HoloLensはおもちゃではない——クリエイターが語る「仕事でMR」の魅力とは?
日本でも1月に発売され、マイクロソフト公式やユーザー主催のセミナーが盛んに開催しているMRゴーグルの「HoloLens」。面白いガジェットにすぐに飛びつくアーリーアダプターからは「Oculus Rift DK1に匹敵する未来感」という評判も上がっており、その熱気に当てられて「ちょっと買ってみよう」という次の波を生み出している。
PANORAでも2015年の時点からHoloLensに注目してユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの伊藤周氏にインタビューしたり、日本で一般初公開となったニコニコ超会議のJALブースをレポートしたり、西田宗千佳氏によるHololensとWindows Holographicの産みの親である米Microsoft Windows and Devices Group Technical Fellowのアレックス・キップマン氏のインタビューを掲載したり。さらには2016年6月に「ここがスゴいよHoloLens」と題してトークセッションを開催するなど、絶えず最新動向を伝えてきた。
一方で、まったく縁のない方にとっては、HoloLensのもたらす価値にピンときていないはず。そもそもARゴーグルは既存のものも多く発売されているわけで、それらと何が違うのだろうか。先のトークセッションにも登壇いただき、日本人で初めてWindows StoreでHoloLensアプリをリリースしたという「ゆーじ」氏(@yuuji)に、その魅力を存分に語っていただいた。
ゆーじ氏。
ゆーじ氏が手がけたHoloLensアプリのひとつが「Artgram Unity-Chan」。さまざまなポーズをとらせることができるARデッサン人形。
こちらもゆーじ氏作の「HoloExploded」。目の前に車を出現させる。
HoloLensの装着で「レイヤーがひとつ増える」
——ゆーじさんは今、HoloLensを一日何時間くらい装着しているんですか?
ゆーじ そうですね……。大体付けていますね。眼鏡と同じくらいの頻度で装着しています。HoloLensは短時間装着しただけではその価値はわかりにくく、日常的に装着するのが重要なんです。
——といわれると?
ゆーじ HoloLensは部屋をスキャンして、好きな位置にウィンドウを貼り付けておけます。例えば、壁の決まった位置にカレンダーを掲示しておいてスケジュールを確認したり、テレビのようにYouTubeのウィンドウを「壁掛け」して見たりといったことが可能になります。同じことはパソコンやスマートフォンでもできますが、HoloLensなら電源ボタンを押したり、ロック画面を解除することなく、その方向をみるだけで情報を得られるのです。なので今ではHoloLensを外してしまうと、逆に不便で違和感を感じてしまう。
——それはすごい(笑)。しかし、意外と重いので、長時間つけていると首が痛くなりませんか?
ゆーじ 確かにずっと付けていると疲れますが、装着の仕方でも負担は結構軽減されますよ。ヘッドバンドを頭に締め付けるのではなく、帽子のようにかぶる感じで乗せるのが重要です。鼻当ては使わないイメージです。ただ、それでもHoloLensはまだまだ重いですし、自分も普段はネックレストやクッションで支えるように何かしら工夫しています。
——ネックレスト! そういうのもあるんですね。
ゆーじ 首を痛めてヘルニアになってしまったらシャレにならないので、疲れたら休む、「休ホロ日」を設けるのも重要です。ただそうしたレベルで日常的に装着していると、HoloLensの出している情報が現実であると認識に変わってくるんです。
——今までPCやスマホの中にあった情報が現実と一体になるという?
ゆーじ VRゴーグルですと、視界を完全に覆っているので、見えているものは現実じゃないとわかりますよね。でも、HoloLensは表示されているウィンドウなどが、現実にあるコップや本とかの物体と同列に扱える。よくHoloLensを装着していると「レイヤーがひとつ増える」という話をしますが、これが仕事でも結構使える。私は気象関係のアプリも仕事でつくっています。今のところ天気予報はスマホやテレビで見ますが、例えば、玄関のドアのところで見られたら便利だなとか。
——いままでIoTのハードウェアでつくろうとしていたものが、HoloLensならより安価なコストのソフトウェアで実現できちゃうという。
ゆーじ いろいろな場所で見せることができますし、仰々しいハードは頭の上に乗せるだけで今のところはいいですからね。HoloLensはまだ開発者向けの「おもちゃ」という見方もありますが、自分としてはどんどん仕事で使っていっていいレベルだと思っています。
HoloLensの可能性をBloomさせるゆーじ氏。ちなみに好きな食べ物はお寿司。
三次元の情報を三次元のまま表示しておける
ゆーじ ほかにも、3次元のデータを3次元のままやり取りできるという点が仕事で役立ちます。
——といわれると?
ゆーじ 今のところ、現実世界にある3次元の物体を電子データ化するときには、2次元のディスプレーを使っていますよね。つまり、3次元情報をすべて2次元に変換してやり取りしているわけです。しかし、この変換のときに欠落してしまう情報もある。それを3次元のままやり取りできるようになるのがHoloLensです。
——えーっと、同じことはVRでできそうな気もしますが。
ゆーじ VRはまだ技術的に足りないところがあって、不完全です。形になるのは、10年か20年くらい後かな……。
——20年! ずいぶん後ですね(笑)
ゆーじ VRはエンターテイメント用途など、ある一定のところでは今の技術水準でいけるんですけど、業務用途で考えたらまだまだ精度が足りないところがあります。例えば、今普通に仕事をしているおじさんが、VRゴーグルをつけて普通に仕事をこなせるレベルかというと、まだその段階に達してはいません。
あまりVRというものに触れていなかった人たちがごく自然に、違和感なく使えるには、視野角もそうですし、ゴーグルを装着していると物理的にも感じないくらいになる必要があります。そうなったときに、VRの時代がくるでしょう。VR/AR/MRが生活に溶け込むその前段階として、HoloLensをきっかけに、情報をPCディスプレーという2次元でやり取りしている状況から、3次元に変わっていくと思います。
——すごくざっくり言うと、ディスプレーの革命のひとつみたいなものですかね?
