「1/nのワトソン」著者・塗田一帆氏インタビュー 「VTuberという現象自体が面白くて、ずっと観察している」

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4月17日、ライトノベル「1/nのワトソン 2」が小学館・ガガガ文庫より発売された。

PANORAの専門分野であるVTuberが出てくる書籍で、その作者である塗田一帆(ぬるたいっぽ)氏といえば、短編小説「鈴波アミを待っています」だけでなく、にじさんじのバーチャル朗読劇「これがバズったら死んでもいい」、ホロライブの英会話教本「ホロリスニング ホロライブEnglish -Myth- と学ぶ 不思議な世界の英会話!」など、VTuberがらみの作品を数多く生み出してきた人物だ。

本書がどういった経緯で生まれたのか、実際にどんなVTuberを好きで見てこられたのか。インタビュアーに「VTuber学」編者で哲学研究者の山野弘樹氏を迎えてロングインタビューを敢行した。


●第二巻あらすじ
探偵系VTuber・ほむるちゃんは、3Dモデルの新調を計画中。”スパナ持ち”のひかりは正解を導き、ほむるちゃんから新たなご褒美を獲得するため啓と再びコンビを組む。レジェンドワトソンの復活に沸き立つネットの世界。ふたりは最先端のテクノロジーを駆使し、時には地道な作業も根気強くこなしながら、ネットの世界を駆け抜けていく。
そして、ようやく訪れる恋の気配……!? 新しい身体に生まれ変わるほむるちゃんと、啓×ひかりの今後が気になるインターネットバトル、第二弾!


自然と出てきた「ワトソン」というファンネーム

──本書のコンセプトが思い浮かんだきっかけを教えてください。

塗田 まず、「ライトノベルを書こう」という目標がありました。前作の「鈴波アミを待っています」は早川書房から刊行されていたので、自分の中ではライトノベルという意識はありませんでした。しかし、「鈴波アミを待っています」が「このライトノベルがすごい!」にランクインしていて、それなら「実際にライトノベルに書いたら、一体何位になるんだろう」という興味を抱いたんです。

そして本作の構想を練り始めたのですが、主要人物の中では、まず「ほむる」からキャラクター造形を考えました。探偵というプロフィールを持つVTuberの方は現実にたくさんいますが、「そうしたVTuberが本当に探偵だったら?」と考えたんですよね。

 
──面白い着眼点です。そして「ワトソン」というほむるのファンネームは、彼女の探偵という要素にぴったりなものでした。

塗田 はい。実際、探偵VTuberのファンネームを考えるとしたら、「ワトソン」以外にないだろうなと思ったんですよね。ファンネームは、しばしば推しのVTuberに付き従ったり、補佐したりする存在の名前がつけられることが多いので、それであれば、やはり「ワトソン」だろうと。

 
──ワトソンは、推理小説の金字塔「シャーロック・ホームズ」シリーズに登場するホームズの助手ですよね。ホームズ(ほむる)のサポートをするワトソン(ファン)……とてもぴったりなファンネームだと思います。

塗田 ありがとうございます。

 
──しかも面白いのが、探偵VTuberほむるが活動を続けていく中で、彼女のファン、つまりワトソンがどんどん増えていくという点なんですよね。一人のホームズを、たくさんのワトソンが支えていく構造になっていく。

塗田 そうなんです。例えばほむるのチャンネル登録者数が一万人いるなら、ワトソンが一万人いるということになるんです(笑)。そして、ホームズ(ほむる)のもとに一万人のワトソンが集結しているなら、「そうしたワトソンたちが愛する推しのために推理合戦をしたら面白いんじゃないか」って考えたんですよね。

 
──逆転の発想で面白いですね! それに、「探偵VTuberのワトソンがどんどん増えていく」という仕方で、ファンネームというVTuber文化の慣習を着想源にして本作のコンセプトが構想されたという点が、とても興味深いと思いました。

塗田 ありがとうございます。そして、「一万人のワトソン」というアイディアが浮かんでから、二人の視点人物が同時に思いつきました。湖傘啓(こがさけい)と、森戸(もりと)ひかりです。前作主人公は男単体でしたが、今作はそこから打って変わって、VTuberの女の子オタクをヒロインキャラに投入しようと思いました。そして、そんなひかりを補佐する存在として、主人公である啓はエンジニアにしました。言うなれば、啓が本当のホームズ役です。この二人のイメージが固まってから、「このバディでいこう!」となりました。

 
──それでは、物語の内容もあらかじめ決めたうえで書き始めたのでしょうか?

