#5 ピーナッツくん「BloodBagBrainBomb」【Pop Up Virtual Music 】

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Pop Up Virtual Music」第5回目に取り上げるのは、個人VTuberとして長年トップを走り続け、現在日本のヒップホップシーンのなかで異彩を放ち続けているラッパー・ピーナッツくんの新作アルバム「BloodBagBrainBomb」について記していこうと思う(ニュース記事)。

本メディア・PANORAはVRやARテクノロジーやVTuberシーンにまつわる情報を取り扱ってきており、すでにPANORAでの記事を読んできたであろう読者にとって彼の説明は不要であろう。だがあらためて、ピーナッツくんのこれまで・現況について触れていこうと思う。


ピーナッツくんは、2017年6月よりYouTubeに投稿されていた個人制作ショートアニメ「オシャレになりたい! ピーナッツくん」の主人公であり、そこから派生したバーチャルYouTuber(VTuber)/バーチャルタレントである。

おなじく同作品から派生・デビューすることになった甲賀流忍者!ぽんぽこを相方にして、2人はバーチャルYouTuberがブームとなっていた2018年頃から現在まで共に活動しており、ファンや同業者から「ぽこピー」という愛称で呼ばれている。

2019年7月には着ぐるみ姿を初めて見せると、「ゆるキャラグランプリ2019」では「企業・その他」部門で優勝を果たすなど、「画面の中」に留まらない活動域で広く活動してきた。その活動はまさに「YouTuber」の姿と変わりない「VTuber」の活動といって過言ではないだろう。

そんなピーナッツくんの活動のなかでも、音楽活動は年を経るごとに支持を広まっており、VTuberのファン層を飛び越え、ヒップホップのヘッズたちへと届くようになった。

ヒップホップが好きであった彼は、2020年にファーストフルアルバム「False Memory Syndrome」をリリースし、最新作含めて4枚のアルバムを発表している。2021年7月2日には初のオンラインライブである「NUTS TO YOU!」を開催。

Red Bullが企画するサイファー企画「RASEN」に出演するなど、ユニークなビジュアルと音楽性が評価されていくようになり、2022年5月には開催された国内最大級のヒップホップフェス「POP YOURS」に出演した。

PUNPEEとBADHOPが大トリをつとめ、Awich、Tohjiといった現在のヒップホップシーンを代表するラッパーが集うこのフェスに、バーチャルYouTuberが出演したのだ。

さて、いちどここでピーナッツくんについての話題から、そもそもVTuberという存在に話題を移して見ようと思う。その存在がどのように見られるのか?という視点からだ。

初めて見た人がまず気になるのは、どうしてアニメキャラのような見た目をしているのか?という点であろう。

アニメキャラクターのようでそうではない、ライトノベルのキャラクターのようでそうではない、ゲームキャラクターのようでそうではない。ストリーマーのようにゲーム配信をしているものもいれば、歌い手のようにカラオケを使って歌動画や配信をするものもいれば、ゆるいムード・雰囲気のもとでリスナーと会話するものもいる。

加えて付言しておけば、それらすべてにおいてアニメキャラクターのような見た目である必要性は、特別高くないのは自明である。それぞれのシーンで先行する人たちがおり、着飾ることも特にない普段通りの姿でさまざまな活動をし、多大な人気・影響力を持つ者が多い。

キズナアイ、電脳少女シロ、ミライアカリ、輝夜月といった当時のバーチャルYouTuber四天王には、その裏で活動を支えるスタートアップ企業の姿があった。そこに気づいたさまざまな経営者・クリエイターらが挙ってこのシーンの門を叩き、一気にタレントが増加した面がある。

カルチャーとしての盛り上がりに感化され、3DCGデザイナー・Live2Dモデラー・イラストレーターらによるクリエイティブなチャレンジが発生するようになった。休みの日の暇つぶしや遊びで作っていたであろう創作活動からスタートしたバーチャルYouTuberというムーブメント、「アニメキャラクターなルックスと自分とをつなごう」という好奇心から始まったクリエイティビティに、今ではあまりにも多くのものが背負わされ、繋がれてしまったともいえる。

それはルックスやモデリングだけの話ではない。VTuberからみてイラストレーターをママ(母)、Live2Dや3Dビジュアルを作ったモデラーをパパ(父)と呼ぶことや、VTuber本人のことを中の人と呼び、一度辞めたあとに別のビジュアルとして再度活動をスタートすることを「転生」と呼ぶことなど、いつの間にかシーンのなかにはアレやコレやと様々な暗黙のルールが生まれ、メタ的な理解力はもとより、単純に知識が求められるようになったのだ。

