スクウェア・エニックスがプロデュースする10人組のアイドルユニット「GEMS COMPANY」(通称、ジェムカン)は8〜10日、神奈川にあるZepp Yokohamaにて2ndライブ「プレシャスストーン」を無観客で5公演実施。その様子をオンラインで配信した。
今回、現地の開催予定だったが、新型コロナウィルスの感染者急増を受けての緊急事態宣言を受けて、まさかの4日前にオンライン配信に方針転換となった。しかし、そんな突然の苦境にも負けず、メンバーは最高のパフォーマンスを見せて、オンライン配信「Z-aN」のコメント欄やTwitterを大きく沸かせていた。
結論から言えば、バーチャルタレントのライブで最高峰だった。筆者(広田)は初音ミク時代から10年以上バーチャルタレントのライブを取材してきたが、過去に見た中で三本の指に入るクオリティーだ。そして千秋楽公演では、自然と涙が溢れてきた。
何に心を動かされたのか。それはステージの純粋な美しさと、スタッフも含めた全員のライブエンターテインメントに対する真摯さだ。一文字で表すなら「愛」、二文字で表すなら「狂気」となる。
だからこそジェムカンのファンだけでなく、VTuberに興味のない人にも現場で起こったことを知って、あわよくば千秋楽の1月10日夜公演だけでもいいのでアーカイブを見てほしいと素直に感じた。正直、配信では現地の体験のよさをすべて伝えるのは不可能なのだが、それでも感じ取れるものはあるはず。リアルで参加したかったファンにも向けて、筆者の目撃した現地をレポートしていこう。
全員がくやしい思いの無観客・オンライン配信化
2020年に引き続き、ライブエンターテインメントは2021年も苦境に立たされている。それはバーチャルタレント業界において、ライブでファンを熱狂させてきたジェムカンにとっても例外ではない。
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そもそも本ワンマンライブは2020年5月10日に開催だったものの、新型コロナの感染拡大を理由に3月末に涙の延期を発表。リベンジでようやく2021年1月に公演……のはずが、また緊急事態宣言の発令で無観客化・オンラインのみに方針転換したという経緯だ。
彼女たちは2020年後半、avexからのメジャーデビューと1stフルアルバム「precious stones」のリリース、「Life Like a Live !」(通称、えるすりー)や「TOKYO IDOL FESTIVAL オンライン 2020」(TIF)といったオンラインライブでの活躍など活動の場を大きく広げてきた。
延期になったプレシャスストーンは、その先にあったマイルストーンだった。だからこそ、活躍を見守ってきたファンとしては「ようやく現場に行ける!」という希望をつぶされて、とても辛い気持ちだったはずだ。過去、ジェムカンのライブを取材した際、待ち時間に親しく会話するなど団結の強さを感じ、コールの完璧さに恐れ慄いたからこそ、その気持ちが伝わってくる。
しかも、かつて彼女たちが初めてライブを開催したDMM VR THEATERがあった(現在は別のライブハウスになった)横浜の地でのライブというストーリーも加わっている。コロナ憎しで、血の涙を流す思いだろう。
しかし、一番悔しい思いをしているのは、そんなファンに喜んでもらおうと、すべてを調整してきた彼女たちとスタッフだろう。メンバーの1人である城乃柚希(しろのゆずき)さんは、今年1月でグループを卒業してしまうわけで、ファンと触れ合える残り少ない貴重な場だった。全員が全員、悔しくないわけがない。
そうした無念さが豪速球でぶつけられたこともあったせいか、ステージのクオリティーはとんでもない仕上がりになっていた。この体験は、オンラインではなく現地でファンに味わってほしかった。ステージ前の誰も座っていない客席を目にしつつ、カメラのシャッターを切りながら切ない気持ちになった。
生歌だから伝わるリアルタイムの気持ち
では現地の何がスゴかったのかを挙げていくと、まずは彼女たちの生歌の力だ。
メタ的な話になるが、バーチャルタレントは事前にライブをいくらでも作り込める。その作り込みのおかげでよさが出るときもあるが、一般的にファンがライブに求めるのはその瞬間しか存在しないパフォーマンスだ。どんな「サイコロの目」が出るのかに観客はワクワクするし、期待値を上回ったときにみんなで熱狂する。
ジェムカンはそこに誠実だからこそ、ライブを見続けると歌や煽りが如実に成長してきているのがわかる。ライブなので走りがちな部分もあるものの、緊張やドキドキといった当日の感情が歌に込めらているのがとてもいい。本公演が楽しみすぎて、寝られなかったジェムカンメンバーもいるという話も聞いた。
