にじさんじに所属するVTuber・甲斐田晴が、2026年7月29日に自身初のワンマンライブ「-足跡-」を開催した。
夏休みとはいえ平日の午後開催となった本公演だが、東京国際フォーラム ホールAには非常に多くの観客が集まり、甲斐田晴の晴れ舞台を満員に埋め尽くした。
舞台のうえで、彼は親しきバンドマンたちとともに「諦めない人間のエゴ」と美しく提示したのだった。そんな彼の姿を追い、言葉にしようと思う。

2022年ソロデビューからROF-MAOと並行した4年間の音楽活動
甲斐田晴といえば、活動初期のころから音楽活動を志向し、楽曲「透明な心臓が泣いていた」で2022年にソロ音楽活動をスタートさせると、ROF-MAOとしての活動とソロ活動、2つを並行しながら、約4年にわたってコンスタントに作品をリリースし続けてきた。
にじさんじのソロライブが一年のなかで何度となく行われるようになってから約3~4年ほどの間で、葛葉、叶、剣持刀也、不破湊、三枝明那、加賀美ハヤトと男性メンバーがソロライブを開催してきて、甲斐田にその順番がまわってきた……そのように外からは見える。
だが実際のところ、ROF-MAOとしてさまざまな楽曲収録、プロモーション活動、そしてライブパフォーマンスをこなしたことで、甲斐田自身のパフォーマンスが向上した部分もある。
そんななかで彼が今回のライブで選んだのが、生バンドでのパフォーマンスだった。にじさんじのソロライブでは何度か導入されている生バンドを率いたライブ演奏だが、一言で言えば出音・サウンドの質感がより力強く(パワフル)で芯がある(タフ)音が鳴らされる、と言えば良いだろう。
それがゆえに、その出音に負けないようなボーカルや表現力が必要になるともいうし、その出音に乗っかって同じように泥臭さ、汗臭さ、豪快さやワイルドさへと踏み切るボーカリストもいるだろう。

ROF-MAOのステージを何度か拝見させてもらっていたし、ソロ配信も何度も見させてもらったが、今回のライブで新たに甲斐田のイメージが変わった。まさかここまで泥臭く、汗臭く、力強く歌を歌おうとするタイプだと思っていなかったのだ。
生バンドで挑んだサウンド パワフルで芯のあるライブアレンジ
会場内が暗転し、柔らかなシンセサウンドがふわっと流れ始める。生バンドのアンサンブルが駆け出すように音を出し、始まったカウントダウン。0をむかえた瞬間、ひとつのスポットライトの下に甲斐田晴が姿を現した。
オープニングを終え、歌い始めたのは「魔法について」だ。鍵盤とともに穏やかに歌い始めるその姿は、観客の心に優しく聞かせるよう。そのまま甲斐田は「声の旅」のワンフレーズを歌うと、バンド隊が入って楽曲へ。
アルバム「MAGIC」の1曲目と最終曲、それもメッセージとつながりを持った楽曲でアルバムを彩った2曲を序盤に歌い上げる。
ダブルギターを活かしたバンドアンサンブルでグッとパワフルに仕上がった「STORM」をつづけて歌い、次第に甲斐田本人にエンジンがかかっていく。

「すげえ元気じゃん! 外暑かった?晴れたなぁ!? 持ってるわ! かんっぜんに!!」
普段よりも明るく、テンション高めに観客たちへ話し出す甲斐田。「みんな楽しませてやるぞぉ!」とシャウトすると、そのまま会場の観客たちとともに声出しの時間へ。「日本の東側からきた人! 西側! 海外! ありがとうね!」「女ー! 男ー! 甲斐田晴を見に来たやつーー!?」と観客を煽り、会場から大歓声が湧く。

そのテンションのまま、甲斐田は自身のディスコグラフィのなかでもコミカルな楽曲で観客を盛り上げていく。「アイスブレイクブレイカー」「トマトは愛を解さない」に「パパンパ!Blue Summer Days」、ステージ上にはダンサーが、また観客席にはトマトも乱入し(!?)ダンスを踊りながら歌っていく。アップテンポなサウンドに合わせてステージの左右を歩いて観客へとアピールしながら、その表情は満面の笑みでいっぱいだ。

