ロボットにもバリアフリー社会を karakuri products松村礼央氏に聞く「1/2タチコマ」開発秘話(前編)

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9日に開催してVR/ARも多く展示していたイベント「カヤックのしごと展」。筆者(広田)も取材したわけだが、その中で印象にのこったのが、「攻殻機動隊 S.A.C. 1/2サイズ タチコマ・リアライズプロジェクト」を手がけているkarakuri products 代表取締役 松村礼央氏の話だった。

タチコマは、テレビアニメ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」でおなじみの多脚戦車だ。AIによる自律行動が可能で、劇中の登場人物とコミュニケーションをとったりする姿のかわいさで人気を博している。

そんなタチコマをkarakuri productsが1/2スケールで再現し、アニメーション製作会社のプロダクションI.Gと協力して、昨年12月からオフィシャルストアの「IGストア」にロボット店員として導入する実証実験を展開。

さらにカヤックが作成したスマホアプリ「バーチャルエージェント・タチコマ」(iOSAndroid)を使うことで、自分だけの個性を持ったタチコマが育成できる。このアプリから注文してストアに商品を取りに行くと、育てた性格がアプリからロボットに「憑依」して、接客してくれるという流れだ。なお実証実験は2月で終了したが、4月6日から常設展示として再開している。

 

目新しい技術であるロボットにおいて、どうやって既存のルールと折り合いをつけた上で一般化を狙うのか──というのは、VRでも重要なテーマになる。スマホアプリを手がけたカヤックの松田壮氏も一緒にお話しを聞いたところ、クリエイターにとって気づきの多い興味深い内容だったのでPANORAでも取り上げた。ぜひ通読してほしい。

 
 

商業施設でタチコマを動かすのは実はグレー

 
──タチコマが接客というと、具体的にどんなことをやってくれるのでしょうか。

 
松村 単純にお客さんの呼び込みのほかに、カヤックさんがつくったアプリを通じて商品を取り置きしておくと、お店で支払いを済ませた後、タチコマからの商品の受渡しサービスをうけることができます。その際、実機の「タチコマ」にはユーザがアプリで育てたタチコマが憑依した形で動作して、コミュニケーションをとってくれます。アプリでの育て方で分岐する振舞い、われわれは「性格」と呼んでいるものが何種類かあって、喋り方もタチコマの声優である玉川紗己子さんに変えてもらっています。

 

 
──アプリで育てた性格は、どうやってロボット側に同期されているのでしょうか?

 
松村 店舗にある専用台にビーコンが仕込まれています。お客さんがお店に来て、アプリを起動した状態でスマートフォンを専用台に近づけると、Bluetooth LE経由でビーコンを認識してユーザのアカウント情報がサーバーに送られます。これによって、ユーザの情報が店舗内の実機に同期します。

 

アプリの動作画面。

 
──アニメでも、別々のタチコマが得た知識ををみんなで共有する「並列化」がありますが、そういうことですよね?

 
松村 現実に単純にデータを「同期」という形で「並列化」してしまったら、皆、同じ振舞いや個性になるはずなので、そこは少し意味合いが異なります。むしろ原作では、同期されて差がなくなるにも関わらずタチコマの個体間で「個性」の差が生まれる点が面白いので、アプリでは振舞いの分岐という形でユーザ間のタチコマに差を生むという形で劇中の再現に挑んでいます。

実際、お客さんにしてみると、自分の育てたタチコマがリアルで目の前に来てくれるのが嬉しいところだと考えています。ちなみに今回恵比寿の会場に持ってきているので渋谷の店頭にはいないのですが、店員さんが機転を効かせて「光学迷彩中」というPOPを置いてくれたんです。そうすることでI.Gストアにせっかく来たのにタチコマがいないことを憂うどころか、Twitterで非常に話題になっていました。ロボット本体がいないのに、ランドマークとして成立しているのが非常に面白いですね。

 
──スゴい! このタチコマはAIの制御で動いているのでしょうか?

