観るだけじゃない、畳の上で体感する茶道の世界に感銘 VRアニメ「Sen」レポート

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第80回ヴェネチア国際映画祭エクステンデッドリアリティ(XR)部門「Venice Immersive」にノミネートされた、VRアニメーション「Sen」。(関連記事

本作品の監督、伊東ケイスケさんといえば、これまでも「Beat」や「Typeman」などのVR映像作品を制作しており、なんと今回で世界初となる4年連続のノミネートとなっている。

そんな監督の最新作となる「Sen」のメディア向け先行体験会があったので、その様子をお届けする。

これまでもゴーグルをかぶって鑑賞するだけではなく、ハプティクス(振動)を用いるなど、世界を体験するような作品づくりをしてきた監督だが、本作では実際に畳に上がったり、茶碗を持って茶道の世界を体験したりといった、より身体感覚を用いる演出になっているところが面白かった。


VIVEトラッカー付きの茶碗、Pixel Watchで心拍計測

VRアニメーション「Sen」は、茶道の世界観がベースとなっており、その世界観により没入するためのこだわりとして、靴を脱いで畳に上がり、床に座るところから体験が始まるVR作品。

VIVEベースステーションに囲まれる「茶室」

畳の周りを囲むようにVIVEベースステーションが設置されているのがサイバー感があってかっこいいと思った。

体験の様子はさながらVR茶道

「Sen」の体験には通常のコントローラーは使用せず、VIVEトラッカーが装着された茶碗を触覚デバイスとして使用する。また、心拍データを用いるということで、Google Pixel Watchを装着することになる。

Google Pixel Watchと、触覚デバイス

この触覚デバイスに使用される茶碗は単なる茶碗ではなく、なんと千利休ゆかりの黒樂茶碗「万代屋黒」の3Dスキャンモデルを3Dプリンターで出力したものだという。手に持つと、ろくろを使わずに手で作る手捻りで作られた茶碗のごつごつとした手触りをリアルに感じられるだろう。

薄暗い茶室の中に茶碗だけが存在する(画面キャプチャ)

ゴーグルをかぶると薄暗い茶室に切り替わり、実際に手に持っている触覚デバイスが、そのままVR空間内の茶碗として存在していることがわかる。さらに、Google Pixel Watchで取得した自分の心拍が振動として感じられる仕組みだ。Senを同時に体験できる人数は最大3人なのだが、ゴーグルをかぶってみると茶室は狭い空間になっていることがリアルだと感じた。

なお、体験会では明るい部屋が会場となったが、本番では一灯の照明が照らすのみの暗い部屋になるそうだ。リアル側も薄暗い茶室というのは、まさに採光を巧みに取り入れた千利休の茶道に対する精神が反映された空間づくりといえる。

自分の茶碗と繋がっているSenが茶室で遊ぶ(画面キャプチャ)

体験が始まると、茶碗の中に現れるお茶の精霊「Sen」が茶碗の中から世界を観たり、一緒に体験している方の茶碗から生まれた別のSenと一緒に遊びだす。自分の茶碗に繋がっているSenを見ていると愛おしくなってきた。

Senとの別れ(画面キャプチャ)

突如、彼らとの別れが訪れたときは、ドラマティックな音楽もあって少し泣きそうになってしまった。茶碗の中に発生した粒子から生まれたSenが再び粒子となって消えてしまう。

しかし、そこで作品は終わりにはならず、再びSenが生まれてその後の世界に続く。

枯山水で続く音楽(画面キャプチャ)

茶室ではなく、白い枯山水の世界にやってくると鼓動の音が聞こえる。他の参加者を含めた心拍データがリアルタイムで反映されている中で、その鼓動に合わせて茶碗から飛んでいく球と、その波紋によるセッションが繰り広げられる。

実際の枯山水は石や砂を用いて、池や山が広がる風景に見立てる庭の様式の一種だが、禅の世界との結びつきが強く、庭を見ることで瞑想し宇宙とのつながりを感じさせるものになっている。VR空間内の枯山水は本当に池のように自在に波紋が広がっていく様子や、複数人の鼓動が奏でる波紋が音楽となる様子が美しく、喜びに満ちている気がした。

本作はPsychic VR LabとCinemaLeapの2社による共同製作となっており、Psychic VR Labが運営するリアルメタバースプラットフォーム「STYLY」上で複数人の心拍データをリアルタイムで共有することにより、互いの心臓の鼓動を感じ、波紋として視認し、音楽を奏でるというものになっている。


ヴェネチア国際映画のXR部門「Venice Immersive」とは

「Sen」が上映されるヴェネチア国際映画祭は、カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭と並ぶ世界三大映画祭の一つに数えられ、本年は8月30日より9月9日まで開催される。

ヴェネチア国際映画祭にVR作品がノミネートされるというとピンとこないかもしれないが、今回ノミネートされている本映画祭のXR部門「Venice Immersive」は2017年に新設され、本年で7回目を迎えている。今回は最大44件の中から大賞、審査員特別賞、功労賞が選ばれるという。

伊藤ケイスケ監督は2020年に「Beat」がノミネートされてから今回で4年連続ノミネートされており、昨年のノミネート作品「Typeman」はイタリアの独立系映画評論家が独自に選出する「Premio bisato d’oro 2022」(プレミオ・ビサト・ ドーロ/金鰻賞)で最優秀短編賞を受賞している。(関連記事

こちらの作品はVR演劇と位置づけされた作品で、振付にVRダンサーのYOIKAMIさんや、コーディネーターとしてタナベさんが起用され、VRChatでも上演されたことを覚えている方もいるかもしれない。なお、「Typeman」、「Sen」ともに音楽はらくとあいすさんが手掛けている。

目に見えるものよりも精神的な観点で世界を見ようとするマインドフルネスな文化である茶道をベースにしたVRアニメーション「Sen」。「他者と繋がる喜び、自分自身と向き合う時間を楽しんでもらえたら嬉しいと思います」と監督は語る。

今のところ一般公開の予定はないが、過去の作品もイベントや展示会などで公開されていたので、もしチャンスがあったらぜひ体験して欲しい。

(TEXT by ササニシキ

関連リンク
伊東ケイスケOfficial site
ヴェネチア国際映画祭VENICE IMMERSIVE