田口清隆監督に聞く「ウルトラマンゼロVR」「ウルトラファイトVR」制作秘話 ほぼ全編実写で撮った理由は?
10月1日より、全国のネットカフェなどにて展開している「VR THEATER」にて、「ウルトラマンゼロVR」と「ウルトラファイトVR」の配信がスタートする(関連レポート)。VRゴーグルをかぶるとウルトラマンの世界に自分が入り込んで、目の前で展開されている怪獣とのバトルを体感できるという、今までのテレビや映画のスクリーンとはまったく異なる体験が特徴だ。
ともにウルトラシリーズで初のVRタイトルとなるわけだが、制作時にはどんな苦労が隠されていたのか。監督の田口清隆氏(写真右)、および撮影を担当したejeの三代千晶さん(写真左)にインタビューした。
5、6時間かけて火薬をセットした
──2本とも拝見させていただいて、その興奮のままお聞きしたいのですが、個人的に一番すごいと思ったのが、「ウルトラファイトVR」の360度爆破に囲まれるシーンです。あれはよく撮ったなと。すべてのウルトラファンに見て欲しい。
田口 えらいことでした。全部で一番時間かかってるシーンだと思います、あれは。
──えっ、そうなんですか?
田口 火薬のセッティングだけで多分6時間くらいかかってるんじゃないかな。丘の上であの爆破のセッティングをしてもらってる間に、下の方で戦いのシーンをずっと撮っていました。
三代 そのくらいかかってましたね。
田口 早朝に、爆破とカメラの位置決めてセッティングを始め、爆破したのはもう夕方だった。それくらいに作り込んだシーンです。やっぱり特撮の花形は爆破で、VRでやるからには爆破も360度でやらなきゃダメだろうって思って。
──その気合が伝わってきました。あまりにスゴすぎて「はえ〜」と思いながら周囲を見渡してました。
田口 そう、どこを見ても爆発なんです。一回じゃ全方位を見切れないですから、何度見ても楽しめますよ。
──2つのVR作品ですが、そもそもどんな経緯で始まったかをお聞かせいただいてもいいでしょうか?
三代 円谷さんがVRで作品を作られたいというお話をうかがう機会があり、最初にミーティングさせていただいたのは1年半前でした。ブレストの段階ではウルトラセブン「狙われた街」の名シーン、メトロン星人のちゃぶ台をVRでできたらという話も出ていましたね。
──田口さん自体は、360度映像作品について、以前からご存知だったのでしょうか?
田口 偶然なんですけど、今回の企画を受けるちょっと前に知り合いからVR映像を見せてくれるというので、その人のところに行って色々見せてもらったんですよ。初めての体験だったので「面白いなー」となって。
──たまたまだったんですね。
田口 たまたまです。仕事でVRの案件が来るとも思っていなくて、ミニチュアを使った特撮の前例はあまりないだろうから、自主映画で撮ってみようかなと話してました。だから前知識はなんとなくあって、VRで何かやりたいなって思ってた頃にちょうどこの企画がきたんです。
──いつくらいから作り始めた感じですか?
田口 最初の企画をもらったのは去年の秋頃ですね。そこから僕が絵コンテ(映像の流れを絵と文章でまとめたもの)描くことを始めて……。
──あ、コンテを描いたんですね! 360度撮影では、平面で伝えにくいので、描かない例も多いと聞きます。
田口 やっぱりそうなんですか? でも、全方位は書いてなかったりしますけどね。例えば、最初のゼロとエレキングが窓の外で戦ってるシーンって、今インタビューを受けているこの会議室なんです。
──なんと! 言われてみれば。
田口 そうなんです。あれまさに最初の打ち合わせここでやっているときに、「例えばこの会議室で外を見たら怪獣が出てきて……」という話が出て、「ところでここってロケしていいんですか?」と聞いたら「いいですよ」と返って来たので、じゃあここでやろうってすぐに決まった感じです。
そこからiPhoneのパノラマカメラで会議室を撮って、自分の家持って帰って模写して、「ここからエレキングが出て来ます」と解説するといった感じです。他のシーンでは、映画的に見てほしいところを描いたりすることも多かったですが、ときどき360度全周がわかる横長の絵だったり、「正面はこの絵、後ろ振り返ったらこの絵」といった前後で描いたりもしています。
──通常のフラットな映像から360度にくると、その絵コンテのワークフローでみなさん苦労されると聞きます。
田口 正直、最初はどう書いていいかわからなかったです。全部横長にするのか、とか。
──そうそう、上から見た平面図にするのかとか。
田口 ときどき「このときは何をしてる」という図解を横につけたりとか。そういう意味では伝わればいいんです。そんな絵コンテを最初に書いてプレゼンをしましたね。その後、実際撮るときには、絵コンテを書き足したり、プロの方にリライトしてもらったりと準備しています。
