2018年2月のデビュー以来、個性が際立つ配信で所属グループ「にじさんじ」だけでなく、VTuber界全体を牽引してきた月ノ美兎さん。活動初期からイベントなどで歌声を披露する機会も多かったが、にじさんじとソニー・ミュージックレーベルズの共同プロジェクト「しのごの」の設立後は、アーティスト活動も本格化。2020年10月にメジャーデビューシングル「それゆけ!学級委員長」を、今年の8月には1stアルバム「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」をリリースしている。
そして、11月16日に、ファン待望の「月ノ美兎1stワンマンライブ『月ノ美兎は箱の中』」がZepp DiverCity (TOKYO)で開催。ニコニコ生放送でもリアルタイム配信された(アーカイブの視聴期限は2021年12月4日 23時59分まで)。
ここでは、リアルとバーチャルが交錯した現地での体験をオフィシャルフォトとともにレポートしていく。
月ノ美兎は宇宙から届いたダンボール箱の中
開演までの待機中、会場に流れる音楽は月ノさんの配信の待機BGMとしてお馴染みのフリー音源「雲は流れて」。ライブ会場にいながら、いつもの配信と同じ心持ちで月ノさんを待っている時間が不思議な感覚で楽しい。終演後に知ったのだが、ライブ前に開いていた物販ブースでも「雲は流れて」が流されていたらしい。リスナー心をくすぐる気の効いた演出は開演前どころか、開場前から始まっていた。
開演時間になり、前方のスクリーンに映像が映されるのと同時に聞こえてきたのは1stアルバムでも1曲目に収録されている「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」。ノイジーなアレンジで、月ノさんの歌声が遠くから電波障害を越えて会場にまで届いているような感覚だ。
映像の中では、ライブタイトルロゴの描かれたダンボール箱が、三日月の浮かぶ宇宙空間を地球に向かって進んでおり、箱のフタが開くと膝を抱えて小さく丸くなった月ノさんの姿が見える。まさに「月ノ美兎は箱の中」だ。
実際、2018年6月に開催された初めてのソロイベント「月ノ美兎の朝まで起立しナイト(仮)」の際、出口の周囲にファンたちがいたため、会場内にあったダンボール箱の中に入り、機材を装ってスタッフに運ばれて退場したという武勇伝を持つ月ノさん。このエピソードが収録されたエッセイ集「月ノさんのノート」の自筆の挿絵では、箱の中で下を向き辛そうな姿勢に描かれていたが、オープニング映像では横向きに小さく丸まっている姿がかわいい。
月ノさんが入った箱はパラシュートで地上へと降下。すると、映像が消えてステージの左袖から台車を押しながら女性が登場。台車の上には、月ノさんが入っていたものと同じ箱が載っている。ステージの中央で女性が止まると、アルバム収録曲「光る地図」のイントロが流れ出し、白いスモークとともに箱の中から月ノさんが姿を現わし、ぴょこんと箱の外に飛び出した。
女性はリアル。月ノさんはバーチャル。箱は両方。煙はどっち? 冒頭からビックリ箱のような演出に少し混乱させられる。さすがは、エンタメ精神の権化による1stワンマンライブの幕開けだ。
登場のインパクトからかマジシャン風にも見えるアイドル衣装姿の月ノさんは、ピッチを合わせ続けるのが難しいスローでキーの高い曲を丁寧に歌い、高音まで澄んだ歌声を響かせていく。
ステージに衣装違いの2人の月ノ美兎が登場
続いて披露したのは「ウラノミト」。アルバムに収録されている王道アイドルソングで、楽しそうに歌う月ノさんに合わせて、客席を埋め尽くした赤いペンライトもリズミカルに揺れている。間奏では、ステージの中央で踊る月ノさんの前に、新衣装姿の月ノさんも登場。新衣装の月ノさんが差し出した手に、アイドル衣装の月ノさんが手を重ねると、無数のウサギ形マスコットのようなものが出現。合体して、二人の月ノさんを覆い隠してしまう。ウサギが再び分裂して散り散りに去ると、ステージに立っていたのはかわいくリズムを取る新衣装姿の月ノさんだった。
遊び心満点の衣装チェンジに、以前、某アニメで銀河のアイドルが見せたステージを思い出す。しかし、今、見ているのはアニメではない。VTuberだからこそ実現できるリアルなライブだ。
