VRアイドル「えのぐ」VRライブレポート そのステージで観客は彼女たちと同じ時を生きた
岩本町芸能社は10日、バーチャルライブ会場「岩本町劇場」のプレオープンとして、同社がプロデュースする5人組女性VRアイドル「えのぐ」が出演する記念ライブ「このえのぐセットやばい」を開催した。
抽選で選ばれたファンが都内某所に集まり、LenovoのVRゴーグル「Mirage Solo」をかぶって岩本町劇場に「入場」。片手に持ったコントローラーをペンライトとして振って、目の前でリアルタイムで歌って踊るえのぐのメンバーを応援しながらライブを満喫した(写真はメディア向け体験会のもの)。
そのステージの様子は、秋葉原のライブビューイング会場にも中継されており、こちらも150人のファンが集まるという大盛況ぶりだった。当日の様子はYouTubeのアーカイブにて振り返れる。
ライブでは、「ショートカットでよろしく」「えのぐ」「絵空事」の3曲を披露。さらに重大発表として、ファンクラブを設立して13日より事前登録をスタートし、11月28日にファーストシングルを発売することを明らかにしてファンを驚かせた。
PANORAでは、このプレオープンに先駆けて実施したメディア向け体験会に参加してきた。VRライブがどんなものだったのかという話に加えて、岩本町芸能社の代表取締役、江藤倫寿氏に同社の目指すところもインタビューできたのでまとめてお伝えしていこう。
劇場のプレオープンまで突っ走った1年
昨今、ネットで話題になっているバーチャルYouTuber(VTuber)。モーションキャプチャーの仕組みを使って3Dキャラクターをリアルタイムで動かし、ネットの動画や生放送で活動している存在で、見た目はキャラクターでありながら、人間のように存在してわれわれに接してくれるというのがユニークだ。ここ半年で一気に注目を集め、トップ層はここ数ヵ月でネットを飛び出してイベントやテレビ、広告などへのタレント出演も増えている。
えのぐも、そうしたVTuberの流れの中から生まれてきたグループになる。
ネットに詳しい人なら、昨年のコミケで「Twitterフォロワーを1万人集めたらCDデビュー」と掲げ、残念ながら400人しか集められずに「爆死」した事案で有名になった、鈴木あんずちゃん・白藤環(しらふじたまき)ちゃんのユニット「あんたま」を覚えているはず(当時のニュース記事)。PANORAでも、まだVTuberムーブメントが巻き起こる前の10月末、2人にCluster.上でバーチャルインタビューして「息をするように壁ドンする」などの名言をいただいた。
・われわれは息をするように壁ドンする──VRアイドル・鈴木あんずと白藤環「あんたま」1万字インタビュー(前編)
・ただ可愛いだけのアイドルは目指していない──VRアイドル・鈴木あんずと白藤環「あんたま」1万字インタビュー(後編)
その後、夏目ハルちゃん、日向奈央ちゃん、栗原桜子ちゃんの3人が岩本町芸能社の女優部に所属し、紆余曲折あって5人で「えのぐ」としてアイドル活動をしていくことが今年3月に決まった──というのがものすごくざっくりした流れになる。
岩本町劇場も昨年10月から建設しており、今年6月にプレオープンを発表して今回の8月10日の本番を迎えたわけだ。
まだVTuberが成立するのかどうかわからない時期からVRアイドルとして名乗りを上げ、全国行脚したり、秋元康氏らが資本参加するパルスと提携したりと1年突っ走ってきて、ようやく迎えた劇場のプレオープン。えのぐのメンバーだけでなく、運営スタッフやファンといったサポートしてきた方々も感動ひとしおというところだろう。
次元を超えて画面の中に入って会える
さて、そんな岩本町劇場で行われるVRライブはどんなものか。VRゴーグルをかぶったことがない人にとってはとても想像しにくい話なのだが、まず「目の前に彼女たちがいる」という体験が新しい。
例えば、アニメやゲームのアイドルライブをテレビやPC、スマートフォンで見る場合、そこにキャラクターが現れてこちらに近づいてきたとしても自分の目の前にいるという感覚は得難いだろう。冒頭にある今回のライブのYouTubeアーカイブを見ても、それはやっぱりカメラを通じた画面の向こうの出来事で、自分がライブ会場に「いる」という感覚はない。
一方、VRゴーグルをかぶってえのぐのライブを観た場合、ユーザーはYouTubeのアーカイブでたまに映る客席のステージ最前列中央に座っていて、目と鼻の先の舞台でえのぐのメンバーが歌って踊ってくれている。左右や後ろに目を向ければ、これまたYouTubeでも画面の端に映っていたモブの黒いアバターに囲まれており、自分がいるのは岩本町劇場の客席だ。コントローラーを持った片手もバーチャル空間にあって、振ると連動してペンライトが動く。
