キズナアイが、新名義・KizunaAIとなり新曲「かもね」を2月26日に配信リリースし、復活を期する第1歩を踏んだ。
連載「Pop Up Virtual Music」では彼女の新たな楽曲にフォーカスを置きながら、前後関係や周辺状況についてまとめてみようと思う。
2016年に活動を開始した世界初のバーチャルYouTuber・キズナアイは、2022年2月26日にライブ「Kizuna AI The Last Live “hello, world 2022″」を開催したあと、活動休止(スリープ)状態となっていた。
そんななか、2024年6月末からはノイズ映像が流れ続けるのみのライブ配信「s h e e e e p」がスタートしたのを皮切りに、彼女のYouTubeチャンネルに徐々に動画が投稿され、「s h e e e e p」ではカウントダウンもスタート。再始動するのではないか?とファンのなかでにわかに注目を集めていた。
そういったなかでラストライブから約3年が経過した2025年2月26日、「s h e e e e p」のカウントダウンを終えると、動画「ただいま」をYouTubeでプレミアム公開。アーティスト「KizunaAI」として再始動することを表明した。
つい先日には、アソビシステム(ASOBISYSTEM)とのエージェント契約を締結したと発表された。きゃりーぱみゅぱみゅ、新しい学校のリーダーズ、FRUITS ZIPPER、中田ヤスタカらと同じプロダクションであり、国内外に渡るボーダレスな音楽活動を志向しようするKizunaAIのスタンスをサポートしていこうというのが見えてくる。
「キズナアイ」から「KizunaAI」へ。名義が変わり、ビジュアルが大人っぽくなり、VTuberからアーティスト/バーチャルビーイングへと変わった彼女。そのドラスティックな変化は、新曲「かもね」にもみてとれる。
例えば活動停止以前のキズナアイの楽曲といえば、「Hello,Morning」「future base」「AIAIAI」といったEDMやエレクトロといったクラブサウンドに重きをおいたエレクトロポップであった。それも、ハイパーポップやジャージークラブがまだ日本のポップミュージックのなかで浸透する以前、混沌・カオスなアレンジメントやアイディアが先立つ質感ではなく、よりシンプルかつ万人向けなポップスへと仕上げられた楽曲が揃っていた。
「かもね」も、パッと聞いた感じでは同じようなポップスとして聞けるかもしれないが、その内実はかなり違う。
以前の楽曲ではシンセサイザーや鍵盤のサウンドがパキッと歪みがかかり、カラフルに上空を染めていくサーチライトのようなギラギラした質感あったのに対し、「かもね」でウワモノとして弾かれている鍵盤やギターリフは、それらよりもグッと温かみある音色で、まるっこく溶けていきそうな質感だ。
空をビカビカに染め上げていくのではなく、淡くゆったりと染め上げていくようなサウンドへ。それは「AI」を標榜していた以前までのプロフィール、「アーティスト/バーチャルビーイング」と人間らしいプロフィールへと転化し、無機質なイメージから人肌の温かみをまとうようになったことにもつながりやすい。
歌詞も、KizunaAI目線から我々へ向けた言葉のような部分が多い。
ひどい寝癖
長いことずっと夢見てたみたいだね
君は今頃
何してるのかな?もう忘れちゃったのかな
(中略)
話し足りないな
伝えたいことばっかり
新しい言葉
夜空に灯したいよ
(Hello again, hello again)
季節をまたいで また会えたね
(Hello again, hello again)
奇跡を待つよりずっと 嬉しいかもね
年の月日が経過したという事実を「ひどい寝癖」という言葉で示しつつ、過去に出会ったであろう「君」へ想像をふくらませ、これからスタートする活動への期待感を「新しい言葉 夜空に灯したいよ」と歌ってみせる。 ESME MORIが作詞・作曲を手がけ、KizunaAIとにしなが作詞に加わっており、より本人目線に寄ったとみていいだろう。
しかしこの曲のタイトル「かもね」というのが、なんともニクイ。
「かもね」という言葉は、可能性や想像の余地をあえてコチラ側へと委ねる言葉である。「明日晴れるかな?」「雨が降るかな?」といった問いかけに、「(そう)かもね」と答えられたら、あなたはどう思うだろう?
可能性はありそうだけども、実際そうなるとは確実に言えない……そんななんともいえないニュアンスを、カジュアルかつあっけらかんに伝える。「かもね」という言葉はグレーゾーンな領域を指し示す。
本来であれば、再始動というタイミングを迎えるうえで、期待感を煽り、好奇の目を一身に受けようとするならば、こういった曖昧なニュアンスの言葉を使わず、もっと態度やスタンスを明確にした言葉を使っていいようにみえる。だがこの復帰曲ではそういったことはしなかった。
過度で大きな期待を背負うことなく、等身大かつ身の丈に合うような温度感を彼女は示す。そういった振る舞いは、VTuber~バーチャルタレントシーンのなかで持て囃されてきたレジェンドというには、イメージや期待にはそぐわないと見えるかもしれない。
だがご存知のように、彼女は変わった。価値基準をある程度ハッキリと示してくれるAIをバックグラウンドに持っていた「キズナアイ」から、曖昧さや戸惑いを隠すことなく声に/言葉にできるヒューマンな「KizunaAI」へ。そういった変化の一端をこの曲から見つけることができる。
彼女はこれからアーティスト活動を行なっていくわけだが、オフィシャルコメントでは「休止前に取り入れていた日本のインターネットダンスミュージックの要素を大切にしつつ、バンドサウンドやJ-POPのエッセンスを融合させた“新しいJ-POP”を表現していく。」としている。今後どういった楽曲をリリースしていくか、楽しみである。
(TEXT by 草野虹)
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