VRに関してはやりきった 山内一典氏に聞く、PS VR2対応「グランツーリスモ7」のこだわり

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2月22日の発売からおよそ1ヵ月が経過したPlayStation 5向けVRシステムの「PlayStation VR2」(PS VR2)。ローンチ時期の発売タイトルとして30本以上が挙げられていたが、その中で注目度の高いタイトルのひとつが今回、記事で取り上げる「グランツーリスモ7」(GT7)だ。

VRならインテリア/エクステリアが本物同等に再現された車に乗り込み、バックミラーや左右のサイドミラーを自分の目で見ながらコースを攻略できる。ハンドルコントローラーを用意すれば、リアルで運転しているように錯覚してしまうほどのクオリティーだ。

VRのショールームモードでは、目の前に好きな車を表示して回り込んだり、近づいたり、シートに座ったりして、往年の名車やレースシングカー、コンセプトカーなどを細部まで眺められるのが車好きにとってはたまらないはず。

そんなGT7を手がけたポリフォニー・デジタルのクリエイター・山内一典氏へのオンライン合同インタビューが行われたので、VRへのこだわりについてお話を聞いた。

 
「最高のVR体験」の評価に地味な作業が報われた

──リリースしてしばらく経ちましたが、ユーザーからの反響を教えてください。

山内氏 このインタビューの前にも欧米のメディアのインタビューを受けましたが、みなさん「最高のVR体験だ」といってくださいます。YouTubeなどを見ていても、プレイヤーのみなさんが素直に「Wow」と驚いていてくれるので、そこはすごくよかったなと思っています。

VRの対応ってものすごく地味な作業なんです。とにかくコツコツと軽いデータを作って、高速なレンダリングをして、さまざまな酔わないための手当を積み上げていくみたいな、地味で膨大な作業になります。だからリリーするときというのは、「どうだ!スゴいのができたぞ!」というのではなくて、「すごい頑張りました……」みたいな感じなんです。結果的にそれがすごく報われたというか、きちんと正しくVRに対応することがこういうことだということがプレイヤーのみなさんに伝わったのがよかったです。

 
──制作の過程で難しかったことは?

山内氏 (初代のPS VRでVR対応した)「グランツーリスモSPORT」は、開発のタイミングが(初代のPS VRと)必ずしもシンクロしていなかったので、ある意味限定的な対応に止まっていました。GT7に関しては、当初からネイティブVRのタイトルとして開発した経緯があります。GT7はネイティブで4K60Pに対応しましたが、それはPS VR2への対応を進めていった結果、自然にそうなりました。

 
──やはり4K60fpsの表示をきちんと維持するのは大変だったのでしょうか?

山内氏 大変ですね。フレームレートを維持するためには2つの要素が必要で、ひとつはクオリティーを落とさずにいかに軽いデータを作るのかという、主にアーティスト側の仕事になります。もうひとつはいかにそれを高速にレンダリングするか。これはエンジニア側の仕事ですけれども、それらが組み合わさっています。僕らが最適化といいますが、とにかくカリカリにチューニングしないとVRは動きません。

 
──他のVR機器ではない、PS VR2と同時に開発していたからこそ実現できた機能などはありますか?

山内氏 GT7を開発していたときから、PS VR2のスペックというのはわかっていたので、それに完全に合わせた形で同時に開発できたというのはすごく大きいと思います。あとからVRに対応させるということと、当初からVRでの対応を前提に作ることとの間には、結構大きな差があります。他のVR機器のタイトルを実際に体験してみるとそう感じます。

 
──今回PS5とPS VR2の性能をフルに発揮していると思われますが、実際にやりたかったけど実現できなかったことはありますか?

