VRは次世代のコミュニケーション手段──ノキアが語る360度カメラ「OZO」が目指す世界
5月13、14日、幕張メッセにて開催されたスタートアップイベント「Slush Asia」にて、ノキアは360度カメラの「OZO」(オゾ)を一般に向けてアジアで初めて展示した(関連記事)。
その現場にて、ノキア・テクノロジーズでプレゼンスキャプチャー・ワールドワイドセールスを担当するスチュアート・イングリッシュ(Stuart English)氏にインタビューする機会を得た。長文になってしまうが、VR業界の空気感を知る上で重要なので、ぜひチェックしてほしい。
スチュアート・イングリッシュ氏。
プロの現場で生きてくるOZOの運用しやすさ
──ノキアといえば、携帯電話の分野に強かった印象がありますが、VRの分野に大きく転換した理由は何なのでしょうか?
ノキアが常に考えているのは通信のことです。そして携帯電話は、そのひとつの手段で、150年前ならば、紙に何かを書くことがコミュニケーションの手段だったかもしれせん。そうした中、次世代のコミュニケーションの在り方がVRであると考えました。
人と人にのコミュニケーションといえば、例えば放送局なら視聴者に対していろいろな映像を見せています。(OZOは)そのようなコミュニケーションにも使えますし、ブロードバンドネットワークにつなげばそれだけ使い方の幅も広がります。ブロードバンドネットワークにつなげるのは、ノキアの昔からの強みで、インターネット配信向けのコンテンツ制作にOZOのようなカメラを使ってもらうことが、今後ひとつの大きな流れになると思っています。
──最近では、ディズニーとの業務提携が大きな話題となりました(関連記事)。なぜOZOがディズニーに採用されたのでしょうか?
ディズニーは、常に次世代技術に興味を持っている企業です。契約内容のすべてを知っているわけではないですし、ディズニーに限った話でもないですが、次世代技術を活用しようという企業でしたら、VR分野はさまざまな基本的な要求事項を持っています。
コンテンツにこだわるほど、そこに出てくる役者やセットといった環境が複雑化し、長期化すればコストも掛かってしまいます。そこでより信頼性が高く、より効率的に撮影できるカメラが重要視されるはずです。現場の監督として、いま撮影しているシーンがいいものかどうか、それがそのまま使えるか、もう一度撮影し直すか、即座に判断できるようなものも必要です。
──確かに既存のGoProを複数台使う360度撮影システムでは、リアルタイムプレビューがしにくいという難点があります。
きちんといいテイクが撮れればいいのですが、既存の撮影システムでもしNGになってしまうと、再び役者を呼んで、セットを組み直して、脚本を書き足すことになり、コストがかさんでしまいます。OZOならば、8つのレンズの映像をリアルタイムでプレビュー可能です。そうしたオペレーションを最大限に効率化できる高品質なカメラをプロフェッショナルの組織が求めることは当然でしょう。
映画でも、テレビでも、制作する「ファクトリー」が組織として存在します。そこではさまざまな機材を購入し、番組を制作するのでしょうが、OZOのようなカメラを使ってもらえれば、最もいい映像が最も低コストで撮影できます。効率、コストパフォーマンス、画質をひとつの製品に凝縮したのがOZOで、ディズニーを含むハイエンドの顧客が気に入ってくれる理由はそこにあると思います。
OZOでは、45分まで撮れるストレージとバッテリーが一体になったカートリッジを用意するのも利便性が高い。価格は1本あたり5000ドル(約55万円)だ。
──カメラの性能について、既存のGoProでは、露出が同期できず、カメラごとに明るさがバラバラになってしまうという問題が起きがちです。OZOではそうした問題は解決されているのでしょうか?
露出の設定をそれぞれ変えることはできるのでしょうが、おそらくそれはあまり好まれる解決手段ではありません。OZOには8台のカメラが組み込まれていますが、カメラセンサーがすべて同期し、1台のカメラであるかのように機能することをわれわれは重要視しました。VRの場合、それはとても重要で、すべてをつなぎ合わせ、シームレスにものが見えないといけないと思います。
GoProがカメラとして悪いということではありませんが、VR向けの撮影を想定してつくっているわけではないので、OZOのようなことを実現するのは容易ではないかもしれません。
OZO本体のサイズや本体の球形からもいえますが、首や頭の動きによって360度見渡せる映像を撮影することがVRのあるべき姿です。GoProによる360度撮影のように面でつながっている形よりも、それらが球形の上でシームレスにつながっているのが理想でしょう。同様に、OZOはレンズ間が、人の目と目の間の距離に近いというのもメリットで、だから自然の見え方に近い立体的な映像が撮れるのです。
──音でも8つのマイクを備えて3Dオーディオにも対応していますよね?
そうです。OZOには8台のマイクを搭載しています。
──カメラとマイクが8台ずつ搭載されているということが、VRの質につながるという
そうですね。カメラが「見ている」映像も肉眼で見たものと同じです。音声も8方向で記録されていて、VRゴーグルを装着して首を振れば、向けた方向の音が聞こえてきます。360度映像は、実際に見ているわけではないですが、音も連動することで本当にその世界にいる気分になれます。それぐらいの実在感を与えられるような映像を、VRを楽しむ人たちに提供できるものになると思います。
それが映画よりもテレビよりも、パワフルなコミュニケーションになるというのが私達ノキアの考えです。まだ、この取り組みは始まったばかりですが、そういう観点からVRはコミュニケーションの手段として、また社会に新たなものを提供できる利点として、非常に重要なものであると考えています。
いいVRコンテンツは出演者とつながりが持てる
──OZOは360度映像のストリーミングと録画の両方に対応していますが、どういった使われ方を想定していますか?
