#16 HACHI『for ASTRA.』【Pop Up Virtual Music】

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RK MUSICに所属する、HACHIがキングレコード/SONIC BLADEからメジャーデビューアルバム『for ASTRA.』を2024年11月13日にリリースした。

HACHIは、2019年から歌配信を中心とした活動をスタートし、2020年7月にRK Musicと専属契約を結び、みごとデビューすることになった。その後4年近い活動を経て、2024年5月の『KING SUPER LIVE 2024』に出演、それにあわせてキングレコードからメジャーデビューすることも発表した。

2024年11月13日に「for ASTRA.」をリリースし、24年12月・25年1月には「HACHI Zepp Live Tour 2024 ”for ASTRA.”」と題して東京・台北で単独ソロライブを開催した。2024年からの約1年で、”メジャーデビュー””メジャーファーストアルバム発表””海外公演含めたライブ公演”と、1年のなかで目眩くアクションを続けていったわけだ。

今回の「Pop Up Virtual Music」では、躍進の歩みを続けるバーチャルシンガー HACHIのアルバムであり、 数々のアクションのなかでも重要な成果物ともいえるアルバム『for ASTRA.』について書いていこうと思う。

女性ソロシンガーであり、バーチャルシンガー(VTuber)であるHACHIが、キングレコードからメジャーデビューする。まずはその事実について少し角度をつけて書いていこう。

まずわかりやすいトピックとして、「バーチャルシンガー」として彼女がメジャーデビューするという点。ながくVTuberシーンを見ている人からすれば、「ようやく彼女が発見された」と感慨深い気持ちになった人もいるだろう。

『Midnight blue』『Close to heart』といったアルバム(EP)発売、「八月の蛍」「夏灯篭」「バスタイムプラネタリウム」といった楽曲をYoutubeにも投稿。加えて生歌配信や音楽系イベントにも積極的に出演し、そのプレゼンスを少しずつ高めていった。

音楽メジャーレーベルと契約を結んでソロシンガーとして活動しているバーチャルシンガーは、じつは意外と少ない。花譜やヰ世界情緒らが所属・活躍するKAMITSUBAKI STUDIOは、厳密に類すればインディレーベルといえるし、にじさんじやホロライブに所属しつつメジャーデビューした樋口楓・星街すいせいといった面々は、配信活動もゲーム配信や雑談配信など多岐に渡っている点や、本人の強い志向性もあって活動がシンガーとしてデビューした部分がある。

RK MusicがREALITY Studiosとキングレコードとの共同出資によって運営されていたことを鑑みても、2024年にデビューを果たしたというのは「満を持して」という言葉を思い浮かびそうだが、もしも「バーチャルシンガー」という領域そのものが盛り上がっていなければ?彼女の活動に多くの人が惹きつけられていなければ?などと考えてみると、いっそう彼女の躍進に意味を見出したくなる。

そんな彼女が”キングレコード”からデビューするというのは、長くアニソンを追いかけていた身としても感慨深い。

水樹奈々、宮野真守、蒼井翔太、上坂すみれ、愛美、水瀬いのり、堀江由衣にangelaといったKING AMUSEMENT CREATIVEに、イヤホンズ、ももいろクローバーZ、ヒプノシスマイクらが所属するEVIL LINE RECORDSときけば、アニメ作品やアニソンを好きな人であればすぐにピンッと来るであろう。

そんなキングレコードにとって、HACHIはヒプノシスマイクとともに3Dビジュアル/バーチャルな領域を含んだシンガーというポジションに置かれるだろう。

同じくアニソン歌手を多く揃えているランティス、ポノーキャニオン、フライングドッグ(ビクター)、ここに音楽メジャーレーベルのソニー、ユニバーサル、ワーナー、エイベックスといったレーベルも含めても、いまだ数少ない3Dビジュアル/バーチャルな領域を含んだバーチャルシンガーという立ち位置は、HACHIというシンガーと特殊性を際立たせてくれる。

一つずつ点検するようにみていったが、キングレコードからバーチャルシンガーとしてデビューするHACHIは、”女性シンガー”としてどうだろう?

