人生の選択肢を広げたい 「美姫仁奈にきび」運営のAwwに聞く、バーチャルヒューマンでVTuberの可能性

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バーチャルヒューマンをプロデュースしているAwwは6月21日、プロジェクト「ANOME」(あのめ)の設立を発表。先行して18日から配信を始めたVTuber「美姫仁奈(びきにな)にきび」さんの所属を明らかにした。

今なお多様な挑戦が行われているVTuberのジャンルにおいて、フォトリアルな姿で活動するという新しい可能性を示しているANOMEと美姫仁奈にきびさんはどんな思いでつくられているのか。Awwのクリエイティブディレクター兼プロデューサーである畠山拓也氏と、CGディレクターの小山正彦氏に裏側をインタビューした。


1台のiPhoneでモーキャプを実現

──まずにきびさんの企画が始まった背景を教えてください。

畠山氏 大きく分けると2つありまして、まずひとつ目はアジア初のバーチャルモデル「imma」を運営するなど、弊社がバーチャルヒューマンに関して先駆的な取り組みをやってきて、この子達と動画でインタラクティブかつ距離感が近いコミュニケーションが取れたらいいよねという話がありました。

そしてどんな事業に落とし込んでいこうかというときに、日本のネットカルチャーから生まれて、「にじさんじ」や「ホロライブ」を中心に世界に仕掛けて行っているVTuberに注目して、アニメルックと人間の中間みたいなキャラクターをつくることで、バーチャルタレントという文脈の裾野を広げられるのではと考えたんです。ルックがフォトリアルなので、例えば、immaがBMWのPRに起用されたように、アニメルックなキャラクターではなかなか難しいフォーマルだったりハイブランドとも相性がいい。

そうした会社の内的な動機があった上で、バーチャルヒューマンで人生の選択肢を広げるという弊社の理念も影響しています。VTuberの業界でもよく言われるとは思いますが、新しい生き方の提案で、1人の人間が、リアルタイムで2つや3つの人生を歩めるみたいな話って、すごく革命的ですし、タレントさんと人生の選択肢を作っていけるわけです。

 
──VTuber自体は2017年末から2018年頭に爆発的に伸びて、そのムーブメントと並行してimmaさんは2018年にデビューされました。そのimmaさんは活動のフィールドが「Instagram」などの静止画が中心で、動いた姿は見せていませんでしたが、今回、にきびさんで動けるようになったのは技術革新などがあったのでしょうか?

畠山氏 そうですね。海外でも2020年頃から「CodeMiko」のようなフォトリアルルックなバーチャルタレントが活動していますが、普通にモーションキャプチャー(モーキャプ)のスーツを着て、ハンドトラッキングのためのグローブを付けるなど、見るからに機材や運用のコストが高そうな状況でした。そうした環境ですと気軽に始められないですし、動画も量産しにくい。

そこをうちは小山を中心とする技術者が1台のiPhoneだけでモーキャプから配信までできるように、かなりシンプルに絞れたことが今回の配信につながっています。

小山氏 とにかく大げさなことはせずに、できるだけ配信に負荷をかけないように技術でカバーするっていうのが1番大事なところでした。

 
──制作にはおそらく「Unreal Engine」を使っていると思われるのですが、バーチャルヒューマンをつくるための「MetaHuman」を活用されているのでしょうか?

小山氏 確かにUnreal Engineについて私たちもリサーチしていますが、基本的にはUnreal Engineのポテンシャルを引き出して、そこに自社技術を組み合わせるというハイブリッドな状態になっています。

 
──ハイブリッド! しかし、これだけVTuberが日本だけでなく世界で話題になっている中、フォトリアルなVTuberが増えてこなかったのはなぜなのでしょうか?

小山氏 もしかしたらチャレンジする人は多かったのかもしれませんが、結構つまづくポイントが多くて、結局のところ、モデルをいかにリアルにつくるかだったり、ライティングを突き詰めていくだったりと、基礎研究が大事だと思います。

 
──「基本に忠実」みたいな話なんですね。

畠山氏 それでいうとうちの会社はバーチャルヒューマン1本でやってきているわけで、フォトリアルなキャラクターに対するパッションが違うと思っています。他社と違って、バーチャルヒューマンで世界に通用する突き抜ける事業が作れなければ、本当に先がなくなってしまうので、そこに関して本当に情熱、体力、コストなどのカロリーをかけてやっています。


インフルエンサーの加工技術から生まれた美顔

──実際、にきびさんの姿や動きはどんなふうにつくられて、大変だったことは何になりますか?

