ANYCOLORが運営するVTuber事務所・にじさんじに所属し、ANYCOLORとユニバーサルミュージック傘下・Virgin Musicとの共同レーベルAltonic Recordで活動をしているNornis(ノルニス)。
戌亥(いぬい)とこと町田(まちた)ちまの2人からなる女性ボーカルユニットは、現在ではアニメ主題歌などを担当しており、にじさんじのなかでも指折りの歌姫によるユニットとして大きなブレイクを狙っている状態だ。
そんなNornisが、デビュー2周年を迎える直前、2024年6月19日にファーストミニアルバム「Tensegrity」を発表した。これまで数枚のシングル、戌亥・町田それぞれのソロミニアルバムが発表されていたが、「Nornisとしてのアルバム」というと今回が初めてであった。おそらくだが、他のにじさんじメンバーの動向・リリースをみるかぎり、今後も6〜8曲入りのミニアルバムやEPなどを中心にしてリリースが続いていくのだろう。
Pop Up Virtual Music第6回は、Nornis「Tensegrity」をテーマにして、さまざまに筆を走らせようと思う。
「Tensegrity」とは、Tension(=張力)とIntegrity(=統合)を掛け合わせた言葉である。もうすこしだけ突っ込んで話しをすると、アメリカの建築デザイナー/思想家として活躍したバックミンスター・フラーによって命名された構造システム・概念のことをさしており、アメリカの現代彫刻家であるケネス・スネルソンによる彫刻アートを見たことがキッカケと言われている(参考リンク)。
自宅インテリアに凝っている方ならばご存知かもしれないが、ヒモと木材があれば簡単に工作できるものであり、こういった動画を見たことがある方もいるかもしれない。ヒモによる張力を生かして構造が安定するシステム、といえば正しいだろう。
「Tensegrity」という言葉がどういったものかわかってもらえたと思う。建築やデザイン方面の言葉であり、その語義は解剖学・ロボット工学・数学などにも広まっている概念ともいえる。重なりあい、くっつきあい、支え合う。その様は”加算の美学”とでも言い表すことができるのだ
思えば、これまでのNornisの音楽は「加算の美学」の元で構築されており、ある種の重々しさとともに歩んできたと思う。デビュー曲「Abyssal Zone」や「salvia」「Lycoris」「Ray of Hope」といった楽曲はまさにそういった作風、美学の一線に入る楽曲だろう。
ストリングスなどを全編に重ね、BPMが低く、テンポ〜グルーヴが遅めに感じられるサウンドのなかで、戌亥・町田のボーカルが絡み合っていく。その様子をかんじ取って、「重厚感」「威圧感」「仄暗い」またはヒネった言葉で「ラスボス感」といった形容がされてきた。
こういった質感は、当然のように彼女らも意識しているだろう。2人のボーカルを十全に活かすためのプロダクションは、ディーヴァらしさを演出するためのものであり、2人の才覚を引き出すにはうってつけだ。彼女らがファーストライブ「Transparent Blue」においてKalafina「君の銀の庭」をカバーしていたことを思い出せば、この読みはあながち間違いでもないはずだ。
とはいえ、どんなRPGやゲームであっても、武器たった一つで世界を相手取るような主人公がいないように、他にも武器を持ったほうがその後の行く先も安全だろう。以前、筆者は雑誌メディアを通じてNornisの2人に「今後歌ってみたい楽曲のイメージはあるか?」と問いかけたところ、「明るい曲が歌いたいですね。ダンスがある曲やイントロが始まったときにワっと盛り上がれる曲が欲しい。」と答えていたあたりに、彼女らの中でも課題・目標として認識していたのは明白だ。
重厚感から軽快さへ、仄暗さから仄明るさへ、威圧感から気軽さへ、加算から減算へ。そのようなわかりやすい転換は本作であっただろうか? 1曲目「Tensegrity」と2曲目「Deep Forest」はこれまでの彼女ららしい楽曲だが、このあとに続く楽曲は毛色が多少異なっていく。
3曲目「ジョハリ」はケンカイヨシによるエレクトロ・ポップ、4曲目「just wonder」はボカロP・kemuとしての活動やPENGUIN RESEARCHでの活動でアグレッシブなサウンドを生み出してきた堀江晶太らしさある1曲、対してCarlos-Kが手掛けた5曲目「Shangri-la」はクラップ音やキーボードの陽気さで軽快なノリを放っており、「innocent flowers」は和楽器バンドの面々が作詞・作曲・編曲まで携わったこともあって和風な音使いとバンドアンサンブルによって、そよいだ風を感じられるポップな1曲だ。
筆者が驚いたのは、じつは最終曲「Min-night」。戌亥・町田両名がNornis名義として作詞したこともそうだが、Kyotaによって生み出されたサウンド・ボーカルとのマッチ感が秀逸だと感じられた。ドッドッドドドという特有の5連リズムパターンはジャージークラブ系のソレなのだが、本流のサウンドよりも遅め、かつソフトタッチで穏やかな音選びとなっている。
戌亥・町田両者の歌声に多少のエコーをかけておぼろげな印象を与えることで、ボーカル/コーラスワークいずれにおいても、2人の声に潜んでいた柔らかいニュアンスを引き出している。これまでの曲では放言していなかった穏やかさを引き出す新機軸として聴くことができる。
言葉数が多い歌詞や高低差あるメロディを歌うことだったり、2人のコーラスワークをどのようなニュアンスであてていくかなど、戌亥・町田のボーカル・歌唱をいかに活かし切るか?という軸のもと、これまで加算の美学は成り立っていた。
今作では美学そのものは続けながら、これまでとは違った毛色の楽曲をいくつか採用・歌唱することで、自身らの表現をすこしずつ広げている。デビューして2年ほど、戌亥・町田のコンビも仲を深め、重なりあい、くっつきあい、支え合うようになってきた。そんな2人だから生み出せる「加算の表現」は、より複雑かつ深化の一途を辿りそうだ。
(TEXT by 草野虹)
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