イラストコミッションサービス「Skeb」(スケブ)を運営するスケブは2月12日、実業之日本社に株式譲渡して子会社になったことを発表した(ニュース記事)。
本件については、2018年11月のサービス開始から約2年で10億円で売却されたという点が話題になりがちだが、PANORA的に注目したいのが代表取締役の喜田一成氏(なるがみ氏)が次なる一手として、VR SNSのアバター向けのサービス「ポリゴンテーラー」の開発に着手しているという点だ。
現在、ネットには、キャラクターの体で動画投稿・生配信を行うVTuberという流れと並行して、好みのアバターを選んでバーチャル空間で交流するVR SNSのムーブメントも起こりつつある。PANORAでも2018年の段階でその可能性を伝えてきたが、そこから3年経って独自の文化も発展してきている。
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また、なるがみ氏がTwitterで言及しているアマチュアVR技術者の地位向上についても気になるところだ。
ポリゴンテーラーとはどんなサービスで、彼がどんな未来を目指しているのか。インタビューを敢行して詳細をうかがった。
アバターファッションの「テーラー」やプロデューサーが職になる
──まずは10億円での株式譲渡、おめでとうございます。
なるがみ氏 株式譲渡といっても相変わらず代表取締役は僕で、サービスの決定権も持っているのでSkebに関しては何も変わりません。本件によって10億円のキャッシュが入ってきたわけですけど、ほぼ全額、次のサービスであるポリゴンテーラーの開発資金に充てます。VRChatの資金調達額が今、大体16億8000万円ですから、10億という金額に懸ける僕の本気度が伝わると思います。
──そこまでお金をかけて実現したいポリゴンテーラーとはどんなサービスでしょうか?
なるがみ氏 簡単に言えばアバターの販売と改変の代行プラットフォームになります。どのVR SNSにおいてもアバターは必須で、現在、VRChat向けのものはピクシブが運営している「BOOTH」で販売していることが多いです。
そうした現状について端的に申し上げると、ユニクロです。5000円で高品質なアバターが大量に出回っているんです。そしてユニクロの服が一発でそうとわかるように、アバターも慣れてる人ならVR空間で見て「あっ、あのアバターね」というのがわかります。
そして顔も服も同じとなると、何かで差をつけたくなって、髪の色を変えたりとか、別のアバターに着替えても自分とわかるようなシンボルを入れたりしたくなる。
──BOOTHでは、アバターだけでなく、服やアクセサリーといったファッションアイテムも売っていて、着せ替えられますよね(参考記事)。
なるがみ氏 自由度の高い着せ替えは難しいのが現状です。例えばVRoid Studio(アバター作成ソフト)では、プリセットの服のテクスチャを差し替えること自体は可能ですが、ユーザーが作成したオリジナルの服を自由に着せ替えできるソリューションはVRoidに限らず実現できていません。
だからアバターを自己流に改変するためには、自力でUnityやBlenderを覚えて、シェーダーも書く必要がある。これはハードルが高い。ポリゴンテーラーを使うことで、そうしたアバターの改変を依頼したり、改変後のアバターを販売できるようになります。
──改変は、例えば電子マネーなどを使って、能力があるクリエイターに個人間で依頼するというのは難しいのでしょうか?
