1人のキャラに何十人もの想いが入っている サマーレッスン・アニメ制作チームの飽くなき挑戦(後編)
前編、中編に続き、サマーレッスンのインタビューをお届けしよう。
キャラの魅力的な動きは計算された演出
──VRの中での演出について、前編で少し出ていた「接客業の接待モード」の話をもう少し掘り下げたいです。自分はアリソンちゃんが「ブレイクタイムですねー」って言って近づいてくるシーンが好きなのですが、プレイヤーに好かれるためにやった演出って例えばどういうのがありますか?
森本 そういう意味では、全部意図した演技ですね。声優さんの個性が残っているとはいえ、「ここはこうした方がお客さんに刺さるんじゃないか」と誰かのアイデアでお芝居がつくられています。何気なくやってるようでいて、ほとんどがコンセプチュアルに計算した結果です。
──そういったアイデアはどこから出てくるものでしたか?
玉置 事前のアイデア会議のほかに、台本読み、リハーサル、本番、収録という4つのチャンスがあって、どこかで演出が加わって行きます。
プレイヤーはサマーレッスンの世界を「まるで現実みたいだ」と思いたいわけですが、現実そのもののだと普段から見ている動きでやっぱりつまらなくなってしまう。そこをいかに貴重な、プレイヤーにとって価値の高い体験にするかというところに人間の知恵が入ってきています。ちなみにちさとちゃんの性格がキツイシーンは、だいたいは山下さんと私の発案ですね(笑)。
山下 こういう風に怒られたいとか、こういう風な目で見たられたいとか。
──ちょ(笑)
深渡瀬 キャラとの距離感も現実より一歩近いですよね。女の子がそんな近くにいたらドキドキし過ぎちゃうぐらいの感覚でみんな来てくれる。
玉置 その距離感も収録前の間取り決めで、プレイヤーと演者さんの座る位置を細かく設定してやっています。
山下 それこそ何cm単位でもう少し移動してくださいとお願いしたり。でも寄りすぎるとやっぱり怖いんですよね。
──確かに。パーソナルスペースをものすごく侵害されてる感じが出てしまう。
玉置 それに寄りすぎると、それ以上前に近づけないのでプレイヤーの顔を覗き込むとかの演技ができなくなってしまうんです。だからほどほどにするのが重要。
森本 普段はある程度の距離とってるからこそ、グッと近寄られたときにドキッとするという流れもあります。必ずしも近ければいいということではないです。
玉置 さっき出ていたアリソンちゃんが休憩のときに近づいてくれるシーンも、最初は遠い位置にいないと意味がないわけです。
──しかし演出とはいえ、現実世界であそこまで見知らぬ女の子が近づいてくる機会もそう多くないですよね。電車で隣に座るぐらい?
玉置 嘘なんだけど、嘘じゃないかもみたいなレベルを保つのがポイントです。
山下 「そんなことありえねぇよ」って思われるとプレイヤーが興ざめしてしまうので、そのギリギリのところですよね。その辺で芝井さんの発想と、「これならアリかもね」というアレンジが随所で行われていました。
思い出深いのは……
──ここはひとつ、みなさんのお気に入りシチュエーションを聞いておきたいです(笑)
山下 僕はひかりちゃんが喫茶店でメイド服で回るところ。
玉置 偶然なんですけど、この前のキャストインタビューでひかりちゃんを演じた田毎さんも同じシーンをあげていました。
森本 田毎さんはバレエをやられていたので、回るのがすごく上手いんです。
山下 体幹がぶれない。
──それはあえて下手に回ってもらわないとそこだけプロっぽく見えてしまいますね(笑)。森本さんはいかがですか?
森本 僕はシチュエーションで言うと、ひかりちゃんの花火が好きです。自分が思春期にそういう経験がなかったので、「世の中にはこんな青春をしたヤツもいるんだろうなー」と追体験する感覚です。
──みなさんひかりちゃんが思い出深いんですね。
森本 デモ版のときからの長い付き合いなので。
──長女みたいなものですもんね。何事も初めての体験で、生みの親たちがみんな苦労して育てているみたいな。深渡瀬さんはいかがでしょう?
