#11 ヰ世界情緒「かたちなきもの」【Pop Up Virtual Music】

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2024年8月7日に、パシフィコ横浜にてヰ世界情緒の3rdワンマンライブ「Anima III」が開催された。

それにあわせ、本連載連載「Pop Up Virtual Music」では特別編としてヰ世界情緒本人にインタビューを敢行。彼女のバイオグラフィー、セカンドアルバム「色彩」、さらに「私」が「ヰ世界情緒」へと変わっていく自身の移ろいについてまで、丁寧に言葉にしてくれた。

『私』がヰ世界情緒になっていく 8/7、3rdワンマンライブ「Anima III」直前1万字インタビュー

このインタビューのなかで、彼女がアルバム「色彩」のコアになる曲としてあげていたのが「かたちなきもの」である。そこで今回は本曲についてスポットを当ててみようと思う。


ヰ世界情緒による「かたちなきもの」がリリースされたのは、いまから2年ほど前の秋。2022年11月9日のことである。

ヰ世界情緒の楽曲に多く参加している香椎モイミが作曲・編曲をつとめつつ、作詞には香椎とともにヰ世界情緒本人が手掛けたこの曲は、彼女にとって初めてかつ、現段階まで唯一の作詞曲となっている。

インタビューでも指摘したが、彼女の音楽は「色」を使って何かしらをかたどってきた。「『音楽』や『歌』は自分にとって、世界に色を付けたりするものだと思ってます」と彼女が語った言葉・フィーリングを反映するように、これまで多くの作詞者が歌詞を綴ってきたのだろう。

そんななかでも、彼女自身が手を加えたこの曲はやはり別の質感を伴ってくる。

すこし遅めのリズムを保つエレクトロなサウンドに、メロディに言葉を詰めない譜割。すこしのブレス音、スッと伸びていくのではなく揺らぎのかかったロングトーン、少々ウィスパー気味な質感も取り込んだボーカルディレクション、別テイクのボーカルを多重することで表現されるセンチメンタルさ。この曲には痛切な色合いが深くたちこめる。

その流れで登場する「あなた」。平たく読めばこの曲は、過去を振り返って想い人に心を寄せた別離の曲のように響く。ヰ世界情緒はこの曲を「創作に対する気持ちやメッセージを書いた」と話してくれた。いつ何時でも頭から離れることのない創作への野心や不安を、記憶を回想する恋心へとうまく塗り替え、形にしてみせたのだ。

この「別離」というニュアンスは、MVによってグッと深まる。ヰ世界情緒はデビュー当初黒い衣装「普遍体 Anemone I」を着ていたのだが、活動の途中から白と青を貴重にした衣装「普遍体 Nemophila I」を披露している。

そんな別々の姿を見せているヰ世界情緒だが、このMVのなかには直接対面している。黒い衣装を着たヰ世界情緒(過去の自分)と白い衣装を着たヰ世界情緒(今の自分)との対面、黒情緒のいる建物から白情緒が離れていくシーンは、(過去との)別離というニュアンスを印象付けるものだ。実際現在ではこちらのほうがメインビジュアルとして広くリスナーに知られており、「黒い衣装を着たヰ世界情緒」はライブ公演ででしか見られないようになった。

優れた表現やポップアートというものは、見た者の心のなかに印象を残すものである。この言葉をよりエッジにしてみれば、「芸術とは破壊」「見た人に爪痕を残す」といった類の言葉になるだろう。ヰ世界情緒のなかではそれが「色を塗る」というニュアンスや表現、言葉遣いになるのだ。

そう思えば、マンガであれ、映画であれ、小説であれ、音楽であれ、そして生配信であれ、我々の多くは古今東西のポップアートに接するたびに、心を震わされて傷つけられているということになる。言葉を選ばずにいえば、なんとマゾヒスティックな営みだろう。心を穏やかに過ごそうなどと思いながら、お好みのポップアートに傷つけられる余裕・余地を残しながら傷つくのを楽しんでいる。

そんな文化的なわがままが当たり前になった時代に、ヰ世界情緒は、聴くものの心奥深くにある場所に色をつける。卑屈になりかけたプライド、歓喜にみちた笑顔、冷ややかな悲しみ、様々なフィーリングに「色」を塗り、聴くものに気づかせる。そこになかったはずだった透明な感覚……「かたちなきもの」を示してくれる、ここに感情があったのだと。その手つきは決して野蛮なものではなく、優しくすくい上げるような手つきに近く、彼女の声や世界観の奥底にそういった”衝動”がゆったりと波打っている。

スローテンポなそのサウンド、編まれた言葉とトリック、何よりサラッとしながらも情感あるボーカルも含めて、ヰ世界情緒を代表する1曲であることに疑う余地はない。


(TEXT by 草野虹

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