角川ドワンゴ学園の高校生がVR空間内で映像を制作するというプロジェクト「メタバース学園ドラマ制作プロジェクト〜未来の学校生活をVR空間で描く〜」が発足した。
Meta日本法人Facebook Japanによる次世代XRクリエイター向け教育プログラム「Immersive Learning Academy」の一環として行われるこのプロジェクトには、特別講師として「サマーウォーズ」を監督した細田守も参画。トップクリエイターと学生の化学反応で、メタバース時代ならではの学園ドラマを制作するという。一体、どのような作品が生まれるのだろうか?
今回、6月1日に開催されたキックオフイベントに参加したが、イベント全体を通じて感じたのは学生たちの驚異的な熱量の高さ。高校生だった頃の自分と比べてみて、その前向きなエネルギーに思わず圧倒されてしまった。
制作に参加する学生たちにとってVR空間は特別な場所でもなんでもなく、授業としてVRに触れているメタバースネイティブ。そんな彼らがVR空間で5分間の学園ドラマを制作するということで新しい時代のクリエイティブを予期させられ、取材という事を忘れてポジティブな刺激を受けた。
細田守ら豪華な特別講師を迎えるプロジェクト
6月1日にキックオフを迎えた本プロジェクトは、6月中にワールド制作やコンセプトのブラッシュアップを行い、7月~8月にかけて撮影と編集、9月に完成作品のお披露目というスケジュールで行われる。キックオフ以前の5月にすでにコンセプトを設計するワークショップとしてプロジェクト自体は始まっており、キックオフでは細田守さんとの顔合わせや、プロジェクトに参加するクリエイターによる公開セッションが行われた。
特別講師にメタバース空間を基点とした作品で知られるアニメーション作品「サマーウォーズ」「竜とそばかすの姫」を監督した細田守さんを迎え、バーチャル建築家でambrでCXOを務める番匠(ばんじょう)カンナさん、作家や俳優として活躍する山田由梨さんも参加。
プロジェクトに参加する生徒はN/S高等学校の生徒のうち、100名以上の応募の中から選ばれた20名。イベントに参加していたN/S高等学校のひとりで、惜しくもプロジェクトメンバーから漏れてしまったという学生が「自分も参加したかった!」と悔しそうに言うのが印象的だった。
プロジェクトに参加する20名は4つのグループに別れ、それぞれがひとつの制作会社として役割分担をして映像制作を行う流れになっている。脚本や撮影はもちろん、ドラマの舞台として生徒たち自身でCluster上にワールドを作成するなど、ドラマ制作の流れすべてを自分たちで行うというところが取り組みとして面白い。
この生徒たちを含め、N/S高等学校 普通科の生徒は学校からQuest2を配布され、バーチャルキャスト上で日常的に授業を受けているし、授業が終わったあともVR上で交流しているという。
そんな彼らとの交流を経て細田さんは「自分が高校生の頃とはまるで違うリアルを生きているんだから、まるで新しいものを作るだろうという確信がある」と語っていた。
細田監督×生徒代表 クロストーク「学生のリアルは常に進化している」
特別講師を務める細田さんと、プロジェクトに参加する生徒代表の松尾さんによって、VRを活用した学びにいついて、プロジェクトで学びたいことをテーマにクロストークセッションも行われた。
入学を機に学校からQuest2を配布されてから、初めてVR空間に入ったという松尾さん。
「授業では自由に動かせる模型を使ったり、いろんな角度から見られたりすることで、体験として頭に入りやすいです」とVRを活用した学びについて語った。
細田さんはそれを受けて「僕らの学生生活と全然違うことが衝撃ですよね。松尾さんたちが思ってる高校生活というものが、かつての学生生活から更新されて新しくなってる。学生生活や青春時代がどういう風におもしろくなっていくかところがすごく興味深い。それをリアルタイムで体験している松尾さんたちを、うらやましいと思います」と語った。
今回のプロジェクトに期待することについて聞かれると松尾さんは「メタバース空間上でドラマを作るという今までにない新しいものなので不安はありますが、仲間と一緒に新しいものを作ることにワクワクしています。凄い人たちにアドバイスを頂けることが貴重な経験だと思いますが、凄い人ばっかりなので緊張もしています」と率直な感想を述べる。
細田さんは学校での授業がVRで行われていることや、その学生自身がメタバース空間上でドラマを作るということに対して「学園生活をもとにドラマを作る切り口を考えると、「VRで授業を受けている、コミュニケーションをしている」というリアルな体験をもとにドラマを作ることになりますが、僕の高校時代のように「帰り道にコロッケを買いました」みたいな思い出とは絶対に違って、学生時代のリアルは常に進化している。どういうところにリアルさを感じているのかを観たいと思います」と興味津々で語っているのが印象的だった。
学生時代のリアルとしての「壁抜けバグ」や「トランスジェンダー」
第二部ではキックオフセッションとして、4チームそれぞれの代表者がプレゼン形式で考えた企画を発表し、講師の3人がその場でフィードバックする。現地で登壇する生徒もいればアバターで遠隔登壇する生徒もいるのが、N/S高等学校らしい。
中にはイラストが得意なメンバーによってコンセプトアートから作られているチームもあり、かなり本格的だ。