全部が全部すごかったが、文字数の関係で一曲だけあげるとすれば、ソロは水科葵(みずしなあおい)さんのバラード「メロウ」だろうか。ライブは、その道のプロとして歌やダンスなどのパフォーマンスで観客を感動させるのが正攻法のはず。しかし、そもそもVTuberは動画や配信がメインのスキルで、正直、生歌でのステージは難しいことも多い。
水科さんの「メロウ」はMVの時点でも素晴らしかったものの、ライブでは全編「美ブラート」、息の抜き方、感情の込め方など、想像を大幅に超える仕上がりだった。「歌が上手い」と「歌で人の心を動かせる」は別もので、今回のパフォーマンスは間違いなく後者だ。その美声に合わせて、天井で回るミラーボールに向けて放たれる青い照明がとても幻想的だった。現地で見れば、間違いなく彼女に恋してしまうはず。特に3公演目となる9日夜の「メロウ」が至高だ。
全体曲で言えば、断腸の思いで絞り込むなら「JAM GEM JUMP」だろう。ザッツエンターテインメントでゴージャスな曲調、「ジェムカンといえばコレ」という初の全体曲になる。例えば1公演目と5公演目のアンコールでも歌われたが、前者はフリーダム、後者は涙の……という生ならではの歌いわけで、メンバーの気持ちが伝わってきてとてもいい。
ファンならわかるハイコンテクストな話でいうと、一人ずつ自己紹介するパートで、体調不良で現在活動を休止している珠根(たまね)うたさんの部分を「はい!そいそい女子高生!」と毎回全員で叫んでくれるのがエモい。オープニング映像にも彼女の姿と名前がクレジットされており、「やっぱり10人でジェムカン」という意思が伝わってくるのがいいですよね。
触れないわけにいかないのが、城乃柚希さん、長谷みことさん、音羽雫(おとわしずく)によるグループ内ユニット「citross」(シトロス)が千秋楽本編ラストで披露した「メッセージ」。3人のcitrossとしてはこれが最後のステージで、途中、長谷さんが涙声だったり、音羽さんが胸いっぱいなのか一瞬歌い出せなくなるシーンもあった。こんなに感情たっぷりで歌われて、ファンが目に涙を浮かべないわけがない。「変わらない想いを 空の彼方 届けよう今 どんなに離れても あなたへ届くように」という歌詞も胸に響く。
本編のMCでは、citrossの3人がMCをつとめ、ユニットとしての活動を振り返ったり、城乃さんがジェムカンメンバーのどこが好きだったのかを一人一人語ったりした。アンコールのMCでは、城乃さんが「幸せな空間に城乃柚希を立たせてもらって、そしてみんなにアツい思いが届けられて、本当にこのライブに参加できてよかったなと思います。今日は本当に、そしてこの3日間本当に、そしてそしてそしてちょっと早いけど2年半ありがとうございました」と笑顔でお礼を伝えていた。
ソロの新曲ラッシュ、卒業によりメンバーが減った状態でのユニット曲初披露など、ほかにも伝えるべき要素があるのだが、文字数の関係でアーカイブでチェックしてほしい。
ステージの存在感を際立たせた照明の妙
そんな表舞台で輝く彼女たちを支える制作スタッフが、愛と狂気にあふれている。
まず光と影の表現のよさを伝えたい。特に照明がとても美しく、彼女たちのパフォーマンス・曲の内容と恐ろしいほどシンクロして、ステージでの存在感を高めていた。オンライン配信では、どうしてもタレントを中心に映していくため全体の雰囲気がわかりにくいが、現地は極上の光の空間だった。
千秋楽となる5公演目の写真を中心に紹介していこう。まずは引きのカットがこちら。
印象的だったのが、やはり6曲目、水科葵さんの「メロウ」だった。回転するミラーボールに対して四方から青いライトが当てられ、深海の輝きがそこに再現されていた。
また、照明が彼女たちを照らした際、衣装の色が変わるというのも実在感を高めている。ほかのバーチャルタレントのライブでも採用している手法だが、恐ろしいほどにタイミングが完璧なのだ。聞けば、現地でタレントの動きを見て音楽を聞き、手動で照明の色を合わせているとのこと。その職人芸に感服した。
実はステージ後方にも照明が仕込まれており、おそらくタレントをぼんやり輝かせるために利用していると推測される。すべての光がシンクロしていて、あまりに自然すぎて気付きにくいが、制作スタッフのチーム力がひしひしと伝わってくる。
ステージの際に並べられた蛍光灯のような横長のライトもいい仕事をしている。特に映えるのが全体曲「ゴールデンスパイス」のショートパンツ衣装で、18本の並んだ生足をこれでもかというぐらいに輝かせていた。VTuberで一番リアルでセクシーな足ではないだろうか(筆者は足フェチではないですが)。
