単なるキャラコラボではなく、新しいユーザー体験を THETA×初音ミクに込められた情熱

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RICOH THETA SC Type HATSUNE MIKU」(ミクシータ)といえば、初音ミクとコラボした360度カメラだ。現在、特設サイトにて予約受付中で、9月末頃からの出荷を始める予定となっている。一番の特徴は、以前にインタビューを掲載したように撮った写真に初音ミクを配置できるスマホアプリなのだが、ほかにも語るべきところは多い。

 
一体、このミクシータはどんなきっかけで生まれて、どんなところにこだわって製品化までこぎつけたのか。THETAシリーズの生みの親で、このミクシータもプロデュースしたリコー 技術経営センターの生方秀直氏をインタビューすると、単純にキャラをあしらっただけではない、新しいユーザー体験を生み出すというコンセプトが浮かび上がって来た。

 

3D modeled by Mamama (C) ANGEL Project (C) Crypton Future Media, INC. www.piapro.net
 
360度PVなので、パソコンの画面をドラッグしたり、スマートフォンの端末を動かすことで、さまざまな方向が見られます。

 
 

初音ミクと「場」をつくってみんなで楽しむ

──リコーさんというと、そもそもキャラクターコラボ自体が珍しいですし、THETAでは初音ミクが初めてとなります。そもそものきっかけはなんだったのでしょうか?

 
生方 昨年10月に北海道の札幌で開催した「No Maps」(ノーマップス)への出展がきっかけです。このイベントは、初音ミクを手がけるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長が実行委員長として関わっていて、僕らはそこで例の全天球ライブカムの実験機をデモしていました。その打ち上げの席で、「THETAの初音ミクモデル作りましょうよ」みたいな話が出たんです。

 
──最初は飲み会の席での話だったんですね。

 
生方 そのときすでに僕は全天球ライブ技術の開発に没頭していて、THETAからは離れていたので、「そうですねー」ぐらいで流してしまったのですが、2017年に入ってから、THETAをベースに新しいユーザー体験を提供してもおもしろいのではないか、という気持ちが出て来たんです。

 
──それで有名なキャラクターとのコラボという?

 
生方 いや、キャラクターとのコラボが前提としてあったわけではなく、新しいユーザー体験をつくっていかないと全天球カメラの世界も広がらないということを考えていたんです。360度でのライブ配信を目的としたRICOH Rを開発しているのもその一環です。

そもそもTHETAも「写場」と呼んでいますが、写真じゃなくて全部の場が撮れたら楽しいんじゃないかという発想から生まれています。テクノロジーから入っていったわけではないので、例えば最初は1〜12眼まで色々検証してみて、最終的に今の2眼に落ち着いたという感じです。

すでに「全天球カメラで360度写ります」ということは他社製品でも実現できるようになっていますが、僕はそこにさらに新しい体験を持ち込みたかった。そんな流れの中、ちょっと周りを見渡すと素晴らしい才能を持った方々が多くいて、「みくちゃ」(撮った画像に初音ミクを配置できるスマホアプリ)みたいなアイデアと組み合わせれば新しいユーザー体験が生まれるんじゃないかと思ったわけです。

 

"MIKU in the Sun Flower Field" edited by RICOH THETA Type HATSUNE MIKU. – Spherical Image – RICOH THETA


3D modeled by Mamama (C) ANGEL Project (C) Crypton Future Media, INC. www.piapro.net

上の写真は上下左右にドラッグすることで、視点を変えることができます。

 
──それはとても重要な視点ですね。スマホのカメラも「SNOW」などのアプリでユーザー体験が大きく変わって来ましたし。

 
生方 カメラや技術が好きな方々だけでなく、普通の方々が楽しみや喜びを感じられる何か新しい提案が必要なんじゃないかと。そこに自分で気づいたなら、自分でやるべきじゃないかとTHETAの事業部長にプレゼンした感じです。

 
──その目指したユーザー体験というのは、キャラクターと一緒に写真が撮れるということでしょうか。

 
生方 そうですね。初音ミクというキャラクターの特異性というか、ユーザーが初音ミクがいる「場」をつくって、それをネットで共有したり自分で見たりして喜ぶというストーリーが、自分の中で腑に落ちたんです。事業部長はノリもいいので、「じゃあやろうか」っていう話になって。

