9月21日、角川ドワンゴ学園に通う高校生たちがメタバース上でドラマを制作する「メタバース学園ドラマ制作プロジェクト~未来の学校生活をVR空間で描く~」の作品上映会が行われた。
このプロジェクトはその名の通り、角川ドワンゴ学園に通う高校生たちが4、5人からなるグループに分かれて役割分担をしたうえで、メタバースプラットフォームCluster上でワールド制作、脚本づくりや出演などのすべてを行い、「メタバース上の学園ドラマ」をテーマにひとつの映像作品として制作するというもの。彼らは授業で日常的にVRに触れているメタバースネイティブとあって、そんな彼らがメタバースを舞台にどんな学園ドラマを作るのだろう? という期待感が込められていた。
6月に行われたキックオフイベントでは、特別講師として参加している「サマーウォーズ」を監督した細田守ら、トップクリエイターたちから刺激を受けて作品制作を進める学生たちの熱量に圧倒されてしまった。そこから約三ヵ月、一体どんな作品が完成したのだろうかというワクワク感を抱いて作品上映会に訪れたが、「メタバースなんて導入してるのに、生徒の居眠りを防げないあっちが悪い」「こんなこともできない大人って本当バカ」といったエッジの効いた台詞や鋭いセンスで描かれる作品に、思わず泣いてしまうほど感動した。
本記事では、本発表会のレポートや参加した学生へのインタビューも交えてお届けする。学生たちの情熱を感じていただければ幸いだ。
メタバース学園ドラマ制作プロジェクトについて
角川ドワンゴ学園の学生が学園ドラマを作るという今回のプロジェクトは、Metaが実施している次世代XRクリエイター向け教育プログラム「Immersive Learning Academy」の一環で行われた。
特別講師としてメタバース空間を基点とした作品で知られるアニメーション作品「サマーウォーズ」「竜とそばかすの姫」を監督した細田守さんを迎え、バーチャル建築家でambrでCXOを務める番匠(ばんじょう)カンナさん、作家や俳優として活躍する山田由梨さんも参加。
角川ドワンゴ学園では今回のプロジェクトのほかにも、希望した学生が参加できるさまざまな課外プログラムがあるとのことだが、今回のプロジェクトは人気が高く募集人数を超える多数の応募から選ばれた20名が参加していた。
当プロジェクトは5月末にワークショップが行われ、6月にキックオフイベントを実施。ワークショップを経て作成した企画をもとに、どういった作品を作るのか公開でディスカッションを行い、そこから約三ヵ月を経ていよいよお披露目となった。(関連記事)
作品上映会の様子
場所は秋葉原にあるアキバシアター。インターネット経由で知り合った人たちのオフ会の場所として有名な「秋HUB」が入っているビルだったので、いきなり親近感が湧いた。
アナウンサー吉田尚記さんの司会で発表会がスタート。一翔剣名義でバーチャルMC/アナウンサーとしても活動する吉田さんの口からは「娘がS高の生徒」「娘の分と合わせてヘッドセットが4体ある」といったパワーワードが飛び出しながら和やかに進み、Meta日本法人Facebook Japan 代表取締役の味澤さん、学校法人角川ドワンゴ学園 理事長 山中さんから、プロジェクトへの意気込みなどが語られる。
また、作品の上映後にはキックオフイベントから引き続きの参加となったという文部科学省 Policy Making for Driving MEXT(ポリメク)メタバース検討チーム代表 黒田さんが登場すると「僕自身もメタバースの原住民として2年間で1000時間くらい、メタバースにどっぷりいる人間ではありまして……」という言葉が出てきて驚いてしまった。
メタバースに関係する省庁の方がその立場で上映会を見学しにきただけではなく、日常的にVRで遊んでいるメタバース原住民としての立場でも純粋に楽しみにしていると語っていたのが嬉しいとともに、実はどこかですれ違っているかもしれないと思うと不思議な気持ちになる。
