ホロライブに所属する宝鐘マリンが、2025年5月5日にYouTubeチャンネル登録者数400万人を突破し、現在活動しているVTuberの中では世界を見渡してもトップの登録者数をほこるタレントとなった。
2024年1月10日に300万人を突破してから約1年4ヵ月ほどでの達成となったわけだが、堅調な登録者数の伸びは、普段の配信内容とペース感覚にあわせて、大きな貢献を果たしているのが彼女の音楽活動だろう。
2020年7月30日に「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」をリリースして以降、ほぼ毎年のようにシングル曲をリリースしてきた彼女は、ファーストアルバム「Ahoy!! キミたちみんなパイレーツ♡」を2024年10月15日に発表し、同年12月7~8日に「Ahoy!! キミたちみんなパイレーツ♡」と題したソロライブを開催。
Kアリーナ横浜を完璧に埋めるだけでなく、初日・2日目でそれぞれライブ内容やテーマががらりと変わり、舞台セットもまるっきり変わるという超豪華な2日間を生み出したのだ。
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さて今回の連載「Pop Up Virtual Artist」では、そんな宝鐘マリンの音楽活動についてフォーカスしつつ、いくつかの観点から彼女らしさについて触れていこうと思う。そうすることで、彼女が支持を受け、独自のポジションを築いていることに気付けるはずだ。
宝鐘マリンの音楽……の前にコミックソング/ノベルティソングの歴史を振り返る
宝鐘マリン本人の配信を見たことがある人、そもそも彼女のファンである人ならば当然に感じている部分があるはずだ。それは
宝鐘マリンは面白い人である
という点だ。
もちろん好き好みは人それぞれであるので、人類八十億人全員が彼女の配信を見て面白いと感じる!と強弁するつもりはないのだが、かわいい、美人、カッコいい、愛らしい、時に勇敢な一面をみせ、セクシー……そういった認識と同じくらい、彼女を支持するファンの多くは「宝鐘マリンという女性は面白い」という認識を持っているはずだ。
もしもそういったニュアンスを音楽を通して伝えようとすると、意外や意外に難しい。実は音楽のなかに”お笑い”のニュアンスを入れ込もうとすると、それだけで普段の音楽とは違った目で見られるからだ。
音楽的な難解さや高度さをベースに置いた音楽でも、アーティストが抱えている切実な想いやメッセージを詰め込んだシリアスさを売りにしているでもない。時としてそういった音楽は、コミックソングやノベルティソングと呼ばれることがある。
少し歴史を振り返ってみよう。
日本におけるコミックソングの起点は、1890年代に流行した「オッペケペー節」と一部ではいわれている。1900年、明治時代のいち芸人・落語家として活躍した川上音二郎がアメリカやヨーロッパでの興行を行なっていた際、パリ万博の中で公演。その際にグラモフォン・レコード社(EMIの前身会社)がたまたま彼らの公演を録音しており、後にSP盤として発売され、1997年には東芝EMIからCDとしても発売されることとなった。
1900年当時に人の声や楽器の音が録音されるというのは、実はかなり珍しい状況。一般家庭にレコードが世界的な流行をみせるのはもっと先のことである。そのためこの録音は”日本人の歌声が残っている最古の録音”とも言われており、極めて重要な録音物である。
すこしズレた話題をしてしまったが、このオッペケペー節はじつは社会風刺・政治批判のニュアンスが色濃い歌詞をしており、なにより落語家による演目であったという点はおおきい。つまり、笑いをとろうとリズム感や歌詞に工夫を凝らしているわけだ。
時代をより現代へと持っていけば、「コミカルさや遊びをニュアンスに取り入れた」音楽が続々と登場することになる。
