Ex.4【後編】VTuberは”アイドル”なのか?【Pop Up Virtual Music】

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「【前編】VTuberは”アイドル”なのか?【Pop Up Virtual Music】」から引き続き、同じテーマについて、今度はアイドルの”受け取られ方”について見てみようと思う。

前編を読んだうえでもなお、「VTuberはアイドルらしく見える」「両者には多くの類似性がある」ように感じるかたは多いと思う。

前編において筆者は、いま現在「アイドル」は総合エンターテイナーとして広く認知されており、その他のテレビタレントや芸能人とも類する部分が多くあると指摘し、VTuberはアイドルではない、だが我々が以前から見知ってきたアイドルやテレビタレントにかなり近い。そのように話をまとめさせてもらった。

VTuberを”アイドル”という固定的認識に捉えるのではなく、より流動的かつ広範なイメージとして捉える営みとして筆を進めている。VTuberという存在の”アイドル率は何パーセントくらいなのか”と見積もっている、という具合である。

Ex.3 【前編】VTuberは”アイドル”なのか?【Pop Up Virtual Music】

私たちは”アイドル”をどのように受容してきたのか?

さて大前提のお話を終えたところで、もうすこし別の角度から話を膨らませてみよう。VTuberとアイドル、彼らの存在感や概念、オーラやイメージがどのように受容されてきたのだろうか。本来この話題はは非常に長くなるが、ポイントを抑えつつ筆を進めていきたい。

そもそも、SMAPや嵐、AKB48やももいろクローバー、古くはおニャン子クラブや山口百恵/南沙織といったアイドルは、極めて日本的な存在である。

アメリカやヨーロッパでも、いわゆるティーンアイドルという呼ばれ方で幼い男子・女子がテレビに出演し、注目を集めることがある。彼・彼女らはドラマ/映画/ミュージカルなどを経験し、各々の道で活躍していく存在でありつつ、その終着点は個々人によってさまざまである。

ポール・アンカ、ニール・セダカ、ブレンダ・リーといった存在から、ブリトニー・スピアーズ、ジャスティン・ビーバー、最近になって伝記映画が世界的にヒットしているマイケル・ジャクソンもデビューは10歳ごろ。ティーンアイドルでありつつ、その成長は別々だ。

もうすこしだけ見ている視野を横にスライドをしていこう。10代から20代の若い男性・女性がグループを組み、同世代の男性・女性を中心から人気を集めることがある。

日本人からすれば、そういったグループこそ「アイドル」と言われるように見えるだろうが、海外では彼・彼女らのような存在はボーイバンド/ガールグループと呼称される。

Backstreet Boys、Take That、Bay City Rollers、Spice Girls、Bananarama、The Supremes、ロックバンドとしてみなされることの多いThe Beatlesも、初期の活躍からしてボーイバンドの始祖とみなされている。さきほども前を上げたマイケル・ジャクソンは、The Jackson 5のメンバーとしてデビューし、センセーショナルな活躍を経てソロ活動をスタートさせた。年端もいかない彼ら・彼女らの活躍は、日本においてのアイドルのように見えなくもないが、実際の呼ばれ方はまったく違う。

これがテレビ番組の枠となると、また別の形となる。2000年代にアメリカで放映されていた「American Idol」やイギリスの「The X Factor」など、オーディションを通じて実力あるスターの原石を集める番組へとつながっていく。

2010年代前期から中期にかけて一斉を風靡したONE DIRECTIONは、「The X Factor」でソロオーディションを受けていた5人のシンガーが集結して生まれたグループである。

一つ指摘しておくと、これら番組は音楽志望の少年少女のみに限定した内容ではない、番組によって内容がグッと異なっている。

「America’s Got Talent」は、さまざまなジャンルのパフォーマーが出演する番組が2006年からスタート、人気を博している。継続的な活動が想像できないような一発芸的なパフォーマーが登場することもあり、「面白いことをするパフォーマーを知りたい・見たい」「自分という存在を芸を通して知ってほしい」という欲望が交差している番組と言えよう。