深渡瀬 私は、ちさとちゃんのアイドルダンスで、しゃがんで目の前で歌ってくれるところが好きです。目の前で誰かがしゃがんで、上目遣いで見られるのってドキってしませんか?
──確かに体験してみたい!
深渡瀬 目の前で座るモーションとか、特に男性は「おぉ!」ってなりません? 私はちょっとドキッとしました。
──最後に玉置さんはいかがでしょう?
玉置 僕ですか? さすがに3キャラで1人に絞れないですよ。
──そこをあえてひとつだけ選ぶとしたら……。
玉置 じゃあ、ひかりちゃんの技術デモで、最初の始まった瞬間にプレイヤーについたゴミを取ってくれるシーンです。今で言うと、あれがすべての始まりというか。
──その体験があったから、サマーレッスンの可能性を信じられたという?
玉置 そう。いけるって思えた感慨深い思い出です。直近だとちさとちゃんの剣で刺すシーンが、アイデア会議で出てうまいことハマったやつですね。もともとプレイヤーの頭の上にリンゴを乗せて射るみたいな案もあったのですが、それは倫理的にやりすぎなんじゃないかと考えてマイルドにしました。でも、剣で刺されても痛くないというのは、VRでも本当に刺されていないからできるんじゃないかって、みんなで面白がってつくったシーンです。
森本 アイデア会議で盛り上がったネタは、実際できてみると面白いことが多いよね。
玉置 そうですね。やっぱりアイデアが大事。VRでキャラに会う体験ってだけなら、別にこのメンバーじゃなくてもできるかもしれませんが、サマーレッスンにしかない価値はやっぱりアイデア力だと自負しています。
VRでキャラと目を合わせて衝撃を受けた
──かなりのロングインタビューになりましたが、最後に「VRで人間をつくるとは?」というまとめをいただいてもいいですか?
森本 サマーレッスンに関して言うと、ある部分では細部に非常にこだわって、リアリティーも大事にしてはいるものの、途中の話にも出てきたように、現実とまったく同じだったらそれは現実でいいわけです。そこにはある種のディフォルメがあって、体験する人にとって都合のいい現実にいかに落とし込むかというフィクションも存在している。そのバランスをとることが、注力してきたことです。
──現状、やり残してることや、これから挑戦したいことはありますか?
森本 やり残していることは、限りなくありますよ。
──そりゃVRでキャラを人として感じさせるという挑戦が始まってまだ数年ですからね。
森本 サマーレッスンのデモ版をつくっている頃、ある程度出来上がった段階で夜中にひとりでゴーグルをかぶって、初めてひかりちゃんと目があった瞬間があったんです。それはLook atという機能で目線を合わせるように自分が指示したものなのですが、すごく衝撃を受けたんです。
玉置 何か「生命の誕生」ですよね。
森本 あとからGOROmanさんが初音ミクと会えるVRコンテンツ「Mikulus」で似たようなことをやっていたというのを知ったのですが、VRの中でキャラと目線を合わせた瞬間、それまで作り物と思ってたオブジェクトが急に命を持ってるように感じられて大きな可能性を感じました。
VRを利用したコンテンツはこれからも色々出てくるでしょうが、VRだからこそ実現できた1つの可能性として、キャラクターが本当にそこに存在しているように感じられる体験があって、その分野はまだまだこれから未来があると思っています。
──その辺、これから先は人の振る舞いを深層学習させて、動的に動きをつくっていくとかもありそうですし。
森本 おそらくどんどん進んでいきますよね。
──サマーレッスンの20人目とか、2035年ぐらいにはできてそうな気がします(笑)。
森本 その可能性の扉を開けたという立場だと思っているので、まだまだやりたいことは沢山あります。
──VRの中でキャラと一緒に遊ぶまで行きそうです。
玉置 それは今回のちさとちゃんでもやっていますよ。一緒にミニゲームを遊ぶイベントを用意してます。
森本 あれ何気に楽しいよね?