ゆーじ そうですね。ただ、いきなり平面でやり取りしている情報を空間に浮かべてやり取りするというのは、慣れというか何というか……。私も仕事で現実世界のものを可視化するような案件をやっていますが、それをやるにあたってクライアントさんや周りから絶対こう言われるんです。「それ3Dでやる必要あるのか?」って。なぜそういう指摘をするのかというと、彼らは3次元化した情報を見たことがないので、2次元の情報で足りていると思い込んでしまっているからです。
——3次元ディスプレーの存在を知らないから、言っていることが伝わらない。
ゆーじ そもそも物体って全部、2次元じゃなくて3次元にあるわけですよね。3次元にあるものを2次元情報に変換してそれを見ているというのは、情報のロスが起こっている。だから、そもそも人が3次元情報を当たり前に思えるようになる必要があるわけです。
ゆーじ氏所有のHoloLens。Perception Neuronのケースに2台(!)入れて持ち歩いているとのこと。
あらゆる業界のワークフローに影響を与える
——HoloLensはどんな分野で活用されると思いますか?
ゆーじ 現状のVRはエンターテイメントで生きてくるものですが、MRはちょっと違う方向です。仕事関係、業務ワークフローの改善でしょうか。仕事の最適化をする際、平面ディスプレーで情報の可視化をしますよね。HoloLensであれば、その情報を現実世界に展開できるわけです。スマホやPCで可視化すると、現実と画面を交互に見なければいけませんが、現実に対して情報を被せられるだけで、いろいろな仕事のやり方が変わってくるんですよね。
——どんな業界に影響を与えると思いますか?
ゆーじ あらゆる業界だと思います。例えば設計関係も、手元の資料を見ながら仕事をする必要はなくなります。マイクロソフトも、バイクのホログラフィックを皆で見ながら寸法やカラーリングを調整するデモをよく見せていますよね。いままではCADなどのツールで行っていたワークフローを、その場でデザインまでできちゃうわけです。
——確かに仕事の進め方が変わりそうですね。
ゆーじ 業務ワークフローの改善を目指して、PCで見られる情報がスマホでも閲覧できるようになりました。同じような話で、今度はスマホがゴーグルになれば、オンライン上で同時に作業ができちゃうので、仕事の進め方をさらに変革できます。
——それでいえば、既存のARゴーグルも同じようなことができる製品がありますが、それとHoloLensはどう違うのでしょう?
ゆーじ 位置トラッキングやSLAM(Simultaneous Localization and Mapping、環境マッピング)の精度が全然違います。3Dでオブジェクトを浮かべ、それがピッタリその場にくっつくんです。今まではカタカタしちゃったり、ただARで浮かべているだけでしたが、そこから大きく進化しています。VRのハードも10年20年後には性能がさらに上がり、現実と変わらなくなった時は生活に溶け込むといった話と同じで、AR/MRのハードもHoloLensによって性能がずっと上がったので、業務でようやく使えるレベルになってきたと思っています。この精度が高いというのは重要です。
——確かにVRでも追従性の高さや視野角など、基本的な技術が徹底改善されたことで、魅力を感じた人も多かったと思います。
ゆーじ はい。ただ今もVRが業務で使いづらいのは、入力の精度があまりよくないところです。仕事で使うからには学習期間があるので、操作の慣れに関して問題はありません。結局問題になるのは精度なんです。1mm単位でズレたら困る仕事もありますし、今でも何かの拍子にいきなり位置計測がおかしくなることもありますよね。仮にこれがリモート手術中とかに起きたら大変です。
——それは怖いですね。
ゆーじ とはいえHoloLensもたまに少しズレることはありますけどね。例えば、工場のラインに流れる部品や製品にQRコードが貼られているとして、そこに情報を表示するとします。しかし、既存のARゴーグルでは、動いている物体の上にピッタリ情報を出すというのがかなり難しかった。HoloLensは、それを可能にしたというのが大きいです。
——しかし、そうした価値が伝わるのには結構時間がかかりそうですね。
ゆーじ いまHoloLensを推しているのは、3次元情報をごく当たり前だと感じて欲しいと願っている人たちだと思います。しかし、技術的にHoloLensもまだ完成形ではありません。誰しも無理にHoloLensを買えというのは違う。ですが、今述べたような可能性に触れて、自分の業務に必要かどうかを判断することは必要でしょう。
——体験には慣れておいて欲しいという事ですよね。そこはVRと一緒で、体験しないと分からない部分でしょうし。
ゆーじ はい。ただHoloLensの場合は特殊で、VRの感覚ともまた違います。HoloLensはケーブルなしで単独で動きます。言葉だけだとそのまんまの意味ですが、それによって生活の一部になというる感覚が重要です。ゆくゆくはVR/AR/MRは人の生活に溶け込む時代が来ます。そういう未来を感じられるのはHoloLensが初めてじゃないかと思います。ぜひ長時間の装着を体験して、次のビジネスをつくっていきましょう。
(TEXT by Minoru Hirota、Mirai Hanamo)
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