演歌師の添田知道によって作詞された「東京節(パイノパイノパイ)」のリズミカルな節回しと意図不明な歌詞のいくつか、第二次世界大戦後の歌謡曲では外来音楽を取り入れようとする際の”おかしさ”が滲み出ており、そのなかで「東京ブギウギ」や「お祭りマンボ」といった楽曲が登場することになる。
グループサウンズからはハナ肇とクレイジーキャッツ、植木等の「スーダラ行進曲」。彼らの後輩にあたるドリフターズによる「ドリフのビバノン音頭」へと連なっている。
お笑いとバンドマンという繋がりをちゃんと受け取った後継のバンドらのアクションとして、サザンオールスターズによる「勝手にシンドバッド」のリリースや当時の反響、くわえてYMOが自身のビジュアルや言動、さらに音楽性の一部ニュアンスを誇張的に表現したのも、コミック的/ノベルティ的な手つきに見えてくる。
ファンの方はよくご存知だろうが、YMOは実質的な音楽活動をしていなかった期間に「オレたちひょうきん族」などのバラエティ番組や漫才番組にトリオ・ザ・テクノとして出演、しっかりとしたコント芸をも披露している。彼らがコミカルさにも目を配っていたことがよく伝わってくる。そもそもPVでもお笑いやコントに寄った内容もあるほどで、ファンではない方や当時を知らない方には新鮮に映るかも知れない。
その後、YMOから多大な影響を受けた小室哲哉や電気グルーヴらは、自身らのワークスのなかで”お笑い”のニュアンスをにじませたり、そもそもお笑い芸人のプロデュースをすることもあった。
電気グルーヴはデトロイトテクノ由来のウニョウニョとうねるシンセサウンドに、ある意味での気味の悪さを宿して楽曲の中で表現していた部分はあるだろう。ライブのなかでもヒネリを効かせた演出をいくつも見せてきた。特に楽曲「富士山」を披露する際に、ピエール瀧が富士山のコスプレをしてパフォーマンスしており、この光景はファンにとっては当たり前のシーンである。
小室哲哉も、90年代当時TRFやglobe、安室奈美恵のプロデュースで一斉を風靡じていたが、テレビ番組内で「小室さんが曲出したら売れるんやから、僕にも曲を作ってくださいよぉ~」と浜田雅功からツッコまれたことを端を発し、楽曲「WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント~」などを実際に制作・リリースしたのが印象的だろう。
実はその後小室は吉本興業に所属しており、同じ吉本所属の芸人をプロデュースするという企画がスタート。「TKプロジェクト ガチコラ」としてリリースされてすらいる。当時の小室(特に90年代)は、テレビ番組に出て自身を全面に押し出しつつヒット曲を量産しており、テレビシーンの華やかさを十全に訴える存在だった。
お笑い(またはお笑い芸人)と音楽というつながりは、後にピコ太郎やオリエンタルラジオといった面々へと引き継がれていくことになる。
2000年代中ごろからはこういったポップ・ミュージックの潮流の中で、アニメソングの影響も大きくなってくる。誤解を恐れずにハッキリと記すが、そもそもアニメソングはかなりコミック要素が強いわけで、もしもコミックソングやノベルティソングの歴史を記すならば見過ごすことのできない大きな影響を持っていることに疑いの余地はない。
2010年代においてコミックソングやノベルティソングとして目されそうなのは、BABYMETALであろう。元々はアイドルグループ・さくら学院の部活動(派生ユニット)の一つとしてスタートした同ユニットは、その初期にキュートさを振りまく内容やコミカルなニュアンスの強い楽曲をリリースした。
メタルという激しいさを訴えるサウンドにまとわりつく”大袈裟”なフィーリングは、これまで海外メタルシーンでもファンタジー色の強いバンドを生み出したり、アニメやゲームなどのBGMとマッチしやすいなど、なによりここ日本には聖飢魔IIという先人も生み出すことになった。メタルとコミカルさの結びつきは言わずもがなである。
