田中ヒメ、鈴木ヒナ(敬称略、以下同)からなるユニット「HIMEHINA」は11月9日、豊洲PITにて無観客のワンマンライブ「希織歌と時鐘」(きりかとときがね)を開催。その様子をニコニコ動画やBiliBiliにて有料配信した。
MCなども含めて41演目(!)、2時間半超え(!!)という超ボリュームでオンラインに集まったファンを圧倒。Twitterでは「#ヒメヒナキリカライブ」のハッシュタグにコメントが集中して、日本のトレンド1位になるなど大いに盛り上がった。感動あり、笑いあり、涙あり、新曲ありとモリモリだくさんで「体感5秒」だった本ライブについて、オフィシャル写真と共にレポートしていこう。
長くなってしまったのであらかじめ一言でまとめると、バーチャル抜きにして円熟の域に達した素晴らしいライブだったので、ぜひこのタイミングで見てほしいという話だ(タイムシフトのURL)。
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ライブ氷河期に振り回された「希織歌と時鐘」
ここ1年半以上、コロナ禍は多くの業界の歯車を狂わせてきた。エンタメも例外ではなく、特にどうしても人が密集してしまう音楽ライブは、リアルでの開催が困難になるなど多大な影響を受けた。「ライブ氷河期」とも言えるだろう。
HIMEHINAのライブも同様だ。2020年2月末の「田中音楽堂オトナLIVE 2020 in TOKYO 『歌學革命宴』feat.鈴木文学堂」は、ちょうど新型コロナウィルスが日本でも広まり始めた時期で、会場入口で消毒や体温の計測を行うなど厳戒な体制を取ることでギリギリ実施できた。
しかし、その後の4〜6月に計画していた「『藍の華』全国ツアー」は中止。今年2月の「藍の華」も、緊急事態宣言を受けて1ヵ月前に無観客・オンラインでの開催にスイッチ。
今回の「希織歌と時鐘」も6月の2ndアルバム「希織歌」に合わせての実施だったが、いったん見合わせ・10月に延期になったうえ、「演出映像データやステージセットにおける致命的なエラー」を理由にさらに11月に伸びるなど、予定の変更が相次いだ。
一方で最近では感染者数が激減し、ようやくエンタメ産業もリアルでの音楽ライブが実施しやすい時期に入ってきた。実際、無歓声でリアル開催する公演も増えてきているのだが、今回の「希織歌と時鐘」は無観客のままの開催となった。
「なぜだろう。感染者数も減ってきているから、観客を入れてやればいいのに……」
筆者はそんな感想を抱いてライブに臨んだが、見ているうちに「これは……途中から方針転換するのは無理だ」と思い直すに至った。それは、ライブの構成や演出があまりに無観客での開催を想定しており、直前で方針転換できないぐらい見事に映像が作り込まれていたからだ。
オンラインでも一気に魅了されたOP
ライブ本編だが、まず始まりからファン心理を汲んだ内容で一気に引き込まれた。イントロとして選ばれたのは、2ndアルバム「希織歌」の1曲目でもある「黙劇」。絶望の中におかれても、力強く希望を見出し、未来へと生きようとする歌だ。
「タタタ……」と響く声に続けて、シルエットとしてステージ中央に映し出された2人が歌い出す。そうして「希いはまた叶わないな 無駄だった 時間を還して」の歌詞のところで、「願いはまた叶わなかった」「会いたかったんだ」とスクリーンにも大きく文字を映し出し、開始直後にその場にいた全員の気持ちを代弁してくれる。
ヒメ 時間って存在するのかな。
ヒナ どこにも見えない、触れられない。見えるのは始まりと終わりの変化だけ。
ヒメ 人が決めた変化の尺度。実態のない虚い。それが時間の正体。
ヒナ 生まれ、終わり、代わり、また生まれ、終わり。
ヒメ 僕らは未来に、何を残せるのかな。
セリフに続いて「過去に意味はありますか 未来に意味はありますか……」と、純白の新衣装をまとった2人が「黙劇」を強く歌い上げる。
「生まれ変わる世界」
「祝福の鐘を探しに行こう」
「願いを言葉に、希望を歌に」
イントロの最後にそう力強く宣言すると、2人はステージ中央に現れた扉を開けて向こう側へと去っていった。
間髪入れずに、スクリーンに「旅に出よう」「希の空と、時鐘を探しに」と文字が映し出され、さらに「希織歌と時鐘」のメインビジュアルが現れてライブの開幕を告げた。
映像、歌詞、音楽、歌声の共鳴具合がとても素晴らしく、このイントロだけで一瞬で彼女たちの世界に引き込まれたという観客も多かったはず。
