Re:AcT・稀羽すう、「ドライブ・イン・シアター」ライブレポート 気取らない”だつりょく”の歌声に寄り添われた一夜

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2025年10月4日に、SUPERNOVA KAWASAKIにてVTuber事務所「Re:AcT」(リアクト)に所属する稀羽(うすわ)すうのセカンドワンマンライブ 「ドライブ・イン・シアター」が開催された(アーカイブ配信)。

このライブは10月4、5日の2日間に渡って実施した「Re:AcT 2days Live 【Crossing Voices】」4公演のうちのひとつで、初日にある2部のうち後半の時間帯での公演となった。彼女にとっては1年半以上ぶりのリアルライブだ。

Re:AcT内では、花鋏キョウと獅子神レオナの2人の先達を追いかけるように人気を集めている稀羽すう。バーチャルシンガーとして頭角を表していきそうな今、多くのファンが詰めかけた記念すべき一夜を記してみようと思う。

セカンドライブ&YouTube10万人達成 メモリアルな一夜の始まり

ライブレポートの前に、稀羽すうについて簡単にまとめてみようと思う。

彼女は、2020年6月6日に個人VTuberとしてデビューし、2022年4月2日にRe:AcTへ移籍。バーチャルシンガーとしてオリジナル楽曲のリリースを進めながら、ライブ配信では歌配信を中心に、ゲームや雑談を通じてファンと交流を深めていた。

白タイツに白包帯をあしらった足のデザインと、白銀色のショートカットな髪型に白黒のガーリーなドレス、薄紫色の丸っこい瞳、そして背中から生えた大きな羽。少女性と空想性を強く秘めたビジュアルに加えて、普段の配信やSpotify Podcast番組「稀羽すうと暮らす。」を通して飾らない言動にみせており、多くのリスナーやファンを魅了してきた。

自身初となるEP「ONE LDK」を2024年3月6日にリリースすると、2024年5月4日にファーストワンマンライブ「駅近、南向き。」を開催し、2025年7月30日にはオリジナルアルバム「Dive iN」をリリースしており、なんとこの日を前にしてYouTubeチャンネル登録者数が10万人を突破。彼女にとってメモリアルなモーメントが起こった直後にこの日を迎えることになったのだ。

前回開催されたファーストワンマンライブから約1年5ヵ月を経て、稀羽すうは自身の成長した姿を見せようと意気込んでいた。第1部のライブに出演した際にはMCで「みなさん! コーレスしましょう! はーーい! と返事してくださいね?……稀羽すうの夜のライブに来てくれるっていう人ーー!?」と呼びかけ、笑いとともに大きな返事を生み出していた。ファン目線からすれば「どれだけ見に来てほしいんだ」と思われるだろうが、それもすべて自身のライブパフォーマンスを目にしてほしいからに他ならない。


少し雨がパラつく曇り模様のなか、ライブ前のアナウンスを稀羽が読み上げていく。

「ライブ中には不慮の事故により……!? 事故じゃない事故じゃない! 縁起でもない!!!」

思いっきり言い間違えて会場から笑いに包まれる中、会場はスッと暗転。映画館で流れるマナー啓蒙動画をモチーフにした白黒ムービーが流れると、会場に再度笑いが包まれる。

映画開始を告げるブザー音が鳴る。いよいよ流れはじめたオープニングムービーは、なんと実写。少女がフィルムカメラを回しながら、様々な光景を捉えていく。夕方、空、風景と捉え、そのままカウントダウンからライブがスタートした。


セカンドライブ1曲目は「Starry night」からスタートした。彼女の特有のウィスパーボイスや掠れ感のあるボーカルが、ライブフロアにすうっと広がっていく。軽く手を左右に振ると、観客たちもあわせて手を振っていく。