 
──例えば「ディズニーキャラと一緒に旅行写真が撮れる!」みたいに横展開できるわけで、とても意義のある一歩ですよね。

 
生方 そうしたプラットフォームをつくっている形です。

 
──しかし今年に入ってから急に動き始めたんですね。

 
生方 そうです、3月に事業部長に提案してから社内的に動き始めたわけです。僕は勝手に「一人働き方改革」(笑)って呼んでいるんですけど、ピラミッド型組織の中で、僕が横から総合プロデューサー的に名乗りを上げて、既存組織の中に実行チームを作ってもらいながら、いろいろな人を巻き込んでいった感じです。

 

KEIさんのイラストのために製品ロゴが脇に

生方 入り口はそういうユーザー体験でしたが、当然ハードウエアをやるとなると色々な技術的ハードルがあって、中々一筋縄にはいかないんです。

例えば、本体に描かれたイラストもこだわっていて、インモールド成形という技術を使っています。一般的にイラストを載せるときは、プラスチックモールドの部品を塗装したあとにグラフィックをポンっとシルク印刷するんです。要するに樹脂の上にインクが載っているイメージです。

一方でインモールド成形は、ミクさんが描かれたフィルムを同時に成形機に入れて圧着させる特殊な手法になります。似たような技術はいろいろあるのですが、この細かさで精度を出せる会社が見つからずに、いろいろ当たって最終的に日本の会社に依頼することになりました。

 

illustration by KEI (C) Crypton Future Media, INC. www.piapro.net

インモールド成形でイラストが剥がれにくい点に非常にこだわった。

 
──あれ、THETAは「made in China」じゃなかったでしたっけ?

 
生方 そうです。本体は中国にある自社工場なんですけど、インモールド成形技術が難しくて、そこだけ日本でやっている。試作段階ではかすれたりとか色々な問題が起きてるんですけど、極限まで攻めて実現できるかできないかギリギリのところまでやってミクさんを載せられたと。

われわれとしては初音ミクが10周年という非常に大きな節目だったので、その原点であるKEIさんのイラストをリスペクトして「10」のロゴとともにあしらうというデザインで落ち着いたんです。そうして気がついたら、製品名のTHETAロゴが横に行っていた(笑)

 
──製品名より強い!

 
生方 外観や触感もベースモデルである「THETA SC」のつるりとした感じではなく、ビビッドかつマットな仕上がりになっています。オリジナルシャッター音もクリプトンさんに相談したら「つくります」とご協力いただいたり、LEDもピンク色にしたりと、とことん詰め込んだ形ですね。

 
──さらにケースやタグなどのアクセサリーも付いてくるという。

 
生方 はい。これがもうそれぞれ1つの記事になるくらいの話で……。ケースはアビタックスという会社のもので、THETAファンの間ではぴったり本体が入ると有名な製品だったんです。これが結構よくて、僕もずっと気になっていたので、まず行ってみようと直接コンタクトを取って飛び込みで行って話を聞いたら、1つ1つ手作りしていたという驚愕の事実が判明して。

 
──マジですか!?

 
生方 はい。本当に1個1個手作りなんです。

 
──素材はフェルトですか?

 
生方 フェルトとは違って、最初は最初は靴下みたいに毛糸で編んだ大きいものを機械にかけて、「縮絨」(しゅくじゅう)という加工製法で収縮させているんです。これによって繊維がとても強くなる。普通のフェルトだともっとワサワサしていて、使っていくうちに繊維が減ってしまうんですが、これは非常に強い素材なんです。この機械にかける作業も職人さんが担当してますし、さらにバリカンで刈りこんで1個1個作り込むんです。

 
──手間がかかってる!