玉置 割と難易度を高く設定したので、やりこめます。あと、とにかくちさとちゃんと一緒に遊んでいる感覚を凄く強調しています。ミニゲーム自体が面白いことよりも、一緒に遊んでいることが楽しいのを重視していて、チラチラ見たり、ちょっと咳払いしたり、息づかいが変わったりとか、隣にいる人が気になって集中できない感覚が味わえます。
──まるでお茶の間で友達とファミコンを遊ぶみたいな、ゲームの楽しさとはみたいな話ですね。
玉置 そんな感じが味わえます。だからアイデア次第で、どんどん展開は色々考えられる。
──深瀬渡さんはどんな思いですか?
深瀬渡 サマーレッスンでは今までにモーキャプで求められなかったことをどんどん要求され、様々なことに挑戦できました。携われて本当よかったと思っています。
玉置 製品版がつくれるかどうかわからない時期にモーキャプスタジオの機材がどんどん本格的なものに置き換わって行って、「これだけ買っちゃったから本当に頼むよ。使うんだろうね?」って釘を刺されたことを覚えています。でもそのおかげでいい物ができた。
深渡瀬 挑戦した成果がきちんと形で残るのがありがたいです。
──山下さんは?
山下 これだけキャラと長くつきあっていると、アニメーションを直していて、何か違うなって違和感があるときに「私、こんな顔しない」とか彼女たちの声が聞こえてくるんです。
──すごいエピソードだ!
山下 アリソンちゃんの最初の技術デモをつくっているときに、最初の2〜3週間くらいは「この子はこうなのかな?」ってずっと悩んでいました。ずっと気になって土日に来てまでずっと触っていたら、最後に「こうだ!」ってなった瞬間があって。
──違和感の正体はなんだったのでしょうか?
山下 微妙な表情です。アリソンちゃんというキャラはこういう表情をする・しないという基準が自分の中でできた。
玉置 それはmm単位の話だから言葉で表現しにくいですよね。仏像を掘ってる人に近い。
山下 漫画家さんで「キャラが勝手に動き出す」という感覚は、多分こういうのだなという。自分の中でだんだんキャラクターのストーリーができてくるんです。「ヒカリちゃんはきっと餃子が好きなんだろうな」とか。
玉置 みんな、最初のプレゼンで「こういうキャラなんです」って説明したときは「なるほどね」と言ってくれるんですけど、つくっていくうちに各自の心のなかでキャラクターができ上がっていって、そのうち「こういう風なことをこのキャラはするんじゃないか」と私が言っても「いや、それは違う!」とみんなから反論されたりするようになっていくんです(笑)。
──それぞれのクリエイターの中に、彼女たちの像ができてるという?
玉置 最初に決めたものはディレクター一人の人間性しか入ってないけど、最終的に出来上がったキャラには何十人ものクリエイティビティが入っているんです。そうなると私も、言い出しっぺではあってもメンバーの一人にすぎなくて、場合によっては声優さんにも「この子はそんなこと言わないと思います」と言われたこともあります(笑)
──2ヵ月もやっていると乗り移ってきますよね。
玉置 それはとても嬉しいことで、その方がキャラクターは輝く。みんなが強く思い入れをするようになったのも、本当にキャラを人間としてとらえられるVRという技術が身近になって、じゃあ本当にやってやろうという情熱があったからだと思います。それがサマーレッスンのありがたかった点で、過去弊社の歴史をみてもここまで1人の人間に集中したプロジェクトってなかったんじゃないかな。
ぜひPlayStation VRを入手し、最新の「新城ちさと」も含めて3部作をご体験ください。
(TEXT by Minoru Hirota)
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