拍手が鳴り止むと、恒例のあいさつ。月ノさんの「起立」の言葉に従って座っていた観客が全員立ち上がると、その光景にちょっとたじろぐ姿が面白い。配信でのあいさつとは違い、「礼」と「着席」もさせてくれた月ノさん。最初のMCでは、「アーティスト衣装」と名づけた新衣装を紹介した。
さらに、開演前の「雲は流れて」が1曲目、オープニング映像の「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」が2曲目で、「わたくしの中では、4曲続けてやったという心境」というセットリストへのこだわりも明かした。
MCの終盤、月ノさんがステージの前方に置かれた見えない水を飲むと、ステージ右の舞台袖に設置されているであろうARカメラの映像がスクリーンに。そこには、月ノさんと客席前方のファンが同じ空間に存在する映像が映っていた。月ノさんも出演した「にじさんじ AR STAGE “LIGHT UP TONES”」で本格的に披露され、ファンやXR関係者を驚かせたANYCOLOR(にじさんじの運営会社)が誇る「謎技術」だ。ARカメラはステージ後方にも設置されており、公演中に何度も月ノさんの背中越しに見た客席も映されていた。
4人の謎ノ美兎がステージで大暴れ
第2ブロックはカバー曲からスタート。「魅惑の巴里サーカス急行!」は、2018年10月から2019年にAbemaTVの「ウルトラゲームスチャンネル」で生配信されていた伝説の番組「にじさんじのくじじゅうじ」のSeason2のオープニング曲。かわいく踊り歌う月ノさんの背後のスクリーンでは、番組の名場面が流れている。
「ウルトラゲームスチャンネル」の廃止により、好評ながら終了してしまった「にじさんじのくじじゅうじ」。VTuber文化の黎明期、配信者であるVTuberの魅力をテレビでどう生かすのかという課題に苦戦する番組も多い中、放送を重ねるごとに面白さを増していただけに、久しぶりに映像を観て復活を願う気持ちが強まった。
そんな懐かしい映像の前で、「くじじゅうじ」の放送当時には想像もできなかったほど運動量の多いダンスを続けながら歌う月ノさん。電車ごっこをする子どものような動きや、身体を左右に振りながらリズミカルに足を振り上げるダンスがかわいい。
6曲目は「こんがらがった!」。カオスで少し物騒な歌詞とテンポの良いメロディは月ノさんと好相性だ。カバー曲が続いた後は、アルバム曲の「ウエルカムトゥザ現世」。月ノさんがタイトルを叫び、曲がはじまるとすぐに怪しい人影がステージに現われた。月ノさんの配信に時折、現われる謎の存在「謎ノ美兎」だ。月ノさんのYouTubeチャンネルで、事前に謎ノ美兎のダンス練習動画が公開されていたことから登場の予感はあったが、人に根源的な恐怖を与えるルックスの謎ノ美兎、突然の登場は、このライブで最大級の驚きだった。
謎ノ美兎のキレキレのダンスをポカンと眺めていると、ステージ左から、もう1人の謎ノ美兎が登場。2人目の謎ノ美兎も不貞不貞しい歩き方からは想像できないかわいいダンスを見せる。さらに、2人の謎ノ美兎が追加され、4人の謎ノ美兎がステージで激しく踊り狂う姿は、間違いなくファンの誰も想像してない光景だったはず。
「バックダンサー! じゃなくてフロントダンサー謎ノ美兎!」
間奏で月ノさんが紹介すると、4人バラバラのダンスを続ける謎ノ美兎カルテット。謎ノ美兎に意識をもって行かれがちだったが、月ノさんの歌とダンスも安定感のあるパフォーマンス。活動の初期から、ステージで観る度に歌もダンスも確実にレベルアップしてきた姿には、「委員長」らしい生真面目さとエンタメにかける思いの強さを感じる。
MCが始まった後もステージに残り、ステージを左右に移動して、ファンサする謎ノ美兎カルテット。移動の際、主役のアーティストの前を横切るというダンサーには有り得ない行動もリアルとバーチャルの関係上の仕様とはいえ、月ノさんを下に見ているようで解釈一致。そして、ステージ横のARカメラで客席も一緒に記念撮影。見れば見るほど不思議な光景だ。
