個性的なタレントばかりが揃ったVTuber事務所「ななしいんく」の中でも、音楽面での多才さで特に知られている橙里セイさん。歌唱力の高さだけにとどまらず、ピアノの弾き語りも得意。オリジナル曲の作詞、作曲、編曲もすべて自分で手掛けている。8月8日(火)には、自身初の「BIRTHDAY 3D LIVE」を開催し、アンコールでは3rdシングル「夜のせい」を初お披露目。ピアノの弾き語りやダンスも披露した。
PANORAでは、記念すべきライブを終えた直後の橙里さんへのインタビューを実施。ライブや3rdシングルに対する思いや、今後の活動に向けての展望などを語ってもらった。
誕生日記念ライブには、自分のやりたいことを詰め込んだ
──最初に、初めての誕生日記念3Dライブを終えた今の心境を教えてください。
橙里(敬称略、以下同) ひとまず、無事にやりきることができて、ほっとしています。自分のやりたいことを詰め込んだライブだったのですが、その上で、観て下さる方にも満足していただけるライブにしたくてすごく悩んだし、リスナーさんの反応を見るまでは、とても不安だったんです。だから、終わった後にYouTubeのコメントやTwitter(現X)の投稿の内容を見たら、思っていた以上によかったと言ってくれている人が多かったので、すごく安心しています。
──ドキドキしていたのは、セットリストなどライブの内容に関してですか? それとも、ご自身のパフォーマンスに関してですか?
橙里 もちろん、どちらの心配もあったんですけど、やっぱりセトリとかの方ですね。MCも本当に少なくして、どんどん曲をやっていって。バンドパート、弾き語りパート、ダンスパートって次々と変えていっちゃったので、観ている人が置いてけぼりにならないかなとはすごく考えました。
──それだけ盛りだくさんな内容のライブにしようと思った理由などはあるのですか?
橙里 歌がずっと好きで、デビューしてからも配信でよく歌ってきたんですけど。弾き語りもするし、最近になってダンスも始めたりしたので、これまで頑張ってきたものを全部詰め込みたかったんです。それに、自分が観る側の時、MCが多いライブよりは、いっぱい歌ってくれるライブの方が個人的にも好きで。その方が観ている方も飽きないのかなと思ったので、そういったライブにさせていただきました。
──その方向性については、誕生日ライブの開催が決まったときから、すでに頭の中にあったのですか?
橙里 今までにやってきたものを詰め込みたいということは、最初から考えていました。あと、これは配信でも何回か話してるんですけど、本当は生バンドでのライブをやりたかったんです。でも今回は、システム的なことや時間的なことで難しく、インストの音源を使うことになりました。次回こそは、生バンドでのライブを実現したいです。
──盛りだくさんな内容の中、準備や練習で特に頑張ったことを教えてください。
橙里 本当に頭から最後まで全部のことで頑張ったんですけど(笑)。一番頭に残っているのは、やっぱりダンスです。
──同じななしいんく所属の家入ポポさんと蛇宵ティアさんをゲストに招き、2曲で歌とダンスを披露されました。
橙里 ゲストの2人は、本当にダンスが上手いんです。私は、約1年前の3Dお披露目の頃にダンスを始めて、その後も継続して頑張ってきたのですが、自分が主役のライブにゲストを呼んでおいて、自分だけが下手じゃまずいと思って。めちゃくちゃ練習しました(笑)。
──ダンスは、昨年10月の3Dお披露目のために始めたのですか?
橙里 元々、ダンスができたらカッコいいだろうなとは思っていたんです。それに、3Dお披露目でオリジナルソングを歌わせていただく時、何か動きを付けたいなと思って、この機会に始めてみようと思ったのがきっかけです。
──初めて3Dの身体でのパフォーマンスを披露した3Dお披露目の時と比較して、特にどういったところで成長を見せることができたと思いますか。
橙里 歌とかピアノの演奏も、普段の配信で継続してやっているので、きっと上達できているはず。でも、一番変化が大きいのは、やっぱり3D(モデル)でのパフォーマンス。カメラの前での動き方だと思います。3Dお披露目を観返した時、歌の時やピアノの時も含めて、カメラの前で、もっとかっこよく動きたいし、かっこよく見せたいと思ったんです。それに関しても少しずつですけど、できるようになってきたのかなと思います。
──Live2Dで行う普段の配信とは、やはり、まったく違うのですね。
橙里 普段の配信だと、顔の回りしか映らないので、全身を動かすのは本当に大変だなって思いました。他の人の配信を観て、同じようにしているつもりなのに、自分の場合はなんか気持ち悪い動きになってるみたいなこともあって(笑)。お披露目以降も配信などに3Dで出させていただく機会がちょこちょこあったので、そのたびに休憩時間とかを利用して、カメラに映る自分をモニターで確認して。「こう動いたら、こう見えるんだ」みたいなことを研究してきました。その成果を今回、少し出せたかなと思います。
──内容に関しては、やってきたことを詰め込んだとのことですが、ライブの演出などに関しても、橙里さんの方からリクエストしたことなどはあるのでしょうか?