──ほかにもVR作品では、いろいろと制約があって難しかったのではないでしょうか。映像の尺についても、あまり長いとゴーグルが曇ってしまうので、短いほうがいいという意見もあります。
田口 最初は3分にしようという話だったんです。
──でも3分だと、体験した人の気持ちを盛り上げる序盤で終わってしまいそうですね。
田口 そうなんですよね。バトルシーンだけだったら3分でいいかもしれませんが。
絵コンテは、要素を欲張らないようになるべく切り詰めて書いていて、「ウルトラマンゼロVR」では10カットもない。
一方で、カット割りや繋ぎ方は、かなり緩くしています。普通の映像で、「ウルトラマンゼロVR」と同じ内容なら3分で収まったと思うんです。でも、VRなのでわざとたっぷり1つのカットを見せています。あんまり早く展開すると偶然別の方向を見ていた人が見逃す可能性もあって、基本ダブルアクションやオーバーラップにする工夫をいれています。
結果、結構伸びて6分になってしまったんですが、ちょうどいいかということで尺は着地した感じです。
──めちゃめちゃ工夫されていますね。
田口 その辺のバランス感覚も手探りで、今見るとここは長過ぎたかなというシーンも正直あるんですけど、ただ没入感を楽しむうえで、多少長かったとしてもその間、どこを見ていてもいいわけですよね。そういう時間をわざとつくっていると思えば、これで良かったのかなと。
──冗長な印象は全然なかったです。
田口 じゃあよかったです。あとはあとはなるべく大事な場所は見逃さないよう、視点誘導を計算したりするのも初めてで大変でしたが、面白かったですね。
記者発表会の様子。
爆破もビル破壊も、360度でも実写にこだわった
──この演出はぜひ入れたかった、ぜひ見てほしいというシーンはありますか?
田口 「ウルトラマンゼロVR」で、ビルの中からみんなでわーっと逃げて非常口を開けたら、ウルトラマンの足がドーンと出てきて、見上げたら戦っているところです。ウルトラマンの世界にまさに自分が入ったかのように見える人間目線の映像です。怪獣と戦ってる足下って、特撮ファンとしては一番行ってみたい場所じゃないですか。
最初は振り返ったら誰かがちゃんといる人間目線でずっと作ろうと思っていたんですが、絵コンテを書いてて、「いや、人間の視点だけだときっとつまらなくなるな」と直感的に思い、途中からは割り切って特に視点を気にせず作りました。
──あっ、そうなんですね?
田口 人間の目線が足かせになってしまうんです。変な話、ウルトラマンなので、「見栄を切る」(決め技を出す)瞬間は正面から見たいとか。これがゴジラだったら、ひたすら巻き込まれる人の視点でいいかもしれませんが。
──そうですね。確かにかっこいいキメシーンはきっちり見てほしい。
田口 そうなんです。見栄を切る瞬間っていうのは、ウルトラマンではどうしてもあったほうがいい。あとは全部下からの「煽り」だと、カット割りが同じ位置っぽくなってしまうんです。
──全部見上げることになるから、シーンの違いが明確にわからなくなるという。
田口 そうなんです。だからいわゆるカット割りがほとんどわからなくなって、それは画としてつまらないなと。だったら前半戦はたっぷり人間の視点を味わってもらって、そこから先はいわゆるウルトラマンと怪獣の戦いっていうのをVR的に面白く楽しむという構成になっています。これは実験でもあるんですけど。
──今回、CGはどのくらい使われたのでしょうか。爆発はCGですよね?
田口 いや、基本、ノーCGです。エレキングの放電とか、ところどころの火花やハレーションは合成で、あとは冒頭のビルの窓から格闘シーンも窓の内外で合成してますが、ほとんどが実写です。
──えっ!?
田口 そういえば、冒頭の東京の空撮シーンだけはフルCGでした。その点ではノーCGではなく、ワンカットCGだ。
三代 そうですね。最初だけ。
田口 例えば、ゼロスラッガーで攻撃するシーンでも、ちゃんと担当さんが火薬を仕掛けて、当たる瞬間にバーンってすごいタイミングで破裂させている。
──そう、火薬の担当の人で思い出しましたが、そもそも360度映像を撮るにしてはスタッフロールが長くて、めちゃくちゃ関わっている人が多いなという印象でした。これだけの人数で撮られた360度映像もなかなかないのでは?
田口 それでも、普段、ウルトラマンを撮ってるスタッフよりは少数精鋭でしたよ。変な話、怪獣1体稼働するだけで、アクター、メンテナンスの人、補助の人と最低でも3人いるんです。ウルトラファイトなんか4体出てくるから……。
──それだけで12人!
