ヰ世界情緒・3rdワンマンライブ「Anima III」ライブレポート 彼女が魅せる表現の最頂点、そして創作活動そのものへの愛情

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2024年8月7日、パシフィコ横浜にてバーチャルダークシンガー・ヰ世界情緒の3rdワンマンライブ「Anima III」が開催された。これにあわせ、本連載「Pop Up Virtual Music」では特別編としてヰ世界情緒本人にインタビューを敢行。彼女のバイオグラフィ、セカンドアルバム「色彩」、さらに「私」が「ヰ世界情緒」へと変わっていく自身の移ろいについてまで、丁寧に言葉にしてくれた。

『私』がヰ世界情緒になっていく 8/7、3rdワンマンライブ「Anima III」直前1万字インタビュー
#11 ヰ世界情緒「かたちなきもの」【Pop Up Virtual Music】

今回はその3rdワンマンライブにまつわるレポートである。彼女にとって念願だった有観客ライブ。そのために凝らした趣向の数々は、これまでの彼女の集大成でありつつ、これからまだまだ進化していきそうなメリハリとエネルギーに満ちた内容でもあった。すべてを記すことは難しいが、濃密たる時間の一端に触れてみよう。

アグレッシブなバンドサウンドに強い気持ちの乗せて提示した”折れぬ決心”

開演まで少し時間が経った中で始まった本ライブ。流麗なストリングスが流れる中で映像が流れる。海面の上を走っていく黒い汽車。窓際から青空を見上げるヰ世界情緒。野草が生い茂る中に建つ赤レンガの建物。

キュっと止まった汽車から降り立ったヰ世界情緒は、野草の中で白い旗を持ち、3rdワンマンライブ「Anima Ⅲ」がスタートした。

鍵盤とストリングスの煽るような出始めから、バンド隊のラウドなアンサンブルが入り、1曲目に演奏されたのは「描き続けた君へ」だった。この時点で、彼女自身がこのライブに込めようとしていた意思・企図のズッシリとした重みを感じられた。

デビュー前には絵を描くことに重きをおいていた女性が、ひょんなキッカケで歌を唄い始めた。筆者との対話でそのように語っていた彼女は同時に、絵を描くのと同じように歌をクリエイティビティにしているとも話していた。

「描き続けた君へ」は、彼女が創作に向けて語った想いを、メインコンポーザーである香椎モイミの手によって象られた1曲である。同時にこのタイトル通り、ある種、自省録のような側面がある。細かく言えば、創作者としての自分自身、あるいは歌を選ばなかった自分自身というSF的な思考で描いた曲ともいえる。少なくともこの瞬間においては、いま横浜パシフィコのステージで歌を披露しようとする自分自身、その心を打ち明けるように響かせた。


今抱いた祈り誓い未来消せぬ絆
確と握る大切を幾多
最後なんて無い そんな夢なんだ
至って異常な愛
人はそれを楽園と呼ぶだろう
焦る必要はもうないだろう
もう一度、もう一度と紡ぐ様は美しいのだから
(「描き続けた君へ」)


非常にクリーンなイメージを想起させようするセンテンスだが、その内実に潜んでいるのは、強烈なまでの創作への想いと折れぬ決心だ。そんなメッセージを開幕早々、1曲目に配して強く唄うのだ。彼女の願い・気持ちの強さを感じずにはいられない。

この曲を1曲目に唄うというのは、「観客を前にしてソロで歌を唄う」彼女にとって重要であったことは明白で、この日のライブをどのようなものにしていこうか?という方向性を示したように感じた。唄い終わった直後、スゥっと立つヰ世界情緒の姿が、歌う前よりも大きく見えたほどだ。

そこからは彼女は、「ディメンション」「暮れなずむ約束」と新曲「システムズコア」を立て続けに披露した。「暮れなずむ約束」は原曲と違って鍵盤とヰ世界情緒の2人のみのゆったりとした歌をパフォーマンスし、途中からバンド隊がガツっと入ってくるアレンジとなっていた。生バンド編成ということも相まって原曲よりもだいぶロック色の強いアレンジメントとなり、性急なリズムに合わせるよう切迫した歌詞を唄い詰めていくことで、よりメッセージ性をアリアリと表現していた。