すこし話はズレたが、こうしてつぶさに見てみると意外なほどに「コミカルさや遊びをニュアンスに取り入れた」音楽は受け継がれてきたのがわかる。
意図不明な歌詞、感じたことのないグルーヴやリズム感、挑戦的で真新しいサウンドなどなど、新奇性や珍妙さなどをキーにしてリスナーの心を掴むコミックソングやノベルティソングのDNAは、意外なほど広まっているのだ。
宝鐘マリンの音楽にはコミックソング/ノベルティソングのDNAがある
さて、本稿のヒロインである宝鐘マリンの音楽に戻ってこよう。
先に断言しておくが、彼女の趣味性にくわえ、バーチャルなビジュアル(アニメルックなビジュアル)という類似性もあり、やはりアニメソングから大きな影響を受けているのは目に見えてわかり、この時点でコミックソングのDNAがしっかりと受け取られているように筆者には感じられる。
アルバム「Ahoy!! キミたちみんなパイレーツ♡」にはこれまでの約4年間でリリースしてきた楽曲の大半が収録されつつ、新曲4曲を加えた全14曲が集まっている。
彼女自身が幼いころから好きだった「サクラ大戦」に深く関わっている作曲家・田中公平直々に提供された「マリン出航!!」は、田中が作曲した「檄!帝国華撃団」にかなり近しいサウンドで、本家本元を呼び寄せて明確なる参照点をすぐに築けるオマージュを感じさせる1曲である。
IOSYSのARMとまろんによるデビューシングル「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」は、シンフォニック・メタル色の強いイントロとバンドサウンドだ。
トラックメイカーのYunomiが提供した「Unison」は、細かいビート感のあるミニマル・テクノ、サビに入るとASMRかのように宝鐘のスウィートな声が多重に広がっていく。より特徴的なのは、いわゆるJ-POP的なコード感/ハーモナイズ/ヴォイシングがかなり薄く、ビート&ボーカルのみで構成されており、先に書いた「マリン出航!!」「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」とは似ても似つかない音楽性に驚くだろう。
このダンサブルな志向性は他の楽曲にも繋がっており、「A Horny Money World ~伝説の夜~」「III」などがある。当代随一のダンスポップ・マジシャンであるGigaの「III」、レゲトンやバイレ・ファンクな色合いがつよい「A Horny Money World ~伝説の夜~」は、少し前までのJ-POPではあまり聞くことのないサウンドだろう。
こういったバラエティかつ挑戦心に満ちた楽曲群を横つなぎにしていくのが、宝鐘のバックグラウンドやプロフィールを意識した歌詞たちだ。
踊れ踊り踊れ みだれ髪はずむ胸
匿名のワナに酔いしれて
Shine a spot Shine a spot
Shine a spot Shine a spot
Shine a spotlight on me now!
パイ パイパイ パイパイパイ ヤッパイ
パイパイ仮面は大富豪
パイ パイパイ パイパイパイ ヤッパイ
黄金の蝶舞い上がれ
「パイパイ仮面でどうかしらん?」
「あァ~~ンまrrrrィーン金ピカめっちゃちゅ~~~きぃ~~~」
ナイナイ足りないナイナイ
ナイナイ船買えナイナイ
背に腹変えられない
Money or die
イェン ダラ ポンド ユーロ
Money しゅきしゅき
ルピア リラ ウォン 元 ドン
はぁい!
「A Horny Money World ~伝説の夜~」
キュートは正義 美少女無罪
キミの一番目指してヨーソロー
本当は自信ないけど頑張っちゃう (Ahoy)
きゅっ きゅっ きゅるん
「美少女無罪?パイレーツ」
Sexy 世界一 super ピチピチ
ぶっちゃけ 船長捕まえたくない?
