Making Great VR:「I Expect You To Die」制作から学んだこと【OC2講演解説】
現在、YouTubeのOculusチャンネルでは、米Oculus VRが9月23〜25日に開催した開発者向けイベント「Oculus Connect 2」の各講演が視聴できるようになっている。しかし、個々の講演は30分から1時間ほどあり、忙しいVR開発者にとってはなかなか聴く機会がないはず。そこで本稿では、開発者の皆様に役立ちそうな講演をピックアップしてその概要をお届けする。
第1回目は、初日の講演「Making Great VR: Lessons Learned from I Expect You To Die」である。講演者はSchell GamesのCEOであるJesse Schell氏。
「I expect you to die」は、Unity Award 2015のVR experience賞を入賞するなど、VR向けゲームとしての評価が高い。そんな作品の開発で得た、快適なVR向けゲームのノウハウを6つのポイントとして解説していた。
1.Motion Sickness Can Be Eliminated
VR酔いを避けるためのTipsは下記である。
1.フレームレートは60fps以上、90fps程度が望ましい
2.バーチャルカメラは使わない
*ここでの「バーチャルカメラ」とは、HMDのヘッドトラッキングではなく、マウスの動きなどによって目の前の描画を変更するカメラのことである。
3.急な加速や減速をしないこと
4.水平位置が一定になるように保つこと
*急に視界全体が回転するようなことはしないこと。
このタイトルのまとめとして、講演者のJesse Schell氏からは、以下のコメントがあった。
「『VRの世界で動き回りたいんだ』、『ちょっとくらいならVR酔いしたっていいよ』という声もあるかもしれない。しかし、あるサンドイッチをおいしいからと言って食べ過ぎてしまい気持ち悪くなった経験をすると、以後サンドイッチが苦手になる、という経験があるはずである。VRもそれと同じことなので、VR酔いはとにかく避けるべきである」
2. Design for the Medium
人は新しい表現手段(Medium)が出ると、既存の手法をそのまま使おうとして失敗し、「こんなものがはやるわけはない」と言うことが多い。映画が登場した当初も、単に演劇がカメラで撮られているだけで、映画に対する評判は悪かった。しかし、映画特有のカメラワークなど、少しずつ映画のための改良が進み、20世紀において映画は一般的になった。
VRは新しい表現手段である。この新しい手段を活かすように、VRのコンテンツを作るべきである。
3. Immersion > GamePlay
VRのゲームと既存ゲームの最大の違いは、Presense(そこにいるという感覚)があることである。Jesse Schell氏は、VRの没入感(Immersion)をきれいなシャボン玉に例えていた。とてもきれいだが、このようにいつでも割れる可能性があるということだ。
開発者の仕事はこのシャボン玉が割れないようにすることである。講演では、シャボン玉を割る(没入感を損なう)4つの例が挙げられた。
1.Shallow Object Interactions
例えば「ナイフは切るもの」、「ドライバーは回してねじを外すもの」である。しかし、プレーヤーによってはナイフでねじを回すことがある。この場合正しく動かず、動かないことを何度も繰り返すうちに没入感を損なう。開発者は、道具の使い方をきちんとサポートし、何かをしたときの反応が自然となるようにゲームを調整すべきである。
2.Unrealistic Audio
カーペットと道に落ちたコインの音が同じでは没入感を損なう。没入感を維持するには音響に気を使う必要がある。Schell Gamesでは、音響調整にかける時間は通常のゲーム開発の2倍であり、それくらい気を使っているとのこと。
3.Proprioceptive Disconnect
proprioceptiveとは、自分が動いている、自分が自分の身体を動かしている、という感覚のことである。これがVRの世界で起きていることと一致しないと没入感を損なう。例えばプレーヤーはイスに座っているのに、VR世界での等身大のアバターは立っていて、HMD越しに自分の足下を見ると立っている足が見える。これは「proprioceptive disconnect」だ。I expect you to dieは車の中のシートに座っていることを想定している。現実のプレーヤーも椅子に座っているので、Proprioceptiveを損なわないようになっている。
4.Unnatural Interfaces
ゲーム中の動作と実際に使うデバイスの動きが合わないと、没入感を損なう。デバイスとしてマウスを使う場合、ナイフを切る、というモーションはマウスを直線上に動かすことで代替できるが、ドライバーを回してねじを外すのはマウスでは再現が難しい。テーブルで円を描くようなモーションが考えられるが、垂直方向でねじを回す動きとは向きがずれてしまう。
そこで、I expect you to dieでは、ドライバーは電動という設定にして、ねじを近づけたら自動でねじを回してくれるインターフェースにした。電動ドライバーをねじに近づけるとねじを回す、というのは現実世界でもありうる自然な動きであるからだ。あるいは、コメディの世界であれば実際にない動きが入っても没入感は保てるので、コメディにするのもよいとのこと。
4. Looking around Takes Getting Used To
あたりを見回して何かを発見させる、ダッシュボードや棚などをのぞき込んで何かを発見させる、あるいは飛んできた何かを避ける、というのはプレーヤーの楽しみが増すよい方法である。また、目の前に何かがあってそれを360度でトラッキングできると没入感が増す。I expect you to die では、後部座席に銃があったり、ダッシュボードにお金を置いてみたりと、プレーヤーが楽しめるように工夫している。
5. Different hardware Enables different experience
ゲーム機のコントローラが異なれば、まったく別の体験が生まれる。一長一短はあるが、当面はOculus Touchのような、手にもって扱うものが主流になるだろうとのこと。
6. Iterate… a lot
VRにおいては、「Fail First、Follow the Fun」である。既存のゲーム開発以上にVRのゲームは調整が難しい。早めに失敗して、調整を繰り返し(iterate)、ファンを獲得すべきである。
講演の冒頭、schell Jessh氏は自身がVRやゲーム開発に20年近く関わっていることを述べていた。そうした背景もあったせいか、終盤に「今は特別な時代であり、VRのゲームを作るとき、過去20年分の既存ゲームノウハウは捨ててしまうべきだ」と語った際には、会場から大きな拍手が起こった。
下記のペンギンの画像を表示して語ったところで講演は終了する。
「新しい技術を使うということは、このように先が見えない水の中に飛び込むようなもので勇気が必要である。しかし、もしあなた方がこの先が見えない中に飛び込む勇気を持てば、あなたたちの時代となる」
講演を聴き返した感想としては、快適なVR体験を実現するための知見が多数述べられており、いち開発者としてとても参考になった。とくにImmersion breakerとして挙げられていた4つの例は、一見すると細かい点だが、細部までのこだわりこそが重要というのがよくわかる説明だった。
個人的には、最後に述べられていた、「これからは勇気を持って飛び込んだ者の時代となる」のペンギンの画像がお気に入りである。おそらくVRが一般的になるには、映画の普及過程と同様に、VRに携わる人たちの努力の繰り返しで実現すると思う。私自身も微力ながらその中の1人として今後もVRに関わっていきたい、と感じた講演だった。
(文/Takayuki Fujiwara)
●関連リンク
・Making Great VR: Lessons Learned from I Expect You To Die
・Schell Games
・Oculus Connect 2