なるがみ氏 ライセンスの問題があります。現状でもすごくいい改変のセンスを持ったクリエイターがいますが、彼らがなぜお仕事として請け負っていないかというと、自分が元となるアバターのライセンスを買っていない可能性があるからです。
ポリゴンテーラーを利用すると、「テーラー」(改変するクリエイター)がアバターのライセンスを持っていない場合、改変料に自動でアバターの代金が上乗せされるようになります。アバターのライセンス保持を保証できるわけです。さらに改変料の一部は元のモデラーさんに行くので、改変されればされるほどモデラーも嬉しい。
──人気のアバターを生み出したクリエイターは、かなり潤いそうですね。
なるがみ氏 はい。さらに依頼側が改変したアバターを販売することも可能です。例えば「このアバター向けのワンピースがほしい」と考えてクリエイターに依頼して、予想以上に出来がよかった。そんなときに依頼者とクリエイターの双方が合意すれば販売できて、売上がモデラー、テーラー、依頼者の3名に分配される。
ポリゴンテーラーによって、2つの職業が生まれると思っています。ひとつは改変を請け負うテーラーで、もうひとつがファッションプロデューサー。こういう服があったらいい、自分がお金を出すからつくってよというプロデューサーが出てきて、「あの人が考えた服なら売れるよね」というブランドが生まれる。VR空間上にファッションブランドが誕生する可能性を僕は考えています。
他にもモデラー自身が詳しくなくても、テーラーにお願いして、例えば人型3Dアバター向けフォーマットの「VRM」版をつくって販売できる。元のアバターが5000円だとして、VRM版の付加価値をつけて6000円で売れたとしたら、モデラーさん自身に5000円が入ってくる。そうした強みがポリゴンテーラーにはあります。
──お話を聞いていると、バーチャルキャストの3Dデータの流通プラットフォーム「THE SEED ONLINE」が同様の世界を目指しているのかなと感じました。
なるがみ氏 それはまた思想が違って、THE SEED ONLINEもピクシブが提供している同種の「VRoid Hub」も、根底にあるのは共通のVRMという規格のもとにVR SNSを横断するという考えだと思います。そもそもTHE SEED ONLINEの名前も、ライトノベル「ソードアート・オンライン」におけるVRプラットフォームのライブラリの名前ですから、その思想が色濃く出ています。
ただ、両者の仕様からは、これから改変が流行することが見て取れない。この服の元はこのアバターで……というコンテンツのツリー構造を管理していないので、目指すところがちょっと違うのかなと思っています。
──データベースの専用サーバーを立てて、コンテンツツリーを管理するという。結構、壮大な計画ですね。
なるがみ氏 でもこれは自分一人で作れます。今、Skebにも二次創作公認プログラムという仕組みが入っていて、特定の二次創作を検出すると売上の一部を原著作者に還元しており、この発展系になります。
──すでにあるもののバリエーションとして作れるという。
なるがみ氏 そうです。今回、Skebのコードは使わずに、いちからプログラムを書き直すことになりますが、そこまで難しくはないと思っています。
──えっ、一人で作るんですか!? スゴい。
なるがみ氏 もちろんです。じゃないと「よくわかってないな、こいつ」みたいなサービスになってしまう。
──いつ頃のローンチを目指してますか?
なるがみ氏 年内です。昨年中のローンチを考えていたのですが、本当に逼迫していたのです。今回の事業譲渡の理由のひとつに、僕がSkebの開発業務から引退するというのがあって、その空いたリソースでポリゴンテーラーをつくります。ちなみにSkebも3ヵ月でつくったので、ポリゴンテーラーも本気で開発すれば3ヵ月でできると思います。
才能あるクリエイターに成功体験とお金を
──そこまでVR SNSに掛ける背景には、なるがみさんがTwitterで言われたいたVRChatで3200時間過ごしたということが影響していそうです。新しい文化だと実感されたという。
なるがみ氏 はい。そして僕の中で、いくつかイラつきがあるんです。世のXRベンチャーがVR SNSを活用する場合、現実世界の渋谷を持ってくるとか、コロナ禍ででできないリアルイベントをXRで開催するとかはめちゃくちゃあるんです。一方で、VR上で生まれている文化を事業化しようという企業は非常に少ないように感じます。これって、まったくVR SNSを体験してないだろっていう。
最近VRベンチャーの方々とお話しする機会があったのですが「VR感覚」をオカルトと思っていたと話されていて少しショックでした。僕自身「VR感覚」はかなりあります。
──VR感覚については、新しい文化や新しい生活様式ではなく、身体の拡張という感じですよね。
なるがみ氏 そうですね。一説によれば、人間に入力情報の8割は視覚と聴覚とのことなので、そこがVRゴーグルで覆われている以上は錯覚もありますよね。
