように思っています。
- 伊藤)アニメの場合は、IPの背景にある世界観を考える必要があるため、優秀なシナリオライターの存在が重要となります。我々の場合も各方面で活躍されている作家さん達と繋がりを持ち、新規IPを考える上ではこのネットワークを活用します。1話1話だけが面白い、ということではアニメは成立しません。通底する世界観も含めてしっかりと描く必要があります。
- 伊藤)VTuberはデビュー時に世界観を色々と考えはしますが、やはり魅力の源泉は時間軸に沿ったインタラクティブな面白さという点で異なっているのではないでしょうか。
- 伊藤)「VTuberを使ってIPを作る」ことは業界全体をみてもメソドロジーが確立されている訳ではありません。様々なアイディアがあると思いますし、そもそもIPをつくる上で、VTuber自身をIPにする考えもあれば、IPをつくってVTuberの活動と連携させていくという発想もあると思いますが、先ほど話したように恐らく各社が色々な施策を考えているフェーズではないでしょうか。

VTuberライブの展望
「VTuberのIPとしての限界」はお話の通りだなと思いました。他方で、まさにバルスさんが制作するようなVTuberならではのライブ表現はまだ進化していくのだろうなと感じています。
- 伊藤)やはり無限の3D空間を活用した表現の可能性はまだまだあります。また技術進化に伴い、できることも広がるでしょう。ただし、今のところVTuber業界は技術応用的な立ち位置です。どうしてもARグラスといった技術進化がないとできないこともあるため、技術革新を導くという発想よりも、出てきた技術をどのように取り込むか?を考えることが主な動向だと思います。
- 伊藤)またライブも「純粋なIP」というよりも鮮度が重要なコンテンツだと考えています。『クイーン』や『マイケル・ジャクソン』が現在になって映画になるなどIP的な広がりを見せていますが、これもやはり長い時間をかけて世界中に認められたからこそできる展開だと思います。
バーチャル×ライブの領域でも、著名なクリエイターが現れるといったトレンドはあるのでしょうか。VTuberライブの誕生から一定時間が経ち、特有のノウハウを持つクリエイターもいるのではないかと思いました。
- 伊藤)真の意味でバーチャル×ライブにのみ得意な演出家のような人は思ったよりは多くないように思います。VR空間でのライブ表現に強みを持つ新進気鋭のクリエイターは増えてきていますが、VRゴーグル等のハード側の普及が発展途上の現在においては、最終的な表現の場が平面的な画面としての切り出し方になってしまうことも多く、彼ら・彼女らの才能が一般層に広く届く所まではいっていない印象です。とはいえ、そういったクリエイターの感性や表現技法は、これまでのエンタメとは違うメディアを前提としており、これからのエンタメを担う中心になるだろうとは感じています。
- 伊藤)一方で、バーチャル×ライブならではの表現という観点では様々考えています。例えば、私がプロデューサーとして携わった『ANISAMA V神 2024』でも、アニメ主題歌のカバーが披露される際には、そのアニメを彷彿とさせるリアルではなしえない演出を数多く行いました。

- 伊藤)ライブ中には、我々からはなにも発信をしなくてもファンの方々が徐々に気付いて盛り上がったり、後日出演VTuberさんの振り返り配信で「実は…」のような話をしてもらえたことで、ファンが改めてライブを確認するといった流れを生み出せたと思います。このような仕掛けは随所に考えました。ライブの中で象徴的な演出を意図的に作り出すという意味では、バーチャルライブにおける表現の幅は広く、そこが面白さでもあるように思います。
VTuberビジネスの海外展開
今後のVTuberビジネスの展開として、海外展開は重要だと考えています。注目する地域や、日本国外のVTuber企業はありますか。既存のVTuberビジネスを海外展開する他、これまでの議論のように新たな方法での展開を考えるという視点もあると思います。
- 伊藤)先ほど述べたように、VTuberの魅力には現実世界の時間軸と一致したインタラクティブな関係構築があると思います。裏を返せば、地域毎の文化や慣習との紐づきが重要となります。その他にもアニメルックとの相性も論点ですが、総じてVTuberが広がっていく余地はまだあるだろうなという感覚を持っています。
- 伊藤)ただし、こちらもアニメというフォーマットの方が余地は大きいと思っている部分はあります。アニメルックへの受容が今後高まっていくならば、より柔軟に世界観やキャラクター設計が可能なアニメの方が、海外現地にハマるものをつくることもできる可能性は高いのではないでしょうか。
- 伊藤)既存のVTuber事務所型で伸ばそうと工夫をしている事例としては、『Phase-Connect』が挙げられると思います。日本的なアニメルックやKawaiiをフューチャーしながらも、海外らしいコンテンツづくりを頑張っている印象があります。

