
にじさんじに所属する甲斐田晴が、3枚目となるミニアルバム「WEATHER」を2026年4月15日にリリースした。
「天気」をコンセプトにした全6曲を収録したミニアルバムで、じん、田邊駿一(BLUE ENCOUNT)、OSTER project、PON(ラックライフ)、安部大希、高村風太といった強力な作曲陣が顔を揃えている。さまざまなサウンドを駆使し、天候や空模様、なにより甲斐田晴という人物像やキャラクター性も表現した作品だ。
2026年7月末には東京国際フォーラムにて自身初となるソロライブ「足跡」を開催することとなっている甲斐田晴。そんな彼の最新作「WEATHER」についてレビューしたいと思う。
甲斐田晴のソロ活動は、2022年からスタートした。
楽曲「透明な心臓が泣いていた」でソロデビューすると、これまでミニアルバム「86400秒のキセキ」「DOLCE」に、昨年にはフルアルバム「MAGIC」を2025年6月にリリースした。「MAGIC」は彼自身がセルフプロデュースを務めた力作であり、オリコン週間デジタルアルバムランキングで初登場1位を記録した。
そんな力作から1年と経たないうちに、ミニアルバム「WEATHER」をリリースすることとなった。自身のVTuberとしての活動、4人グループ・ROF-MAOとしての活動と2つの活動を並行しながら、ソロとしての音楽活動を約4年にわたり、コンスタントに作品をリリースし続けてきた。この継続力は彼がなにを重視して活動しているかの証左でもある。
2026年4月14日にカルチャー誌「Quick Japan」は甲斐田晴を特集した号を発表した。その中で甲斐田は、ROF-MAO、VΔLZ、ソロ活動それぞれにおける自分の立ち位置・役回りを意識しているとインタビューで答えている。
加えて「自分はこのままなにかの流れに身を任せていても特別な人間になれるわけじゃないと気づいた」「何かで1番になれるんだろうかと考えていたときに見つけたのが、VTuberやにじさんじだった」「そこから総合値で戦うことを意識するようになった」と口にしている。
筆者はこの雑誌に参加しており、インタビュー直後の「4つのペルソナ」という項で書かせてもらっている。編集部からなにか指示があったわけでもインタビューの内容を伝えられたわけでもなく、自然と4つに分けて彼を取り上げようと書いたが、奇しくも内容は近いものになっていたのは驚いた。
さて、本作「WEATHER」には6つの楽曲が収録されている。そのサウンドは微妙に異なっており、内容・メッセージ・志向性まで見れば大きく異なっていることがわかる。
1曲目「CRACKS」で号砲が鳴るように勢いよく始まるロックチューン、2曲目「STORM」はそこからさらに飛び上がっていくように続いていく。
同じような楽曲でありつつ、1曲目は快晴の日の下で突っ切っていくような爽快感に溢れており、2曲目は「暗雲を突っ切って」という歌詞にあるイメージを、タメを意識したリズムパターンや音を「集める」「静める」タームで強調している。おそらく、マイナーコードをうまく使って陰影をつけているのだろう。BLUE ENCOUNT・田邊駿一らしさが全開である。
そんなロックチューン2連発のあと、3曲目「アイスブレイクブレイカー」だ。「溶けて! 凍って! 溶けて凍って!(ヒョウ!ヒョウ!)」というパンチある出だしからポップなギターリフ、場を和ませたり笑わせたいけど難しい! でもやってやるんだ! というパッション溢れる言葉が続いている。
率直に言えば、お笑いやギャグについてまっとうに歌ったコミカルな楽曲であり、いわゆるROF-MAOや配信で見せる「ギャグに走る」甲斐田の姿を描いたといえる。「知ってるか? ギャグってのは温度差によって生まれるんだ!」と歌うが、1曲目2曲目からこの3曲目。この差もまたすごい距離感である。
4曲目「Rainy Days」へ。イントロのホーンサウンドとハネるようなリズム、ビッグバンドジャズの賑やかな空気感で先程までのポップなムードを引き継ぐ。
ああツイてないな
思わず溢れてしまった
ネガティブに支配される前に
発想転換 思い出してみようよ
すべてにワクワクしてたあの頃を
出だしの言葉がなんとも後ろ向きだが、その後に彼は「素敵な世界」へと聞き手をリードしていく。だがそれは、彼が魔法か何かの力で天候を変えるといったものではない。雨の日でも乗り切っていくために勇気を与えていこうという1曲なのだ。
5曲目はアコースティックの音色と響きを活かした「雪の降る日に」。途中にバンドアンサンブルが加わって、よりパワフルでエモーショナルな響きをもたらす。「君」を失ったことで生まれた悲しみを歌う失恋ソングとして聞くこともできるが、VTuberという彼の一面からすれば別の読みも可能だ。
最終曲「晴れと褻」では、鍵盤・ストリングスによるきらびやかなイントロから始まる。ポップで明るいだけでなく、まるで光の粒子をまとうようで、そのなかで甲斐田の爽やかなボーカルはより映える。
やすらぎをあなたに
願うことしか出来ないけれど
いつか巡り会える
生まれたままの素直な愛に
あなたを想う、今日が誇らしい
ここでタイトルに上がっているのは、ハレとケという日本の伝統的な考え方である。
ハレは非日常・特別な日、ケは日常やいつもの暮らしのことを指しており、日本の民俗学でよく取り上げられる概念である。
今作は天候をテーマにした作品であり、晴れ・雨・曇り・雪といった天候を取り入れて楽曲が制作されている。晴れの日はもちろんハレであり、曇りや雨の日をケに重ねている。
加えてハレとケの概念は、生活にメリハリを持たせるという意味合いを持っており、ハレの日を迎えるためにケの日をしたたかに生きていくという意味合いは、今作の「晴れていても天候が悪い日でも、ともに生きていこう」というポジティブなメッセージとも符合する。こういったダブルミーニングが、この曲のタイトルと内容に仕上げていると思う。
もう一つ解釈を広めるなら、VTuberという存在と「晴れと褻(ハレとケ)」について考えてみてもいいかもしれない。
現在社会において、この「ハレとケ」の感覚がおかしくなっているという指摘はいくつか起こっていた。ストレスフルな時代において「毎日楽しい予定を作りたい」と欲求が収まらず、「毎日がハレの日」化している人が増えている、と。
本当は静かに過ごすべき時間においても、常に何かの刺激を求め続けてしまい、心の落ち着きが失われてしまっているのではないか。こういった類の言葉だ。
甲斐田晴はVTuberであり、ミュージシャンである。明確に「ハレ」側に位置する存在であるはずだ。だが彼は本作の中で、むしろデビューした最初の頃から「ケ」の時間についても語りかけ、こちらへと勇気づけてくる。
ミュージシャンを1つ取っても「ハレ」側に明確に立っている者もいれば、「ケ」側に立っている者もいる。VTuberもまた、「ハレ」と「ケ」をオンオフのようにスイッチングして振る舞うタイプも見られる。同じ画面上で楽しむ姿を見せていても、どこか決定的に質感を変化できるタイプ……今回の主人公である甲斐田晴は、様々なペルソナを操ることでそれを実行しているVTuberである。
「ハレ」だけでなく「ケ」のときにも、まるで隣にいてくれるように。今作「WEATHER」は甲斐田晴だからこそ強い意味合いを持つ、さまざまなレイヤーが絡んだ1枚だと言えよう。
(TEXT by 草野虹)
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