ライブ直前にリリースされた「システムズコア」でアグレッシブなサウンドを観客へとブチ当てたあと、この日最初のMCを始めるヰ世界情緒。「みなさん!改めまして!ヰ世界情緒です!」と呼びかける愛らしい声色と笑顔は、低身長なルックスもあいまってふわっとした印象を与えてくれる。とてもじゃないが、さきほどまであんなにパワフルなパフォーマンスをしていたとは思えない。このギャップが魅力のひとつなのは間違いない。

続いて歌ったのは、彼女自身が「お気に入りの1曲」と語っていた「そして白に還る」だ。バイオリンとヴィオラが並んだストリングスに始まり、声を合わせてコーラスし、そこから少しずつ深淵へと進んでいくよう。

このあとは、さまざまな要素が絡み合ったヰ世界情緒の音楽が披露されていくことになった。


多彩な映像演出と新衣装で中盤にかけて「新・ヰ世界情緒」をみせつける

6曲目「ラピスのお人形」では、4つの額縁がスクリーンに現れ、クリスタルのような結晶や光の線が差して青緑にきらめく映像が流れる。エレキベースからウッドベースへ持ち替え、ストリングス含めた8人で奏でるワルツの中で、ヰ世界情緒は横に軽くステップを踏んで両腕を大きく開いたり、体を折り曲げて腰を落としたり、動きをつけながら唄う。ヨーロピアンなお人形のような彼女のルックスにピッタリとハマる曲をこれ以上無いまでに表現してくれた。

さらに、ポエトリー・ラップな楽曲「グレイスケイル」、こちらもワルツ風なリズムとストリングスに彩られた「物語りのワルツ」と続々と歌っていった。2曲とも柔らかな音色のエレクトロニカで、今日のバンド編成においてその質感はかなり違うわけだが、楽曲の中でしっかりと彼女は映えていた。

ここでヰ世界情緒は上部ステージへと移り、絢爛なるショーホールの中へと足を踏み入れる。黒を基調にした衣装へとスッと着替え、さらにサックスやトランペットを担当するサポートメンバーが2人加わって10人編成で奏でられていくことに。楽曲はスウィング・ジャズライクな「此処に棘と死を」。きらびやかなホールの中でガイコツマイクを前にして踊りながら唄う姿は、さながらジャズやブギウギを唄う女性シンガーだ。

そのまま和風テイストなポップス「いろはに咲きて」、1stワンマンライブでも披露していた初期曲「ヰ世界の宝石譚」を歌っていく。腰まで伸びた白銀のロングヘアーと「普遍体:Nemophila I」の黒ヴァージョンの衣装「普遍体:Nemophila Ⅱ」で唄い踊る姿は、普段の衣装では感じられない妖艶さがあった。これまでの彼女にはなかったアダルトな一面で会場からは「可愛い!」「ありがとう!」と歓声があがるほどだ。

そうして会場を温めたうえで唄い始めたのが、ヰ世界情緒の中でも指折りの人気曲「シリウスの心臓」だった。

アップテンポな楽曲や印象的な演出を随所に置いた前半を終え、ライブ中盤にこの日最初のバラード曲を披露する。観客としてはちょっと体力的にも疲れてくるタイミングであり、緊張感もほどけてより彼女の声に耳を寄せ、音に身を任せてしまう。

鍵盤の音色とともに、情感込めて歌っていくヰ世界情緒。そこにバンドサウンドとストリングスも加わり、「ツー・ト・ト」とモールス符号にまで想いを込め、遠い惑星にむけてメッセージを放っていく……そんなSF性の強い壮大なラブソングを表現すると、万雷の拍手が彼女に降り注いだ。


ちょうどここまでで10曲ほどを披露し、ライブも前半戦から中盤へ、折り返しを迎えた。ここでヰ世界情緒は、エイプリルフール企画が発端となってスタートした「parallel canvas」関連の中で披露していた衣装「変異体:Margaret Sol」へと着替える。

この衣装は、Steamで販売されているアイドル育成ゲーム「project canvas ~ヰ世界情緒育成計画~」の中でも着ている衣装であり、フリフリなスカートと肩を露わにしたノースリーブ、白と黄緑の色合いが目を引くドレッシーな出で立ちだ。衣装自体は過去のライブでお披露目されているが、実はこのときは衣装名は明かされておらず、会場のファンからは驚きの声が上がった。

横浜にアイドル・ヰ世界情緒が現れたのに合わせ、KAMITSUBAKI STUDIOの誇るアイドル・VALISが登場。2組で披露する曲といえば、もちろん「異世界転調リクヱスト」今年1月13日に開催されたV.W.Pの2ndワンマンライブ「現象II -魔女拡成-」で披露されたコラボが、ここで再演となったのだ。