「雷命」ではお祭りで見られる櫓(やぐら)がステージに現れ、その上に立って甲斐田は歌っていく。タムドラムを活かしたドラミングはまるで祭り囃子らしいグルーヴで、この日の観客たちを躍らせていく。「もっとぉ! ウォイ! ウォイ! ウォイ! ウォイ!」と観客をノセようと甲斐田も煽っていく。

16曲メドレー「足跡 – Special Medley」で垣間見える甲斐田の真骨頂
だがライブ前半の最大の目玉といえば、16曲もの楽曲をメドレーで歌っていった「足跡 – Special Medley」だ。
「清風 」に始まり、「UNSEEN TREASURES」「率直」「247LOVE」「この場所で」「素顔のままでいて」「月が綺麗だ。」「cycle」「終点」「独白」「一瞬と一生」「エンドロールで待ってる」「ブルーミソロジー」「ぼくのヒーロー」「オブリビオン」、そして「水の記憶」。
各楽曲のうち1分から2分ほどを歌って次の楽曲へ。この日のライブは先述したように生バンド編成、5人のバンドメンバーが重ねていくアンサンブルに甲斐田の歌声が混ざっていく。
そうして歌っている甲斐田だが、その歌声は自分自身を会場にぶつけていくよう。水色と銀色をベースにしたビジュアルから、クールでカッコいい、配信では笑いも狙える面白い人、と感じていたファンは多いだろう。この日の甲斐田は、その歌っている姿を通じて力強さを発していたようにみえた。

その一方、その姿が必死で、不格好に見えた人もいるかも知れない。これだけ矢継ぎ早にさまざまな楽曲を歌っていれば、メロディだって外すし、声だって裏返る。うまくメロディを捉えようと声が右往左往した瞬間もあった。
だが、その声の揺らぎや乱れすらも、自身の表現として成立させ、こちらへと照射していくのが”甲斐田晴の音楽”なのだ。
ボーカリストとは、音をバッチリ合わせることでも、声色を多彩に使い分けることでもない、聴くものの心や脳みそを”説得してくる”歌い手のことを指す。
メロディに丁寧に沿っていくのも、ビブラートを効かせるのも、ドスの効いたガナリ声やエッジボイスを発するのも、音程やピッチを安定させるのも、次の音符から音符へどうつなげるかも、一つのテクニックや工程でしかない。
それらは、聴いた人の心を震わせ、脳みそに訴え、説得するための手法や手段でしかない。一言で言えば、説得力、それはボーカリストにはもっとも必要な資質なのだ。
序盤からここまで歌って、踊って、笑みをこぼしながら歌ってきた甲斐田は、間違いなくこちらを”説得しよう”とするボーカリストであった。
「青春応歌」「フルカウント」から、ペンライトが橙色に染まったあの瞬間

メドレーを終えるとハウス系のダンストラックが流れ、突如スクリーンにノイズが走る。ここでソロ楽曲ではなく、自身が加わっているVΔLZとROF-MAOから「青春応歌」「フルカウント」を歌ってみせる。心のどこかで「歌ってくれるんじゃないか?」と思いつつ、実際にこうして歌ってくれるとは。驚きと興奮じみた歓声とともに、観客は両楽曲を楽しんでいた。

「Rainy Days」「Shiny Sunny Step」ではカラフルな照明演出とともに軽やかに歌ってみせ、
「雪の降る日に」「されど星の輝きを知る」ではアコースティックギターの音色を活かし、しんみりとした空気感のなかで歌っていく。
「茜色の歌」では優しげな声色で歌っていく一方、「茜色のペンライトをみせてくれーー!」と観客へ声をかけ、会場が一気に橙色へと変わっていった。