2曲目にはAKASAKIの「Bunny Girl」のカバーを披露。客席フロアでは青と白のペンライトが揺れ、紫の照明でフロアが照らされる。小気味よいビートとシンセサウンドに、歯切れのよいボーカルが心地よく混ざり合う。キラキラと煌めくムービーにあわせて歌っていき、最後は頭にウサ耳ポーズをして締めると、その姿に「かわいい!!」という声が飛び交う。

3曲目「いたいのいたいの」のメロウな響き、4曲目「ナラタージュ」ではビート感のあるテクノポップ、5曲目にはなとりの人気曲「DRESSING ROOM」をカバーと次々に歌っていく。徐々にアップテンポになりつつ、ビート・ベース・シンセのトゲつきかたが微妙に異なる楽曲がつづいていく。特に決まったダンスを踊るわけではないが、簡単な振り付けをこなしつつ歌う姿はクールな面持ちだ。

「今回のステージは、まさにタイトル通りの『ドライブ・イン・シアター』になっています。みなさんは車になっています!」

MCで彼女はこのように伝えてくれた。いわれてステージや客席を広く見てみると、なるほど確かに。ご存知ない方に簡単に説明すると、ドライブインシアターとは、自動車に乗ったまま映画を鑑賞できる屋外映画館のことを指しており、砂漠や駐車場のような広大な敷地にスクリーンを設置し、指定されたスペースに車を停車させ、乗車しながら映画を鑑賞するというスタイルになる。

この日のライブステージをみると、大きな画面のとなりにはちょっとしたスピーカーと照明が並び、稀羽の顔を捉え続けるビジョンが両側に設けられている。スクリーンを見つめる我々と車、なるほど面白い。

さて、稀羽すうの魅力とは、「みにくいアヒルの子」をベースにした空想性の高いビジュアルと、リスナーに見せる飾らない人柄、少女性が高い可憐なビジュアルでありつつ、飲酒をしてちょっと間の抜けた会話をしてしまうという、このズレた魅力を同時に発している点にあると思う。

「えーっと、えーっと」と言いながらうまくMCしていく稀羽。その愛らしい姿に見とれつつ、「おかえりなさい!」「ただいま!」と稀羽と観客のあいだでコミュニケーションが図られる。そんなやり取りをする観客たちは一様に笑顔で、彼女の言動ひとつひとつを楽しんでいる。

6曲目に披露したのは「Ready To Party」だ。ゆるふわなキュートなテクノポップで、鍋、フライパン、スパイス、スイカやバナナといった果物、ソース、フォーク、シャンパンと料理にまつわるモチーフが、ムービーの中で次々と登場していく。カラフルな照明演出はとてもポップで、横にフリフリとステップを踏んでいる稀羽の姿はとても愛らしい。

テーブルとイスがステージに現れ、7曲目に歌ったのはLucky Kilimanjaroの「Burning Friday Night」を歌っていく。この曲は「ウイスキーを飲み干して 今夜あなたの視線に酔いたい」という出だしから始まるダンスポップで、会場の天井にある2つのミラーボールから光がまたたき、観客を盛り上げていく。

続いては「琥珀色の街、上海蟹の朝」を8曲目として披露。夕暮れ色のグラデーションがかかるなかで海辺やヤシの木の間を車で走っていく絵作りが印象的で、いわゆるレトロフューチャー感あるムービーが流れていく。

サイバー感マシマシなMVであるが、実は原曲のMVでは「海辺の夕景を車で走っていく」という構図が採られており、”ドライブ”というテーマにも近しく、レイドバックするフィーリングはピッタリ。歌い始めたときは意外な選曲だと驚いたが、次第に納得させられてしまった。

9曲目「思い出とペトリコール」は、ヒップホップライクな太いビートに鍵盤とシンセの音色が絡み合うシンセポップで、そこにセンチメンタルたっぷりに稀羽がボーカルをとっていく。

戻んない恋に ずっと泣いているんだ
浅い呼吸 狂ったシーケンス
遠くなった信号の赤は変わらないな
どんなシーンも全部残したいよ
何度も戻したエンディング
いまさら同じように
辿っていく深夜のハイウェイ