加えて「もう1組!コラボする方がいます!誰だと思いますかー?」と会場に尋ねるヰ世界情緒。誰が来るのだろうか?と思わせつつ、彼女が呼び込んだのはAiobahnだ。会場中がまさかの登場に驚く中で始まったのは、今年6月にリリースされた「new world」だった。

オルゴールのような柔らかな音色から、足早なキックサウンドとヰ世界情緒の繊細なボーカルが混ざりあい、ソフトな音色が心地よく弾けていく。ウィスパーな声色からキレイなファルセットと声を操りながら、瑞々しさすらあるクリーンなムードを会場に広げる。ヰ世界情緒は片足と手を上へふりあげて観客を盛り上げ、愛らしく振る舞ってみせた。

前半から後半へと移っていくちょうど中盤に、まさに”変化球”として投じられたこれらの演出・選曲は、間違いなく観客の心を突いた。印象的なシーンとして記憶しているファンも多いだろう。

そうしていると、再び暗転して新たな映像が流れ始める。

真夜中の景色の中、「変異体:Margaret Sol」の姿はスッと消え、黒いパンツスタイルの衣装へと変わりながら階段を登っていく。「変異体:Margaret Luna」を見に纏い、新曲「Capullo」(カプロ)を唄い始める。

ストリングスと鍵盤によるゆったりとした入りから、バンド帯が入ると緊張感あるサウンドスケープが描かれていく。展開に次ぐ展開の連続、ビートやグルーヴがクルクルと変わっていく意外性ある1曲は、初めて出会った観客を置いてけぼりにしてしまうほど。

続く曲も新曲「アンビバレント」。グリグリとベースラインを鳴らしていくイントロから、ロック色のつよいラウドなアンサンブルが奏でられ、ヰ世界情緒は繊細なボーカルを重ねていく。紫色の妖しい照明にあわせ、スクリーンにはライター・ハサミ・包丁・錠剤と病的なモチーフがシンボルのように並び、観客を釘付けにした。


ヰ世界情緒が魅せた”ヰ世界情緒”の最頂点

「アンビバレント」を唄い終えると、スクリーンでは太陽がのぼって夜が明けていく中、ヰ世界情緒が赤いレンガの建物の中へと歩みを進めるシーンが流れる。ステンドグラスに光が差して教会のような内装が明らかになり、今日4着目(!)となる衣装「変異体:Edelweiss」(エーデルワイス)をお披露目した。

ノースリーブで白い着丈の長いスカートドレスという新衣装を着たヰ世界情緒は、鍵盤・ストリングスとともに「ANGELIC」を歌っていく。会場であるパシフィコ横浜はたびたびオーケストラコンサートが催されているわけだが、こうしてストリングスの中でひとり唄うヰ世界情緒の姿はオペラ歌手のようで、たった1曲でおごそかな空気へ入れ替えてしまった。

ここでヰ世界情緒は、自身を元に生まれた人工歌唱ソフトウェア・星界(せかい)を呼び込み、ヰ世界情緒&星界による「シェイク」を披露。ドライな声色の星界と滑らかに歌っていくヰ世界情緒という対照的な絡み合いもあり、観客も心地よく聞いていたようだ。

いよいよ終盤を迎え、この日4曲目となる(!)新曲「眠りゆく芽吹き」はSNSへの投稿がオッケーということもあり、多くの観客がまたとない一瞬を捉えようとカメラを構える。この曲はテレビ番組「musicるTV」の企画として制作された曲であり、ストリングスからのヰ世界情緒のロックサイドな側面をさらに加速させるような1曲だった。

そしてこのライブ本編最後を飾ったのは、ファーストアルバム「創生」のラストを飾った「ARCADIA」だ。鍵盤とバイオリンによるきらびやかな立ち上がりに、この日イチとも言えるレベルにしっとりとした歌声を合わせるヰ世界情緒。ドラムス、ベース、ギターと音が入り、どんどんと盛り上がっていく中で彼女はこう唄う。


わたしはここにいるよ
世界は繋がっている
心まで届くようにと
願いを込めて
愛を歌うよ


青と白のライトがステージに差し、ドラマティックな流れに観客を包み込みながら、彼女は笑顔で手を振って応える。ここで唄う「あなた」とは、創作へ力を注ぐ自分自身であり、もちろんこの曲を受け取る観客自身をも捉える。いったいどんな心境で笑顔を浮かべていたのか?などと考えを巡らせてしまう。

