シアターコモンズがVRChatにも拡張した! パフォーマンス「ソウルトピア」が表現する接触の物語

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アーティストのサエボーグさんは、2月23日〜3月5日に開催したアートイベント「シアターコモンズ’23」にて、パフォーマンスアート作品「ソウルトピア」を公開した。この作品の舞台はなんとVRChat。メタバース上で上演されるアートパフォーマンスとは、一体どんなものなのだろうか?

3月2日には、サエボーグさんが身体論研究者の小林昌廣先生とともに、美術系VTuber・よーへんさんが行っているYouTube番組にゲストとして登場して、ソウルトピアについて掘り下げ、語り合っていた。

本記事ではシアターコモンズ自体や作者であるサエボーグさんを紹介しつつ、ソウルトピアの実体験をまとめ、さらにサエボーグさんのインタビューもお届けする。先に結論に触れておくと、VRChatでもよくみられるユーザー同士の触れ合いが、見事に今回のイベントテーマと噛み合うアートとして昇華されていることに純粋に感動してしまった。そして、この触れ合いは実は心にも作用していて、バーチャルにも関わらず「魂の浄化」を実感させてくれるのだ。


非接触から接触の時代に戻る今を表したアート

シアターコモンズは、都市に新たな「コモンズ(共有地)」を生み出すことを目的にさまざまなアーティストが集まり、「演劇」が持つ発想力を使ってパフォーマンスやインスタレーションを中心に作品を公開する展示会だ。

7回目の開催となる今回は「Rebooting Touch触覚の再起動」がテーマとなっている。パンデミックによって人間同士の接触が制限されていた「非接触」の時代から、再び人びとが集まったり自由に旅行したりできるようになる「接触」の時代へ戻ろうとする中で、「人は社会生活を送る上で何らかの役割を演じている」という考えを、触覚・触れることをフックに新たに開拓している。

Theater(劇場)やAuditorium(講堂)という場所が「見る場所」、「聴く場所」という語源から成る単語であることから言っても、演劇はもともと「見る」芸術であり、劇場も視覚と聴覚が優先される場所だ。そこであえて「触覚」を論じる意味が、接触の時代へ向かう今だからこそあるという。

今回は小泉明郎さん、サエボーグさん、中村佑子さん、佐藤朋子さんという4名のアーティストがそれぞれのアプローチで触覚の再起動に対する作品をインスタレーションやワークショップなどの形式で提示した。その中で、サエボーグさんの「ソウルトピア」がVRChatを発表の場に選んだことは実に興味深い。

また、小泉明郎さんによる「火を運ぶプロメテウス」もVRで体験する作品として話題となった。あいちトリエンナーレ2019で初演された「縛られたプロメテウス」は第24回文化庁メディア芸術祭アート部門大賞を受賞するなど、VRをパフォーマンスに組み込んだ意欲的な作品だった。「火を運ぶ」はその「縛られた」から続くプロメテウス三部作の最終章となっている。

VRChatを通じて魂で抱き合う「ソウルトピア」

サエボーグさんは、デフォルメされた牛や豚などを模したラテックス製の着ぐるみを着用してパフォーマンスを行うアーティスト。代表作の「スローターハウス」は一見するとポップで可愛い家畜たちがファーマーガールに搾乳されたり解体されたり、鳥が卵を産み続けたりするという、生まれたときからの役割をこなす様子が描かれていく。そうした命のやりとりの最後に解放のダンスを行うという一連の流れは、見る者に生命について深く考えさせる。

公演は国内外問わず行われ、現在までに「第17回岡本太郎現代芸術賞」「TCAA 2022-24」を受賞している。

今回のソウルトピアは、リアルとVRCahtのバーチャルの両方でパフォーマンスを実施。リアルではラテックス製のスーツを着用するものの、VRChatはもちろんアバターを身にまとう。