会場イメージ。VRライブの観客は、全員が最前列中央という特等席に位置しているのがバーチャルならではのよさだ。
VRではこの視点に近い。
つまりVRライブは平面のディスプレーで「観る」のではなく、空間のディスプレーで「体験する」ものになる。初音ミクなどの透明スクリーンを使ったARライブがこちらの世界に彼女たちを召喚する技術だとすれば、VRライブは自分たちがあちらの世界に入って会いに行けるものと言えるだろう。
似た事例としては、昨年のCEDECで展示していた「PROJECT MariA」が思い起こされる。8月31日、バーチャルイベントサービス「Cluster.」のシステム上で実施する「輝夜月 LIVE @Zepp VR」も同様だろう。アニメやゲームを見て「あの場に自分が入れたらなぁ……」という思いが実現できる時代がすでにきているのだ。
「彼女たちの存在が生々しい」というのも印象的だった。
アニメやゲームのキャラと、VRアイドルやVTuberが決定的に違うのは、ユーザーとリアルタイムで同じ時を生きているという点だ。VRアイドルやVTuberも見た目はCGなので、ぶっちゃけライブにおいてもMCパートだけ生でやって、歌のパートはあらかじめ記録しておいた歌と動きのデータを再生する……という手段も選べる。リアルの歌番組でも口パクや当て振りがあるように、クオリティーを優先するならそうした割り切りもありだろう。
今回のプレス向け体験会でも、彼女たちのフリがあまりにも揃っていたため、筆者は「これはリアルタイムじゃないのかな?」と穿った見方で体験し続けていたものの、3曲目の「絵空事」で事件は起こった。なんと機材トラブルが発生し、ワンコーラスでライブを中止して彼女たちが元のポジションに戻って再び最初から歌い始めたのだ。
機械のように息ぴったりなパフォーマンスはこのプレオープンのために突き詰めてきたトレーニングの賜物で、同じ空間で同じ時を過ごしていたのだ……という事の重大さを悟ると、そこから一気に心の身構えがなくなって素直にパフォーマンスを楽しめた。
彼女たちの生々しさは、VRゴーグルを使わずに本番のYouTubeアーカイブを「平面越し」で見るだけでも伝わってくる。例えば、MCパートで観客が振っているペンライトを見て、環ちゃんが「すごい振ってくれてるよ、ありがとうー」と返したり、ファーストシングルが11月28日発売というサプライズ発表に驚いて感情が昂ぶり、ハルちゃんや奈央ちゃんが腕を目に持って行って涙を拭ったりする様子だ。この「キャラだけど魂を持っている」というのが、VRアイドルなりVTuberなりの魅力であり、新規性だろう。
これリアルタイムだったの……!?
マニアックな話でいえば、リアルタイムがゆえに技術的にも割と大変なところを頑張っているのも伝わってきた。
バーチャル空間でのライブを実現するためには、えのぐの5人の声と体の動きと空間における位置だけでなく、観客の体が向いている方向とペンライトの動きも随時取得して、すべてを同期していかなければならない。複数人でプレーするオンラインゲームよりも反映すべき項目が多く、人数が増えれば増えるほどハードルが上がっていくわけだが、今回体験した限りではステージの5人の同期はきちんと取れていた。
グラフィック面でも、視聴に使う一体型VRゴーグル・Mirage SoloはPCよりは非力なので、処理落ちしない範囲での表現に落とし込む必要があるのが面倒だ。Mirage Soloで体験するコンテンツは、なめらかさを実現するために60fps以上のフレームレートがほしいところ。今回はYouTube Live同等の30fps程度で、負荷がかかる陰影表現なども軽くしていたように感じられたが、体の位置がずれたり、揺れものが暴れたりすることもなかったので普通にライブを楽しめた。
そもそもの話、VRゴーグルはこれという定番がないまま前世代の性能を凌駕する新製品が次々と現れており、ひとくちに「劇場の建設」といっても、どの製品でお客さんに見てもらえば運用のしやすさと体験のよさのバランスが取れるのか見定めるのが大変だ。開発スケジュールが限られる中、今年のトレンドである一体型VRゴーグルで5月に発売されたばかりのMirage Soloを選び、最適化するだけでも大変な作業だったのではないだろうか。
Mirage Solo。日本でも一般量販店で5万円前後で購入可能だが、今回の岩本町劇場のアプリは公開されていない。
ライブ会場感がもっとほしい!
