4月にクラシック音楽×テクノロジー「ポルタメタ」プロジェクト第一弾アーティストとしてデビューしたバーチャルピアニストの潤音ノクト(うるねのくと)。8月12日にミューザ川崎で開催されるフェスタサマーミューザKAWASAKI2024 東京交響楽団フィナーレコンサートにゲストピアニストとして参加予定だ。
VTuberがリアルの場で音楽ライブを行うことは今となってはよくあることで、最近では歌手活動を行うVTuberが音楽フェスに出演したり、アニメや映画の主題歌を歌ったりと、バーチャルとリアルの垣根を超えた活動が目立っている。そんな中、潤音ノクトが東京交響楽団のコンサートにピアニストとして参加するというのはVTuberのリアルライブにおける新しい試みと言えるだろう。
ピアニストとしての潤音ノクトのパフォーマンスは、デビューとなったニコニコ超会議の演奏を見れば一目瞭然。音の一つ一つがはっきりと語り掛けるような力強い演奏は、普段クラシック音楽を聴かない層にとっても心を掴まれるものがあるだろう。デビュー以降はLive2Dで配信を行っており、コンサートが3Dお披露目の場となる。
PANORAでは、本コンサートのテクニカルリハーサル兼記者会見に参加し、一足先に3Dの姿でピアノ演奏をする潤音ノクトを観たが、全身でピアノを演奏する躍動感や、指先がしっかり鍵盤を叩く姿はまさに、クラシック音楽とテクノロジーの融合だと感じた。当コンサートの指揮者で、潤音ノクトのオーディションを担当した原田慶太楼は「絶対に見逃してはいけない」と自信たっぷりに語る。
この記事では、そんなコンサートとの見どころと、バーチャルピアニスト潤音ノクトを紹介したい。
「ポルタメタ」デビューのバーチャルピアニスト「潤音ノクト」とは
潤音ノクトはKADOKAWA、ドワンゴ、東京交響楽団との共同プロジェクト「ポルタメタ」で選ばれたバーチャルピアニスト。
KADOKAWA、ドワンゴのクラシック音楽業界と関わりは、コロナ禍の2020年3月にニコニコ動画にて東京交響楽団のコンサートの無観客配信から始まったという。その後、角川武蔵野ミュージアムや配信でのコンサートを実施してきた中で、従来のクラシック音楽ファンの客層とは大きく異なる若い層が楽しむ様子から、クラシック音楽業界の持つ力の大きさを感じて始まったプロジェクトとのこと。
4月にニコニコ超会議にてデビューしてからは、主にYouTube配信にて活動している。
配信ではLive2Dでの雑談がメイン。ピアニストというだけあり、実際に演奏したり、用語解説をしたりするのが見ていて楽しい。クラシック音楽というと難しいものと身構えてしまう方もいると思うが、コメントを拾いながら音楽の楽しさを広げるような会話のスタイルに誠実さを感じる。
配信画面に鍵盤が表示されており、演奏に合わせて叩いた鍵盤が光るのが特徴的。よく見ていると、打鍵にあわせて光っているだけでなく、鍵盤の上に指が置かれている間が光っているので、本当に演奏していることがわかるのが見ていて楽しい配信だ。
潤音ノクトのオーディションには東京交響楽団の指揮者原田氏が審査員長となり実施。オーディションから演奏を聴いている原田氏は「現在はこのコンサート以外の予定はないが、コンサートをきっかけに今後も世界に行くと確信している」と語った。
また、高橋プロデューサーも「ニコニコ動画でのブームから初音ミクが欧米を席巻したように、クラシック音楽の本場である海外に輸出したい」と語る。
オーディションに携わった人びとが才能や可能性への期待感を抱いているのが、潤音ノクトというピアニストという訳だ。
クラシックは初めてという方も楽しめるプログラム
本コンサートは、毎年ミューザ川崎で行われている真夏のクラシック音楽祭「フェスタサマーミューザ KAWASAKI」のフィナーレを飾る大舞台。そのフィナーレで東京交響楽団とバーチャルピアニストのコラボレーションが行われるというのもVTuberファンの目線で見るとものすごいものに感じ、敷居の高さを感じてしまうかもしれない。
しかし、フィナーレというだけあり多くの人に楽しんでもらいたい! という熱意や意図が込められたプログラムになっていることが伺えた。
コンサートのメインとなる曲目はジョージ・ガーシュウィンによる「ラプソディー・イン・ブルー」。1924年に「新しい音楽の試み」と題されたコンサートで初演された名曲を、クラシックとテクノロジーが作る未来を象徴する曲という願いを込めて選曲。さらに会場となるミューザ川崎のある川崎市は市制100周年を迎えるということもあり今から100年前の曲で祝うという、これ以上ないセレブレーションになっている。
原田氏は「ラプソディー・イン・ブルー」がコンサートの中で浮かないように、ディズニー映画「ファンタジア2000」に「ラプソディー・イン・ブルー」が使用されていることもあり、「ファンタジア」および「ファンタジア2000」の中から楽曲をピックアップしたという。
コンサートの3曲目に当たる「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」はファンタジアにはない楽曲だが、ゴジラの音楽がヴァイオリン協奏曲として演奏されるところは、普段クラシック音楽を聴き慣れない方にも楽しい場面となるはずだ。「日本を代表するカルチャーがクラシックとマリアージュする素敵な空間になるのでは」と、その選曲理由を語った。
こうして見ると、楽曲の構成や順番が重要だったり、文脈が重要視される場というのはアニクラの現場や、VTuberの楽曲やMVでもよく見られる現象だと思う。どちらかといえばクラシック音楽がその源流でもあるが、アニメ・VTuberのカルチャーと同じように、その楽曲が演奏される意味や背景も込みで楽しむものだと思うと少し身近に感じられはしないだろうか?