 
松村 いえ、半自律制御になります。なぜ、このようなことをしているかというと、今回のプロジェクトが経済産業省の平成28年度 ロボット導入実証事業という、我々の生活環境にロボットを導入した時に起こりうる問題や安全性を考え、検証し、国に報告する実証実験を兼ねています。その際の、安全性の担保として、半自律制御を採用しているわけです。アニメ「サイコパス」のシビュラシステムをイメージするとわかりやすいでしょうか。

現状、既存の法律や施設のルールはあるわけですが、それが完全自律型のロボットの振舞いをカバーできているかというと、そういう訳ではありません。事故が起こった時の責任をどうすべきかをつねに議論する必要があり、今回のプロジェクトはその議論を進めるという側面ももちろん含まれています。この点は、車の自動運転技術が抱えている議論と同様です。

 
──えっ、そうなんですか!?

 
松村 このサイズのロボットの扱いは、商業施設側にしても明確なルールがあるわけではありません。Pepperよりも3倍大きくて、しかも動いて接客している。じゃあ、タチコマが問題を起こしたときには誰の責任になるのか。

 
──まだ問題が起こってないうちに自主規制みたいなのは、なんとなく日本的な気もしますが……。

 
松村 しかし実際、「自分の子供が怪我をしたら」となったときに、責任の所在は追求されますよね。ロボットをつくった弊社のせいなのか、アプリをつくったカヤックさんのせいなのか、それとも置いている店舗なのか。なので今のところ最終的な意思決定は、人を介在させて明確化させています。

 
──どういった挙動なのでしょうか。

 
松村 具体的には、ロボットの状態が決定してから最終的に「どう」「いつ」振舞うかという部分について店員さんが意思決定を下しています。たとえば、人が目の前にいる時に動いて良いのか、止まったほうが良いのかの判断は人に委ねています。

一方で、その結果「何を」振る舞われるかについては、アプリのユーザデータによって決定します。たとえば、「名前を呼ぶ」という抽象的なコマンドが実際に実装されているのですが、その際にユーザAであれば「Aさん」、ユーザBであれば「Bさん」と発話します。この時、店員はユーザが誰であるのかは特に理解している必要はありません。

また他には「挨拶をする」というコマンドにおいても、アプリの育て方で性格がどう分岐しているかによって、丁寧な挨拶をするアカウントがあったり、やけに馴れ馴れしい挨拶をしたりします。このように、「何を」振舞うかの部分はアプリが担うので、この点で半自律的といえます。まぁ、この点は「何を持って自律と定義するか」という話のような気がしますが。

 
──確か車の自動運転もレベルがありますよね。

 
松村 そうですね、自律のレベルを段階分けしている、というイメージがわかりやすいですね。その自律のレベルをどこまでロボットで、どこまでを人で担保するのか。その線引を実験しています。その実験は今年度も継続するつもりです。現状、動ける範囲もライントレースに限定しています。床にある線の上しか動かないと、お客さんもそこしか動かないんだと理解して避けてくれるんです。だから結果的に事故は現在まで発生していませんし、発生しにくい仕組みにできていると考えています。

 
 

自宅でそんなにコミュニケーションしたい?

 
──そもそもの話、なぜその実証実験に攻殻機動隊のタチコマが選ばれたのでしょうか?

 
松村 それは僕が十年ほど前に1回タチコマをつくったことがあったんです。Cerevoさんの「1/8 タチコマ」より少し大きめで、趣味で製作したのですが、それを公式で当時のシリーズ最新作だった「攻殻機動隊 S.A.C. Solid State Society」のプロモーションに使わせてほしいという話になりました。

2年程前に、そろそろ10年ぶりに大きいタチコマを作ってみようと思って、ロボットの板金加工を得意とされている海内工業さんと趣味の範囲で作り始めていたのですが、別で企画を進めていたDMM.comの担当者さんから話がきたので、この機会を活用してロボットのためのインフラの整備を事業として進めていこうと決意しまして。それまでは個人で開発していましたが、昨年末には法人化してkarakuri productsの起業にいたりました。

 
──カヤックさんとのつながりは?