「夢が叶いすぎて怖い」──涙する甲斐田、エゴイストの形
つづく「何色」は、曲は甲斐田のボーカルのみのアカペラから始まり、ストリングス&バンドアンサンブルが加わって、グングン前へと突き進むように歌っていく。
「ここまで全部自分の曲でやってきました。次は元気になる曲を持ってきたよ。いってみようぜ!」と観客へ声をかけ、始まったのは「CRACKS」だ。甲斐田の近くまでギタリストが近づき、目を合わせてギターを弾き倒し、それに呼応するように甲斐田は声を張り上げていく。
ストリングスとバンドアンサンブルが相まった「晴れと褻」をつづけて披露しおえると、「今日最後の曲だ!おまえが胸を張って生きられるように!」と観客に大声でアピールする。本編最後は「才能が無いから何だ」である。
才能がないから何だ
やってやれ 主人公
冒頭の歌詞は、弱気になった心をたきつけるに十二分な言葉だ。5段ほどの階段が組まれたお立ち台に腰掛けたり、お立ち台の上に上がって手をふらっと振ってみせ、サビに入るとラストスパートをかけるように甲斐田も振り絞るように歌っていく。
歌い終えると、ステージ・会場はスッと暗くなる。すこしの時間を置いてから、観客からもアンコールを求める歓声が広がっていく。もしかするとこういった音楽ライブに来ること自体が初めての観客もいるのかもしれない。だが少しずつ、でも着実に、アンコールを求める声が広がっていったのだった。
「夢が叶いすぎて怖い瞬間がある。嬉しいこととかにとても囲まれているから」
「挫折の多い人生を送ってきた。なにかを極められたわけでも、才能があるわけでもない、何も成し遂げられないと思っていた」
「本当に叶うのかなと疑問に思いながらデビューしたけど、その時の自分に言ってあげたい。夢がかなったよと」
「周りの人やファンのみんなが、僕の音楽に価値を持たせてくれたからだと思う」
甲斐田は、アンコールの途中でこう語った。心境をまっすぐに打ち明け、声も配信で聞けるような素の声である。すると突如声が震えだし、手で目を覆った瞬間、観客たちはなにが起こったのかに気づきどよめきが起こる。甲斐田が泣いているのだ。
「いやーいけると思ったんだけどな!」と茶目っ気のある言葉でごまかそうとするが、その心中は察するにあまりある。
彼は自分自身のことを、挫折が多く、才能がある方ではないという。その自認をベースにして、彼は自身の音楽を通じて自身の音楽性を提示してきたように感じているし、この日のライブでもそれをまっすぐに示してくれたと感じられた。
いってしまえば、それは「諦めない人間の強かなるエゴ」。それ以外のなにものでもないように見えた。

どんな楽器よりも大きな声で歌おうとし、途中で声が裏返っても構わずにためらうことなく歌っていく。この日最後に披露した「透明な心臓が泣いていた」では、声を荒げてシャウトし、自身の感情を爆発させていた。
クールなかっこよさを漂わせながら、時折笑いも狙って、なにより力強い。そんなボーカリストとしての在り方は、他でもない「VTuber 甲斐田晴」へ直結し、このファーストライブで花開いたのだった。


●セットリスト
1.魔法について
2.声の旅
3.STORM
4.アイスブレイクブレイカー
5.トマトは愛を解さない
6.パパンパ!Blue Summer Days
7.雷命
8.パラレルノー細胞
9.足跡 – Special Medley
*メドレー
① 清風
② UNSEEN TREASURES
③ 率直
④ 247LOVE
⑤ この場所で
⑥ 素顔のままでいて
⑦ 月が綺麗だ。
⑧ cycle
⑨ 終点
⑩ 独白
⑪ 一瞬と一生
⑫ エンドロールで待ってる
⑬ ブルーミソロジー
⑭ ぼくのヒーロー
⑮ オブリビオン
⑯ 水の記憶
10.青春応歌
11.フルカウント
12.Rainy Days
13.Shiny Sunny Step
14.雪の降る日に
15.されど星の輝きを知る
16.茜色の歌
17.何色
18.CRACKS
19.晴れと褻
20.才能が無いから何だ
*アンコール
21.始まりの理由を
22.くれくれ!CRAZY
23.透明な心臓が泣いていた
(TEXT by 草野虹)
●関連リンク
・-足跡-(公式サイト)
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・にじさんじ