さらに驚いたのはここからの展開だ。
ステージ中央ににょきっとマイクが出現した上、2人がステージ左右から登場して「はーい、どうもどうもどうもー。始まりましたけどね……」と漫才のような話し方で、有料チケットの宣伝を始めた。先ほどのシリアスな雰囲気との「高低差」に驚き、コメントも「!?」「あれ?」「漫才やんけ!」と困惑気味に。これも観客の心を手玉に取る見事な演出だ。
その後、「80」(ハオ、2人の定番の挨拶)から始まるカウントダウンでは、事前にファンから集めた声が大合唱として流れた。前回の「藍の華」でも活用したコメントのAR演出、願いが書かれたステージの短冊なども相まって、オンライン開催にもかかわらず、ファンが客席から応援しているように錯覚してしまったのが不思議だ。
さらに、カウントが0になってから「ねぇ、もっと聞かせて」と15までカウントを戻す「おかわり」演出が入り、「みんなの希いが叶いますように ひめひな」と書かれたシートとともに鐘が出現。再度の0カウントとともに「ねぇ、晴れるよ」と力強く宣言して鐘を突くと、本編1曲目である「キリカ」のイントロが流れ出した。
1曲目に入るまで時間にして10分もかかっているわけだが、この一連の流れが本当に見事で、オンラインでも現地にいるようにワクワクして、気持ちが最高に上がった状態で本編に入ることができた。YouTubeの無料パートでもチェックできるので、ぜひ見ておいてほしい。
「会えない」から、「次はみんなで会おうね」に
ライブが始まってからは、息つく間もない怒涛の時間だった。
前回のレポートからの繰り返しになるが、特筆すべきは、彼女たちの素晴らしい歌声と、それを何万倍にも魅力的にしてくれる構成・演出だ。
まずは歌声について。相変わらずの音域の広さ、何曲歌っても衰えない喉の強さで、激しいバンドサウンド、バキバキのEDM、シックなピアノバラードなど、どんな曲調も見事に歌い上げてくれる。かすれない力強い高音の伸び、歯切れのいいラップ、2人のビブラートの重なりなどが素晴らしくて、すべての瞬間がただただ気持ちよかった。
VTuberに限らず、今やボーカルは収録後にソフトで加工して「それなり」に整えられる時代だ。そんな状況においても、彼女たちの歌声からは積み上げてきた「本物」が伝わってきて、自然と心を動されてしまう。今回も「エモ……」と語彙力を失ったファンは多かったはずだし、なんならHIMEHINAの「初見さん」で、元の歌すら知らなくても、歌声を聞いているだけで引き込まれるだろう。
全編がよかったものの、筆者の好みでオススメするならメドレーで、47分35秒あたりからのカバー曲と、アンコールにおける2時間7分あたりからのリミックス曲はぜひ聴いてほしい。「こんな激しい曲をこんな立て続けに、しかもパワフルさが失われずに歌えるのって……めちゃくちゃスゴくない?」と感動できるはず。
現実とリンクしている作り込まれた世界観も魅力の一つだ。
歌は世につれ、世は歌につれ。今回で言えば、コロナ禍での「会えない」をテーマにして、歌詞や寸劇をからめてファンの心をぐいぐい掴んでくる。彼女たちの圧倒的な歌唱力なら、単純に持ち歌を並べるだけでも満足できるファンも多いはず。そこにあえてリアルを加味したストーリーを加えることで、ミュージカルを一本見たような心の変化をもたらしてくれる。
個人的には、中盤の1時間37分あたりからの「流れ行く命」「こだましがみ」「ララ」「水たまりロンド」「あどけない世界に止まない歌を」の流れが見事だった。
「流れ行く命」で発される「会いたい」という絞り出したような声。
「ボクらの願いは『ただ会いたい』ってそれだけ」から始まる「こだましがみ」。みんなから集められた「Wow」の大合唱が流れる中響く「ボクらもずっと君に会いたい」の叫び。感情がたかぶり、思わず涙声になってしまうヒメ。
そこから「ララ」でポジティブな方向に転じて、「いつか涙は輝くから 今の傘の下飛び出して叫ぼう 心晴れるまで騒げ」と未来を想った上で、2人の会話が入る。
ヒメ 歌は今を閉じ込めるタイムカプセルだね。
ヒナ うん。いつかこの雨の時を笑って振り返る時が来たらいいね。
ヒメ その年まるで隠れん坊のように、周りから人が消えた。何から逃げているのか、わからないままに。
ヒナ その日まるで『泥警』のように、街では人権闘争が起きた。何が正義かは、うやむやのままに。
2人 I can’t breathe.