独特の掠れた声色に、ある種の脆さややわらかさが宿る。苦々しく歯がゆさが残る恋心を、稀羽すうは感情いっぱいに歌っていく。

続く「Floating」はよりグッとスロー&ディープな感触が残る1曲で、シンセサウンドと揺らめきと響きにあわせて歌う稀羽は、飾らない彼女らしさがうかがえる。

「普段から飲酒雑談とかしているから、お酒を飲んでいるっていう曲が歌いたくて、この曲は歌い出しでウイスキーを~みたいになるからいいかなって思って」

このようにMCしていく稀羽。その直後に「お水を飲むね」とひとこと断ってからお水飲むと、ライブでよく問われる「お水おいしいー?」という声だけでなく、「ハイボール!?」などお酒の種類を聞く声もあがる。ひとしきり水を飲み終えた後に「お水だボケ~~ッ!!」と思いっきり稀羽が返事すると、ワッと笑いと拍手がわき起こる。

先程まで穏やかで心地よいシンセポップやダンスポップを歌っていたところから、この笑いアリの和やかな空気へ。この流れと変わり様だけでも、彼女とファンの距離感がいかなるものかがすこし伝わるのではないだろうか?

どんどん深みへと進んでいくライブ いよいよ後半へ

11曲目には「アイドルマスターミリオンライブ!」に登場する馬場このみのキャラクターソング「dear…」をカバーする。ご存じない方に説明すると、稀羽は10年近く「アイマス」シリーズを追いかけている”プロデューサー”であり、配信の中で自身の担当アイドルとして馬場このみをあげていたこともある。

この曲自体は2014年にリリースされたものだが、現在でも「ミリオンライブ!」の中でも人気が集まっている。そしてこの日のセットリストで最もアイドル色の強い曲だと思うが、ウイスパー気味な声を強く発して、より儚げな感触を広げていっていた。

続く「トロイメライ The Herb Shop Remix」では、グッとキックとベースが強くなったエレクトロポップなサウンドに、ウイスパーではなくより地声に近い声で歌っていく。ラップ&フロウからメロウなパートへ、そこからドラムロールを使ったビルドアップからドンッ!と盛り上がっていう楽曲構造、クラブミュージックを起点にしたポップスとして観客をもり立てる。

都会ビルのムービーが流れ、観客はハンドクラップで応じていく。ダンスポップとしてスタンダードな形でありながら、盛り上がりすぎないスローなグルーヴとウワモノのサウンド。そこにほどよく力感ないボーカルが混じる。感傷と高揚感というアンビバレントな感覚が、会場に染み込んでいく。

13曲目は「らしく。」。ハイノートなメロディラインをふわっと歌っていく稀羽の声は、まるで透き通っているよう。その強いビートにあわせて孤独感や悲しさをつづっていく。

きっと あの偉大な人も頭抱えて
“歪であること”にこじつけては
知らなかったことに価値を見出した。
こんなにも悲しいのに

そのままMCへと入ると、笑顔を見せながら観客にライブ内容を振り返り、自分も含めて昼公演から続けて来ている観客の体調に気を遣う言葉を投げていた。YouTubeチャンネル登録者数10万人を突破したことを会場から温かく迎えられ、ステージに現れたイスに「あ、座るんだった、よいしょ」と可愛らしく腰掛けると、観客からは「かわいいーー!」と歓声が上がる。「え!? 待ってなんか、いいなぁ! なんかすごい!」と思わず興奮してしまう彼女を、観客らは温かい目で見守っていた


そのまま本編最後の楽曲「seaglass」を披露する。その出だしはこんな歌詞だ。

こんなだらけた暮らしで
案外しあわせなの
どうかしてると思わない?
枯れ木の方がましでしょ

シンプルなドラムトラックに、優しくウネるベースサウンドと爪弾かれるアコースティックギター、後半になって伴奏に入る鍵盤の音。チルいシンセポップと一言で済ませてしまうのは簡単だが、ここに刻まれ、漂ってくる空しさはとてつもなく深い。