 

剛性も高いケース。ベルトとスナップの2種類のフックがシーンに合わせて選べる。

 
生方 はい。色の組み合わせもこだわっていて、本来、アビタックスさんのラインアップにはドンピシャのものがなかったんです。当初は既存のものを組み合わせる予定だったんですが、制作過程でアビタックスさん側から「やっぱりやるなら専用カラーで」という提案をいただきました。

 
──みんな職人気質が目覚めるんですね(笑)

 
生方 フックのピンクのテープ部のみ既存のカラーを流用しましたが、本体はミクカラーに合わせましょうということになって、工場サイドとも調整していただいて実現した形です。2種類のフックも今回のモデル向けに調色しています。

今回、「日本からの発信」というのもテーマのひとつでした。ミクさん自身がまさにそうですが、インモールドや縮絨など、日本の技術も出していきたかったんです。

 

シリアルを合わせるために3939台を人力梱包

──ドックタグも付属しますよね。

 
生方 そうですね。元となったアイデアは、去年のマジカルミライで販売していたドックタグだったんですが、そこにシリアルナンバーを入れようと。この印刷も非常にこだわっていて、これにシリアルナンバーをのせたら総合的なクオリティーがあがるよねという話になり、デザイナーと共に打ち合わせをして、プリント精度などの課題をクリアーして採用に至った経緯があります。

さらに企画が進むにつれて僕の周りの人間の方が盛り上がりだして、じゃあミクシータ本体のシリアルナンバーもきちんと連番にしようと。それって工業製品的にはとても難しいことなんです。

 
──といわれると?

 
生方 工業製品では品質チェックではじかれるものが必ず出てくるので、例えば1000台作ったら1000台全部は通らない。だからシリアルナンバーを連番にするのは、工場生産的にはめちゃくちゃ面倒なんです。

 
──なるほど!

 

箱や本体底面には、「HM3939」で始まるシリアルナンバーが存在する。

 
生方 もともと「本体とドックタグは別々のシリアルナンバーで」という話だったんですが、最終的に「0001」から「3939」まで本体の方も全部欠番なしで揃えようっていうことになって……。

 
──すごい細部までこだわりますね!

 
生方 究極を言うと、1個1個手作りで「動作確認終わりました」「よし!じゃあ」って言ってシリアルナンバーを入れることもできますが、工業製品はなかなかそうした作り方ができない。そんなことをやっていたらコストが上がってしまって、工業じゃなくて工芸品の領域に入ってしまう。

そうならないように工程を変えるだけでどうにかできないかと深センの工場に何度も足を運んでいたら、工場の人も「そこまでこだわってる製品ならやろう」と乗って来てくれて、普通のTHETAと製造工程を変えてまで、シリアルの欠番をなくしたわけです。普通は嫌がるんですけどね……。

 
──「一人働き方改革」の成果か、みんな巻き込まれていきますね(笑)

 
生方 そう。そしてみんなでやっている間に段々、僕が考える以上の世界に入っていくんです。下手すると僕が「そこまでやらない方がいいんじゃないかな」と抑えにまわるみたいな。じゃあ本体も欠番ないなら、ドックタグと番号合わせましょうよみたいな話が出て来て、それが本当に狂気なんですけど、そこはもう完全に人力ですね。1番と1番を合わせて箱に収めて……というのを肉眼で確認してやるという。

 
──ひえー! なんだか10年前にクリプトンの制作チームが初音ミクの梱包を自分たちでやっていたみたいな話ですね。

 

本体とドックタグのシリアルナンバーも一致。スゴい!

 
生方 その箱にも最後に触れさせてください。やっぱりメインビジュアルにこだわりたくて、初音ミクの絵師のなかでも独特なポジションの藤ちょこさんにお願いさせていただきました。とにかくめちゃくちゃ凛としていてかつ優しい顔立ちを描かれるのが素晴らしいんですよね。

 
──わかります。

 
生方 もちろん先のインタビューにもあったそらすさんのアプリも、一番こだわっているところです。自分が訪れた場所にミクさんがいてくれて、それをネットでシェアしてみんなで楽しめるというのは、一度体験していただければとても楽しいことだと言うのがご理解いただけると思います。

とにかくコンセプトから箱詰めまで、色々なところにまでこだわりまくった製品です。ぜひご注文いただいて、生活の一部としてお使いくださいね。

 

 

 

 
 
(TEXT by Minoru Hirota

 
 
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