橙里 3Dのライブに関するスタジオさんの技術的なことについては、あまり分からないところも多いので、基本的にプロの方にお任せすることが多かったです。ただ、カメラワークに関しては、ここは全身を見せたいとか、ここはアップで見せたいとか、かなりこだわらせていただきました。特に3人でのダンスのところでは、フォーメーションもあったので、「ここはアップ。ここからは全身」みたいな事を歌詞にめちゃくちゃ細かく書いて、スタッフさんにお渡ししました。
勇気を出してネガティブな面も曲にした「夜のせい」
──誕生日ライブでは、約1年ぶりとなる3rdシングル「夜のせい」をお披露目しましたが、この曲は、当初から誕生日ライブを目指して制作された曲なのでしょうか?
橙里 新しい曲を出したいということは、今年に入ったくらいから少し考えてはいたんです。でも、先ほどお話ししたように生バンドでやりたい気持ちもあって。ライブでは、新曲を出すか生バンドでやるかのどちらかだということになった時、最初は生バンドでいこうと思っていました。だから、最終的に生バンドは難しいということになってから動き始めたので、実際に3rdシングルを作ることになったのは6月末くらいなんです(笑)。
──かなり短期間で作られた曲だったのですね。
橙里 はい、2週間くらいで作りました(笑)。
──それが可能だったのは、橙里さんがご自身で作詞、作曲、編曲をできるからこそですよね。クリエイターさんに、2週間後に納品してくださいと発注したら怒られそうです(笑)。
橙里 あはは(笑)。他の方には、あまりお願いはできないですよね。
──「夜のせい」は、どのような曲にしたいというイメージで作られた曲なのですか?
橙里 1stの「僕らだけの色」と2ndの「太陽のエール」は、爽やかなバンドロックだったし、「橙里セイ」として見せたいのも、元気な一面とか、ファンの皆さんへの応援といった前向きなものが多いんです。でも、実際の自分は、一人の時にはネガティブになることも多くて。けっこう気にしいなので、配信の後とかに一人反省会もよくやるんです。毎日配信しているので、リスナーさんには、そんな一面も伝わってたりはすると思うんですけど、今回、勇気を出してそれを曲にした感じですね。
──人間誰しもそういった面はあると思うのですが、自作の曲や詞という形で表現するのは、勇気が必要だったわけですね。
橙里 「こんな歌詞を書くんだ」みたいなことを思う人もいるのかな、とは少し気にしました。でも、普段の配信から、「そういう一面も全然見せてくれていいんだよ」みたいに言ってくださる人も多いので、きっと大丈夫だろうなという気持ちの方が大きかったです。
──誕生日ライブで初披露した後は、各種音楽サイトで配信も始まっていますが、リスナーさんからは、どのような反響がありましたか?
橙里 ライブの数日前に、ジャケットの写真と曲名だけを公開していたんですけど、「(ジャケットを見て)バラードとかが来ると思ったら違った」とか、いい意味で予想を超えてきたみたいな感想もいくつかいただけていて嬉しかったです。
──新曲に限らず、橙里さんの曲作り全般に関して教えてください。橙里さんは、詞と曲の両方をご自分で考えるわけですが、どちらから先に考えているのですか?
橙里 最初は、ピアノを弾いて作曲から始めます。左手でコード、右手でメロディーを弾いて、思いつくもののを録音していって。それを元に足し引きとかをしていく感じです。ピアノの前にいない時、ふとフレーズが思い浮かんだら、スマホで録音したりすることもあります。そこから、ドラムとか他の音を入れていって。完成してから、最後に作詞をします。
──詞に関しては、曲を作る段階から、何となくの方向性とかはイメージできているのですか?