 
松村 個人事業主の時代から、企業のPR案件でお誘いいただいて仕事をご一緒していました。松田さんとは、ネクスト様のPR案件「すごい天秤」でご一緒しました。店舗で動かすことになったときに、松田さんに相談してアプリを共同で開発させていただきました。

 
──一番大変だったのは何ですか?

 
松村 ユーザーに楽しんでもらうための店づくりです。カヤックさんに作り込んでもらったおかげでアプリがすごく好評で、先行して公開したiOSアプリでは1万人超のユーザーがいるのですが、どうしたらみんながよろこんで店舗にきてくれるのかという施作に悩みました。

 
──ユーザーが1万人もいたら、店まで行きたくなくて自宅用にほしいという人がいるかもしれませんね。

 
松村 これは僕個人の意見ですけど、家庭はロボットにとって一番ハードルが高くて、入って来るのは店舗などよりももっと後で、むしろ最後になると思っています。今って店舗ですらロボットを動かすのためのベストなインフラが整っているわけではありません。例えば、車はタチコマより構造がはるかに複雑ですが、買ったその日に乗って帰れる。それは道路があって、運転してる人が互いにリテラシーを持っていて、子供ですら走ってるときに近づいちゃダメだというのが、文化的な土壌があるおかげで理解できているからです。

じゃあ、ロボットが同じ状況にあるのかといえば、全然そうなっていない。そこでロボットのためのインフラを構築することで、ロボットに対するバリアフリー化をしていきたいと思っています。

 
──バリアフリー! そんな表現になるのが興味深いです。

 
松村 現状の社会では、ロボットにとってバリアだらけですよ。たとえば、私の指導教官の受け売りですが「人間」はそこまで知的でしょうか?

今日、この「カヤックのしごと展」の会場に来場した時のことを考えてみてください。この会場周辺にしても、道路が張り巡らされていてランドマークがあるからGoogle Mapを使って調べてすんなりたどり着ける。何も目当てがない状態でここに来いというほうが困難でしょう。つまり、人が会場にたどりつける程度の「知的さ」は、社会中に張り巡らされたインフラによって、人の認知機能を超えて拡張された環境が実現していることによって生まれています。

にも関わらず、ロボットは全部自分で考えて振る舞え、Pepperならがんばって接客しておけ、というような認識で日常の環境にロボットを導入しようとするなんて、そもそも無茶苦茶な話ですよね。私自身、もともとロボットの研究者で、ロボットの何が限界かはある程度理解しているつもりです。なので私はロボット単体ではなく、達成したいサービスから逆算して環境側まで作り込んだ上で、ロボットを運用すべきという立場です。

 
──環境でロボットの負荷を減らすという。

 
松村 そうした仕組み、インフラづくりを経産省のロボット導入実証、ならびに弊社の事業として取り組んでいきたいと思っています。そもそも工場はロボットのために環境が整備されているから、あそこまで人を超えた振舞いで生産性を上げることができます。日常環境や商業施設をロボットにとってのバリアフリー化を目指す、ということは環境をある程度工場に近づけていくことにほかなりません。我々人間の空間と工場の空間との折衷案をどう模索し、落とし込んでいくか、その線引を国と、そしてカヤックさん他の協賛企業の方々と進めています。

その取り組みの中では当然ハードウェアだけで問題が解決はしません。カヤックさんにはソフトウェア、とくにウェブアプリやネイティブアプリに関する部分をお願いしています。話を戻すと、このようなバリアフリー化を個人の力に依存しないといけないのが「家庭内環境」であり、その意味でロボットを一家に一台というレベルまで持っていくのは、インフラ整備においてはもっとも困難さが大きいと思います。

 
──とはいえ、現状でもルンバぐらいのサイズなら入る余地がありますよね。

 
松村 でもルンバを使うために、床に物を置かなくまりますよね? それって自分が環境を組み替えているわけで、じゃあその先どこまでやれるのか。

 
──「Amazon echo」や「Google Home」といった、クラウドのAIを活用した音声アシスタントは、米国では結構普及していると聞きます。

 
松村 あれは家に手をつけずに、ネットの先でサービスをつくり込んでいるから上手くいくわけです。ロボットのために家まで改造できるコストを負担しようという人は、よほどのお金持ちでないとまずいないと思いますよ。