小山氏 つくり方としては、先ほども申し上げたように基本に忠実という話で、まずこういうキャラクターを作ろうと決めて3Dに起こし、アニメーションをつけて、デバッグしてという、本当にそのサイクルを回すことに尽きます。

その中で1番苦労したのは、やはりフェイシャル(表情)のアニメーションですね。結局のところ、動きのキャプチャーとモデルのレンダリング、配信がすべてリアルタイムなわけで、そこがゲームと圧倒的に違う点になります。このフェイシャルとボディーのアニメーションがハードルになって一番つまづくところで、そこを何度も何度も見直しました。ただ、Unreal Engineがゲームの垣根を超えた描画ができるようになっていたので、とにかくいいシェーダーをつくって、いいライティングを用意して……という試行錯誤を繰り返したことで、いい結果を出せるようになりました。

 
──フォトリアルなキャラクターは、動かそうとすると人間が違和感を感じてしまう「不気味の谷」に陥ることが多いですが、にきびさんはかなり自然に感じました。その違和感はどんな工夫で潰してきたのでしょうか?

畠山氏 弊社は集まってるメンバーのバックボーンが特殊で、普通のゲームや技術の会社ですと、モデラーさんやアニメーターさん、リガーさんなどが多くなると思いますが、うちはそうした技術者もいつつ、プロデューサー的な人材も多いんです。僕も過去にTiktokのプロデューサーをやっていましたし、Instagramで10万人のフォロワーがいるインフルエンサーがいたりとか。

今のインフルエンサーって、自分の顔の加工技術が半端なくて、よりよく見せるためのフォトレタッチだったり、骨格を勉強したり、整形に関する知識が深かったりと、その辺の情報感度高いんです。そうした顔をよく見せることに関してプロ中のプロとしてディレクションができる人材がにきびをデザインして、「ここがやっぱり気持ち悪い」とか「このシワの入り方がよくない」とか、「もっと可愛い笑顔にできる」などの指摘をもらって改善してきた。小山を中心に技術を担保しつつ、そうしたディレクションもできるのは他社ではなかなか難しいことだと思います。

 
──VTuberの見た目ですと理想のキャラクター側から「かわいい」をつくり込むイメージですが、生身のインフルエンサー側のノウハウをキャラクターに持ち込むというプロセスが非常に面白いです。

畠山氏 体の構造や細部、体や顔、表情みたいな各部位について、きれいに見せるプロフェッショナルが現代の若者にはいるんです。本当に。

 
──すごい。生放送を見て、にきびさんだけでなく、ゲーミングチェアをはじめとする家具や、ライティング、カメラの角度なども生身の配信者を参考にしていると感じました。CGなら、テレビのセットのように豪華につくり込むこともできるはずですが。

畠山氏 そうですね。あえて、やりすぎないことを意識しています。なんというか、今はインフルエンサーや配信者などの個人の時代で、世の中にあるコンテンツの8割、9割ぐらいのレベルで個人が生み出したものが中心になってきている。そして視聴者の単純接触回数が多くなって見慣れると、自分が好きな人たちがやっていることのほうがいいものだという価値観が出てくるんです。

Tiktokとかもそうなんですけが、あまりにプロすぎるアニメーションや映像って再生数が回らないんです。僕はよく「Tiktokクオリティー」と表現していますが、少しトーンダウンして視聴者の目線に合わせたコンテンツの方が好かれる状況がある。親近感を感じてもらうためにクオリティーを高くしすぎないようにして、第一線で活躍している個人クリエイターのように感じてもらうように意識してやっています。


「陽キャ」と「陰キャ」のハブになれる存在に

──VTuberが成功するかどうかに関しては、見た目だけでなく「魂」も重要になってきます。にきびさんの「魂」はどういった経緯で選ばれたのでしょうか?

畠山氏 それでいうと、キャラクターができた後にスカウトをしたのですが、どんな人にしたいというイメージは意外となくて、「置きにいく」ようにはしたくなかったんです。

 
──置きにいく?

畠山氏 それっぽい人をあてがうみたいな。何がしたいかでいえば、やっぱりぶっ壊したかったんです。新しいものは当然引きもあるし、注目もされる。でも業界の先輩方に嫌われないように……みたいな「置きに行った」キャラをつくっても、爆発的なインパクトは生み出せない。会話がきちんとぶっ刺さる、本当に面白いと思ってもらえる人を恐れずにぶち込みたかったんです。

 
──「オタクに媚びてない」というと語弊がありますが、率直にVTuberだけど、既存のVTuberファンとは別の層を狙っているのかなと感じました。

畠山氏 もちろん今のVTuberの方々はリスペクトしていますが、そことは少し違う市場やファン層に刺さるといいなと感じています。

 
──「陽キャ」「陰キャ」という言葉もありますが、「陽キャ」向けみたいな?