ちなみに「America’s Got Talent」や「Britain’s Got Talent」には日本の芸人らが参加し、大きな爪痕を残したことは記憶に新しい。

これら番組では、目利きの存在としてプロのタレントが審査員として登場し、採点する形が多く採られている。日本ではこういった番組はオーディション番組へと形を変え、1971年にスタートした「スター誕生!」にはじまり、テレビ東京で1995年に始まった「ASAYAN」が代表例であり、第二次世界大戦が終戦した直後の1946年から今年で80年(!)をむかえた「NHKのど自慢」も、この枠にいれてみることができる。

近年であれば、『PRODUCE 101 JAPAN』(元々は韓国の音楽専門チャンネルで行われていた番組を日本版として放映)がこの代表格にあたる。オーディション番組は、日本だけじゃなく世界的にも通用する番組フォーマットなのだ。

「スター誕生!」ではオーディションを勝ち抜いて芸能事務所・レコード会社のスカウトマンの目利きのもとでデビューできるかを楽しんでいたのに対し、「ASAYAN」ではオーディションへ向かう素人たちをつぶさに追いかけ、視聴者による電話投票によって合格者が決まるという内容だった。

特に後者、「ASAYAN」の視聴者による電話投票によって合格者が決まるという流れは、あいだにAKB48が握手会/総選挙システムを導入したことをリレーして、現在のエンタメシーンでもはや当たり前となったフォーマットとなった。

日本アイドルシーンにおける重鎮・モーニング娘。はそもそも『ASAYAN』出身である
音楽プロデューサー・松尾潔が見出した2人のシンガーはCHEMISTRYとしてASAYANからデビューした

自分の考えや想像の範疇には収まらない、手で触れることのできない超常現象的な存在としてのスターではなく、自分たちと同じような悩みや感情で悩みつつ、それでも夢舞台へと突き進みたいと努力する姿をみる男性や女性たち、そんな躍動する心と体をみて視聴者は心踊らされる。

こういった受容と仕組みは、いつぞやか「未完成・未成熟なアイドルが成長していく姿」を見守っていく、そんな価値基準へと転換していった。

彼らのほとんどがティーン(10代)であったこともあり、身体的・精神的なあどけなさが残したうえで、我々ファン側は楽しむ。この点は上述したような海外のボーイグループでも見られる傾向でもある。そしてそれが故に、ほぼ自身と同年齢の彼・彼女らへ恋愛感情に近い感情を持って応援していくファンが生まれることになる。 疑似恋愛の対象、強烈な信仰といった言葉が当てはまるだろうか。

なかには、アイドルには未完成であってほしい・成熟しないでほしいと考えるファンが一定数おり、そういった感情が突飛かつ因習じみた言動を生むことへつながっていくことになるが、ここでそういったところには触れずに先へと進もう。

“推し活”は昔のアイドル受容とは、違う

2020年代に入り、”推し活”という言葉が一般的に普及した。これは、アーティストに対する応援する・好きであるといった類の言葉が、2020年代らしく変化した言葉であり……それだけではなく、実態としては以前のようなファン受容とは明らかに異なっている。

Z世代の推し活、「疑似恋愛」は5%。求めるのは「自己肯定感」(Forbes Japan)

上述したForbes Japanの記事からの引用になるが、Z世代が「推し」の存在をどのように捉えているか、という問いに対し、61%という大多数が「最高のコンテンツ」と回答している。一方で、アイドル受容の一つでもあった「疑似恋愛の相手」と回答したZ世代は、わずか5%に留まっている。