──でも人生をアバターで仮想化したうえで、そこで肉体的な幸せを得られるって、素晴らしいことだと思います。
なるがみ氏 そう。例えばVR上でパートナーを作る「お砂糖」という文化は素晴らしいと思います。声も見た目も自由に変えられる世界でパートナーを選ぶということは、その人の性別やバックグラウンドを抜きにして内面で評価しているということですから。僕自身、2020年に「お砂糖」したことがあります。
──なんでも試す姿勢がすごい。
なるがみ氏 何事もチャレンジが僕の利点です。事業を成功させるためには、自身がプレイヤーになる必要があると常々言っています。そうしたVRで生まれた文化を事業化したいという強い思いがひとつ。
ふたつ目は、クリエイターの地位向上です。VR SNSの利用者は若い方が多い。僕の肌感だと24歳前後が中心で、中には10代の大学生でUnityが得意な子もいたりします。ベンチャーの中には、企業案件でしっかりお金を取っているにも関わらず、そんな彼らにAmazonギフト券5000円でモデリングさせているところもある。この買い叩きは本当によくない。だから僕が10億円をもってして、その動きを潰します。
──おおお……。
なるがみ氏 うちの会社、外神田商事もスケブもそうですが、作家と共に歩むというのが社訓です。僕は社会人になってから8年、一貫してクリエイターの地位向上を目指す事業をやってきました。だから、3Dクリエイターが買い叩かれている現状に対して、単価の高いプラットフォームを早急につくって定着させる必要がある。
その買い叩かれてる若くて優秀な人材に話を聞くと、コンビニバイトだったりして、みんな「自分なんて……」って自信がないんです。「そんなにUnity触れるんだったら仕事にすればいいじゃん」っていうと「いやこれは趣味でやったことだから……」って。そこに成功体験を与えたい。
──Skebと一緒ですね。
なるがみ氏 そうです。自分が求められている、これで稼いでいいんだという成功体験を彼らに与えるのが、ポリゴンテーラーでの使命です。
──3Dといえば、なるがみさんが立ち上げられたドワンゴの「ニコニ立体」ともつながっています。
なるがみ氏 7年ぶりに3D事業に戻ってきました。ポリゴンテーラーについて今、説明したのは第1段階で、実は第2、3段階も考えています。
第2段階は、VR上でお金を得ている人たちに対して提供する仕事の予約と決済機能です。既にVRSNS上では、ライブや占い、アクロバットショー、イベント、バーチャル飲食店など多数の営みがあります。一方で金銭の授受に関しては確立した手段がなく、もっぱら支援にはAmazon欲しい物リストから適当な商品を送るということが行われています。
──その決済はSkebじゃだめなんですか?
なるがみ氏 全然違いますね。Skebは個人鑑賞を前提としたコンテンツの流通プラットフォームです。でもアバターは着るから、二次利用になる。だから打ち合わせなし、リテイクなし、見積なしのSkebでは成立しない。僕自身、ワンオフの(オーダーメイドした)アバターを使ってますけど、やっぱり装着感を何度も手直ししてもらっています。オーダーメイドの服と同じなんです。ポリゴンテーラーという名前の通り、手直しが必要なコンテンツだと思っているので、Skebの新機能ではなく新サービスとして立ち上げます。
──第三段階は?
なるがみ氏 第三段階は、SteamVRのプラグインを利用した擬似的な個人間送金です。VR空間で目の人に「キミ面白かったよ」ってポリゴンテーラーの経済圏で使えるギフト券を送れるようになる。しかもSteamVRのプラグインなので、VRChatでも、バーチャルキャストでも、clusterでも、NeosVRでも、向かいの人にお金を送れるわけです。これだけで月数十万円稼ぐ人が絶対に出てくる。
──確かに。一方で、ポリゴンテーラーが急成長するためには、VR SNSの市場の広がりにもかかっていると思います。
なるがみ氏 それは僕らではどうしようもないレベルで、Facebookの気分次第で変わると思います。Oculus Quest 2の余波によって、VRのユーザーはめちゃくちゃ増えましたからね。大資本企業がいかに安くVRゴーグルを普及させていくか次第にかかっている。
VR SNSの世界は今後、アバター本体より、その改変だったり、服やアクセサリーを装着する代行業者がシェアをとっていくと予想してます。現状でもアバター自体がブランド化していて、「ますきゃっと(量産型のらきゃっと)集会」だったりと、同じアバターを使っている人たちでコミュニティーも形成している。車に近いです。その中で、個性を発揮するために改変が必要になってくる。ぜひポリゴンテーラーにご期待ください。
(TEXT by Minoru Hirota)
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