謎ノ美兎を追い出した後、第2ブロックを振り返る月ノさん。「こんがらがった!」は、過去に配信で歌ったこともある曲で、Twitterでライブで歌って欲しい曲を募集したときに、複数票が入っており選ばれた曲だったそうだ。
ステージ上に洗濯機が登場して爆発
8曲目は、月ノさんのデビューシングルにもカップリングとして収録されているカバー曲「ありふれた毎日の歌」。アウトロの途中、ステージ中央に白い椅子が出現、座って背伸びをしながら歌い終えると、次の曲「部屋とジャングル」のイントロが流れ出し、ステージはリビングに変貌。月ノさんが座っていた椅子はソファに変わった。VTuberのライブならではの舞台転換で、椅子を巧みに使ったつなぎ方は、技術以上にアイデアが光る。
この公演では、ステージの下部に高さ2m半くらいの月ノさんが存在するバーチャル空間用のスクリーンがあり、その上には2倍くらいの高さの大きなスクリーンが設置され、映像演出に使われたり、カメラで捉えた映像を映したりしているのだが、この曲の間、下の空間はずっと部屋のまま、上のスクリーンではさまざまなグラフィックが映し出されていく。その混沌とした感じは、まさに曲のタイトルのイメージ通りだった。
曲が終ると、その部屋が宇宙の彼方に消えていき、取り残される月ノさん。すると、DJブースが出現。ラジオテイストの楽曲、「みとらじギャラクティカ」の時間だ。先のMCで観客と練習した手拍子も完璧で、ハイテンションでライブ映えする曲をさらに盛り上げる。曲中に登場するリスナー役として、人気ユニットJK組の盟友である静凛さんと樋口楓さんも出演。おそらく録音音声での出演だったが、ファンにはうれしいサプライズだった。
デビュー当初、月ノさんが実家の洗濯機の上にパソコンを置いて配信していたことにちなんで、後半、洗濯機が登場して爆発をするこの曲。音源では、当然、効果音や月ノさんの声だけで表現されているのだが、そのフレーズに差し掛かると、謎ノ美兎が本物の洗濯機を台車に乗せて運んできた。すると、洗濯機のフタが自動で開き、煙とともにサッカーボール、ギター、サイコロなどいろいろな物が飛び出した後、爆発。ライブ冒頭の登場シーンと同じく、リアルとバーチャルを融合させた面白い演出だった。
ライブ本編のラストはファンメイド曲「Moon!!」
MCでの「次、めっちゃ踊るんで。準備体操しとこ」という予告に続いて披露したのは、ポップなアイドルソング「恋?で愛?で暴君です!」。予告通りに、原曲の激しくかわいいダンスをかなりの精度で再現。にじさんじでのデビュー前はまったくの素人だったはずの月ノさんの成長ぶりにまたも驚かされた。ダンス技術だけでなく、「前はあんなに高く柔らかく脚が上がった?」と基本的な動きにもいちいち驚き、褒めたくなる。ダンスに関しては、先の「魅惑の巴里サーカス急行!」と並ぶ、この日、屈指のパフォーマンスだった。
続く12曲目は、人気のボカロ曲「ラブカ」。ささやくような歌い方で始まり、サビでは力強く伸びやかに歌い上げる。カバー曲とは思えない安定感を披露するだけでなく、原曲MVの世界観を踏襲したどこか不穏な映像演出も、月ノさんにマッチしていた。
13曲目は、日本語ラップの先駆者いとうせいこうさんが手掛けたアルバム収録曲「NOWを」。「人気VTuber月ノ美兎」を俯瞰して見ているようなリリックがユニークだ。曲の途中には、月ノさんを模した着ぐるみ通称「ミトダヨー」が客席の最前エリアに登場。月ノさんの歌声に合わせて踊るかわいい姿に、客席はさらに盛り上がった。
「定期的に使わないと腐っちゃうらしいので使いました」という裏事情の紹介とともに着ぐるみを見送った後は、一瞬暗転して、いつもの制服姿に衣装チェンジ。前のブロックを振り返るMCでは、「NOWを」が「タイミング部門では一番難しい」曲であり、ジェットコースターのような感覚を味わえる曲だと明かした。
「次が最後(仮)のブロックになっています」というアンコールの存在を予告するような一言に続いて、大槻ケンヂさん作詞の「浮遊感UFO」で本編最後のブロックがスタート。優しいメロディに合わせた甘い歌声は、月ノさんのかわいさをさらに引き立てる。曲の後半、「空に物体?ライブ会場のミステリー 目撃 UFO? それとも? 各地騒然」というテロップの描かれた白い球体の映像がスクリーンに映る。何のことかすぐには理解できなかったのだが、月ノさんが指差す先を見ると、会場の空中に白い球体が浮かんでいたのだ。VTuberによるライブながら、冒頭のダンボール箱や洗濯機などリアル空間に登場するものが多いこの公演。最先端のAR技術だけでなく、「実際に物を置く」という極めてアナログな方法でもリアルとバーチャルの境界線を越境してくる。