VTuberビジネスを進めるむずかしさ
CDI Sketch Bookでは、VTuber企業ならではの組織の複雑さ(タレント人材×クリエイター人材×ビジネス人材が入り混じる構造)を取り上げました。実際にタレント人材も含めてリードされている立場から、VTuberビジネス特有のプロジェクトマネジメントの難しさをうかがいたいです。
- 伊藤)CDI Sketch Bookに書いてある通り、クリエイティブやライブ演出への強いこだわりが、予算や締め切りといったビジネス上の都合とぶつかることがあるのは事実です。またビジネス側とタレント側の距離が非常に遠くなってしまうことで、うまく連携が進まなかったということも起こります。

- 伊藤)限られたケースにはなりますが、大きな有料ライブをやる際には、商業として稼がなければならない金額規模が大きくなるため、結果的に目指すゴールの目線合わせが比較的スムーズにできるということもあります。
- 伊藤)反対にYouTubeだけで開催するような無料ライブは、ファン還元やVTuber自身の自己表現の側面が強くなることで、ゴールの目線合わせに時間がかかったということもよく耳にします。
- 伊藤)いずれにせよ、厳密に機能や役職が分かれていて完全に機能分化している状態だと問題が複雑になりすぎると思います。実際にはタレント/クリエイター/ビジネス人材のそれぞれが濃淡を持って、各役割を理解しておくということが重要だと思います。上手くいったと思うプロジェクトを振り返ると、絶妙な割合でそれぞれが役割を担っている、自身の主領域に留まらず役割が染み出している状態になっていたのではないでしょうか。
- 伊藤)マネジメントとしてもこの理想状態をどのようにつくるか?という点はまさに各社が試行錯誤していると思います。ひとつの組織としてまとめあげる方法もあれば、グループ会社的に分割することで成立させるという方法もあると思います。
ありがとうございました!
まとめ
今回のインタビューを通じ、#1~#3で議論したいくつかの仮説について検証できたと同時に、VTuberビジネスの現場からこそみえる可能性、難しさについて解像度を高められたのではないだろうか。
4回に渡ってVTuberビジネスについて整理・議論をさせていただいた本稿も、一旦の区切りに至ることができた。
日本IPが注目されている市場環境が追い風にもなることで、VTuber領域は、フロントランナーである日本企業が今後もグローバルで市場牽引できる可能性があると考えられる。ただしその上では、VTuber企業が非連続的な成長を志向する姿勢や、成長を実現する組織変革と向き合っていく必要がある。
その上で、本稿がこうした「悩み」を考える際のヒントに少しでもなれば幸いである。
最後にはなるが、本稿作成および公開にご協力をいただいたPANORA様、バルス様、およびCDIメンバーには改めて感謝を申し上げたい。
バルスは、チケット・配信・物販など、エンターテインメントに関わるあらゆるビジネスを実現する統合型プラットフォーム「SPWN」と、VTuberをはじめとするアーティストのXRライブ・イベントの企画から制作までを一気通貫で支援する「XRライブ事業」を展開しています。これにより、エンタメ業界に必要な 企画・制作・運営支援・収益化 までを包括的に提供し、業界のインフラを支えています。
XRライブに関するコラボレーションやご相談がありましたら、ぜひお気軽にご連絡ください!
お問い合わせ先:https://balus.co/contact/
本記事の執筆者は株式会社コーポレイトディレクションの松元です。
経営コンサルタントとして様々な業界の新規事業策定および実行支援、中長期経営戦略策定支援業務等に従事している他、特にバーチャル×エンタメ/コンテンツ領域に関心があるため、VTuber他、メタバースやXR分野のウォッチをしています。
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