メタバースネイティブならではの発想としてユニークだと思ったのが、「バグ」を題材にした企画が複数見られたこと。
VR空間で日頃遊んでいる方にとっては、物理判定を付与するコライダーが外れてしまって歩くと落ちてしまう床などは一度や二度は遭遇したことがあると思う。そうした何かしらのバグや不具合を日常的に感じながら、そこに面白さを感じてドラマ作品に取り入れようとする姿勢は興味深い。
細田さんも「現実世界にも多分バグがあって、そこを突いて世の中ひっくり返したいっていう気持ちがあると思う。バーチャルは現実以上にバグだらけだろうし、そういう冒険しがいのある世界を突いてやってほしい。さすがだなと感じました」と語っていた。
「学園ドラマ」という大枠が定められながらも舞台設定が学校というわけではなかったり、企画にジェンダー問題がカジュアルに盛り込まれているところに、そもそもVR空間で授業を受けていることや、アバターの性別が自由である彼らの「普通」が垣間見え、実際の作品がどうなるのかワクワクさせられた。
最後に3名の講師それぞれからプロジェクトや生徒に向けてのメッセージで締めくくられた。
番匠さん「高校生という時期に創作をぶつける機会があってとても羨ましいです。どのチームも創造的で凄いと思っています。これから制作に入って選択・集中をすることになると思いますが、その創造性をどんどん尖らせて欲しいです」
山田さん「高校生と思わずに接してしまいました。というのも、たった一週間で企画をまとめていることに驚いています。演技がどうなるんだろう? というところも一緒に経験していきたいし、一緒にワクワクしていきたいと思っています」
細田さん「作品を作るというのは世の中に対して自分というものを表明したり、時には異議申し立てをしたり、世界を肯定したりすることなので、若い人たちが自分の作品を作ることに対して積極的で魅力を感じてるというのを聞いて、すごく頼もしいと思いました。今は昔と比べてものを作ることがカジュアルになっていることで、作ることの価値や意味が増しているのが、インターネットやメタバースの魅力のひとつだと思うので、みんなの作りたい欲を表現してもらえたらいいなと、それによって自分の価値や世界の価値に気づいて欲しいと思います」
生徒代表の松尾さんに直撃
今回、生徒代表として細田さんらとのクロストークセッションに登壇した松尾さんに直接お話を伺うことができた。VR空間上で学生生活を送る「普通」の高校生活について質問してみると、快く答えてくれた。
──普段から学校以外でもVRSNSで遊んでいますか?
松尾さん 有名どころはだいたいやっています。授業を受けているバーチャルキャストの他だと、VRChat、Cluster、Rec Roomなど。人によって流派が違うんですけど、普段はVRChatで集まって、Clusterのイベントに参加して、Rec Roomでゲームで遊んだりメーカーペンでものづくりして……といった感じで、使い分けている人が多いです。
──プライベートでどのくらい遊んでいるんですか?
松尾さん やってる人は本当に朝から晩までずっとやっていて、総プレイ時間が1000時間超えるような凄い人ばっかりです。
──学生生活そのものが昔と違うという話が出ましたが、松尾さんたちにとっての普通の学園生活をお聞きしたいです。
松尾さん 朝から晩までずっとQuest2を被って過ごしているのですが、バーチャルキャスト上にある「学びの塔」にいつ行っても人がいます。学園が主催してるイベントは年間300回と、ほぼ毎日企画があって、体育祭とか修学旅行とか単発のイベント以外でも交流できる機会が用意されているので、そういうところが良いと思います。
──各チームが発表していたドラマのテーマを拝見していて、バグに関するテーマが多いのが特徴的だと思いました。
松尾さん いろんなところにバグがありますし、UnityやBlenderでいろいろ制作していると、毎日修正作業が大変です。
──プロジェクトに参加する前からワールド制作などはやっていた人が多いですか?
松尾さん はい。もとからVRに興味がある人は多いと思います。モデリングに興味があるとか、シナリオ作りに興味があるとか、いろんな人がいます。
──N/S高等学校の生徒さんらしい、おもしろい興味の振れ幅ですね。ちなみに今、何年生ですか?
松尾さん 2年生です。入学するまではVR機器に触ったこともなかったので、VR2年目です。
──周りの友達は今回のキックオフで登壇することに対してどんな反応でしたか?
松尾さん 「頑張ってきてね!」って感じでしたし、細田守監督と話せることを羨ましがられました。めっちゃ貴重な機会でした。学校には感謝したいです。
余談だが、私が名刺を出すとさっと自分の名刺を取り出すところに、会社として活動する彼らの独立心を感じた。名刺に乗っているイラストもココナラで発注したとのこと。講師からも「高校生というのを忘れていた」という言葉が出たが、私も松尾さんと話していてすっかり大人と接している気分だった。
これからワールド制作や中間制作のフィードバックを経て、撮影・編集というスケジュールが予定されている。
9月のお披露目会がどのような形式になるのかは今現在決まっていないとのことだが、今回発表された企画がどのように学園ドラマ作品になるのか楽しみでならない。
(TEXT by ササニシキ)
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