それだけではない。「あなたの推しに熱愛報道がでたら?」という問いに関しては、「個人の幸せなので祝福したい」という意見が52%を占めることも判明したのだ。

デジタルネイティブであるZ世代(18歳~24歳)によってすすむ”推し活”だが、「自身にとって最高の”コンテンツ”」として受け取っているファンがもっとも需要層として大きく、「疑似恋愛の相手」と回答する受容層は以前よりもグッと減ったアイドルと自身の距離感を適切に保ち、「そういう”芸”をする」エンタメ的存在として認識するようになったのだ。以前よりもファン受容として”冷静”に捉えるようになったといえるし、職業としてアイドルというものを固定職業のように認識しはじめたといっていい。

他にも、SNSの影響でさまざまな意見を見る機会が多いからこそ、ネガティブな感情や慣習に流されることなく、以前の世代よりも冷静で、穏やかに、だけども熱を持って声援を送ろうという意識・受容変化という面もあるはずだ。

Z世代の推し活、「疑似恋愛」は5%。求めるのは「自己肯定感」(Forbes Japan)
Z世代の推し活、「疑似恋愛」は5%。求めるのは「自己肯定感」(Forbes Japan)
Z世代の推し活、「疑似恋愛」は5%。求めるのは「自己肯定感」(Forbes Japan)

ここで、ファン受容の変化を、簡単ながらにまとめてみよう。

手の届かないスター的な存在

「未完成・未成熟なアイドルが成長していく姿」を見守っていく (疑似恋愛視線の高まり)

面白くて楽しいコンテンツを産む人たち

こういった直線的な変化が組めるかとおもう。主に時代変化の移ろいとともに受容が変化したわけだが、こうしてメタ的に捉えてみると、ファンの受容・受け取り方が環境・状況・メディアによって変化していることも分かる。

FRUITS ZIPPER、CANDY TUNE、SWEET STEADYなどが在籍するKAWAII LAB.のプロデューサーを務める木村ミサは、そういった視線や受容を感じつつ、自由な志向性を求めているようだ。

ファンの声を聞きすぎず、自主性や本人性を求める。それが人気につながっているようにみえる――型にはめすぎない運営という発想は、後述するVTuber事務所の「少人数グループ戦略」とも通じる部分がある。木村氏のコメントを見てみよう。

──最近は女性アイドルグループの同性ファンが増えたことで、異性ファンの目線を気にしすぎることなく、メンバー自身も自分の好きなものを追求できるようになりました。ただ、長くアイドル活動をされていた方から、「“こうあるべき”という型にハマり続けていたことで、解放されると逆に好きだったものを思い出すのが大変だった」というお話を聞いたことがあります。

木村 たしかに、私もよくほかのグループからうらやましがられました。髪を染めるのもメイクもネイルも自由。事務所がネイルサロンとマツエクサロンも経営していて。

私がプロデュースしているグループの子たちも、基本自由です。髪型も定期的に変えていい期間を設けて、それぞれ希望をヒアリングしています。髪型の系統が被らないようにバランスは考えますが、第3希望まで聞いて希望を叶えるように。

(中略)

木村 もちろんファンの意見は大切にしてますが、もっと健康的に意思決定してほしいので、「ファンの人が喜んでくれるから」という理由だけに寄りすぎないように、「等身大でいいよ」と伝えています。

KAWAII LAB.が実践する“等身大”のプロデュース論。木村ミサ×和田彩花「あなたのかわいいを見つけて、広げて!」

こういったアイドル受容・変遷は、VTuberにおけるファン受容へとスライドしているのだろうか。

アイドドルカルチャーやアイドルの存在性がたしかにVTuberシーンへと輸入されたなかで、我々側が何を・どのように受容していたか?これがこの後編において、もっとも重要なポイントだ。

VTuberにアイドルカルチャーが輸入されたのだろうか?

