初音ミクは、今もクリエイターを刺激する天使だ──「みくちゃ」開発者に聞くTHETA MIKUアプリへの情熱
illustration by fuzichoco (C) Crypton Future Media, Inc. www.piapro.net
リコーが8日に発表した、360度カメラ「THETA」(シータ)の初音ミクコラボモデル「RICOH THETA SC Type HATSUNE MIKU」のニュースはネットでも大きな注目を集めた(関連ニュース)。初音ミクの10周年に合わせて特設ウェブサイトにて9月1日より受注を開始し、9月末頃より出荷を始める予定だ。
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まず目を引くのは初音ミクに合わせた本体カラーとイラストだが、実際に使うにあたっては、初音ミクの3Dモデルと360度写真を合成できる「RICOH THETA SC Type HATSUNE MIKU」(THETA MIKU)アプリがキモとなってくる。例えば旅先で撮った360度写真を読み込ませて、そこにミクを配置すれば、まるで一緒に訪れたようなショットが出来上がる。その写真をVRゴーグルに転送して見ることで、思い出の空間にミクと一緒にいつでもタイムスリップした気分を味わえるわけだ。これはファンにとって、たまらない体験になるだろう。
"MIKU in the Sun Flower Field" edited by RICOH THETA Type HATSUNE MIKU. – Spherical Image – RICOH THETA
そんなミクと一緒に写真を撮るというと、iOS/Android用ARアプリ「みくちゃ」を思い出す人もいるかもしれない。クリエイターの青木そらす氏が二次創作として制作したもので、実はTHETA MIKUアプリはこの「みくちゃ」を元にして、そのままそらす氏が手がけている。いわば「野生の才能」が公式として認められた形だ。この10年、初音ミクが音楽やイラスト、歌、ダンスといったさまざまなジャンルで素晴らしいクリエイターを表舞台に押し上げてきたように、アプリでも同じ現象を起こしたのだ。
では、当のそらす氏はどんな思いで一連のアプリをつくってきたのか。聞けば、このTHETA MIKUアプリに専念するために転職まで果たしたとか。ぜひインタビューをチェックして、初音ミクを媒介にして今尚生まれるUGC(ユーザー生成コンテンツ)のストーリーを実感してほしい。
青木そらす氏。
ドミノピザのアプリに触発されて徹夜で作成
──そもそもそらすさんはなぜ「みくちゃ」を作り始めたのでしょうか?
そらす 一番最初はドミノピザのARアプリが衝撃だったんです。
──あー、ありましたね! iPhoneで写真を撮るときにARでミクさんを合成できるアプリ(「Domino’s App feat. 初音ミク」)ですね。確か2013年の春だった。
「Domino’s feat. 初音ミク」。初音ミクと一緒に写真を撮れるソーシャルピザカメラ機能を備えていた。開発はカヤック。
(C)ANGEL Project (C) Crypton Future Media, INC. www.piapro.net (C)Domino Pizza Japan INC
そらす そうですね。本当に「やべー!」って遊んでたんですけど、途中で契約が切れたのか終わってしまって、それがとてももったいないなと。そんなときに会社でお花見があって、初音ミクのARアプリをつくったら盛り上がるんじゃないかと前日に思いついて、徹夜でつくっていったのが「みくちゃ」の最初です。
──そんな勢いで生まれたんですね!
そらす それで持って行ったら好評で面白くなっちゃって、コツコツつくってTwitterに写真を投稿していたら、ミクファンの方々に「僕も欲しい」という話をいただいたんです。じゃあやるかと思って、実はそこで人生で初めて自作アプリを「App Store」や「Goole Play」に申請することにしました。
──人生初!?