山内氏 VRに関しては、それはないです。割とやり切った感じがしています。VRは50年ぐらいの歴史がありますけど、いつかVRできちんとしたレーシングゲームを作りたいという夢は、当然うんと昔からあったわけですよ。ただそれが現実にコンシューマーレベルにまで落ちてくるのにはかなり時間がかかりました。そこで、ほぼフルVR対応したGT7を作れたというのは、ある種の達成として思っていいんじゃないでしょうか。

 
──VRにしたからより面白くなったコースなどがあったら教えてください。

山内氏 GT7にはファンタジーなコースとリアルなコースの両方入ってますが、ファンタジーなコースは言ってみれば新しい世界を体験するそのものの面白さなんです。一方でリアルなコースの面白さというのは、実際そのコースを走ったことがある人にとっては楽しさが激増するわけですけど、それはやっぱり「ああ、あのときとまったく一緒!」みたいなことが起きるからなんです。

例えば、ちょっと曇った筑波サーキットとかをVRで走ったりすると、本当に曇った日の走行会そのものだったりする。今後のGT7で、ファンタジーなトラック、あるいはリアルなトラックが収録されていくでしょうから、その都度VRで体験していくというのは、楽しみの一つになると追います。

 
──GT7において、初心者でも楽しめる山内さんのおすすめのモードはありますか?

山内氏 全部楽しめると思いますが、ミュージックラリーなどはあまりハードなレースではないですし、音楽を聴きながらドライブをしている気分が味わえると思います。さほど情報がいらないので、情報の表示を全部消した状態でプレイすることもできますから、没入感が一番高まりますよね。そういう遊び方をしてもらえばいいのかなと思います。

 
──これがVRで一番やりたかったことをお伺いできますでしょうか? 自分はVRショールームが好きで、これはぜひ入れたかった体験なんじゃないかなと感じました。

山内氏 グランツーリスモシリーズはこれまでも車のクオリティーに関してはオーバースペックでつくってきたところがあって、通常のゲームプレイではそうしたディティールまでは見えないんです。それをいつかきちんと見せたいと思っていたので、VRショールームモードでエクステリアを舐め回すように見たり、あるいはインテリアの中に入ってそれをじっくり鑑賞できるというのは、やっぱりやりたかったことのプライオリティーは高かったですね。

もちろん、実際にシートに座ってインテリア越しに外を見てドライブするというのは、いってみればVRの歴史50年、あるいはレースゲームの歴史40年の中でも究極の目標ではありましたから、それが実現できたというのは一つの達成と言えるのではないですかね。


真面目にドライビングすることが酔いにくさにつながる

──VR酔いに関して、なぜVR酔いが発生するのかという研究でわかってきたことや、ソフトやハードで配慮した部分を教えてください。

山内氏 VR酔いがなぜ発生するのかということなんですが、僕の理解では人間の脳というのは、常にだいた0.2秒とか0.4秒先のことを予測しながら動いています。つまり、僕らが感じている今、現在という瞬間は、脳が0.2秒とか0.4秒先のことを予想した現実なんです。だから、僕らは普段の生活を支障なく送ることができるわけで、常に何かが起きてからリアクションしたのでは遅すぎることが多いんです。

やっぱり人間の神経ってすごくスピードが遅いので、目から入ってきた情報を脳で処理して、それを例えば手に伝えるということを真面目に測ると、それが0.4秒とかかかってしまう。でも実際僕らはその遅れを感じないで済んでいるということは、脳が未来を予測していることになります。僕らは意識するよりも前に脳が指令を出しているから、僕らはほぼ同時にステアリングを切っている感覚になるわけです。

で、酔いがなぜ起きるかというと、脳の未来予測と、実際に起きた結果とのずれが生じるときに酔いが生じます。だから、どれくらい脳が予測している通りのことを描画してあげるのか、フィードバックしてあげるのかというのが重要なんですね。

だからその点についてはすごく気を遣っていて、レースゲームって基本前にしか進まないので、これもすごく酔いにくい特徴を持っています。例えば、右に左にパンしたり、あるいはティルトしたりする動きというのは、すごく酔いやすい。それを人間が自分の意思でやる分には何も問題がない。なぜなら脳が未来を想像していますから。ですが、例えば視界だけがいきなり動いたりすると、0.5秒とかで酔ってしまう。いかにそういう動きを避けるかというのがVRでゲームを開発する上ですごく重要なことでした。

だからレースゲームはVRにすごくあっています。周りがインテリアに囲まれていて、ある種の基準がそこで見えている。その外側に景色があって、まず車はその場でクルッと回ったりはしなくて、基本前に進みながら、プレイヤーの意思で右に曲がったり、日狩りに曲がったりしますよね。ですから、人間の脳が想像することとのずれがすごく少ない。