一方で、物足りないなと感じたのは「ライブ会場感」だった。あくまで筆者が体験したプレス向け体験会での話になるが、女性アイドルライブで定番(?)の野太い男声のコールや、観客一体で音楽に合わせて動く「ペンライトの海」などを感じられると、もっと没入できると感じた。
VRゴーグルを使ったアイドルライブ体験というと、筆者が思い出すのがPlayStation VR向けの「アイドルマスター シンデレラガールズ ビューイングレボリューション」だ。こちらはリアルタイムではなく「体験の再生」となるものの、モーションキャプチャーや300人規模で収録したコールの声など、同じ観客席にいるモブへのこだわりがとにかく素晴らしい(詳細はこちらの記事が詳しい)。
もちろんビューイングレボリューションはステージのキャラも客席の観客もリアルタイムで同期しているわけではないので、今の岩本町劇場で実現するのはかなり難しいものの、ライブでは単純に好きなアイドルやアーティストを目の前にするだけでなく、同好の士と一体感を分かち合うのも楽しさのひとつだ。というわけで本オープンのあかつきには、オケに合わせたモブの動きや声もぜひ入れてほしい。なお、上記はプレス向け体験会の話で、プレオープンの本番は「猛者」たちのリアルコールでVR会場も盛り上がっていた可能性もあるのだが……。
また、Mirage Solo側の問題になってしまうが、コントローラーが6DoFではなく3DoFなので、リアルのコントローラーとバーチャルのペンライトがで位置や方向がずれるということも気になった。スポンジで隠されたホームボタンを長押しすることで再調整できるものの、3DoFのコントローラーを使う限りは解決できない問題としてつきまとうだろう。
とはいえ、現時点ではプレオープンで、数々の困難を乗り越えてこのスタートラインに立っただけでも偉業と言える。これからハードウェアやネットワークといった技術の進歩、演出や運営のスキルアップでどんどん良くなって行くわけで、その未来が楽しみで仕方ない。
夢は2020年、東京オリンピックの大舞台
さて、そんな岩本町芸能社の目指す先は「VRアイドルの市民権獲得」だ。
代表取締役の江藤倫寿氏によれば、岩本町芸能社はキズナアイちゃんを見て「これは新しい」と衝撃を受けて始まったプロジェクトだという。そこでネットを中心に活動するYouTuberという同じアプローチで行くのではなく、差別化を考えてVRのアイドルを育てる道を選んだ。
「VR機器はガジェットファンにとっては身近な存在になってきていますが、一般の人はそもそも持っていないし、体験していない人も多い。勝手な考えでもありますが、今は見る必然性のコンテンツが不足しているのではないかと思っています。極論を言えば、この前開催したサッカーのワールドカップで、VRで自分が会場にいる感覚で試合を見られるなら、世界中にいるサッカーファンのうち数億人ぐらいが使うでしょう。僕らはVRアイドルという切り口で魅力のあるコンテンツをつくっていけば、必然的にVR市場も活性化していくのではと思っています」(江藤氏)
将来的には 、自宅からVRゴーグルをかぶってVRライブを楽しめるようにするという構想もあるようだ。
そして現在、VTuberが広告やプロモーションに起用され始めているが、VRアイドルでもその領域が伸びると見込んでいる。
「近い将来、VRアイドルだけでなく、VR俳優やVRタレントも出てきて、そんなバーチャルな彼ら・彼女らだけを起用した番組も出て来るはず。そして当たり前のようにVRアイドルが企業の広告塔を務める時代も来る。われわれはそこを狙っていきたい」(江藤氏)
いくら今、VTuberやVRアイドルが目新しくて勢いがある存在といっても、広告クライアントと信頼を築いていて、その価値を信じて正しく伝えられる人物が間にいなければ大きな案件は成立しない。その点、岩本町芸能社は江藤氏を始め広告出身の人材が多いそうで、同社のVRアイドルが企業や製品のイメージキャラクターに起用されるのも案外、早期に実現できるのかもしれない。
「えのぐを一気に育ていきたい。例えば、CDのリリース時にオリコン1位を取ったり、VRライブの観客動員数で今まではありえない1億人とかを叩きだせたら世間の目が変わって、彼女たちを中心にVRアイドル市場的なものができていくと思っています」(江藤氏)
夢は2020年、東京オリンピックの大舞台だ。
「世界から見た日本のカルチャーにおいて、二次元コンテンツは非常に支持されている。願わくば、東京オリンピックの開会式や閉会式で日本を代表するコンテンツとして、弊社のVRアイドルをお披露目することができたら嬉しい」(江藤氏)
岩本町劇場を得たえのぐと岩本町芸能社がどう飛躍していくのか。今後の展開が見逃せない。
(TEXT by Minoru Hirota)
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