いまVTuberシーンを楽しむには、アレやコレやといった前準備・知識が求められてしまう。まさに”一見さんお断り”な状況となった。見る人によっては「不必要な要素・無駄な部分が絡みついてしまった」のように見えていても不思議ではない。

言い換えてしまえば、「VTuberは無駄の塊」と形容できそうなのだ。ここで筆者は、とあるロックアーティストのとある言葉のことを思い出す。ポップカルチャーの多くを愛するものは、「無駄なもの・役に立たないもの」を愛さずにはいられないのだ。

音楽は役に立たない。
役に立たないから素晴らしい。
役に立たないものが存在できない世界は恐ろしい。

坂本慎太郎(NO MUSIC、NO LIFE?のポスターより)

さて、ここでピーナッツくんの話に戻ろう。

ピーナッツくんの生まれ、活動、ビジュアルを振り返れば、そのすべてがVTuberとして筋が通っていつつ、シーンのなかでもかなりオルタナティブな立ち位置を築くことにつながっていることがわかる。オルタナティブな立ち位置を得るために、他のVTuberよりも多くの要素を背負うことになったのだ。

考えてみてほしい。VTuberなのに着ぐるみ姿でライブしたり、全国を駆け回ってさまざまな動画収録する。そんなタレント、VTuberでなくてもほとんどいない。この時点でかなりオルタナティブだろう。

VTuberとは無駄の塊のような存在である。無駄の多さがゆえに、多くのイメージを背負いまたは漂わせており、見るものの脳裏にさまざまなイメージを呼び起こしてくれる。

アルバム「BloodBagBrainBomb」。このタイトル、語感、頭文字「BBBB」は、もちろん日本のヒップホップ史上最高ともいうべきバズを引き起こしたCreepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」にちなんでいるのは間違いない。

1曲目「BloodBagBrainBomb」、まるでオールディーズアニメ作品の導入部のようなストリングスの入りは、ブレイクビーツの激しいビートとサウンドメイクで粉々に砕かれる。すこしだけおどろおどろしさがあるファンシーなムードから、食い破るように衝動が溢れ出てくるかのようだ。

さまざまボイスがサンプリングされ、耳にまとわりつくよう。そのなかでピーナッツくんはハッキリとこうつぶやく。

「僕だけは忘れないよ」

忘れることができない、捨てることが出来ない、心のなかや頭の片隅に置いておいてしまうナニかがある。俗っぽく言えば「心の断捨離が出来ない」とでもいうのであろう。だが、ピーナッツくんは「忘れない」。忘れないからこそ、今作はさまざまな楽曲なタイプが生み出されており、どことなく過剰気味でファットなイメージがついてまわる。

「Yellow Big Header」は、ポップ・パンクらしいノイジーなギターリフにブレイクビーツ系のビートと8ビートとが織り交ぜており、さっきまでのおどろおどろしいトラックから脱する軽快なミクスチャーロックといえよう。

ここ5年ほどで盛り上がっていた00’sリバイバルのムードを汲んだこの曲は、サッカー好きであるピーナッツくんを思えば「Header」とはヘディングシュートのことを意味していてもおかしくなく、この曲むかしサッカーゲームで聞いたことあったかも?と思えるスポーティーさを感じてしまう。

3曲目「Squeeze」は、大きく拍を取ったリズムパターンとノイズまじりのトラックでマキシマムなサウンドとなっており、JP THE WAVY「Neo Gal Wop」のようなベースサウンドをゴリゴリに押し出したチューンとなっている。

「Neo Gal Wop」はマキシマムなサウンドは自分自身のフレックス(見せびらかし・自慢)を漂わせていたが、この曲ではピーナッツくんの苛立ちを表現するサウンドとなっている。

リリックを書いてる midnight
豆腐の上添えてるジンジャー
お前にされたくない信頼
またエンタメになった引退
I’m so squeezy 冷めてるチキン
何も言われたくない正直
掘り返されるインタビュー記事
わかったつもりなんじゃねぇよ bitches

「Squeeze」 ピーナッツくん

ここでいう「Squeeze」は「絞る・押しつぶす」から「苦しめられている」というような意味になっている。ここでは深く追求することはしないが、彼なりに正直な言葉でライミングしているのが伝わってくる。

4曲目「not ok」はラテンフレイヴァーあるUKガラージサウンド、5曲目「Liminal Shit」ではVTuber活動をしながらの「分かりづらい・気づかれない苦悩」をラップしていく。