Metaが主催するイベントに関わっている方がメタバース原住民側と目線が近いことは、当たり前のようでいて日頃からVRに慣れ親しんでいる方にとっては嬉しいことだと思う。
「メタバースあるある」と「高校生の実感」が散りばめられた作品
上映会は2作品ずつ上映し、上映後に特別講師とのクロストークを実施する形で行われた。
6月のキックオフイベントでは、学生たちが作った企画をもとにディスカッションする場面を見させてもらったが、この時点でメタバースではよく見かける壁抜けバグや、使用アバターの性別が自由であることが当たり前のジェンダー感覚を感じさせる作品など、メタバース空間で授業が行われるドワンゴ学園ならではの「彼らにとってのリアル」が反映された内容になっていたのが興味深かった。
それをもとに一体どんな作品が完成するのだろうというところが楽しみな点だったが、彼らの作品を実際に観てまず驚いたのが、企画段階から見えていた「彼らにとってのリアル」が強いメッセージとなって映像作品になっていたことだ。
約3ヵ月という期間でワールドの作成から、Cluster内で実際に演技・撮影を行って、約5分の作品として編集まで済んでいることも当たり前のようだが凄いことだ。もちろん彼らは学生なので、その間は学生生活を送りながら、放課後に行う部活動のような形でこのプロジェクトを進めている。メタバース上でなにか自己表現をしたことがある方なら、彼らのすごさがよくわかるのではないだろうか。
高校生ならではのリアルな言葉を感じたのが、先生の話を聞かずに居眠りしていたと言う女の子たちが「メタバースなんて導入してるのに、生徒の居眠りを防げないあっちが悪い」「技術を使いこなせない大人はやっぱだめね」と言うダウナーなシーンから始まるSFサスペンスドラマ作品「human?」。まさにメタバースネイティブの現役高校生から出てきた言葉だと思うとグッと引き込まれるものがあった。
生身の人間に代わって学校の授業に出席してくれる「代理出席AI」をめぐって、AIがもたらす未来に対して学校生活や友達との関係がどうなるのか? というドメスティックな観点でドラマに落とし込んでいるところに、高校生ならでは感覚と高校生らしからぬ上手さが共存していた。
鑑賞後の特別審査員のコメントでも、細田さんが「4作品の中で一番、自主製作映画感が強いと思った。プロっぽい感じがありつつも、(高校生にしか絶対に描けない台詞といった)実感は部分的に織り込みたいというところが自主製作映画の醍醐味で、そうところを楽しめて良かったです」と語っていたのが印象的だった。
このほか、喋らないかわりに身振り手振りやエモート機能でコミュニケーションをする「無言勢」が実は学校の校長先生で、自分に自信を持てない男の子が校長先生と交流して魔法使いになることで、メタバースでなりたいもの、やりたいことを叶えるというポジティブな願いを込めた作品「ひらけゴマ!」。
本当の自分を好きになれないけど、理想のアバターをまとうことで「普通」の存在として過ごしている友達同士の二人が、アートコンテストへの応募をきっかけにメタバースの学校内SNSにさらされながら、アバターによって見た目を変えるだけじゃなく「自分の嫌いなところも愛したい」と、もがくさまを描いた「ラナンキュラス」。
現実では36歳のおじさんが「今、楽しまなきゃ損」をキーワードに、ちょっとシュールな学校ワールドで出会った、明るい雰囲気の少年と交流するノスタルジックな雰囲気の作品「おじさんと春」。
以上の4作品が上映された。今、高校生として生きて感じるリアルな感覚や、メタバースが日常にある中で感じたものが作品に表れているところに思わず感激し、気づけば涙してしまった。
メタバースにはよくいる無言勢だったり、年代を超えて学生とおじさんが交流することがよくあるという状況が反映されているところは、彼らにとってのリアルを感じさせられる。「学園ドラマ」がテーマでありながら、おじさんを主人公に据える物語が出てくるところに、メタバースの文化的な面白さが込められていると思う。
