【連載】神足裕司 車椅子からのVRコラム 「文子の旅」
6年前にくも膜下出血で倒れた人気コラムニストの神足裕司さん。闘病中の氏が車椅子の上から隔週でお送りするVRコラム第2弾です!
「文子の旅」
ボクは自慢ではないが1年中グルグル飛行機に乗っていた。国内はもとより海外に出ることも多々あり1年に数回の家族旅行はマイレージで賄えた。何ヶ国語も喋れるわけではなかったけれどその町で不思議と友人もできた。きっと「変な日本人がやってきたぞ」そう思って相手にしてくれたんだと思う。
ときには、「きっと奴は危ない人間だぞ」いままでの経験で危険信号がともるようなそんな目つきの鋭い男と飲み屋で意気投合、その夜はその男の部屋に泊まったなんてこともあった。その男は予想と大きく外れ、金目当てでもなく、次の目的地まで車で送ってくれ思いがけない面白い旅になった。観光客では行くことの無い店や場所にも連れて行ってくれた。フランスのワインセラーに行ったときは「近くの農家のご夫婦」と親しくなり次の日のお茶にご自宅に招待してくれた。それがお城のように立派なご自宅でびっくりしたことがあった。遠く離れたルーブル美術館のすんなり入れる入り口の裏技なんていうのを教えてくれたりした。
それがだ、娘が昨年プチ留学したり今まで頑張ってバイトして溜めたお金で色々の国に卒業旅行にいくと聞いて「いいか、外国は日本と違う。油断大敵だ。気をつけろ。気を引き締めろ」そんな当たり前のことを真剣に出掛けに言ってみた。自分のことは棚に上げて。そしていままでの旅の裏技情報を披露した。古いかもしれないけれど。娘は素直に「パパありがと、いいこと聞いた」そういってくれる。
我が家にVRがやってきたのが昨年の初春。福岡さんがPANORAの面々を引き連れて我が家にやってきた。そのときは「これが一般の人に普及するのはマダマダだなあ」と感じていたのに夏には息子がギャラクシーに取りつけるVRのゴーグルを購入してきた。「ほら、むかしパパが行ったアルプスの」そういって360度の動画を見せてくれた。
それからがすごかった。いつのまにかVRはとっぷり我が家に浸透していった。と、いっても初歩的なものだけれど。「普及にはまだまだ時間がかかる」っていっていたのがうそのようだ。
娘が旅に行く都度、360度の写真を撮ってくれる。今、まさに娘がそこにいる場所をしかも自分の目線で見ていられる。
VTRと違うのは自分の意思で右を見たり後ろを向いたりしてその場所を見られることだ。それは思った以上に自分で見ているという感覚を味わえる。今なかなか旅に出られないボクにかわって、昔ボクの行った場所を映し出してくれる。懐かしくもあるし、まるで娘と一緒に旅をしているような気さえしてしまう。
世界中の思い出の地をボクはベッドにいながら出かけていけるのだ。
●著者紹介
神足裕司(こうたりゆうじ) 1957年、広島県出身。黒縁メガネ・蝶ネクタイがトレードマークのコラムニスト。「金魂巻(キンコンカン)」をはじめ、西原理恵子との共著「恨ミシュラン」などベストセラー多数。2011年にクモ膜下出血発症。1年の入院生活を送る。半身マヒと高次脳機能障害が残り、要介護5となったが退院後、執筆活動を再開。朝日新聞をはじめ連載も多数。最新刊は「一度、死んでみましたが」「父と息子の大闘病記」などがある。
●関連リンク
・朝日新聞デジタル 連載 コータリンは要介護5
・神足裕司Twitter