ただ、パーフェクトだとは思っていなくて、人間の脳が要求するさまざまなフィードバック、例えば、ハイバンクのコースを走っていた時に、頭の位置がどこにあるのか。物凄くハイバンクなときに、頭の位置を路面に合わせて傾ければ、視界としては平らな路面を走っているように見えますよね。一方で頭を立てていれば、路面は傾いている。その辺りは実は好みの問題だったり、どういう姿勢をとるのかはその人ぞれぞれで違ってきたりします。

ブレーキングしてノーズダイブしたときにどれくらい頭が動くと期待するのかとかも、実は個人によって全然違う。レーシングドライバー、普通のドライバー、車を運転したことがない人で違います。そういったあたりもなるべく中央値というか、誰にとっても酔いにくいように作ったつもりではあります。

 
──ドライバーが酔いにくいコツがあれば教えてください。

山内氏 それはすごくシンプルなんですが、真面目にドライビングするということです。真面目にドライビングすると、視線は必ず消失点、車が向かう方向に目が行きます。その部分の絵というのが結構安定しています。よくいく遠くを見ろということなんですが、それに気をつけて、VRってついつい色々なところを見ちゃいますよね。実際車を運転するときに、そんなことはしないですよね? まずはきちんと運転に集中すること、「あそこでブレーキングだ」ってブレーキングポイントを過ぎたら「あそこでエイペックスだ」っていうふうにして走っていれば酔いづらいです。

 
──VRの開発において映像は重要だと思いますが、音に関して収録方法を変えたといった話はあったりしましたでしょうか?

山内氏 VR用に特に特別なことはしてなくて、もともとGT7はサウンドにかなりこだわっていました。コースの空間上にさまざまな音源を配置するとか、あるいはレイトレーシングの技術を使って音の反射、車から放射された音がコース上のどこからどう反射するのかみたいな計算もしています。あるいは室内における、エンジン音の排気管から室内への伝達、室内の音の共鳴とか共振とか、インパルスレスポンスと言いますけど、そういった計算を真面目にやっていたので、結果的にVRとヘッドセットの組み合わせで、その空間の中で自由に首を振ったりすることができるようになったため、真面目にやっていた3Dオーディオが素直に体験できるようになりました。

 
──今まで作り込んでいたのがVRによって完全に生かされたということですね。

山内氏 そうです。そういう意味では、内装とかさまざまなエクステリアのディティールもそうですよね。以前は作ってあったんだけど、見せる方法がなかったものが、VRによって見ることができるようになった、感じることができるようになった。

 
──GT7のVRリプレイモードは、なぜプレイヤーの視点が路上や観客席のみに限られているのでしょうか? 車の屋根あたりからを基準にしてみたら楽しくなりそうですが……。

山内氏 VRリプレイに関しては、実際僕らがサーキットに行ったときの観客の気分になるというのを最優先で開発しました。どこかのサーキット、例えば、ニュルブルクリンクにいたとしましょう。森の中をかき分けて、ガードレールが見えてその向こうにコースが見えるわけですよね。そこから金網のところに近づいて車を見ているという、そういう体験をしていただきたかった。

車のルーフの上にカメラをつけちゃうというのは、もちろん可能なんですけど、それはもはやレースゲームではないし、例えばそうなったときにウォールや看板にカメラが激突することがあるんです。なので、そういったモードを不用意に用意することは今のVRではできないです。VRは伝え方を間違えると、すごく簡単に酔ってしまうし、すごく怖いものなので。

 
──VRで見ると車の内装が実物よりも小さく感じられ、自分が巨大化して車に乗っているような感覚がありました。この点に関して、スケール感の調整が欲しいと感じたのですが、ご意見をお聞かせください。

山内氏 そうですね。GT7はスケールに関してはかなり正確に対処しているタイトルだと思います。もしかすると、両眼の距離(IPD)が調整できますが、それによっても立体感やスケール感がかわってくるので、もしかしたらそうした調整でできるかもしれないです。


(Reported by Minoru Hirota

 
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