超歌舞伎「御伽草紙戀姿絵」レポート 古典への取材力とリスペクトに心動かされた2時間【ニコニコ超会議2023】

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国立劇場の元演出室長で音楽プロデューサーの木戸敏郎……と書き出してはっとした。これは5年前に、やはりPANORAから依頼されて書いた超歌舞伎「花街詞合鏡」(くるわことばあわせかがみ)のレポート原稿と同じ書き出しではないか。

超歌舞伎「花街詞合鏡」を観たよ、いろんなこと目撃したよ 【超会議】

そうか、あれから5年も経ったのか。その5年の間にコロナ禍の3年間がすっぽり収まっている。「伝統」と「革新」のせめぎ合いの中で、超歌舞伎は新しい「伝統」として生き残った。マスクと沈黙の時代を越えて、僕たちはその進化を目撃したのだ。

この格段の進化に比べて、5年前と同じ書き出ししか思い浮かばなかった自身の停滞ぶりはどうなんだと思わないでもいられないが、どうしてもこれだけは再度記しておこう。木戸敏郎氏が「ポイエティック」と呼んだ方法論。

──古典と言われる芸能の中には、「伝統」「形骸」が一緒になって入っています。そこから形骸を壊し、伝統だけを抜き取る。それを何か別のパラダイムに入れてみて、新しいものを創りだそうというわけです──

 
ということで、今回の演目「御伽草紙戀姿絵」(おとぎぞうしこいのすがたえ)について。再演ということだったが、2年前のそれとは大きくパワーアップされていた。詳しくは公式によるレポートがすでに公開されているので、そちらをご覧いただければと思う。ここでは2年前に書けなかったこと(レポート依頼されていない(TT))、エモかった場面などなどをあれこれ綴ってみたい。ちなみに観劇したのは、2日目のリミテッド公演である。

冒頭、澤村國矢の口上は胸を打った。わずか7年ながらあまりに濃厚な超歌舞伎の歴史が、この口上には詰まっていた。超歌舞伎は、明らかに「形骸」を壊したのだ、と。口上なのに、それは戦いを前に戦士たちを鼓舞する名演説のようでもあった。もっとも鼓舞されたのはアリーナと2階席を埋めていたわれわれ観客の側なのだが。

御伽草紙、源頼光と来れば、大江山の鬼退治を下敷きにしたお話かなと思っていたところ、土蜘蛛退治を題材にした演目だった。頼光と渡辺綱らの頼光四天王が酒呑童子を退治する話の前哨戦として描かれる土蜘蛛退治(諸説あります)。この退治される蜘蛛が初音ミクさんというのがなんともエモい。

そのミクさんが演じる七綾太夫、なかなか登場してくれなくてこちらが少し焦れた頃に、恐ろしく妖艶な姿で現われる。会場中が「おお」と声を漏らす瞬間。手には大きめの団扇。表には秋の七草の絵があしらわれている。確認できたのは、ナデシコ、キキョウ、オミナエシ、それとおそらくはオバナ。

この七綾太夫、前半で袴垂保輔にばっさり切られてしまう。どうなることかと思いきや、茨木童子ならぬ山姥茨木婆の妖術?によって女郎蜘蛛と合体、化生となって再降臨する。妖艶な花魁から女郎蜘蛛の化生へ。オミナエシ(女郎花)の花がとれて蜘蛛となっって女郎蜘蛛。もしそんなところを狙って団扇のビジュアルにオミナエシを入れていたのだとすると、芸細かすぎでは、と勝手に想像していた。

とりわけエモかったのは、袴垂保輔の切腹シーン。保輔は史実でも平井保昌の弟で、日本で最初に切腹で自害した武士ということになっている(切腹の理由は違うのだけど)。脚本家は、きっとそうした歴史にも取材してあの物語を構成したのだろうと想像する。そしてそのバックで語られていた義太夫節! 切腹にはやっぱり義太夫節だよね。ここであのくどいまでの節回し、最高でした。

もうひとつエモいポイントは、(鏡音)リン・レンの大薩摩。三味線を弾くリンちゃんの左手がときどき、糸巻きを触っているように見えた。三味線は演奏しているうちに自然と糸が伸びてしまい、そのため音が下がってくる。特に一番細い三の糸は弦が伸びて音が下がりやすいので、演奏中に何度も糸巻きで弦を少し巻き上げてやらなければならない。こんなディテールまで映像に落とし込んでいるの、どんなヘンタイが制作したのだろう(誉めてます)。

ほかにも頼光が使っていた刀が膝丸なのか鬼切丸なのか、とざわざわする心を抑えながら観ていたのだが(鬼切丸なら4年前、北野天満宮での「初音ミクKYOTO NIPPON FESTIVAL」のときに宝物殿で見たアレだ)、いずれにしても古典への取材力とリスペクトが本当に凄い。創作とはこうあるべきなんだな、と改めて思った2時間でした。それから、個人的にはツケ打ちのお兄さん、幕張メッセのホールにあれほど痛快に鳴り響くツケをほかに知りません。カッコよかったです。本当にお疲れ様でした。


(特別寄稿 TEXT by 福岡俊弘

著者プロフィール:編集者/デジタルハリウッド大学大学院特命教授。元「週刊アスキー」編集長。過去には、小説「千本桜」の企画・メディアミックスの展開をプロデュース の企画や、初音ミクのコンサート「夏祭初音鑑」のプロデュースなどを行なった。初音ミクを主人公とする浄瑠璃を書くのが人生の野望。

 
 
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超歌舞伎(公式サイト)
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