【福岡俊弘の吊り橋プロジェクト】第1回「発端」
十津川村を初めて訪れたのは今年の3月のことだ。十津川、とつかわ。西村京太郎のトラベルミステリーシリーズでおなじみ、十津川警部の名前の由来となった村でもある。ただし、そちらの読みは、とつがわ。
『吊り橋プロジェクト』の話の前に、この十津川村との所縁から話そうと思う。
奈良県吉野郡十津川村。ブルドッグが逆立ちをしたような形の奈良県の地図を広げると、そのブルドッグの頭部がそっくり十津川村である。日本最大の面積を誇る村。東京23区よりも広いエリアに暮らす住民は、わずかに3600人。信号機は3機。うち2機は押しボタン式なので、常時稼働している信号は1機のみ。ひとつの集落と集落の間の距離がざっと20キロ。東京・横浜間の距離とほぼ同じ。「過疎」という言葉を使うことすら躊躇うほどの過疎っぷり。連なる紀伊山地によって外界からのアクセスが困難なこの村に、1年と少し前、僕の大学での教え子のひとりが住み着いた。
村おこし、の手伝いをするのだという。「頑張れ」としか言いようがない。「なぜ?」という言葉を呑み込んだ半年後、自分もその十津川村を訪れていた。まるで何かに呼び寄せられたように。
不思議な村だった。過疎に苦しんでるというのに、村人はみな明るく、勢いさえ感じさせる。聞けば、幕末にあの天誅組を輩出した土地なのだという。壬申の乱から明治期に至るまで、一度も租税を納めたことがない。村に寺は一軒もなく、廃仏毀釈の折に、すべての寺を村人が破壊したらしい。いやはや……。
十津川村のことを語っていたらキリがない。ともかく、この村で感じた何かもやっとしたパワーを多くの人に伝えたいと思った。それが『吊り橋プロジェクト』の発端だ。そのメディアとしてVRを選んだ。
福岡俊弘
『週刊アスキー』元編集長。ホログラム投影技術を使った、初音ミクのコンサート『夏祭初音鑑』(2013)プロデューサー。文楽とボーカロイド文化をこよなく愛する。現在、デジタルハリウッド大学教授。KADOKAWA Contents Academy 取締役。