筆者は冒頭で、1曲目「描き続けた君へ」をとおして強烈なまでの創作への想いと折れぬ決心を歌い、この日のライブの方向性を指し示していたようだと記した。

初めての有観客ライブということで、彼女の多彩なディスコグラフィはサポートメンバー10人によって生音へとうまくアレンジメントされ、それに合わせて彼女自身はさまざまな歌声を混ぜていった。ロック、エレクトロニカ、バラードにジャズ。多彩な音楽性をバックグラウンドにした楽曲とメッセージ、それに合わせて映像表現があり、くわえて衣装もドンドンと変えていく。しかもお披露目した衣装も自身のイメージや音楽がピッタリ。俗に言ってしまえば、サービス精神満点なライブともいえよう。


だが、この日のライブはここでは終わらない。

アンコールの声があがる中、ヒマワリが咲き誇る野原の中に降り立ったヰ世界情緒は、さらに衣装を変えて「普遍体:Sunflower」をお披露目した。白と黄色を基調にした衣装にヒマワリの花飾りが印象的な姿でステージに戻ってきたヰ世界情緒。フルートやストリングスに鍵盤が絡み合うアレンジから、アンコール1曲目として「かたちなきもの」を唄い始めた。

崖のあいだから太陽の光が差し込み、新たな1日が始まるような温かみある映像が流れる中、少し線の細い質感から徐々に線を太くしていくよう声に力を込めて歌っていく。原曲よりもグッとスローなバラードとしての色合いが強まり、ドリーミーなムードの中にタフなメッセージが浮かび上がっていくよう。

インタビューでも彼女はアルバム「色彩」のコアになる曲としてあげており、筆者としてはこの曲こそがヰ世界情緒をいちばんに表した代表曲だと感じている。そんな曲をこのタイミングで唄うあたりに、同曲がどういった立ち位置に置かれているかがわかるだろう。

そしてこのライブ最後の楽曲として披露したのが、この日5曲目となる新曲にして自身2度目となる作詞曲「みらいのかたち」だった。こちらも鍵盤の音色がリードしていくバラード曲で、この日一番に太く力強い声で、堂々と彼女は唄いきった。


ここまでの流れを読めばわかるように、アップテンポなロックソングから、ストリングスがリードするバラードまで、「この曲はこういうメッセージがあるからこういう意図の演出をする」というのがセットリストの曲順・パフォーマンスを通してハッキリと提示され、今回のライブは全体としてかなりメリハリのあるライブへと仕上がった。

だからこそだろう、筆者としては「シリウスの心臓」「ANGELIC」「かたちなきもの」そして新曲「みらいのかたち」といったバラード曲が非常に鋭利に刺さった。

インタビューの中でヰ世界情緒は「歌と音楽に真摯に向き合う」と言っていたが、とんでもない。楽曲世界を表現する映像はもちろんのこと、新衣装に新曲をつぎつぎとお披露目し、”ヰ世界情緒の世界”をサービス精神たっぷりかつこれでもか!と拡張・表現したライブとなった。

ヰ世界情緒が魅せる表現の最頂点であり、創作活動そのものへの愛情を高らかに歌いあげたこの日は、ヰ世界情緒にとって踏ん切り/ケジメをつける一夜として記憶に深く刻まれるだろう。

こうして多くの人の目に生の姿をみせたことによって、これからはこの日のライブを基準としてみてしまうファンも出てくるかもしれない。期待を大きく越えてくれそうな新曲もこの日いくつか発表された。まだまだ彼女の奥深くには、我々にみせていない色使いがありそうだ。

●セットリスト
M01. 描き続けた君へ
M02. ディメンション
M03. 暮れなずむ約束
M04. システムズコア
M05. そして白に還る
M06. ラピスのお人形
M07. グレイスケイル
M08. 物語りのワルツ
M09. 此処に棘と死を
M10. いろはに咲きて
M11. ヰ世界の宝石譚
M12. シリウスの心臓
M13-1. 異世界転調リクヱスト with.VALIS
M13-2. ぼくらの逃避行 with.VALIS(新曲)
M14. new world with.Aiobahn
M15. Capullo(新曲)
M16. アンビバレント(新曲)
M17. ANGELIC
M18. シェイク with.星界
M19. 眠りゆく芽吹き(新曲)
M20. ARCADIA
M21. かたちなきもの
M22. みらいのかたち(新曲)


(TEXT by 草野虹、Photos by 日吉”JP”純平)

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