You’re gonna get the treasure, maybe testing me
私の甘さが 欲しいでしょ
「I’m Your Treasure Box *あなたは マリンせんちょうを たからばこからみつけた。」
いちど彼女の歌詞をピックアップした。”宝鐘マリン”本人の性格・バイオグラフィに即しつつ、ヒネリの効いたユーモラスさが強く出ている部分をピックアップした。改めて見てみると、セクシーさを強調しながらお笑い&コミカルなニュアンスでリスナーをチャームしようとしているのがわかる。
例えば「A Horny Money World ~伝説の夜~」が始まってすぐの「あァ~~ンまrrrrィーン金ピカめっちゃちゅ~~~きぃ~~~」 という絶頂には、少なくとも性的な意図はない。むしろ「性的であろうとしているが空振っている」という芸として、多くのリスナーは受け取るだろう。
このあとに続く金銭への強い執着も含めてみれば、「宝石、宝、お金が大好きで、海賊になって宝を探すのが夢」(公式サイトより)というプロフィール文からの起こされた歌詞であり、”YouTuber”という職業柄つねに収益や収入といった部分が付きまとうことも捉えた歌詞である。
これにあわせて「パイパイ仮面でどうかしらん?」での「パイ パイパイ パイパイパイ ヤッパイ」というキャッチーなフレーズは、「東京節(パイノパイノパイ)」の「ラメちゃんっったら ギッチョンチョンで パイのパイのパイ」という歌詞からのオマージュでは?と考えても、何ら不思議じゃない。
こういった歌詞からは、キャラクタービジュアルから漂うセクシーさや艶っぽさ、配信内で節々に語られている一面をもキーにして、「セクシーさを売りに出そうとしている宝鐘マリン」という像を打ち出している。
打ち出そうとしている像はここで取り上げたセクシーさだけには限らず、シティポップなサウンドで浮かび上がる切なげな表情なども含めてさまざまあるが、さまざまにコミカルかつポップに調理し、聞き手である我々を笑顔にさせるポップ・ミュージックへと仕上げているわけだ。
話は打って変わって、先日宝鐘マリンはとあるコラボに参加した。Kj(Dragon Ash/The Ravens)、Mamiko(鈴木真海子/chelmico)、DJ FUMIYA(RIP SLYME)とともに、BACARDI音楽蒸溜所からコラボ楽曲「サンバースト」で歌唱を担当したのだ。
リリース後に投稿されたアフタートーク動画では、このような事を話していた。
「アニメソングみたいな、キャラクターソングみたいな楽曲ばっかり歌ってたので、こんなバチバチのテレビとかで流れてるみたいな曲の中に自分の声が混ざっちゃって、完成したのを聞いてみたら、突然子どもが途中から混ざってきたみたいな。ものすごい自分の浮きっぷりにたまげたんですけど、逆にこの浮いてる感じがいいのかな?と」
「最初はちょっと上手く馴染むようにあんまりアニメアニメしないようにしようと思ってたんですけど、レコーディングの現場で『いややっぱりマシンさんらしくいきましょう!』みたいな『ここはキャピキャピで行きましょう!』みたいな感じで、いつもどおりに結局なって。いつもどおりのマリンで混ざることになりました。」
上記2つの動画より
彼女の言葉からみてみると、ここまで記したニュアンスは「アニメアニメしている」という言葉で言語化されているように読み溶けるだろう。
先にも書いたように宝鐘マリンの音楽は、新奇性や珍妙さなどをキーにしてリスナーの心を掴むコミックソングやノベルティソングのDNAに強く影響されているのがわかる。
日本の芸能~テレビシーンでも特異なポジションとして置かれていたコミックソングやノベルティソングの流れと影響を自然とうけながら、ポップミュージックの一側面を十二分に備えている。彼女の音楽がヒットし支持される理由がこういった部分からも伝わるはずで、もしかすれば今後その魅力はボーカリストとして引っ張り出されても発揮されていく可能性がある。
感情をしっかりと受け取って読み解く、そういった音楽制作と楽曲読解が作り手やリスナーをしがちな一方で、宝鐘マリンのようなある意味でのお遊び感が生み出す”軽薄さ”は、ポップ・ミュージックのもう一側面を捉えているのだ。
最後に、今回の原稿には矢野利裕氏の「コミックソングがJ-POPを作った 軽薄の音楽史」を大いに参照しながら執筆させてもらった。この場を借りて感謝を述べてたい。
(TEXT by 草野虹)
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