そもそも論として、なぜVTuberのライブが大半でサイリュウムやペンライトを持って振っているのか、疑問に思う方はいるだろうか。

音楽のライブではペンライトを持って振ることなくライブを楽しむことも多く、筆者の経験からすればサイリュウムやペンライトを振って楽しむのは、アイドル、声優、アニメ関係のイベントが主であった。

にも関わらず、2026年現在では、まるで当たり前かのようにVTuberのライブではサイリュウムやペンライトを一様に持って振ることがマナーとして広まっている。

ヰ世界情緒「Anima Re:birth」ライブレポート、再演が示した現在地と進化
星街すいせい 「Echoes Baa 2026」ライブレポート 春風と海風に舞った星色の響き

先に長く書いてきたさまざまな指摘に、こういった目に見えるマナーなどが加えると、VTuberがいかにアイドルカルチャーからの影響が大きいかがわかる。

ではなぜ、僕らはサイリュウムをもってVTuberを振っているのか……VTuberが日本的なアイドルの振る舞いをしていた、だけで収まらず、そもそもライブを開催するVTuber側・事務所側が、ライブの際にそのようにするにし向けていたという部分を見過ごすべきではないだろう。

グッズ販売の内容や応援の仕方もふくめ、運営側やVTuber本人が「このようにしてほしい」とファンに求めることが多い(言葉にせず物を通してのアピールもあるはずだ)。

VTuber事務所の運営として、グッズ販売は運転資金を集めるのに最重要。そういった意味でアニメシーンや音楽シーンにおけるグッズ販売を取り入れるなかで、自然と専用ペンライトの販売を行なった。これが一つのサインになったのではないだろうか。

2019年5月に秋葉原エンタスにて開催されたAZKiが開催した『The Shitest Start』。実はこちらのライブは、ホロライブ関連事務所によって主催された最初のライブであり、公式サイトでその模様が確認できるが、観客のほとんどがサイリュウムやペンライトを手に持っているのがわかる。

【ライブレポート】2019.5.19 1stワンマンライブ「The Shitest Start」@秋葉原エンタス

ここで逆の話をしてみよう。筆者は2018年8月31日に開催された輝夜月の初ライブ『輝夜月 Live @Zepp VR”Beyond the Moon”』において、新宿バルト9で行われたライブビューイングに参加し、ライブレポートを執筆させてもらったが、この時点ですでに何人かのお客さんがペンライトを持って楽しんでいたことを覚えている。当時のレポートを見るとペンライトを持っている観客の姿が確認できる

VTuberのライブをどのように見て楽しもうか全く分からないにもかかわらず、すでに観客の一部がペンライトやサイリュウムを持って能動的に楽しもうとしていたわけだ。ちなみにこのときのライブでは、ペンライトはグッズとして発売されておらず、持ってきたファンは自前のペンライトを会場へと持ってきたのだろう。

事務所や本人がそう促したわけではなく、ファンがすでにペンライトを振って楽しもうとしている。VTuber当人や所属する事務所などの周囲環境による促しだけではなく、ファンが解釈し、自発的な動きとしてペンライトを持ち出した。2つの動きが同時並行しているのだ。

「VTuberのライブでサイリュウムやペンライトを持って振っている」という状況は、どちらか一方によって生まれたわけではなく、「そういうもんだよね?」という認識とアクションがうまく噛み合いながら構築・熟成された、そんな風に言い換えてもいいかもしれない。

加えて、活動の拠点となるヴァーチャルな世界、バーチャル空間を制作する技術者やプロデューサー視点の考えみよう。

バーチャル空間でライブをおこなうなかで、ライブ会場を制作した際の観客たちがサイリュウムを持っているのは、いまでは当たり前のこと。この点は「観客がペンライトをもって振っているとライブ会場全体が映えてみえるから」という設計思想からくるものだろう。 おそらく今回話しているようなアイドルカルチャーがどうとは関係ない、いわゆる「映え」として求められているのだ。

とはいえ、この「映え」という発想自体、もとを辿ればアイドル現場や声優・アニメイベントで培われた美意識の延長線上にあるように感じられる。二つの理由は対立するものではなく、根っこの部分で繋がっていると見たほうがいいだろう。