塗田 いえ、実は最初は、プロットも無しでいきなり書き始めたんです。最初から最後まで、いろいろと苦悩しながら書きました。ストーリーがどう転ぶのか、自分でも完全には分からないままでした。むしろ、最初に決まっていたのは、ほむるの設定と主人公バディの存在くらいでしたね。

 
──それはすごいですね。それであれだけのものが書けたと。「鈴波アミを待っています」のときもそうだったのでしょうか?

塗田 前作は、もともと短編小説として書いたものがあり、それがプロット代わりになったので、かなりカチカチと執筆作業を進めることができました。その意味では、今作はいろんな意味で柔軟に執筆されましたね。

ちなみに、本作のタイトルはもともと「バーチャル美少女探偵と一万人のワトソン」でしたが、担当編集者の方とのやり取りを経て「1/nのワトソン」になりました。このタイトルから文字を抜き出すと「えちわん」という言葉になるのですが、そこから今作の略称が「えちわん」となりました。この略称は作者としても気に入っています。


最後まで書き直したのは「ひかりのお風呂シーン」

──本作を書くにあたって、影響を受けた作品などはありますか?

塗田 ビジュアルはもともとふんわりとしか考えていませんでしたね。逆に、キャラクターたちの性格は、普段インターネットで観ている活動者の方々から着想を得ました。ただ、アドリブの要素もかなり多かったなぁと今振り返ると思います。

 
──執筆で一番苦労した場面はどこでしょうか?

塗田 最後まで書き直したのは、「ひかりのお風呂シーン」ですね。最初はベッドの上でスマホをいじるシーンでしたが、編集者から「お風呂の方が良いのでは」と言われたんですよね。台詞回しも描写も、だいぶ悩みました。特に悩んだのはモノローグです。キャラの深掘りにとても苦労しました。

 
──前作を読んだ読者の方は、びっくりしてしまうかもしれませんよね。前作にはそういうシーンはなかったですから。

塗田 そうですね。前作にはいわゆる「萌え要素」があまりなくて、だいぶ淡々とした印象だったと思います。それはそれで前作の魅力ではあって、逆に今作は、良い意味で「ライトノベル」的な魅力があると思います。

 
──前作との対比という観点でいうと、そのままアニメ化できそうな激しい戦闘シーンが描かれていたのも印象的でした。第二章「QWERTYファイターズ」では、格ゲーのプロゲーマーと実際のプロ格闘家が闘うという激アツな展開が描かれましたが、これはどのような配信を観ているときに思い浮かんだのでしょうか?

塗田 もちろん、これの元ネタは「QWOP」というゲームです。あれは四つのボタンで人間の関節を動かしてゴールを目指す徒競走のゲームです。そこから、ボタンを増やせばあらゆる人間の動作に活かせるなと思いました。そして、「ボタンをそれぞれの四肢に対応させたら、本格的な格闘ゲームができるのでは」というアイディアが浮かんだんですよね。本来は、あれだけでも長編が書けるくらいだったなと思います。

他にもアイディア自体はいろいろありました。例えば、キーボードを二つ並べたらどうなるだろうかとか、AIに機械学習させたらどうなるだろうとか……。そして、そのうちの一つが、トラッキングで格闘家の動きをキャプチャーするというのと、他のゲームのモーションを移植して適用するというものでした。

 
──第二章に登場するライバルキャラであるガイアサトシは、元プロキックボクサーでしたね。もともと塗田先生はキックボクシングにも造詣が深いのでしょうか?

塗田 いえ、僕は基本ボクシングメインで観ているので、その意味では今作とはあまり関係はありません。作中に登場するガイアサトシをキックボクサーにしたのは、シンプルにその方が「分かりやすいかな」と思ったからです。あとは、最終的に「投げ技」で倒されるので、それに対応できない武術にする必要もありましたね。

 
──なるほどですね。また、前作「鈴波アミを待っています」の時にも「XR」の要素はありましたが、今回は「生成AI」の悪用という現代的な題材も扱われていましたね。

塗田 はい、こうしたエピソードの着想源になったのは、「AIボイスチェンジャー」です。これを使うと自分の声をリアルタイムに変更できるのですが、「これ、やり方によっては悪用されてしまうのでは?」と思ったんですよね。そして、こうした技術をエピソードに盛り込みながら、作中でも描かれるVTuberの炎上騒動を描写しました。にじさんじの月ノ美兎さんも「AIボイスチェンジャー」に関する動画を投稿しています。そしてその動画を見て、「こういうのが一般に広がっていくんだろうなぁ」と思ったんです。

もともとガジェットやテクノロジーに高い関心があるので、XRやAI関連の話題はずっと追っています。いま特に関心があるのは、AIコンパニオンですね。もしAIコンパニオンが一日中構ってくれるとしたら、あらゆるエンタメが観られなくなるかも、とさえ思っています。例えば小説だって、一人の時に読むじゃないですか。そのとき、ずっと自分に構ってくれるAIコンパニオンが部屋にいたら、読まなくなると思うんですよ。要は、寂しくなくなるわけです。だから、これまで寂しさを埋めてくれていたエンタメの多くが存在意義を失ってしまうのではないかなぁと考えたりもします。

 
──そういう話題にも関心があられるのですね。他にも、本作の20ページには「VTuberの定義って複雑」というセリフがあります。アカデミックなVTuber研究が近年進展していますが、そうした動きから影響を受けたところはありますか?

