
月ノ美兎のファーストミニアルバム「310PHz」が2025年2月19日に発売された。彼女にとってフルアルバム含めて2枚目となるアルバムであり、 4月18日にはJ:COMホール八王子にてセカンドワンマンライブ「Paper Rabbit」も開催されるとのことで、月ノファンを中心に多くのVTuberファンがその内容に注目しているところだろう。
今回Pop Up Virtual Artistでは、注目された彼女のミニアルバムについてレビューしてみようと思う。
月ノ美兎のファーストアルバム「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」は、VTuberやバーチャルタレントと目されている人物がリリースした音楽作品でも最上位に入り込む作品だった。
2019年12月にソニー・ミュージックレーベルズ内のレーベル・SACRA MUSICからメジャーデビューを発表していた彼女は、2020年10月にファーストシングル「それゆけ!学級委員長」を、2021年8月11日に「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」をそれぞれリリースした。
月ノが敬愛するササキトモコを筆頭に、 ASA-CHANG&巡礼、大槻ケンヂ、NARASAKI、長谷川白紙、広川恵一、堀込泰行、TAKUYA、いとうせいこう is the poetと音楽シーン各方面から様々なミュージシャンを起用し、彼女の初アルバムをもり立てていくことになった。

そんな作品から約3年半。そもそも彼女の周辺はさまざまな変化が起こった。
所属するにじさんじではVTA(バーチャル・タレント・アカデミー)が2021年6月に発足し、ANYCOLOR株式会社によるタレント育成プロジェクトとして新人タレントが育成され、続々とデビューすることとなった。
2022年3月にVTAからデビューしたRanunculus以降から現在に至るまで、デビューしたタレントはVTAに所属した方々が大半を占めており、VTA出身ではないものの2022年5月にデビューした壱百満天原サロメは新人とは思えぬぶっ飛んだキャラと配信内容で輝きを放った。つまり2022年から24年までのこの2年間は、にじさんじのなかで後輩世代が頭角をあらわしていた期間だったのだ。
そんななかで月ノ美兎は、ライブ配信の頻度をグッと落とし、動画投稿へと重きに置いた活動スタイルへと徐々にシフトしていき、2024年8月28日にはSACRA MUSICから脱退し、セルフプロデュースで楽曲をリリースしていくことを発表したのだ。
以前筆者は、月ノ美兎の活動5周年記念したサイト「Mitologia -5周年記念サイト-」内の月ノ美兎の◯◯について訊いてみたというコラムにおいて、この作品を中心にさまざまに話したのだが、「2ndアルバムが今後あるとしたら、どうなると思いますか?」と問われた際、このように答えた。
Vtuberの音楽はバイオグラフィーからネタを持ってきてるっていう側面が強いです。パーソナルな側面がたくさんあるから、何年たっても聴きごたえがあるし、ファンにも好かれます。だけど、なにか1個のテーマを掲げてそれだけのアルバムを作るみたいな内容は聞いてみたいですよね。「恋」とか「愛」とか「孤独」とか。そうなったとき、彼女からどんな楽曲がとび出すかは想像もつきません。
https://mito-5th-anniversary.vercel.app/
何かしらのテーマをバチッときめこみ、作品を生み出していこうというコンセプチュアルな制作スタイルによって、彼女の才覚がより研ぎ澄まされた形で表現されるか?と淡く期待しながら答えた。
「310PHz」は一見するとそういった部分からは離れたような、むしろ前作と方向性やベクトルが似通った部分に気づく。
「ルナティックウォーズ」は戦隊ヒーローよろしく月ノが敵役と戦っていくストーリー、「こころのアビッシー」は幼児向け教育番組のような底抜けに明るいテイストが表現され、「恋星ペリコ」では父親のパソコンを使って夜な夜なネット生活を送っている人物を描いている。
彼女自身がこれまでの活動で伝えてきた「月ノ美兎」というキャラクターをうまく活用し、さまざまな登場人物・物語に登場する、そのようなメタ性を強く押し出したベクトルは前作でいえば「みとラジギャラクティカ」「それゆけ!学級委員長」といった楽曲と同一のものだ。
だが前作と今作とでは決定的に違う部分がある。セルフプロデュースで楽曲を制作することによって本人性が強まったこと、具体的にいえば「月ノ美兎をキャラクターとして描いた」表現から、「月ノ美兎本人の内的感覚を綴った」表現が、より色濃く印象的に描かれているといえばいいだろうか。
それを強烈に印象付けるのが、このEP冒頭を飾る「人ってただの筒じゃないですか」だ。
人ってただの筒じゃないですか
穿って見れば空っぽになりますか
どんな気持ちで 動けなくなっちゃって
だってそれも人じゃないですか
包んでみればがらんどうだった
そこからはひとつひとつの秘密が
秘密がまた
月ノ美兎のヒット曲と言えば、「わたしが描きたい世界観」「自分という存在が漂わせているオーラ」をうまく紐づけて形に仕上げてきた。だがこの曲は違う。「わたくしが思うに人間とは……」と自身の考えを大っぴらにするような歌詞は、他者他人に向けて自身の価値基準を振りかざす1曲である。
日常のコミュニケーションは、いってしまえば暴力であり、トゲついた刃で傷つけないようにすり合わせるようにどのように柔らかく届けるか?ということである。ストレートに「◯◯って△△ですよね?」という言葉で会話すれば、真正面から意味は通じたとして、その意味の重みや強烈さ、残酷さにたじろいでしまう人がいるだろう。
「人って筒ですよね?」「人ってただの水ですよね?」などと会話してくる友達、もしくは音楽の歌詞として歌った人と、君は接したことがあるだろうか。
この真正面な言葉はコンポーザー・朝日が手掛けたものなので、月ノ美兎自身が綴ったものではない。だが、この1曲目の真正面な突っ切り方があることで、その後につづく楽曲の伝わり方がだいぶ異なってくる。「月ノ美兎の内的感覚がよりストレートに描かれている」と感じさせるような曲順となっている、といえば伝わるだろうか。
次曲「百cd融怪点」の冒頭はこのような歌詞だ。
時間が止まらないのは世界が面白すぎるから
恐怖じゃ止まれないのは闇のその先に興味あるのよ
Would you like the unknown?