特に、3作品目に上映された「ラナンキュラス」では、現実ではおじさんだけど美少女アバターを着ることで前向きになれるといった、自分を肯定するためのアバター文化がポジティブに受け入れられている現在、それをさらに一歩進めるようなメッセージ性にメタバース文化自体の未来すら感じた。
上映後のトークセッションでは、「自分の嫌いなところも愛したい」というメッセージを伝える上で感じたことはありますか?という質問に学生はこう答えている。
「メタバース上では理想を実現できるし何でもできると思ったんですけど、メタバース上で理想だけを見て生きてるだけだと、本当の自分のことを愛せないんじゃないかなって思いました」
「エモい」どころでは収まらないリアルな感情のゆらぎ、高校生だからこそ感じる社会への恐怖、それらがメタバース上で作られ、作品として発表されたことは世界的に見てもかなりエポックメイキングな出来事だったと思う。
これらの作品は日時などは決まっていないものの、一般公開の予定はあるとのこと。もし公開されたら、特に日頃VRで遊んでいる方はぜひ観て欲しい。きっと強く刺さるもの感じるはずだ。
プロジェクトの参加生徒の栗山さんに感想を伺った
今回、「ひらけゴマ!」の制作に携わっていた栗山さんにインタビューさせていただいた。栗山さんはプロジェクトに応募したものの、開始時には惜しくも落選してしまったとのこと。落選後もキックオフイベントに参加してプロジェクトを見守っていたところ、人が足りないチームがあると聞いて参加することになった経緯があるという。そんな熱い想いで参加した栗山さんに担当した仕事やチームの雰囲気を伺った。
「出演部分はカットされた部分が多かったんですが、主に担当したのは通行人の役や魔法のじゅうたんを動かす係です。魔法のじゅうたんは演出上、上から落ちてきてそのまま走りだすのですが、規定のルートを逸れるとカメラの外に出てしまうのが難しかったです」
「ひらけゴマ!」では、無言勢で自由奔放な校長先生に導かれた主人公が魔法のじゅうたんに乗るシーンがあるが、魔法のじゅうたんは操縦者が動かす方式で制作されたとのことで、舞台でいうところの大道具担当のような形だ。リアルの舞台では難しいような大掛かりな装置も、高校生でも制作し、操縦することができるというのも、メタバース上の映像作品制作として面白い点だ。
また、トークセッション時に、チーム内で作品のことで意見がぶつかったこともあったという話が出たこともあり、「ひらけゴマ!」の制作チームでそうした危機があったかを伺ってみた。
「大変すぎてそれどころじゃないっていうのはありました。(作ったワールドが使われないとなっても)それよりも作品を5分に編集しないといけないし、大変だねえ……という感じでした。そういう雰囲気になったのは監督のおかげですね。僕は途中参加だったんですが、参加してすぐに良いリーダーがいると思いました」
4作品の中でメタバース学園ドラマというコンセプトの王道を行くようなメタバースへの期待感をポジティブに表現していた「ひらけゴマ!」だが、そうした作風になったのも、監督がうまくチームを和やかな雰囲気にしていたことの現れなのかもしれないと思った。
また、当初はプロジェクトのメンバーには選ばれていなかったという栗山さんは、以前も角川ドワンゴ学園で行われた細田監督のワークショップの抽選に外れてしまったという。
「以前も細田さんのワークショップがあって応募したのですが通らなくて、今回参加できることになったので「よっしゃ!細田さんに会える!」と思ってウキウキでした」
名だたる作品を制作してきた細田監督に直接アドバイスをもらったりする機会があるだけでも、相当なモチベーションだったことは想像に難しくない。私が学生だったら、2度も抽選を通らなかったら諦めてしまったかもしれないが、こうしてチャンスを手にして制作を楽しんでいる姿を見ると、眩しく感じた。
もし上映されることが決定したら、彼らの眩しいまでの感性で作られた作品をぜひ観て欲しいと思う。
(TEXT by ササニシキ)
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