参加者は、VRゴーグルをかぶって自宅などから会場を訪れたあとに、まず人型のアバターに着替えたりすることで「インタラクトしてアバターを着替える」、「オブジェクトを掴んで投げる」といった基本操作を覚えることになる。

その上で移動した本会場は、空に虹の道がかかっているような場所で、どうやら死後の世界に転生する雰囲気を感じた。そこではサナダムシになって腸の中を活動したり、家畜になったりと転生を続け、やがて農場へ向かうことになる。

農場では、キャベツ畑や泥の池でみんなで思い思いに遊ぶ。同時にログインしているスタッフ側にかなり盛り上げてもらえるため、フレンドがひとりもいない状態でも普段のVRChatよりも楽しめて、他の参加者たちと交流できた気がした。

最後にファーマーガールが現れると、頭上の太陽が「悩み多き家畜のみなさん、今からファーマーに思いの丈を吐き出してみましょう」と参加者に語りかける。

すると、ひとりが「モーモー、モーモー」と牛の言葉でファーマーに何事かを伝え、それをファーマーガールは優しく抱きしめます。抱き合う牛とファーマーガールを見ていると、言葉を超えたコミュニケーションがあることを感じずにはいられない。

ひととおりハグが終わると「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。二度とないチャンスよ」と、悩みを打ち明けるよう促されます。

参加者がひとり、またひとりとファーマーに家畜の言葉で悩みを打ち明け、ハグしていく。「ブーブー」「メーメー」「ガーガー」。家畜の言葉には明確な意味は存在しないが、魂と魂が確かに触れあっている実感が伴っているのが見て取れた。

豚になっていた私も少し気恥ずかしさも感じつつも「ブーブー」とファーマーに心のうちを吐き出して抱きしめられると、言いようのない感動がこみあげてきた。

最後は「みんなで歌っちゃおうか」と太陽が歌う歌に合わせてみんなで歌う。そろそろ家畜の言葉が沁みついて「ブッブッブー」「コケコッコー」とみんなで歌っているとBGMが盛り上がり、「ハグタイム!」の掛け声でみんなで抱きしめ合う。軽くトランス状態のような不思議な気持ちになるのを感じると、身体が浮く。

音楽もメロウなサウンドになり、さっきまで家畜として過ごしていた農場がどんどん遠ざかると、世界が真っ白になる。

どこからともなく声が聞こえ「あなたたちは助け合い、生きました。次は人間界に転生します。人間界に戻っても、愛や慈しみの心を忘れずに楽しんで生きてください」というポジティブなメッセージで体験は終了する。そこから自分でワールドから離脱するのだが、その行為自体も自分で転生を完了させるようで、体験としてとてもよかった。

身体的な接触といえば、VRChatの一部には、フレンドと交流する際に頭や身体をなであったりするユーザーもいる。そして頭に触れると表情が変わるようにアバターを設定することも可能だ。まだ触覚をフィードバックする機能やデバイスが一般的でないにもかかわらず、人間同士がバーチャルに触れ合うことが日常的に行われているのだ。

今回サエボーグさんが、自らのアート表現にVRChatでの触れあいを取り入れて「触覚の再起動」というテーマのもとVRChatという場で行われたパフォーマンスは、あまりにも相性がいいものだと感じ、純粋に感動を覚えた。

サエボーグさんはなぜVRChatの接触を選んだのか?

本作を掘り下げる上で必ず見ておいて欲しいのが、メディアアートを大学で教えている美術系VTuber・よーへんさんのYouTubeチャンネル「361degアートワークスちゃんねる」にてサエボーグさん、小林昌廣先生が登場した3月2日の配信だ。

早速、配信にて「なぜ、今回VRChatでパフォーマンスをすることにしたのか?」という質問が出ると、サエボーグさん自身はVRChatはもちろん、テクノロジーを活用したメディアアートは経験がなかったという意外な答えを返す。きっかけは、シアターコモンズのプロデューサーである相馬千秋さんから「VRChatでのパフォーマンスをやってみない?」と言われたことだった。