多彩なトラックで楽しませてくれているなかで、13曲中8曲でトラックメイクしたのはnerdwitchkomugichanだ。ここ数年ピーナッツくんの楽曲・トラックメイクを担当しており、ロックバンド・Age Factory/ラッパー・JUBEEとのミクスチャーバンド・AFJBでベースを担当している西口直人その人である。

アニメを中心にしたネットカルチャーが大好きであり、ピーナッツくんとの関わりを見ればわかるようにVTuberも好きである。ちなみに「nerdwitchkomugichan」の元ネタは「ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて」である。

ブレイクビーツ~ドラムンベースやジャージークラブといったトラック、軽快なギターリフをあわせたミクスチャーロック、ネットミュージック発のエクスペリメンタルな電子音楽感など、さまざまな振れ幅を今作で楽しむことができる。ピーナッツくんはもとより、nerdwitchkomugichanこと西口直人の嗜好性、これまで実際に生み出してきた音楽がしっかりと今作でも表現されている。

2024年にこのように表現しているのは、ここ数年で再度流行しているY2Kブームにも追従していこうという部分があるからだろう。

このアルバムのなかでもっとも注目を浴びる「Birthday Party(feat. 月ノ美兎)」は特にその傾向が強い。Y2KブームのなかでブレイクしたPinkPantheressやIce Spiceといったフィメールラッパー/シンガーからの影響が残っており、UKガラージ~ドラムンベースなトラックからサビに入るとジャージークラブ系のトラックへとグっと変わっていることがその証拠だ。

また、これまでピーナッツくんが出してきたディスコグラフィのなかには、女性ボーカリストを起用してラブストーリーな楽曲やセクシャル表現をした楽曲が制作されてきた。「School Boy(feat.もちひよこ)」「KISS(feat.おめがシスターズ)」「ペパーミントラブ(feat.名取さな)」がそうだが、この曲はその系譜の上にある。(とはいえ「羊たちの沈黙」など映画作品を引用したこの曲は、すこし血なまぐさくて病んだ雰囲気がするが)

クラブやハウスミュージック由来のトラックのなかで歌い、ラップするというのは近年のラップシーンで顕著にみられた光景であり、ブーンバップやトラップといったヒップホップらしさあるビートで表現するのではなく、ロックやレイヴ、またはネットミュージックといったシーンとも親和性をもったオルタナティブなヒップホップを表現するラッパーも現れている。

LEX、Tohji、kZm、Yung Patraといったトップランナーたちがまさにその道を突き進んでおり、今作はその道筋をうまく捉えた作品といえよう。

さて、先にも書いたように、VTuberとは無駄の塊でもある。

バーチャルなルックスになること。そのルックスでYouTuberや配信者らしい活動をこなすこと。またはひとりのラッパーとしてヒップホップをすること。これらを高次元で両立しているピーナッツくんは、VTuberとしても、ヒップホップのラッパーとしても、両シーンのなかでオルタナティブな立ち位置をキープしながら最前線に立とうとしている。

どうしたってそこには期待・好奇の目が覆いかぶさるはずで、「Squeeze」はそういった自分自身に紐づきそうになった「無駄」に対する苛立ちとみてもいい。だが彼はいくらかの不満を持ちながらも、その「無駄」を手放すことは決してしないだろう。

1曲目に彼がつぶやいた「僕だけは忘れないよ」という一言を思い出してみよう。彼はなにを忘れないと歌ったのか。それは、エンターテイメントや音楽を見聞きしたときの気持ちの昂ぶりやトキメキ、衝動ともいえるものではないか。

忘れることができないほどの衝撃やトキメキを生み出すために、彼は全身全霊のパフォーマンスをする。もしも衝撃やトキメキを心に負って惚けた顔で楽しんでいる僕らのことを、「忘れない」とつぶやいていたとしたら、なんともロマンティックかつニヒルな一言だろう。

気持ちの昂ぶり、トキメキ、心地よさや衝動。そういったオプティミスティックでポジティブなフィーリングを刻むための音楽として、ピーナッツくんは自身の身に折り重なったイメージ(それこそ無駄なほどの)からいまのシーンに合致する部分をつなぎ合わせ、最良の表現を作品化したと言えよう。

VTuberシーン、ヒップホップシーン、その両方でオルタナティブな立ち位置を築き、異彩・異質な存在感を発し始めるそんなピーナッツくんにとって、「BloodBagBrainBomb」は自身にとってのブレイクスルーとなりそうだ。

(TEXT by 草野虹

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