アルバム『for ASTRA.』は “女性シンガー・HACHI” 魅力をうかがい知るに最優の1枚だったといえる。

このアルバムは、”ボイジャーのゴールデンレコード”をモチーフに「まだ見ぬあなたに届ける歌を」というテーマを掲げたフルアルバムである。

「line, sphere, dot.」のエレクトロニカサウンドと上昇していくかのような高揚感あるインストで導入し、2曲目「スウィングバイ」は、途中でリズムパターンやグルーヴが思いっきり変わる楽曲展開とギターサウンドをうまく使った広がりのある1曲。テーマに沿った壮大な感覚をリスナーに感じさせてくれる。

ボーカリスト・HACHIといえば、深く沈んでいくようなしっとりとした声色、それを十全に活かしていくゆったりとした歌唱が魅力のシンガーである。序盤2曲のなかでのHACHIの歌声は、急かされるようなリズムやサウンドの変化でも、大きく変わることなくドンッとした存在感を発している。

3曲目「Dusk」と4曲目「DIVE」ではクラブハウスのフロアにも映えそうなきらびやかなシンセポップ、これまでの楽曲でも披露してきたチルホップ~ダウンテンポな「異星から」「√64」、ストリングスやギターサウンドがリードするアニソンらしい大仰しさもある「万有引力」「VESTGIA」へとつながっていく。

どの曲も、組み上がったサウンドの中で伸びやかにメロディが奏でられていることが多く、それがゆえに壮大さ・広大さをイメージさせやすい部分がある。なによりHACHIのボーカルは、程度に違いはあれどどの曲もエコーがかかり、メインボーカルではダブリング(同一パートを複数重ねて録音していること)を活かし、印象的な声色をつかったコーラスワークも組み上げられている。

序盤でグッとあがったテンションやリズム&グルーヴが、アルバムが進むに合わせてすこしずつ落ち着いていく流れが組まれており、その質感のなかにHACHIのボーカルがすんなりと、だが確かな存在感を発しているのだ。

この流れは「fragment」で一つの頂点を迎える。

歪んだギターサウンドと単音でなぞられる鍵盤の音色、大きく拍を取ったリズムと力強いドラミング、AメロとBメロではHACHIのボーカル・鍵盤・ベース・ドラムのみの静かなパート、そこからサビへと入るとふたたびギターサウンドの厚みある質感が覆いかぶさり、ラウド&ダイナミックに打ち鳴らされていく。

サビのボーカルメロディを聞いてみると、じつは6音か7音ほどの型が繰り返され、曲が進むと型から外れて変化しているパターンとなっている。ほとんど同じメロディラインの繰り返しなのだが、HACHIの太くしっとりとした歌声がセンチメンタルな響きを発する。

ただあなたの
頬の匂い 怒った顔 笑う声が
呆れるくらい 忘れられない
色褪せない
}まだ消えない 壊れるくらい
抱きしめてほしかった
遅すぎたかな

過去に愛したひとの幻影をいくつも思い返し、いくつも並べては、「もはや叶わない出来事」と後悔や悔恨する。厚みあるサウンド、静動ハッキリした曲構成、感傷を誘うメロディにHACHIのボーカルも合わさり、『for ASTRA.』でも屈指のドラマティックな楽曲となっている。作詞・作曲・編曲を務めたのがロックバンド・クレナズムのしゅうたと萌映と知り、こういった楽曲になるのも納得した。

このように、本作はHACHI自身の得意ゾーンを活かしボーカル・歌声をしっかりと詰め込んだ作品となっている。

アルバムの出足はリズム感を感じさせる楽曲が揃い、途中からスピードを落とすように重心の低い楽曲、そして”宇宙””銀河”をイメージさせるかのようなドラマティック&壮大なイメージを思い起こさせる曲もある。

それはまるで、宇宙ロケットが地球から宇宙へと飛び出し、遥か遠くの銀河へと飛んでいくかのよう。打ち上げ(発射)ロケットで勢いよく飛び出し、重力圏を脱出したあとはそのままの勢いを使いつつ、移動制御やさまざまな事象に対処しながら目的達成のために進んでいく。急速な流れから穏やかなグルーヴが続く曲順・アルバムの流れは、まさに「宇宙航行」かのようだ。

ラストを締める楽曲「レコードのように」では、「まだ見ぬあなたに届ける歌を」というテーマに沿った歌詞を穏やかな曲調とボーカルで表現する。いやむしろ、この曲が描こうとするイメージはそれ以上ではないだろうか。

広大なる星々の海のなかに放り出されても、もう追いつけないあなたの姿を思い返しても、穏やかな日々の光景のなかにも、「わたしの歌がある」。記録媒体のなかにハッキリと刻まれる自分自身の魂、そこに見出されるのは永遠を生きていきたいという願いではないか。

捉えようとした射程を大きく飛び越えて、名作『for ASTRA.』の宇宙航行はどこまでも進みそうだ。

閉じかけた瞳に
たしかに煌めいた星
そっと手 伸ばして
同じ時を歩んでく
思い出して 思い出して
あなたのすぐ側でわたしは歌うの
レコードのように


(TEXT by 草野虹

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