そらす 仕事としてスマホアプリは開発していましたが、ストアへの申請は別の人の担当だったんです。もしそういう仕事がきたら……という思いもあって、「じゃあ勉強しとくか」と申請してみた形です。
「みくちゃ」はUnityで開発していますが、職場では別のツールを使っていて、本当に趣味で始めたんです。でもやっぱり僕はUnityが大好きで、じゃあノウハウを溜めるためにモバイルの開発もしましょうと。当時はまだ無料で使えなくて、スマホアプリとして書き出すにはプロ版のライセンスも買わなければいけない時期でした。
──えっ、趣味のアプリですよね? それっていくらぐらい……。
そらす 50万円近く使いました。
──50万!? 「みくちゃ」をつくるためだけに?
そらす はい。そのためだけにProに加えて、IK機能などが使いたかったため、当時別料金だったiOSとAndroidのライセンスフィーも払いました。あとになって無料でフル機能が使えるようになって、さらにProライセンスにiOS Pro/Android Proも含まれるようになって「うーん」と思いましたが、いずれ仕事で使うための勉強代だったのかという。
──それは「みくちゃ」で何らかの売り上げがあって相殺できた感じなのでしょうか?
そらす いや、まったくの無料ですし、広告も入っていません。
──すごいな。そんな自腹を切りまくってリリースしたアプリは、やっぱり大反響だったのではないでしょうか?
そらす はい。いい感じに受け入れてもらえて、育ってくれたという感じはします。例えば、どこかに旅行した写真に一緒にミクさんが写っていて、「美味しい物食べました」とか、「こういうところ巡りました」という写真がTwitterで流れてくるのが嬉しかったです。よく「一人で旅行に行くよりも、自分の大好きな初音ミクというキャラクターと一緒に旅気分を味わえるのはとても楽しい」と言われたりします。
──確かに。風景だけ撮るよりも、そのフレーム内にミクがちょこんといてくれたほうが絵になるし、思い出に残るんですよね。
そらす そうなんです。友達や家族みたいな感覚で一緒に旅行を楽しむモチベーションにつながってるという話を聞きます。誰かの生活を変えたアプリになれたというのが嬉しいですね。
──当時こだわったのはどこでしたか?
そらす そこも根底にはドミノのARアプリがあって、なじみやすいとか、「こういうのっていいよね」というシチュエーションを多く盛り込んでいきました。最初はポーズもそんなに多くなかったんですが、ユーザーからの要望を取り入れていくうちにあれよあれよと増えて、最終的には30パターンほどになっています。
「みくちゃ」での作例。撮影はSomeluさん。iOS版、Android版がリリースされている。
みんなをリスペクトしていてお返ししたい
──そんな個人制作を経て、今回リコーから声がかかってTHETAの公式アプリとして採用されたわけですが、どんな心境でした?
そらす そうですね……。一番は、同人活動という枠組みから一歩進んで、ちゃんと貢献できる形で初音ミクに関わることができたのがすごくうれしかったです。やっぱりあくまで趣味だったので、プロの世界と距離があったんです。
でも自分としては、何かしらの形で色々な人たちに貢献したい気持ちはずっとあって、モデラーさんにしても、デザイナーさんにしても、遊んでくれる人にしても、リスペクトしていて、何かお返しをできたらいいなという。そこできちんとお仕事として取り組めるのなら、ぜひやらせてほしいという気持ちでした。
──めちゃくちゃいい話ですね。初音ミクといえばUGCですが、それがアプリという今まであまりなかった文脈で入ってきたのが素晴らしいです。そもそも、そらすさんが初音ミクを好きになったきっかけは何だったのでしょうか?
そらす ハマったのは実はアプリをつくってからで、それまではライトな感じでした。もちろん「メルト」とか初期のボカロ曲は聞いていましたが、のめり込んだのは自分で使うようになってからで、「あれ? 俺、普通に初音ミクと生活してんな」みたいな感覚が生まれて。
──一緒に時を過ごして、可愛いというのが実感できたという。
そらす そうなんです。段々「ミク廃」(初音ミクが好きすぎる人々)に染まっていく過程があって、「あっ、こりゃいかん」みたいな。
──じゃあその前は本当に全然?