別の角度から、ファンが使っている言葉から追いかけてみよう。

ホロライブやにじさんじ、ぶいすぽっ!やNeo-PorteなどのVTuber事務所を箱(グループ)と見立て、「箱推し」をするファンがいる。

これはおニャン子クラブに始まり、AKB48や乃木坂46、櫻坂46といった女性アイドルの興隆・形式とともに2010年代前半にぐっと広まり、ソックリそのまま輸入されている。2011年に「推しメン」がユーキャン新語・流行語大賞に選出されると、箱推し/単推しとうまく使い分けなされながら広まり続け、推しへ活動する「推し活」が2021年にユーキャン新語・流行語大賞にノミネート。

2011年流行語大賞のノミネート60語が発表 、「あげぽよ」「放射線量」など:https://news.mynavi.jp/techplus/article/20111111-a028/

決定!ソーシャルメディア版「流行語大賞」 ソーシャルメディア分析活用講座:https://webtan.impress.co.jp/e/2011/12/15/11785

日本の音楽シーンでも確かなインパクトを残し続けていたのは言わずもがな。約10年ほどかけて、アイドルシーンに、および日本全体に広まったのだ。

こういった広まりを反映してたのが、「ホロライブのアイドル戦略」くわえて「少人数グループ戦略」だった。

CEOである谷郷氏は、2020年開催の音楽ライブイベントの成功をきっかけにして、人気に拍車がかかり、苦労していたという運営資金面でも大きく改善したことを語っている。この当時、すでに「AKB48」のようなアイドルグループとして展開したいと公言しており、「本当のニーズは、リアルなひとりが、羽ばたいていくこと。その姿を見られることが、求められていると思った」と振り返っている。

世界を席巻するホロライブ 谷郷氏が語ったVTuberビジネスの本質と可能性

ーー今ではホロライブからデビューするVTuberの多くが、一躍人気になっています。何か工夫されているポイントはあるのでしょうか?

我々はオーディションで選ばれた方々を約5人単位で数ヶ月おきに「ホロライブ1期生、2期生」といった形で複数名同時にデビューしてもらっています。こうすることで、同期の結束力」がすごく高まるんです。

実はこれは、例えば「けいおん!」のような“日常系アニメ”を参考にしながら設計しています。これらのアニメは5人ぐらいの登場人物の掛け合いによってストーリーが成り立っていますよね。

我々もそれに近い形で、1人でデビューさせるのではなく、5人くらいの同期を作り、仲良くコラボしながらコンテンツを発信していける仕組みを作っています。よく「ホロライブは暖かい」とファンの方々に言っていただけているのが嬉しいですね。

ファンを熱狂させ続ける仕掛け VTuber事務所「ホロライブ」躍進の舞台裏 カバー 谷郷元昭CEO(第4話)

女性VTuberをいかにして売り出すか?と考えたときに、AKB48やアニメ「けいおん!」のような女性グループで押し出すことを念頭にしていたことをハッキリと公言している。

これはほぼ同時期にスタートしたにじさんじでも同様の指摘ができる。にじさんじゲーマーズ、にじさんじSEEDs、2019年に入ってからは男女の組み合わせの違いはあれど2人もしくは3人セットでデビュー、デビュー後に各々が同期グループの名前をファンとともにつくり、VTuber当人とファンの結束感・密接な関係性をつくるという流れがあった。

ホロライブとにじさんじ、あるいはななしいんくや.LIVE、後年でいえばぶいすぽっ!やミリプロといった事務所が増えていくことで、「箱」が増え、より概念的に捉えやすくなったことも当然深く関係してくる。「箱」というアイドルカルチャー内ですでに言葉として広まっていた語句・語義を使われ、広まる契機になる。

こうしてVTuberカルチャーを考えたとき、アイドルにくわえてアニメや声優といったカルチャーからの影響も大きいことがわかるだろう。アイドルカルチャーとの関係性を考えているので今回は意図的に除いているが、今後連載の中でアニメや声優との関係について書く際に、改めて考えてみようと思う。

さて、大きくまとめてみよう

前編・後編を通してさまざまなポイントをピックアップしながら執筆してきたが、アイドルという存在そのものについて、加えてファン受容にまつわる部分をこの段階でまとめてみようと思う。