ヒメ もう一度、思い切り息を吸えるだろうか。
ヒナ この雨があがったら、水たまりを探しに行こう。
ヒメ 水面に映る青空の上で、生きる喜びに踊ろう。
ヒナ 雨にも負けず、風にも負けず、何度でも立ち上がる。
ヒメ 雨にも負けず、風にも負けず、何度でも立ち上がる。
ヒナ 雨のち、晴れり。
ヒメ 雨のち、晴れり。
2人 世界は晴れ上がる、そう信じて。
始まった「水たまりロンド」では、「みんな会いたいよ」「会いたよ」「いつかまた、ここで歌おうね!」と呼びかけると、ファンがコメントですかさず「会いたい!」と返して、「弾幕」になっていたのが印象的だった。
本編最後の曲は「あどけない世界に止まない歌を」。いつもの見慣れた衣装に戻り「ねえみんな、いい天気だね」「うん、いい天気だね」と笑顔になる2人。「手を振って」との呼びかけに、「ノシ」と全員で手を振ってライブの一体感が最高潮になった。
ラストは、オープニングで突いた大きな鐘が浮かび上がってきて、「明日も明後日も一緒に笑えます様に」「願いよ届けー!」「届けー!」と二人が叫んで幕を閉じた。
このポジティブな流れでアンコールを聴いていると、「うたかたよいかないで」の「まってて まってて 未来で笑ってまってて」の歌詞まで「みんな、次のライブでは会おうね」というメッセージに聴こえてくる。晴れてリアルでできるようになった次のライブは、絶対に現地に行こう──。そう心に決めたファンも多かっただろう。
筆者はVTuberに限らず、音楽ライブをいくつも取材してきているが、現場はチーム戦の総合格闘技だとよく感じる。
それはアーティストの才能や人気に頼るのだけでなく、集まったクリエイターの技をかけ算して、観客の体験をきちんとデザインできているかどうかだ。
その点でHIMEHINAは、彼女たちの活動を支える「田中工務店」がきちんとクオリティーを握っていて、(恐らく採算度外視で)最高のライブを届けるためにこだわりまくっているのが強い。もちろん彼女たちも努力してないわけがない。
3年半というVTuberでは長い活動期間で積み上げてきたひとつの通過点で、コロナ禍におけるファンの気持ちを大切に汲み上げて未来に繋げた「希織歌と時鐘」。
本レポートで言葉をいくら積み重ねても、ライブから受け取れる体験のすべては伝え切れないので、ぜひこのタイミングでタイムシフトをチェックしておき、次のライブに備えておこう。
(TEXT by Minoru Hirota)
*お詫びと訂正:初出時、「藍の華全国ツアー」について今年と記載しておりましたが、正しくは昨年でした。訂正してお詫び申し上げます(2021年11月19日18時5分)
●関連リンク
・希織歌と時鐘(ニコニコ動画)
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