「seaglass」(シーグラス)とは、海岸などでみられる角の取れたガラス片のことだ。自身の疲弊した心模様を、大海原を経て削られたり摩耗したことで丸まった「seaglass」と表現する。すこしエコーがかかったボーカルは掠れ気味の歌声には、擦り切れそうな心模様を表現しているかのようだ。

オリジナルMVをリリースしている楽曲は基本的にMV映像をステージ上で流しており「seaglass」のMVではまさに”ドライブインシアターをする人々”のカットが流れており、あわせて物憂げに湾岸を歩き、気だるげな少女の姿を捉える。そのまま本編は終了を迎えた。

アンコールの声に応えて登場した1曲目は「Mornin’ Bell」。彼女の中でも最もポップな1曲だ。明るい空と海辺を捉えたムービーが流れ、サビでの「えっ!おっ!」という特徴的な掛け声には観客一同全員で声をあげて盛り上がる。

配信パートではここまでで終了となったのだが、「ここからは!会場限定パートです!最後にもう1曲聞いて下さい!」とつたえ、サンボマスター「孤独とランデヴー」を披露した。

バンドサウンドでパンチのあるサウンドに乗って歌っていく稀羽。その表情はニッコリとした笑顔で、観客に手を振り、ときに手を伸ばしたり、その場でグルグルと回ってみたり。自然体というよりも、少し奔放に見えた。


ラストシーンには稀羽と観客全員で大きく手を振って歌っていく。歌い終えて観客を見つめながら、こう言葉を添えたのだった

「セカンドライブ、楽しんでいただけましたか? またいつか会えれば嬉しいです。いってらっしゃい」

こうして彼女の音楽としっかりと向かい合ったことで、色々と気付かされたことがある。「だつりょく系Vsinger」と彼女は自称しているが、無気力感と穏やかさという曖昧だが確かに異なるフィーリングを、うまく表現している点には心打たれた。

車、海辺、ドライブをテーマにしたサウンドやライブテーマは、2010年代中頃以降のシティポップやシンセポップの流行・定着が大きな影響を与えている。そういった音楽では「いい感じでノッていこう」「心穏やかな空気に包まれたい」というグルーヴやメッセージが提示されているが、稀羽の音楽にはそこに加え、過去に対する諦めや悲しみがより強く滲んでいる。

テンポ良いグルーヴとともに晴れやかな気持ちになりたいと願いながら、心のどこかで憂いや悲しみがある。まるでエコーサウンドのように遠く、時間を経ても変幻しながら響くように。

中盤で披露した「思い出とペトリコール」や、本編最後に披露した「seaglass」などはそういった憂いを帯びた感覚をうまく捉えた楽曲で、そうしてみると彼女の楽曲は「ただ悩みながら、揺らめいて踊らせる」音楽といえるのかもしれない。

悲しみに寄り添うように歌って心穏やかにさせ、無理のない温度感とテンションで僕らを現実へと押し出してくれる。気取ることも飾ることもない、彼女の”だつりょく”の形が見えたセカンドライブであった。


●セットリスト
1.Starry night
2.Bunny Girl(AKASAKI)
3.いたいのいたいの
4.ナラタージュ
5.DRESSING ROOM(なとり)
6.Ready To Party
7.Burning Friday Night(Lucky Kilimanjaro)
8.琥珀色の街、上海蟹の朝(くるり)
9.思い出とペトリコール
10.Floating
11.dear…(馬場このみ)
12.トロイメライ The Herb Shop Remix
13.らしく。
14.seaglass

*アンコール
15.Mornin’ Bell
16. 孤独とランデブー(サンボマスター)


(TEXT by 草野虹


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