ここまで話してきた内容を整理すると、「VTuberをアイドルとして見てしまう」のには、いくつかのレイヤーが重層していることがわかる。

・音楽・ライブ・エンタメ企画などでテレビカルチャーから大きな影響を受けている。

テレビや音楽においてアイドルは多大な功績を残したが、アイドルやアーティストと同じように活動したいと志望し、実際活躍するVTuberが増えつつある。
さまざまなVTuber事務所でエンタメ企画を行なっているが、テレビカルチャーからのインスピレーションが見え隠れしており、テレビカルチャーからの影響は拭えない。テレビタレントはもちろんさまざまな形で存在しているが、影響をもらっているVTuberがアウトプットとしてファンに提供しているのは大いに有り得る。

・我々自身がすでに「アイドル受容のリテラシー」を持っている

VTuberファンはアイドル文化が30年かけてたどり着いた受容の作法(未完成さを愛でる、推し活的な距離感、疑似恋愛ではなくコンテンツとして楽しむ)を、すでに”既知のもの”として持ってしまっている。
VTuberが我々をアイドルファンにしたのではなく、アイドルなどを経由して”推し方”を知っている我々が、VTuberという新しい対象に、知っている型をそのまま当てはめてしまっている。受け手側の経験の蓄積が「これはアイドルだ」という認識を作り出している。

・語彙やマナーがさまざまに取り入れられていることで、自然とアイドルカルチャーに依っている。

「箱推し」「サイリウム/ペンライト」「推す」「卒業」といったアイドル由来の言葉と受容が、そのまま輸入して使っている。そのため、「これはアイドル的なものだ」と受け手側が認識してしまう。
仮にVTuberがそのように仕掛けていなかったとしても、2026年現在では外形的な儀式(ペンライトを振る、ユニット結成など)がアイドル文化と近しく見えてしまうため、アイドルというカテゴリーやフォーマットとして、我々リスナー側が当てはめてしまう。

・VTuber運営側がアイドルカルチャーの言葉・運営方法を採っており、広まっている。

ホロライブのトップである谷郷氏自身がAKB48などを引き合いに出して語り、運営手法として取り入れようとトライ。その後、VTuberの多くの事務所で近しい運営方法・グッズ販売を行なうようになった。
先にも述べた語彙やマナーの引用が生まれたことと相乗して、「VTuberはアイドルのような存在である」という認識を広めることにつながる。

1つ目のポイントとして、マナーや言葉などを自然と使うようになっていった。環境面からすでにそのように仕上がっていった、という部分は指摘すべきだろう。

「箱推し」「サイリウム」「推す」「卒業」といったアイドル由来の言葉と受容が、そのまま輸入して使っている。そのため、「VTuberはアイドル的なものだ」と受け手側が受容、認識してしまう側面が大いにある。

こういった一面をうけつつ、2つ目VTuberシーンにおいては先に上げた「箱推し」「未完成の成長物語」といった受容のフォーマットをアイドル文化からほぼそのまま輸入してはいるものの、アイドルカルチャーのなかで変化した「手の届かないスター的な存在→自分事として参加して楽しむ(疑似恋愛視線の高まり)→面白くて楽しいコンテンツを産む人たち」という受容変化を、時代変化とともに直線的(ないしは体感的)に表現していないことは、もっとファン側も意識したほうがよいだろう。

どういう意味か。VTuber本人およびVTuberファンの多くは、アイドル史シーンにおける受容の変遷を、リアルタイムではなくとも”既知の教養”としてある程度(やんわりとでも)理解している可能性が大いにある。

逆に言えばそれがゆえに、アイドルカルチャーが段階的に経験したファン受容の変化をVTuberカルチャーでは段階的な経験を経ることなく、むしろ受容のあり方が一挙に・同時多発的に発生することに繋がったのだ。