田口 っていうことなんですよね。殺陣師もいるし、ミニチュアを飾る美術さんは、親方と実際に飾る部隊が3、4人必要になる。美術さんが5人ぐらいいたりとか。今回はejeさんのほかに、いつも組んでるベテランカメラマンさんも呼んで、映画的に遜色のない見え方をするように色や明るさも監修してもらって撮ってます。それでも本当のウルトラマンに比べると半分ぐらいの人数です。
──360度カメラのお話を三代さんに聞きたいのですが、今回はどんなカメラを使われたのでしょうか?
三代 GoProを複数台組み合わせたものと、GoProを元に改造したカメラの2種類です。
──改造GoProを使われた理由は?
三代 「ウルトラマンゼロやエレキングを見上げた時の巨大感を出す事」と「120fps(毎秒120コマ)のハイスピード撮影」を実現するには改造GoProが必要でした。
巨大感を出すためにカメラを地面に直置きして撮影するのですが、一般的なGoProだとカメラと被写体の距離が近すぎてスティッチング(註:複数台のカメラの映像をつなぎ合わせる作業)ができないため、レンズを斜め上方向に配置した改造GoProで撮影しています。これにより、ウルトラマンゼロやエレキングを股下間近から見上げるようなシーンの撮影が可能になりました。
──そうですよね。股下からウルトラマンを見る機会って中々ないですよね。
三代 なので普通にGoProを組み合わせただけだと難しいのですが、7台のGoProを分解してレンズ部分だけ引き伸ばし、そのレンズを外向きに円形に並べてレンズ間の距離を縮めることで、近づいても破綻しないエリアを増やしています。
──込み入った話になりますが、インタニヤの「Entaniya Fisheye 250」など、ワンショットでほぼ全周を取れるカメラを使ったのではいけなかったのでしょうか?
三代 特撮はハイスピード撮影なので、120fpsが必須だったんです。「ウルトラファイトVR」の360度爆破のシーンなど、全周を120fpsで撮影して、いかに美しく映像をつなぐかというのが、私たちのテーマでした。これはおそらく世界初の試みだと思います。
──しかし、360度爆破もそうですが、地面に置いたカメラの周りであれだけ激しいアクションをとると、カメラが壊れないか心配ですね。
三代 田口監督のおかげで、テスト撮影から1回も壊れなかったんです。
田口 過去の特撮撮影でもGoProを使ったことがありますが、大暴れしているように見せて、実はどこに何が落ちるのかちゃんと計算してあるわけじゃないですか。
──それは監督だけでなく、演じる方もカメラ位置がわかっているという?
田口 もちろん。実はウルトラマンや怪獣のアクターはほとんど周囲が見えてないんですよ。だからすごい大乱闘に見えても、本当に計算された動きしかしていない。そういう意味ではプロの仕事ですよね。360度爆破に使われた火薬も、物を壊すためのものじゃなくて、魅せる火薬です。
──火薬も種類があるんですね!
田口 ダイナマイトみたいな物を壊すための爆薬だと地面ごと揺れるくらいの衝撃がありますが、特撮ではマグネシウムだったりとか、セメント粉を吹っ飛ばす「セメント爆破」など魅せる火薬を使うので、爆発のすぐそばにカメラを置いても吹っ飛ぶような衝撃はないし、安全に置く場所も計算できるんです。
──とはいえ、360度で全方位で爆破するのは、なかなか前例がないかと思います。
田口 そうですね。その火薬の量や近さは、多分、前代未聞だと思います。テレビシリーズではそもそも360度必要ないですからね。爆発の見え方についても、操演部さんと一緒にカメラからどれくらい離れるとどのくらいの大きさになるというのをテストしました。実は2mも離れると小さく見えてしまうんです。でもナパームと呼ばれる大爆発はガソリンを使い危険なので、10m以上は離したいわけですよ。
──そりゃそうですよね。
田口 そういうわけで、最初に怪獣が倒れたところで上がる大爆発はナパームなんですが、その後取り囲むように次々起こる爆発はナパームではなく、ナパームの炎に似た見え方の火薬と派手な火花が上がる火薬を近くに置いて激しさを増しているという構造です。
──三段構え! それって一発撮りですよね?
田口 一発撮りです。あれ失敗したらもうアウトです。
──スゴい!よく成功しましたね。
田口 半日かけてセットして、ドーンという。しかし撮影スタッフは360度カメラに写り込まないように、指示と同時にみんな塹壕に隠れていたので、誰も爆破のシーンを肉眼で見てないという(笑)。
──なんと(笑)。
VR酔いとの兼ね合いで移動撮影のシーンを短縮
──逆に次に360度で特撮を撮る機会があったら、こういう演出がやってみたかったというところはありますか?