そらす 勉強だったんです。題材として初音ミクを使おうというレベルだったのが、いつの間にかハマっちゃってて。
──初音ミクの3Dモデルは非常に種類が多いですが、その中から「ままま」さんの「ままま式あぴミク」を選ばれた理由は?
そらす それもドミノのARアプリです。とても可愛いくて、一目惚れしちゃって、そこからずっと「ままま式あぴミク」が大好きみたいな感じです。
──すごい! ちなみに「みくちゃ」とTHETA MIKUアプリって、撮影機能で何か違いがあったりしますか?
そらす 例えば、「はちゅね」スタンプ機能で撮影者の顔など見せたくないところを隠すことができます。インターフェースでいえば、今まで日本語ベースだったのを、海外の方でも使いやすいようにアイコンに置き換えたりしています(使い方の詳細は公式ページを参照)。
THETA MIKUアプリの動作画面。
3D modeled by Mamama (C) ANGEL Project (C) Crypton Future Media, INC. www.piapro.net
──実際、そらすさんが360度写真をTHETA MIKUアプリで加工してみて、「これはヤバい」というシチュエーションはありましたか?
そらす そうですね……。観覧車のカゴの真ん中に一脚+三脚足で立てたTHETAを置いて360度写真を撮って、向かいにミクさんを置いた写真はヤバかったです。
──それはなかなかあざといですね!
そらす 一人で乗ってるようで、実は一人じゃない。
──すごい。それってミクがほぼ現実に感じられて、まさにVRですね。今後、こんな風に発展させていきたいという思いはあったりしますか?
そらす 衣装やポーズ、スタンプ増やしたりとかっていうところはあります。要望があったら、ぜひいただけるとうれしいです。
Post from RICOH THETA. – Spherical Image – RICOH THETA
観覧車でミクさんと一緒! 自分の顔など見せたくないところは「はちゅね」スタンプで隠せる。
思いを込めて取り組んだ
──しかし、趣味でつくってたものが最終的に仕事になったというのは、とてもいい話ですね。自分がいいものだと思ってつくったものが、他人にもいいと認められて、大企業の目に止まって世の中に出ていくって、まさにサクセスストーリーだと思います。
そらす 実は4月にエクシヴィ(編註:多数のVRコンテンツを手がける企業。元OculusのGOROman氏が社長)に転職したのですが、このTHETA MIKUアプリをつくるのがきっかけだったんです。
──!?
そらす 今年2月にお話頂いた時点では、副業という形でやろうと思っていましたが、本業にもモヤモヤしたところがあって、じゃあもっと楽しい方に本格的にチャレンジして行ったほうがいいんじゃないかと考えて、相談して入社したという流れがあります。
それまで趣味の活動が仕事に役立ったということががあまりなかったんです。逆に仕事で得た知識が趣味の「みくちゃ」に活用できることが多かった。考えてみれば、無駄なことはなかったですね。
──VR業界って、不思議と関わる多くのクリエイターが、なぜか転職したり、辞めたり、起業したりと、みんな人生が変わっていますよね。
そらす 自分が挑戦したいときに何かしらハードルが出てくることも多く、そこで一つの選択肢として転職も全然ありだと思いました。やっぱりやりたいことに全力で取り組めるというのは、精神的な面でも健全です。日々、何も考えず無心でプログラムを打つよりは、思いを込めて仕事に取り組んだ方がプラスになるんじゃないかなって。
──そんな思いが詰まったのがTHETA MIKUという。
そらす はい。頑張りました。ここから色々広げていきたいので、ぜひ「RICOH THETA SC Type HATSUNE MIKU」をご購入いただいて、ミクさんとの暮らしを始めてください。スマホ向けの「みくちゃ」も引き続き公開していくので、ぜひこちらもよろしくおねがいします。
(TEXT by Minoru Hirota)
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