橙里 そうですね。最初にコンセプトを決める感じで、今回の場合、内面を見せるってことは決めていました。具体的な詞については後に置いといて、曲から作り始めるのですが、その時にちょっと仮で歌詞を当てはめて歌ってみたりとかもするので、そういう時に少しずつキーワードが決まってくる感じです。
──「夜のせい」は、2週間ぐらいで作ったということですが、過去に作った曲と比べても早かった方ですか?
橙里 毎回、このくらいでしたね(笑)。2ndの時は楽器の生演奏をお願いしたので、トータルで1ヵ月くらいかかっているのですが、1stも3週間くらいで作りました。優柔不断なので、あまり時間をかけると迷っちゃって。「ここまでに決めよう」みたいなリミットがないと、定まらなくなってしまうんです。
──橙里さんは、ななしいんく内のグループ「緋翼のクロスピース」(2023年3月の統合によりグループとしての活動は終了。略称は「ひよクロ」)にデビュー時から所属し、グループのオリジナル曲「Peaceful Page」の制作も担当しました。それを含めると「夜のせい」は4曲目のオリジナルソングになるわけですが、ご自身の中での評価、手応えを教えてください。
橙里 今回は、1stと2ndだけでなく、「ひよクロ」の曲とも曲調が違って、打ち込みが多かったので、ある意味、挑戦だったんです。こういう曲調の曲は初めて作ったので、途中、「本当にこれは大丈夫なのかな? 世に出していいものなのかな?」ってすごく思ってました。でも、改めて、プロの方にしっかりMIXしていただいて、MVにもなった時、かっこいいものができたなと思えて。今は、わりと自信を持って出せる作品になったかなという気持ちがあります。
──仰る通り、歌詞は内面を深く掘っていますが、楽曲全体の印象としては、かっこよさを強く感じました。
橙里 もっともっと自分の曲を増やしていって、いずれは、自分の曲だけのライブをしたいとも考えていて。その時には、頑張っているダンスも入れたいので、踊れる曲も作りたいとは思っていたんです。だから、3rdでは、ダンスの似合う曲ということもイメージしていました。
──そうすると、今後もコンスタントに新曲を作っていきたいと考えているのですか?
橙里 実は、コンスタントに作っていくのかは少し迷ってもいるんです。今は曲を増やすことよりも、一人でも多くの人に橙里セイを知ってもらうことを優先させた方がいいのかなとはちょっと思っていて。音楽を頑張ってきたんですけど、橙里セイ自身を人としても好きになってもらえるように、音楽以外の活動ももっと頑張りたいなって思っています。
最終的には、現地開催でのソロライブもしたい
──10月24日にはデビュー2周年を迎えますが、約2年間のVTuber活動を振り返って、特に楽しかったり嬉しかったりしたこと、活動を始める時には想像もしていなかったことなどがあれば、教えてください。
橙里 う~ん、なんだろう……。楽しかったことで言えば、私、一番楽しくて元気になれるのが配信なんです。どれだけ疲れていたり、どれだけ落ち込んだりしていても、配信をすれば元気になるんですよ。
──根っからの配信者なのですね。リスナーの立場からすると、応援している配信者さんが疲れていると「休もうよ」と言いたくもなるのですが、橙里さんの場合は、配信を止めるのは逆効果と。
橙里 配信を始めて「こんにちはー」って言った時に疲れてると、リスナーさんにも「声が疲れてるね」とか言われちゃうんですけど。配信が終わる頃に気づいたら、めちゃくちゃテンションが高くなってるんですよ(笑)。あと、想像してなかったことで言えば、私、元々、声がすごくコンプレックスだったんです。VTuberを始めるまで、あまり声を褒められた経験がないどころか、「あまりよくないね」って言われたことしかなくて。それでも、この活動を始めてみたら、本当にいろいろな人が、声とか歌を好きだよと言って応援してくれて。私の声を好きだと言ってくれる人もいるんだってことが、一番びっくりしたことです。
──声にコンプレックスがあったというのは意外です。では、歌に関しても、あまり自信はなかったのですか?