ジャンルとしては、エンターテインメント、広告、トレーニングという3つのケースを想定しています。エンターテインメントやトレーニングならストリーミングが有効でしょう。例えば、新人外科医が入ってきた場合、トレーニングしなければなりません。
つい昨日、米国でOZOを使って、ストリーミングで手術室の360度映像を見せる試みを実施しましたが、これで手順を一度に多くの新人外科医に教えられます。VRゴーグルをかぶってあたかも手術室に自分がいるかのように感じてもらい、自分が研修を受けている感覚を引き起こすのです。
こうした応用は、ほかにいくつも考えられます。このOZOが人間の1人、人間の頭であると考えてもらうことが重要です。中から外に向かってものを見ているということで、あとはOZOをどこに設置するか。
スポーツであれば野球のダグアウト(ベンチ)、コンサートであれば客席やバンドのステージ。政治、あるいはインタビューの席上に設置したり、劇場なら「シルク・ドゥ・ソレイユ」のような360度アクションが展開するようなショーでも全体が見渡せる。OZOはそういうカメラです。
6月26日までお台場で開催しているシルク・ドゥ・ソレイユの「トーテム」も360度動画がYouTubeに投稿されている(関連記事)
逆にOZOを利用して、今までとまったく違うようなストーリーを描くことも可能でしょう。いろいろなコミュニケーションがあるのですが、映像を見て「これは現実と同じものだ」と感じ、「もし自分がそこにいたらこう見えるだろう」という映像が見えると思ってもらえれば。それがVRというテクノロジーの1番のパワーだと思っています。
──ノキアでも過去にいろいろな撮影をしてきたと思うのですが、スチュアートさんがベストと感じた作品は何でしょうか?
ちょうど先週にひとつあったのですが、これはまだ秘密で3ヵ月ぐらい待たないと発表できません(笑)。
ほかには、NFL(アメリカンフットボール)のドラフト会議が興味深かったです。2人のクオーターバックの選手がどこのチームに獲得されるか非常に注目を集めていて、そのうちの1人であるウエンツ選手のショートドキュメンタリーを制作しました。360度によってストーリーを伝えるというパワフルな映像で、見ているとまるで自分がウエンツ選手の友人になったかのように感じられます。
ベストなコンテンツと呼べるものは、映像の中に自分があたかも入っているかのような感覚を覚え、そこにいる人とつながりが持てるものでしょう。OZOが自分の友人のような存在で、その彼が見たものを自分も見ているようにしたいと考えています。
オーディエンスはカメラの中にいて、カメラの中からこちらを見ています。オーディエンスと映像の出演者は、本来、他人同士であるはずなのに、映像を見ることによって知り合いであるかのように感じられます。そんな特性を出せるコンテンツが、私にとってベストだと思っています。先ほど言ったまだお話できない作品も、そういう意味で、非常にいい映像になっていると思いますよ。
──とても気になります(笑)
3ヵ月ぐらい経ったら公表できますので、ぜひ私の方に連絡してください。
VRはまだ始まったばかり
──筆者(広田)も、まさにその場に入った感覚が伝えられるところが素晴らしいと思って、360度映像をジャーナリズムに活用しています。なので非常にOZOがほしいのですが、6万ドル(約660万円)はなかなか手が出せません。今後、もっと安く購入できないのでしょうか?
「パイオニアプログラム」というものがあって、それに登録することで、6万ドルを4万5000ドル(約495万円)ぐらいまでならばディスカウントできるかもしれません。5000ドル(約55万円)に、というのはさすがに無理ですが(笑)。
パイオニアプログラムはOZOのページにて募集している。締め切りは5月31日までなので急げ!
──5000ドルだと、既存のGoProを6台つかう360度撮影システムと同じぐらいですね。
ノキアは現段階では、GoProのような価格帯は考えておらず、プロフェッショナル仕様のカメラを想定しています。アプリケーションとしてはいろいろ興味深いものもありますが、製品として市場に出せるのはこの1種類だけです。今後、どのような需要が出てくるのか注目しておけば、どのようなアプリケーションができるかということも考えられると思います。
──最後に、OZOを改良していくロードマップがあれば教えてください。
VRはまだ始まったばかりなので、このようなときはできるだけ柔軟に、どういう可能性があるかということを幅広く考えていくことが重要だと思います。改良は常に考えていて、場合によってはわれわれとは別のところで何か進化が起こるかもしれません。
例えば、このカメラから最終的にVRゴーグルにコンテンツが配信されるという場合もあるでしょう。カメラをよくするのもひとつの方向性ですが、VRゴーグル側の改良も、また別の進歩といえます。
視聴側が変われば、カメラが同じものだったとしても、映像を見ている人にとってはコンテンツがよりいいものになったと感じてもらえます。つまり、VRはトータルのシステムの中で考えないといけない。システム全体を改良する方法はたくさんあるでしょう。その点において、カメラは取っ掛かりの出発点でしかありません。
われわれは5Gのネットワークを持っていて、それによって家庭に配信するデータレートを増やしています。データレートが増えれば、画像や映像を見るユーザー体験もよくなっていく。
OZOを現状のシステムと組み合わせた場合、音声のミキシングが入っていないというシステムもあると思います。そういうサウンドミックスの技術を持っていない人が入ってきたとしても、ライセンスによってミキシング技術を提供すれば、誰もが同じようにクオリティーの高いVRが体験できるはずです。
映像と音声いうのは、VRにおいて非常に重要な2つのポイントです。つまり、音声がよくなれば、VR体験もそれだけ改善されて、VRシステムが全体としてパフォーマンスを引き上げられます。ぜひ今後の進化に期待してください。
(TEXT by Minoru Hirota)
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・Nokia OZO