15曲目は、ササキトモコさん作詞、作曲、編曲のメジャーデビュー曲「それゆけ!学級委員長」。ツッコミどころ満載のユーモラスな歌詞と、華やかでハイテンションなメロディはクライマックス感満点。かわいいアニメーションMVの映像とともに月ノさんが生き生きと楽しそうにパフォーマンスすると、客席の赤いペンライトも月ノさんの手振りに合わせてリズミカルに揺れる。
本編の最後は、月ノさんの最初のオリジナルソング「Moon!!」。ファンが推しVTuberのために作ったイメージソングを当人が歌唱するというVTuber独自の文化から生まれたファンメイド曲ながら、数々のステージで披露してきた月ノさんの代表曲だ。
Zeppでのワンマンライブというアイドルにとっての夢のステージで、「目指すは一流 夢のバーチャルアイドルへ」と歌う月ノさん。とっくの昔に一流のVTuberになっていることは誰もが認めるところだが、Zeppのステージに立つ姿はまさしく一流のバーチャルアイドルだった。ラスト、両手を兎の耳にしてばっちりウインクを決めた後、「本日は本当にありがとうございました」と深々とお辞儀。大きな拍手が鳴り響く中、ステージを去った。
「Wonder NeverLand」ソロバージョンを初披露
月ノさんを見送った拍手の音は、そのままアンコールを求める拍手へ。するとライブ冒頭の再現のように女性が台車に乗せたダンボール箱を運んできた。しかし、フタを開けて出てきたのは謎ノ美兎。すかさず登場し「違う、そっちじゃない!」と突っ込んだ月ノさんが「みなさん、アンコール、ありがとうございますー」とお礼を言う間も謎ノ美兎は、会場の拍手は自分に向けてのものだと思っているかのように、ふてぶてしく会場に手を振って応えていた。
女性と謎ノ美兎が退場した後のMCでは、まず本編最後のブロックを振り帰った後、名残惜しいので「最後にもう一回、立たせたいなあ」と語り、「起立!」と、もう一度、お決まりのあいさつ。さらに、「サイリウム 左上げて」「右上げて」「左下げないで右上げて」と観客でひとしきり遊ぶと、着席させてアンコール最初の曲のタイトルを叫ぶ。
「聴いてください! 『Wonder NeverLand』」
にじさんじ3周年記念曲のソロバージョンを1stワンマンライブのアンコールという大事な場所で初披露。にじさんじという「箱」への月ノさんの思いも感じさせる選曲だ。比較的、変化球気味の曲も多い月ノさんの楽曲に対し、ストレートに熱い思いを歌った青春ソング的魅力がある「Wonder NeverLand」。虹色の光に包まれながら熱唱する月ノさんの姿と歌声により、会場の空気は一気に再燃した。
最後の曲は、2020年3月に発表され、ファンの間で「Moon!!」と同様な根強い人気を誇る「アングラ」こと「アンチグラビティ・ガール」。ラストのロングトーンは、これまでに聴いた月ノさんの歌声の中で、最もパワフルで綺麗だった。
「気をつけ! 着席! 以上、月ノ美兎がお送りしました!」
拍手の中、ステージの明かりが消えた後、スクリーンには、自分の入っていたダンボール箱の前に立つ月ノさんの後ろ姿が。「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」が小さく流れる中、月ノさんがエッセイ集「月ノさんのノート」の一節を朗読。ダンボール箱からは無数の風船が飛び出し、ヒモでつながった空のダンボール箱を宇宙へと運んでいく。
いずれ開催されるに違いない2ndワンマンで、歌もダンスも上手くなり続けている月ノさんが、どのようなパフォーマンスや仕掛けを見せてくれるのか。デビューから約3年半でついに実現した1stワンマンライブの直後に気が早すぎるのかもしれないが、期待せずにはいられない。
©ANYCOLOR, Inc.
(TEXT by Daisuke Marumoto)