神足裕司 車椅子からのVRコラム 「病院のベッドでも空が飛べる!」
「病院のベッドでも空が飛べる!」
今年の夏、ボクは長いこと病院にいた。どこにもいけずベッドの上からすら降りられないような寝たきりだ。窓の外の風景も遠い。
毎日、目を覚ますと一瞬どこだかわからなくなる。
目に入るのは白いカーテンと天井、運が良ければ小さいテレビに電源が入っているくらいなものだ。そこに息子が持ってきてくれたのが、VRのヘッドセット。
つけてみると、そこはニューヨークだった。娘はアメリカに滞在中だった。
見るからに治安がよくないような路地裏の青空市場。野菜やら、古着やらガラクタなどでところ狭しと店を広げている。
右を向くと娘の友だちがうつっている。さらに右に目をやると変な奴がこちらをにらんでいる。「危ないぞ。」声を上げそうになる。そのにらんでいる変な奴に娘の友だちは気づいていない様子なのだ。
ぐるっと見回すと反対側は意外に開けていて活気もあり安心した。「ああ、ニューヨークだなあ」そんな風景が広がっている。
今は、旅行先でも携帯電話があれば、気軽に360度の写真が撮影できるらしい。それを送ってきてくれて瞬間移動したようにその風景が見られる。病室のベッドの上にいるはずが、一緒に旅に出たような気分になった。娘の目線でニューヨークを歩いている。
それは、スマートフォンを差し込む簡易なものだったが、世の中は進んでいる。きっともっと高精細に、入り込めるものになっていくだろう。そうしたら、ボクは何になるだろう。鳥か。
これもこれで難しかった。
●著者紹介
神足裕司(こうたりゆうじ) 1957年、広島県出身。黒縁メガネ・蝶ネクタイがトレードマークのコラムニスト。「金魂巻(キンコンカン)」をはじめ、西原理恵子との共著「恨ミシュラン」などベストセラー多数。2011年にクモ膜下出血発症。1年の入院生活を送る。半身マヒと高次脳機能障害が残り、要介護5となったが退院後、執筆活動を再開。朝日新聞をはじめ連載も多数。最新刊は「一度、死んでみましたが」、「父と息子の大闘病記」などがある。
●編集より
今回は神足さんがオーガナイズされているイベント「クリスマスだよ! コータリさん!」で発表になったVRのコラムを特別掲載させていただきました。昨年夏に再入院された時のお話です。VRという最新テクノロジーとは反するような病院のベッドで紡がれた家族への愛、空への夢。神足さんだからこそ書ける世界観は、同じ思いを抱く方達に強く届くことでしょう。またVRがそんな皆様の希望の一助になることを願ってやみません。そして神足さんの心温まるVRコラムがPANORAで連載開始! 隔週水曜日でアップ予定です。どうぞお楽しみに!
●関連リンク
・朝日新聞デジタル 連載 コータリンは要介護5
・神足裕司Twitter