余談だが、この「ゴールデンスパイス」衣装で彼女たちが横並びしたシーンを見て、素足の形が全員細かく違うということに初めて気付いて、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「お前は何を言っているんだ」というのを承知で続けると、元々12人いた大所帯のバーチャルアイドルグループでこの方向性を決めて、今まで全体曲ごとに衣装をメンバー全員にあつらえてきたのだ。ファンが一見してわからないほど細部まで妥協せずにこだわることを、愛と狂気と呼ばずになんと言おうか。
今回のライブで強く感じたのは、一流の仕事をするスタッフが集結した稀有な現場だということだ。
指示通りにやるのではなく、自分の仕事に対するクオリティーラインを持っていて、期待を超えていこうと挑戦し続ける──。実はクリエイティブ業界に籍を置いていても、それができる人間はなかなかいない。
話を照明に戻すと、実は照明も初演〜千秋楽の5公演の中でも進化してきている。現地で見ていて、回を重ねるごとにキレや華やかさが増していくように感じたのだが、何が理由なのか筆者もうまく言語化できなかった。聞けば、終了後にTwitterをエゴサーチしたり、現地で問題点を洗い出したりして、ステージの見え方をブラッシュアップしてきたとのこと。ファンとクリエイティブへの真摯さに「これがライブを創るということか」と感激した。
そもそもの話、開催4日前に無観客化が決まって、おそらくオンライン配信での見え方用に照明プランも切り替えている。チームで制作する場合、一度決めたことを直前に変えると事故につながりやすくなる。その上で現場を見て、さらにこだわって微調整していくとなると、よほど腕前に自信があって、メンバーの信頼・密なコミュニケーションがなければ実現できない。しかも重なる曲があるとはいえ、5公演すべて異なるセットリストだ。
配信チームも同様で、初演後、今回の公演のためにカメラを買い直しに行ったという。カメラアングルにもこだわりまくって改善していった。「JAM GEM JUMP!!!」では、メンバーが名乗るパートで長谷みことさんが4公演連続で映っていないというツッコミを受け、千秋楽では「なんとしてでも映す!」という強い意志を感じる鬼ズームを見せて、配信のコメント欄を大きく沸かせていた。
すべては宝石箱から飛び出した彼女たちの晴れ舞台を輝かせるため──。
メタい話をすると、バーチャルアイドルは楽曲が同じなら毎回同じ内容にすることもできるわけだ。しかし今回のライブではあえてそうせず、各持ち場がさらなる高みを目指しつつ、目立った事故も起こさずに公演を終えた。あまりに自然なので気づきにくいが、これはプレシャスな偉業だ。
もちろん主役は、ステージに立つメンバーだ。しかし、水面下で支えていたスタッフの数々のエピソードを知っておくと、ジェムカンというプロジェクトの奥深さに気づく。
だから断言しよう。ジェムカンは紛れもなくみんなの血が通っている、生きているアイドルグループなのだと。
ライブのチケットは1月16日の23時59分まで購入可能。一度再生したあと24時間見放題となる。ここで掲載してきた現地写真では、配信のよさの10分の1も伝わらない印象だ。
VTuberファンや業界の方、まだジェムカンを知らないアイドルファンなどは1月10日夜公演の千秋楽をぜひ見てほしい。もう見たという熱心なファンでも、本記事を押さえた上で、もう一度その変化を全通して見直すというのもありかもしれない。
そしてコロナの勢いが収まり、またリアルでの開催が可能になったらリアルライブの現場に足を運んでほしい。ネットで生まれた新しい文化のVTuberだが、動画や生配信ではなく、ライブに重きを置くバーチャルアイドルも着実に別の世界を切り開いている。ぜひこのタイミングで目撃しておこう。
●セットリスト(千秋楽・1月10日夜公演、敬称略)
M1.少女聖戦パラドクス/長谷みこと
M2.オンリー・マイ・フレンド/星菜日向夏、音羽雫
M3.形而境界のモノローグ/水科葵
M4.夢見がちエクスプローラー/奈日抽ねね
M5.ネットのかみさま/Http:
M6.メロウ/水科葵
M7.柚希式シアワセ論/城乃柚希
M8.JAM GEM JUMP!!!/メンバー全員
M9.ときめきドリームライン/メンバー全員
M10.ゴールデンスパイス/メンバー全員
M11.メッセージ/citross
*アンコール
M12.JAM GEM JUMP!!!/メンバー全員
(TEXT & Photos by Minoru Hirota)
●関連リンク
・ライブチケット販売ページ(Z-aN)
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