方や神のような崇められ方を、方や友達のような親しみを持って、方や疑似恋愛のような対象として、ファンがVTuberを見守り、逆にVTuber本人もファン側へそういった受容を求めている……そういった姿が見受けられる。

まだ勃興して10年と経っていないカルチャーだからこそ、VTuberファンのなかで、かなりまばらに、そして個々人のフィーリングに重きが置かれ、VTuberの応援の仕方や受け取られ方はフラットに、バラバラに広がったといえるのだ。

もちろんこういった受容の濃淡はいまでもアイドルシーンにもみられるし、アイドルシーンで今では見られない失われたものである!などと言い切るわけではない。ただ配信文化が活動場所となっているVTuberでは、相互コミュニケーションはより濃密に行われており、相互コミュニケーションの受け取り・擦れ違いが至るところで起こることで、さまざまなVTuber&ファンの関係性が生まれており、ファンの受容もまた異なった質感を伴っているように見える。

先にも挙げたように、冷静で、穏やかに、だけども熱を持って声援を送ろうというファンも一定数生まれている。矢野経済研究所の調査によれば、VTuberシーンのファン層は10代から20代の女性/10代から30代の男性が主といわれている。

現況のアイドルシーンを肌感覚で捉えていたり、精神的にも成熟した層が関わっていることで、VTuberたちを「疑似恋愛の対象」などではなく「面白く楽しいコンテンツ」を提供する存在としてみる層が、いつのまにか出来上がっているとも指摘できる。

恋愛対象として彼氏・彼女の存在を公表する者、ときには結婚・婚約を発表して夫・妻の存在がいることを明らかにする者、それとは逆に不慮の事故によって亡くなられてしまったことが明らかになることもある。そのたび多くのひとが喜びや悲しみ、ときには怒りとなって共有する瞬間が訪れ、出来事は一体感あるモーメントと昇華され、ファンたちのなかに広まり、一体となった認識となっていくことがある(当然ながらこういった動きは、ほかのポップカルチャーやエンタメシーンでもみられるワンシーンである)

こう見ていくと、(少々ちゃぶ台返しに近い指摘だが)VTuberの受容は、アイドルカルチャーのいくつかの”到達点”を”既知”かつ”ベース”として受け取っているからこそ生まれたといえる。VTuber本人側が変化を遂げた結果でも、なにかを促したというわけでもはない。彼らVTuberを見る私たちのほうが、すでにアイドル受容の歴史を……アイドルを多少なりにもわかっている人間だったから、”VTuberをアイドルとして見立てたほうが応援しやすかった”という側面が大きい。

最後に、VTuberとアイドルの類似している部分として、「未完成さを見守る」というナラティブが同じという点に目を向けてみよう。

歌やダンスの練習過程、配信内で見せる失敗やポンコツな一面を見守り、ともに学び、成長していく構造は、アイドル受容そのものといっていいのかもしれない。

推し活・受容の部分で述べたように、アイドルを「面白くて楽しいコンテンツを産む人たち」として見ているファンやリスナーがいるのと同じように、VTuberのファンやリスナーも同じようにVTuberを「面白くて楽しいコンテンツを産む人たち」としてみなし始めている可能性が高い。

「いまこのVTuberは未熟かもしれないが、いつか一人前のおもしろコンテンツを産んで楽しませてくれる」といったような長い目で見ているファンも、今後はすこしずつ増えていきそうであり、「未熟なままでいい」といったファン側のすこしワガママな視点や期待などは薄らぎ、「自分(ファン)と一緒に成長する(してほしい)」という志向も、より顕著になりそうだ。

起源としてはアイドルではもちろんないが、受容としては芸能タレントやアイドルのように受け取られる、この視点・軸のズレこそが、VTuberという存在の現在状況として捉えられるのだ。

このような状況にある中で、2026年半ばに差し掛かり、VTuberシーンは10年目を迎えることになる。どのようにVTuberや所属事務所がアクションしていくのか、ファンとしては期待して待っていたいところだ。

(TEXT by 草野虹

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