 
──50、60年後ぐらいには、「Robot Ready」な戸建てやマンションが売られているかもしれません。

 
松村 そうしたレベルになるためには、まず、そのようなマンションを利用したいと思えるようなサービスがあり、それの維持管理にかかるコストを負担しても良いと思えるバランスに収まっている経済的に合理的な状況がないと無理です。実際にそのような経済合理性があるなら現状でもロボットのためのインフラが多くの家庭で機能しているはずです。

ただ実際はどうでしょうか? 「ロボット」を標榜するガジェットを購入して継続利用している家庭がどれだけいるでしょうか? 家庭内で「アプリで良い」に勝つロボットは並大抵のハードルではありません。われわれがアプリでタチコマを用意しているのはそのためです。ルンバはそれを勝ち抜いているので本当に凄いと思います。

 
松田 タチコマのアプリ「バーチャルエージェント・タチコマ」は、とどのつまりユーザと店舗にいる実機との関係性を紡ぐためのインターフェースとして設計しています。アプリで紡いだ関係性をリアルの店舗で接客する際のサービスに利用しているわけです。

 
松村 その関係性を紡ぐために、コストの高いハードウェアとしてのロボットを、自分で環境を整備してまで所有する必要があるかと考えると、私は現状ではないと判断しました。そのコストをユーザに強いるより、無料のアプリと店舗側がきちんと管理するインフラとロボットでユーザの機体に応えたサービスを提供する方が合理的だと私は考えています。

 
──逆にいえば、全国のいろいろな店舗に導入できれば、アプリで性格づけしたタチコマに気軽に会いに行ける世界もあるということですよね。カーシェアならぬ、ロボットシェアみたいな。

 
松村 それができればいいかなと。というか、みんな家にコミュニケーションロボットを買って何をするのでしょう?

 
──いや日々の会話を……。

 
松村 いや、自宅でそんなにコミュニケーションとりたいですか? 家族とずっとしゃべり続けてます?

 
──そ、それはあまりしゃべらないかも……。

 
松村 ですよね? そこにロボットを維持管理するコストに足る付加価値をつけろっていうのは相当無茶な話ですよ。

 
松田 だからキャバクラとかに行って、お金を払って疑似コミュニケーションするのかもしれません。

 
松村 疑似っていうよりそれが本来、付加価値のあるコミュニケーションですよね。だからお金払ってでもコミュニケーションを消費することに意味があるわけです。コミュニケーションというサービスに付加価値があるからこそ、人はディズニーランドにも行くし、USJにも行くし、キャバクラにも行くし、ホストクラブにも行くわけですよね。

その意味で、家庭用のコミュニケーションロボットをつくっているプレイヤーが、本当にコミュニケーションを売り物にしたがっているのかどうかは、私は正直良くわかりません。

コミュニケーションをサービスとして捉えた時、物理的な身体性が必要かどうかはサービス内容ごとに本来は考えるべきで、アプリで完結できるコミュニケーションサービスならアプリで完結させれば良いと思います。サービスとして物理的な身体性がどうしても必要、たとえばボディタッチのように物理的接触が必要なサービスなどをロボットでやることに経済的な合理性があるのであれば、そこにハードウェアとしてのロボットは導入されると思います。

そう考えると、コミュニケーションそのものをサービスとして捉えた時に、タチコマとの関係性を紡ぐにあたってハードウェアとしてのタチコマを個人が維持し続けるのは相当負担が大きいと思いますよ。アプリでええやん、にやはりそう簡単には勝てないですよ。

 
──家庭ならAR、VRで目の前に出てくれれば、それで済む話かもしれません。

 
松村 AR/VRデバイスが経済的に導入できるようになったら、それで済む話になると思います。とはいえ、家でハードウェアとしてのロボットとのコミュニケーションを楽しみたいがために、ランボルギーニ1台分ぐらいのお金をポンっと出していくのは否定しませんよ。それはそれでスゴいですし、私はそうありたいので。

 
© 士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会

 
*後編はこちら

 
 
(TEXT by Minoru Hirota

 
 
●関連リンク
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