田口 実際にやってみて、結果的に諦めたのはカメラを動かすことです。やっぱりVR酔いしてしまう。「ウルトラファイトVR」で、ウルトラマンが走っていってそのまま格闘に入る様子をラジコンの車に載せたカメラで並走させながら撮影しようとしたのですが、現場の地面がガタガタで、画面がブレすぎるから酔ってしまうという判断で諦めました。
「ウルトラマンゼロVR」では、人々が必死にエレベーターに逃げ込むシーンでカメラも一緒に走っていますが、あのシーンはもっと長かったものをカットしています。
僕がよくウルトラマンでやるのは、手持ちカメラでわーっと人が逃げていて、振り返ったらもうそこに怪獣がきているシーンを撮る演出で、ああいうのが好きなんです。本当はVR向きなんだよなと思っているのですが、今のままだとそれはまだ難しい。
──それは見てみたいですが、VR酔いとの兼ね合いもなかなか難しいですね。
田口 僕はあまり酔わなかったので、先ほど挙げたエレベーターホールのカットは「酔いを防ぐために短くしよう」って言われたけど、「何がダメなんだろう、これ」と思っていたぐらいです(笑)。VR作品を監督するなら、酔いやすい人のほうが感覚を合わせられるからいいかもしれないですね。
──ほかにもやりたいことは多そうです。
三代 ドローンも使いたかったですよね。さっきの地面がガタガタでドリーが使えなかった話も、飛ばせば解決できますし。
田口 エキストラ300人くらいが逃げるシーンを、ドローン飛ばしてとかね。他にも面白い見せ方はいっぱいありますよね、きっと。
偶然撮れた絵に効果音をつけるとすごい迫力に
──お話をうかがってきて感じたのは、人と人が格闘して爆破のような演出も職人芸で生まれているというアナログな部分と、最先端のVRが組み合わさっているというところが非常に面白いです。
田口 あえて今回は特撮で全部やっています。例えば格闘シーンでビルが壊れたら破片は勝手に飛んでいくわけで、そこに物理シミュレーションは必要ないわけです。カメラ前に偶然が転がってきたものに、きちんと効果音を入れてあげれば、全部活かすことができる。
ミニチュア、ビルの破片が落ちてきたら重そうな岩の音、棒状の破片には鉄筋のような音、破片が車に当たったときにはガシャーンって音を入れたりとかね。テレビシリーズでもよくやってるんですけどね。
──いやー、興味が尽きないです。最後にインタビューを読んでいるみなさんに一言いただいてもいいでしょうか?
田口 「ウルトラマンゼロVR」は、あえてミニチュア特撮で、撮りきりの実物の映像で、VRをやったというところをぜひ見ていただきたいです。爆破だったり、目の前で巨大な怪獣とウルトラマン戦ってるところだったり、あの没入感は撮った自分でも本当に楽しいと思いました。
何度も視聴していただいて、360度色々な部分を確かめてほしいです。例えばウルトラマンとエレキングの格闘シーンでは後ろを振り返ってもちゃんとセットが組んであって、転がってきた破片が見えたりとか、とにかく色々な偶然がそこに写っている。1回だけじゃ楽しみきれない作品だと思います
また、特撮好きな人は、ぜひミニチュアの作り込みを見てほしいです。カメラ前に置いてあるものは、はがれた壁面の裏側にもちゃんと鉄筋入っていたり、「こんなディティールのもの見たことがない」というほど細部にも凝っていて、自分が特撮の世界に入れる気持ちよさを体感できます。
三代 「ウルトラファイトVR」は、山田二郎さんの実況の語り口にも注目ですよね。
田口 山田二郎さんは、1970年放送の当時の「ウルトラファイト」のナレ—ションを担当していた方です。
──よく引き受けて頂けましたね!
田口 笑いながら引き受けてくださいました。「やってたねー、こんなの」とか言いながら。
──確かに昔見てた人は「これだよ!これ!」という感覚は伝わってくると思います。
田口 山田さんにしかできない独特な言い回しを、現場でもみんな笑いをこらえながら、「スゲェ」と感動しながら収録していました。当時はプロレスの実況っぽかったんですけど、今は落語っぽくなって、味わい深くなってる。
収録では、山田さんの隣でパソコンを広げて、マウスで見て欲しい方向に僕が画面を動かしながら実況してもらいました。見て欲しい画からずれちゃいけないんで、必死でマウスを操作してて、7テイクぐらい撮りました。
三代 私たちは外だったので山田さんの実況に大笑いしてましたが、田口監督は山田さんと収録ブースに入っているのでずっと無言で(笑)。
──確かに声が入っちゃダメですもんね。「絶対に笑ってはいけないウルトラマン」みたいな。
田口 本当にいろいろ思いの詰まった作品なので、ぜひ全国のVR THEATERにお越しいただいてぜひチェックしてくださいね。
(TEXT by Minoru Hirota)
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