塗田 少なからずあると思います。VTuberものの物語を書くとき、作者のVTuber観が表れると思うんですよ。本作で一番影響を受けているのは、ラストシーンでのほむるとの会話の場面でしょうか。以前、「青春ヘラ」という同人誌に「VTuberを信じるということ」という論考を寄稿しました。そこで私が唱えたのが、「リスナーは自分たちの精神年齢を意図的に下げていている」という仮説です。例えば、リスナーは配信が始まるときに「きちゃ!」とか言うじゃないですか。あとは終わり際に「いかないで」とかコメントしたりしますよね。あれは、精神年齢を下げることによって、VTuberを観ているときに生じる矛盾を意図的に避けるためなんじゃないかと思っているんです。

例えば、にじさんじの「Wonder NeverLand」に「いつまでも僕ら子供のまま遊び続けよう」という歌詞がありますが、あれはライバーのことを歌っていると同時に、リスナーのこともまた歌っていると思うんです。要は、ある種の「ごっこ遊び」をしていると思うんですよね。大人でもちゃんと「ごっこ遊び」ができているんだと。そういう考え方を、ほむるちゃんにセリフとして言ってもらいました。

 
──ウォルトンという哲学者が、まさに主著「フィクションとは何か」の中で「ごっこ遊び」に関する議論を展開していますね。そのことを思い出しました。

塗田 それこそ、ウォルトンのその議論に関しては「VTuberの哲学」を読んで知りました(笑)

 
──さまざまな要素が盛り込まれている本書ですが、読んでいて、とてもテンポが良いなと思いました。私自身は、昔よくプレイしていた恋愛シミュレーションゲームを思い出したりもしたのですが、塗田先生にとって「バイブル」になるような恋愛ものの作品などはありますか?

塗田 恋愛という大きなジャンルで言うと、新海誠監督の「君の名は。」ですね。あれは全部で15回くらい見ました。実は私は、「次元的に遠い存在」へのあこがれが強いんです。VTuberもそうです。我々はリアルにいて、彼女たちは画面の中にいる。そして、お互いに物理的に触れ合うことができないわけです。こういう関係性に味を感じます。

あとは、幽霊ものも好きですね。「のぼさんとカノジョ?」という漫画作品があるのですが、これはヒロインが幽霊で、目に見えないんです。言葉も喋れないので、ホワイトボードに文字を書いて会話したりしますが、こういう間接的な関係性も好きです。「君の名は。」で言うと、一瞬だけ二人が山の上で会える黄昏時のシーンがあるじゃないですか。僕がVTuber作品でメタバースを描いているのは、まさにああいう場面を描写したいからなんです。

 
──二人がすんなり出会えてしまうのではなく、そこに至るまでに何らかの困難がないとだめなわけですね。

塗田 はい、そこは自分が一番こだわっているところかなと思います。二人の次元の距離が、遠ければ遠いほどいいんです。例えば、単に「アメリカに住んでます」とかだったら、頑張れば行けそうじゃないですか。要は、物理的な距離ではなく、次元の違いの話を描きたいんです。そうした「原理的な出会えなさ」を描いてきた作品にこれまで惹かれてきたし、自分でも描きたかったんですよね。こうした関係性へのあこがれというものは、やはり「君の名は。」からの影響がとても大きいです。

 
──なるほどですね。ラストシーンを読んだ時、「もしかしたらほむるもヒロインなんじゃないか?」と感じました。とても印象的なラストシーンでしたよね。

塗田 ありがとうございます。実は、最初の段階では、啓とほむるがDMでやりとりをするだけで物語が終わっていたんです。ただ、担当編集の方から「二人を会わせてあげてほしい」と言われて、それでラストシーンを変えることにしました。ただ、実際に「中の人」と会うみたいな展開は嫌だったので、「ならメタバースで会ってもらおう」と思い、今の形になりました。そして、実際そこで今作のタイトル回収になるような印象的な場面を描くことができたので、ここはWeb版と展開を変えて大正解だったなと思います。


実は昔VTuberをやっていた

──塗田先生の作品は、前作もそうでしたが、VTuber文化とメタバース文化の双方に対する解像度が圧倒的に高いですよね。普段どれくらいの割合でそれぞれの文化に触れられているのでしょうか?