「リアルタイム運指反映システム」が実現するリアルな演奏
潤音ノクトの演奏を支える技術として目を見張るのが、このコンサートのために開発された「リアルタイム運指反映システム」。
指の動きをカメラで取得し、演奏時にピアノ側のMIDI信号をもとに3D空間上の鍵盤との位置合わせをリアルタイムで合成しているというものだという。しかも、交響楽団のピアノ奏者として不足のないほどの低遅延を実現している。
本プロジェクト開始時から原田氏は「ディレイがあったら絶対にできない」と言い続けたというが、音楽の専門家ではない私からしてもまったくディレイを感じることはなく、原田氏も「ディレイはないです」と断言。
指だけでなく、全身のモーションキャプチャーもされているため、椅子に座り直す仕草や、足元でリズムをとる絶妙な動きも完全に3Dモデルに反映され、本当にピアニストがそこで演奏しているように感じられた。
交響楽団とバーチャルピアニストが一体となって演奏を行うさまをぜひ、その目で見て体感して欲しい。
目指すは「指のボカロ」ポルタメタプロジェクトの野望
記事の初めに書いた通り「ポルタメタ」の発足にはクラシック音楽のさらなる可能性を感じて始まったプロジェクトとのだが、歌手活動をしているVシンガーと呼ばれるようなバーチャルアーティストたちが性別、年齢などを超えて活動しているように、学歴やコンクール受賞歴に関わらずに本人の音楽表現を最大限発揮できるという、ピアニストの新しいキャリアパスを創出したいという想いもあるという。
現在もバーチャルアーティストとして楽器演奏を行うアーティストはいるが、パフォーマンスとして完全に演奏している姿を再現するには至っておらず、VR空間やトラッキングの限界を感じさせる表現にとどまっている。そんな中で、今回のコンサートで開発した技術をもっとコンパクトに、個人で運用できるレベルにまで落とし込んだ後に「指のボカロ」のような形でパッケージ販売する構想があるという。
ボーカロイドを用いた音源制作や、それに付随してMMDでMVを制作するなど、ユーザーが自由に表現することで発展してきたカルチャーをベースに、新たにバーチャルの姿でリアルなピアノ演奏をするシステムを作ることで、より多くの才能がインターネットから出ていく未来を作りたいという。
今回のコンサートはまさに、バーチャルアーティストとクラシック音楽の新たな融合であり、ここから始まる新しい歴史を多くの人に目撃して欲しいと思う。
●「フェスタサマーミューザKAWASAKI 2024」フィナーレコンサート概要
・日時:2024年8月12日(月・振休)15:00開演(14:00開場、14:20~14:40 プレトーク)
・会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
・出演者:<指揮>原田慶太楼(東京交響楽団 正指揮者)、<ヴァイオリン>川久保賜紀、<ピアノ>潤音ノクト(バーチャルアーティスト)
・料金:S席5000円、A席4000円、B席3000円 ※U25(小学生以上25歳以下)各席半額
・予約・問合:ミューザ川崎シンフォニーホール 044-520-0200(10:00~18:00)、ミューザWebチケット(24時間対応/火・水2:30~5:30を除く)
・公式サイト:https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/calendar/detail.php?id=3853
(TEXT by ササニシキ)
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