橙里 なかったです。中学生の頃、女性でもたまにあるらしい変声期みたいなのがあって。声が本当にハスキーになってしまい、1オクターブくらいしか音域のない時期があったんです。その頃は歌うこと自体が辛かったので、歌うことを避けていて、学校の合唱祭でも伴奏しか弾かないみたいな。ただ、歌を聴くのは好きだったし、「こんな風に歌えたらいいな」という気持ちもあったので、たまに家で一人で歌ってたりはしていました。でも、人前では本当に歌いたくなかったので、弾き語りもそうなんですけど、(人前で)歌い始めたのはデビューしてからです。
──では、初の3Dソロライブと3rdシングルのリリースを終えた今、今後の目標を教えてください。
橙里 先ほどお話ししたように、自分をもっと知ってもらえる機会とか、自分を表現できる機会があれば、音楽に限らず何でも挑戦していきたいなという気持ちもありつつ。最終的には、生バンドでのライブとか、現地開催でのソロライブもしたいので、その裏で音楽の知識や技術とかを着々と磨いていきたいなとも考えています。
──橙里さんは、昨年12月の「ななしふぇす2022 “JUMP!”」や、今年6月の「太陽と月とエトワール Shiny Day」などの現地開催ライブにも出演されていますが、やはり、現地でのライブは楽しかったですか?
橙里 はい。去年の「ななしふぇす」のときは、まだお客さんの声出しはできなかったんですけど、6月のライブでは、ステージに立っている私たちよりも、みんなの方が声を出してるんじゃないかってくらいの歓声が聞こえてきて。びっくりしたし、すごく楽しかったです。自分も誰かのライブを観に行った時は、会場で聴く音っていいなと思うので、ステージに立つ側として、またそういうライブもやりたいなと思います。
──それを実現するためにも、今は、何にでも挑戦していきたいということですね。ちなみに、具体的に、こんなことをやってみたいとか、頑張りたいと考えていることはありますか?
橙里 そこが今、ちょっと悩んでいるところなんですけど。先ほど、お話ししたように、ちょっと前までは、音楽をやりたいなら、音楽で知ってもらい、音楽で好きになってくれた人を増やすということに挑戦していたんです。でも、それだけだと入り口が少し狭いのかなとも今は思っていて。配信の内容って、ゲームとか企画とかいろいろとありますが、コラボとかの複数人でやる配信も、もう少し増やしたいなとは思っています。私、VTuberとして活動する前は、グループで活動するような経験がなかったんです。でも、実際にそういった活動をしていく中で、周りの人から刺激を受けて、新しい発見があったり、考え方が広がったりする機会も多くて。人と関わるのは、とても好きだなと思ったので、そういう意味でも、コラボとかは増やしていきたいです。
──「ななしいんく」のタレントさんは、いい意味で方向性がバラバラなので、周りからいろいろな刺激を受けられそうなグループというイメージがあります。
橙里 本当にそうなんです(笑)。みんな力を入れることややりたいことが違う分、お話しすると、いつも「それもいいな」みたいになって、流されちゃいそうになるのは、私の悪いところでもあるんですけど(笑)。そういった形で刺激を受けながら、いろいろな可能性を模索していきたいと思っています。
──最後に、このインタビューを読んでくれている読者のみなさんに向けて、メッセージをいただけないでしょうか。
橙里 私のインタビューを読んでいただき、ありがとうございます。今回、初めて私、橙里セイのことを知ってくれた方は、音楽をメインでやっていますけど、お話とかも大好きですし、いろいろなことに挑戦していきたいので、これからもっともっと知って欲しいことが増えていくと思います。よかったら、配信にも遊びに来てください。そして、いつも応援してくれているファンの皆さん、まだまだ新しい橙里セイを見せていきますので、楽しみにしていてください。これからも応援よろしくお願いします。
──最後にと言った後の追加質問になってしまうのですが、この記事で橙里さんに興味を持った人に、特にオススメのアーカイブはありますか?
橙里 個人的に、今一番観ていただきたいのは、先日の誕生日ライブなんですけど、時間が経っても、何回も観返してくれる人が特に多いアーカイブは、スタジオでの生セッションライブという企画です。去年の誕生日と今年の1月にやったのですが、私がグランドピアノで伴奏をしながら、いろいろなゲストさんを招いてセッションライブをしています。スタジオでプロのエンジニアさんにお願いしているから、音質も普段の配信よりかなりよくなっているし、ピアノも弾ける自分ならではの企画でもあるのかなって思います。アコースティックの色が強いんですけど、興味があったらぜひ観て欲しいです。
(TEXT by Daisuke Marumoto)