塗田 まず、VTuberに関しては毎日何かしらのコンテンツを観ています。ただ、メタバースに触れることは、それに比べると多くはありません。確かに、2018年頃からVRChatやclusterなどに触れてはいるのですが、大きなイベントがあるとか、好きなアーティストのライブがあるとか、そういったときにしかログインしていません。メインで使っているPCがMacなので、別室にあるWindowsからじゃないとVRChatに入れないし、そもそも画面酔いがひどいので長時間遊べないんですよね。

 
──それにしては、随分お詳しいですよね。

塗田 情報は常にタイムラインで回ってくるので、それをよく見ています。あとは、メタバース系の情報を発信している人を積極的にフォローしたりもしていますね。特に好きなアーティストはキヌさんです。彼の「パーティクルライブ」では、空間全体を使いながら様々なオブジェクトが表示されるのですが、そこでは、まるでミュージックビデオの中に入ったような没入的な体験ができるんです。言葉じゃなかなか伝えられないので、ぜひ本人のチャンネルを観てもらいたいです! 他にも、サンリオVFes(Sanrio Virtual Festival)には毎年行っていて、かなり刺激を受けていますね。あれは本当にこの世のテクノロジーの最先端だと思っています。

あとは、私の推しである名取さなもVRChatでライブをしていて、「META=KNOT」も観ました。あれもだいぶ感銘を受けましたね……。こういうVR空間でのライブのようなものを、もっとたくさんのVTuberの方々にやってほしいです。

 
──塗田先生はとても古くからVTuber文化を見ておられますが、これまでのVTuber文化の流れをどのように見ておられますか?

塗田 僕は「VTuber」という現象自体が面白くて、それをずっと観察しているという感覚です。実を言うと、自分でも昔VTuberをやっていた時期がありました。2018年なので、もう随分昔の話ですが……。ただ、その活動自体は長続きしませんでした。今は物書きとしてVTuber業界にいるので、今の距離感は心地いいなと思います。

今は業界が膨らみ過ぎてしまっていて、人によって見えている範囲が全然違うと思います。自分もきっと偏った視点で見ているんだろうなと思います。もともと僕は動画投稿勢が好きなので、ライブ配信を専ら見続けているリスナーの人とはあまり話が合わないかもしれませんね……。

 
──昔に比べて、ライブ配信主体のVTuberの数もだいぶ増えましたよね。

塗田 そう思います。2019年くらいの時点で、すでに自分は完全にキャパオーバーになっちゃっているので、そこからはあまり感覚的には変わってないです。

 
──それでも、やはりVTuber文化は好きだと。

塗田 はい、そこは変わりません。VTuberって、クリエイターであり、パフォーマーでもあるという両方の側面があるじゃないですか。そこが大きいと思います。いわゆる日本的なクリエイティブってあるじゃないですか。二次元キャラクターがいて、そこに漫画・アニメ・ゲームというジャンルがあって……。そうしたクリエイティブの延長線上に、VTuber文化があると思うんです。

例えばナースのVTuberがいるとして、その子はナースになろうとして、ナースを選んでやっているわけですよ。別に天使になることもできたし、人魚になることもできたはずなのに、その子はナースになった。それがまず尊いなと思います。もちろん、企業勢の場合だと事情は違うんだと思います。ただ、個人勢の場合は、「自分で自分の姿を選んでいる」、「自分の憧れている姿を表現したい」という姿勢があるわけで、そういうところに心惹かれています。

 
──新衣装お披露目とかは、企業勢の方もクリエイティブを発揮できるという意味で、すごく重要だなと思いました。

塗田 それもそうですね。あと、これはSF的な考えなんですけど、いずれすべての人類は肉体を捨てると思っているので、VTuber文化って今後無くなっちゃうんじゃないかなって思っています。

 
──と、言いますと?

塗田 言うなれば、「人類みんなVTuber」みたいな状況になるので、VTuberという言葉自体が意味をなくしてしまうんじゃないかって思うんですよね。とはいえ、やっぱりVTuber文化の発展はすごく楽しみです。AIの技術がもっと広がったらどうなるかなとかも興味がありますし。AGIのVTuberがたくさん活動を開始したらどうなるのかなとか、すごく興味深いです。

 
──今後もVTuber文化の発展に目が離せませんね。

塗田 本当にそう思います。

 
──最後に読者の方に向けて、二巻の見どころを教えてください。

塗田 第二巻では、ほむるちゃんの3Dモデルのアップデートに関わる三人のクリエイターが登場し、奇妙な依頼を提示します。それを解決していきつつ、主人公の啓とひかりの関係性にも変化がある巻となっております。第一巻とはまた違った読み口になっていると思いますので、ぜひお楽しみください。


(聞き手・山野弘樹


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