サエボーグさんはずっと観客とコミュニケーションする形の作品を作ってきた。そして一口にVRと言ってもいろんな形がある中、過去の延長にあるコミュニケーションが主体のVRChatをお勧めされた……という話に、いちVRChatユーザーとして驚いてしまった。


作品の方向性を決定づけたのは、実際にデモで作られたワールドを体験した際、自身は豚のアバターを着用して、ファーマーガールに扮したスタッフにVRChat上で抱きしめてもらったりなでられて感動したことだったという。

小林先生は「最後に抱き合うことを目的としてしまうと、人間に戻れなくなってしまうのでは?」と質問する。予定ではダンスのシーンで終わるはずだったというが、それで体験したところあまりにも悲しいので余韻を持たせたとのこと。サエボーグさんは「動物が楽しいから人間になったら辛いのではなく、家畜としてのスペシャルな体験をした上で、もう一回生まれ変わって人間を始める。その方が素敵じゃないですか」と語っていた。

さらに、番組終了後に時間をいただきサエボーグさんにお話を伺うことができた。

──ラテックスの着ぐるみは、身体的に不自由になるからこそ新しい感覚を得る楽しみがあるように思います。VRに慣れている自分の感覚では、VRのアバターでいることはまったく不自由がないので体験としてどうだろう?と感じましたが、VRに親しみがない方からするとアバターもまた不自由というお話が興味深かったです。

サエボーグ (アバターは)慣れていないと難しいですね。着ぐるみであってもテンションを上げるために音楽をガンガンかけると楽しくなる気がするし、雰囲気が楽しくないと身体的負荷がかかってくるんです。VRChatでもやっぱり音楽が重要で、VRゴーグルの辛さを忘れる効果的な音を使って楽しくなるようにして身体的負荷を軽くしないと、みんながすぐダウンしちゃうなと思いました。あと、ワールドを揺らす演出も考えたのですが、慣れていないので酔ってやめました。3D上映の映画を観に行くと結構酔うこともあります。

──バーチャルだから自由な演出ができるのに、身体的に乗り越えられないという部分にも不自由さを感じることがあるということですか?

サエボーグ そこは前向きに捉えています。もちろんテクニカル的な面倒臭さもありますが、初心者ゆえににいろんな人が応援してくれるとか、「木をのぼるには〇〇ボタンを押すんだよ」って教えてくれて、登れたらみんなが「おめでとう」って言ってくれることなどで、魂が浄化される気持ちになれる。

──コミュニケーションの楽しさみたいなのありますね。

サエボーグ そうそう、困難なことがあっても乗り越えられるんです。

よーへん 褒めあうことってあまりないですよね。

サエボーグ ソウルトピアではめっちゃ褒め合うし応援するんです。他人から褒められたり感謝されることはリアルだとそんなにないじゃないですか。それを当たり前のようにできると魂が浄化されまして。ソウルトピアはそういう雰囲気を作りたいと思いました。私の前の作品がウンチのお城の作品で「プートピア」というんですよ。「トピア」シリーズいいなと思いまして、VRという魂が抜けてどこかに行ってる感じと転生することを掛けて「ソウルトピア」としました。

──配信で言われていた「人の心に触れないと完成しないし、VRChatでは人の心に触れることができた」というお話が面白いと思いました。現実だから人の心に触れられるわけではない中でVRChatではそれができたという意味で、VRChatを作品の場に選んだことは本当に合っていたんだなあと。

サエボーグ そうなんですよ。現実だろうがバーチャルだろうが、触れられないときは触れられないんです。そこまで行くのはどっちも大変ですから。

今回ソウルトピアは3月5日で終わってしまったが、VRやARを活用したアート作品はどんどん増えている。ソウルトピアはVRChat上で家畜の姿になって遊びまわることで参加者みんなで魂で触れあえる作品になっていたことがとても面白く、今後もVRChatの行動や文化をアートに昇華させた作品が出てくることを予感させた。

(TEXT by ササニシキ

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