そんなこともあんのっていうみたいでしょ
Could you fill my boredom
なにが化けて出るの
怖いよ でも興味あるのよ
自分自身の退屈さを埋めるために、あえて恐怖や闇の先へ向かいたいと感じてしまう。自身の配信で「百物語」企画などを行なうなどホラー好きな一面を見せてきた月ノ美兎、この冒頭の歌詞は彼女の本心を直接的に描いたようですらある。
作詞・作曲・編曲は、市松人形のバーチャルYouTuberとして長年活動してきた市松寿ゞ謡。MVで不気味に踊っているのは月ノ美兎本人だという。デジタルエフェクトとジャパニーズ・ホラーが織り混ざった、どことないギクシャク感・奇怪さに目が引っ張られる。
「月ノ美兎の内的感覚」を描写したといえば、「寝言は寝て言え」も忘れてはいけない。
他の楽曲・ミュージックビデオでは、普段とはまったく別種のアニメーションや謎ノ美兎や着ぐるみ月ノといった表現もあるなど、メタ性を強く押し出したベクトルの楽曲がインパクトを残すなか、この曲の脱力感はそのまま「月ノ美兎の内的感覚」を吐露しているかのようだ。
寝言は寝て言え 言うために眠れ
羊をカウントして テレパシーに返事して
知らない家の窓から
反射して 屈折して 虚像が帰ってくる
寝言は寝て言え 言うために眠れ
味覚を貫通して 夢現 研究へ
誰もみたことない装置が
鳴動して 発光して
風が入ってくるって、言った
いつから来たのか 皮肉なもんだな
傾けて見たから 触れなくなった
蜃気楼のようだったか
スネアドラムを中心にしたドラミングが軸となり、穏やかな音色かつ暴れるように弾かれる鍵盤が噛み合うトラックは、楽曲後半になると打ち込みサウンドも混ざってクライマックスへと進んでいく。ただそこに、多幸感や興奮といったニュアンスはない。ただただ平熱で、さめざめとした冷たさすら感じられるほどだ。
ウィスパー気味な声色を活かして語りかけてくるように歌う月ノのボーカルは、幾重にも重なるようにボーカルトラックを録音され、力みなく高ぶりを感じさせる様子もない、ただボヤっと惚けて虚ろな心模様を表現している。この曲を作詞・作曲したのはいよわ、長瀬有花の楽曲やボカロ曲「きゅうくらりん」「1000年生きてる」などで有名なコンポーザーである。
「月ノ美兎をキャラクターとして描いた」表現と「月ノ美兎本人の内的感覚を綴った」表現。それらを両軸にしてひとまとめにするというのは、実際のところ前作までと同じである。だが本人性をより高めた表現がつづくことで、前作とは別種の質感が生み出されているのが本作といえる。
まずは大仰しさ、加えて妖しさであり怪しさ、そして虚しさ。これらすべてを「月ノ美兎の視点・表現」として肩肘張らずに描いてみせた。前作に負けない良作だといえよう。
さて、彼女の創作活動はこの音楽作品だけではない。にじさんじオフィシャルストア特典には「月ノ美兎 オリジナルゲーム『アルクマルチバース』もリリースしており、別々の選択肢を選ぶことで実写とイラストが組み合わさったマルチエンディング系のストーリーとなっており、同時にミュージックビデオを楽しむことができるという仕掛けになっている。
わずか7曲のみとは思えないほどに濃厚な創作作品を生み出したクリエイター・月ノ美兎。やはり彼女は、今後もシーンを盛り上げていきそうだ。
(TEXT by 草野虹)
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