畠山氏 本心としてはどちらにも価値があると感じていて、その中で「陽キャ」と「陰キャ」の中間にいるような方々にぶっ刺さるコンテンツにできればという想いです。僕も「にじさんじ」や「ホロライブ」の切り抜きをよく見るのですが、これってゴリゴリの「陽キャ」にも受ける内容なんです。単純に二次元の見た目で興味を持っていないだけで、きちんと中身を見ると本当に面白い。

やっぱり動ける制約がある中、しゃべり1本をブラッシュアップするということをずっとしてきて、多くのファンを獲得してきている結果を出してきている人たちなわけであって、そこは本当にリスペクトしています。

その上で、先輩方がやっていることから少しずらして、裾野を広げらるような、「陽キャ」と「陰キャ」のハブになれるような存在になりたい。今でもハイカルチャーがサブカルを取り入れていく流れがありますが、その混ざっていく状況を加速していける存在になりたいという思いがあります。

 
──めちゃくちゃいい話です。話はちょっと変わりますが、にきびちゃんの体を動かしてみて、「親」としてここが好きみたいな話をお聞かせいただけますでしょうか。

畠山氏 僕は爆笑してる姿と、寝たふりが可愛いと感じています。

小山氏 僕は、瞬きです。とにかく瞳の精度が非常に高くて、眼球がぐりぐりいろんなとこに行くっていうのと、瞬きした瞬間のパチパチ感っていうのがかなり鮮明に表現されている。これはゲームでやるにしても非常に難しい技術だと思います。人間の中で顔というのはとにかく情報量が多い部位で、そこはきちんと表現していこうと最初に決めていて、うまく表現できたところだと感じています。

@bikininanikibi #新人vtuber #vtuber準備中 ♬ アイドル

 
──そうして迎えた初配信では、どんな手応えを感じましたか?

畠山氏 それでいうと、タレントが褒められてることが一番うれしかったです。弊社の内部的な事業理念って、「人生大好転」なんです。周囲の方々にヒアリングしたときに、タレントが命だけど、それが一番の事業リスクでもあるという話を聞きましたが、 その上でタレントがリスクみたいな感じに考えるのはしょうもないと感じたんです。にきびは、若い女性ですし、その貴重な時間を割いて共に事業をやっていただくために時間を捧げていただいてるわけで、そこには絶対に愛を持って接しなきゃいけないと本当に思ってて。

本人ともめちゃくちゃコミュニケーションを取っています。タレントと事務所の関係性をいったん置いておいて、きちんとと仲間でいるっていうのを大切にしています。VTuberのビジネスの本質は、結局人だと思っていて、だから彼女自身が受け入れたことが本当に嬉しいんです。

 
──話がズレるかもしれませんが、リアルによせる中でだいぶ衣装でも攻めたなぁと感じました。

畠山氏 いや、あれ、本人の意向なんです……。

 
──えええ! 失礼ながら、完全に「おっさん目線」でつくった衣装なのかと思っていました。

畠山氏 と、思うじゃないですか。弊社グローバルに展開していて、女性も多く、社内からどうなんだという声もありましたが、本人が来て「あのー、あの、これ、おっぱい大きくなりますかね」みたいな。

 
──ちょ(笑)

畠山氏 もちろんこれから新衣装も用意していて、部屋着など生身の配信者に近い姿もお披露目できるように計画しています。


VTuberはまだまだ挑戦できることがある

──24日には新人2人のオーディションを発表しました。今後はやっぱり「箱」として集団で活動していくのでしょうか?

畠山氏 箱化していく戦略はもちろんありますが、2人目、3人目のキャラクターを出していくにあたって、ゲームだけでなく音楽にも力を入れていきたいです。

@bikininanikibi ご本人と「プラネタリウム」勝手にうたってみた#プラネタリウム大塚愛 #プラネタリウム#ハモりチャレンジ#新人vtuber#vtuber ♬ オリジナル楽曲 – 美姫仁奈にきび🫐 – 美姫仁奈にきび🫐ビニキ

ただ、一番大事にしているのは、バーチャルタレントになることで選択肢が増えて、フィジカルの人生では難しかったことが実現できるようになることです。以前、ヒップホップのアーティストと一緒に仕事したりする機会があったのですが、やっぱり自分のブランドを強く気にされてて、文脈から大きく外れたことはやりにくいんです。普通の人でも、友人からどう見られているかが気になったり、「自分なんかそんなことやっても……」と諦めたりして、制約に縛られていることがあると思います。

バーチャルの肉体に入るということは、そうした制約から解き放たれると思うので、そこで自分の可能性を模索してくれてもいいし、自分が今までやってきたとはまったく違う人生をもう1つやってみてもいいわけです。

ほかにも「箱」というと、YouTuberはグループものが多かったりしますが、もともと仲がいい大学生や高校生の数人のグループを連れてきて、バーチャルタレントにしてみたいです。そうすると、オーディションで選ばれて後から仲良くなったのではない、本当に生っぽいノリが出ると思います。

バーチャルタレントはまだやれることの幅がめちゃくちゃあるし、見た目が今までのVTuberとは異なるフォトリアルなことで新しいファン層に受け入れられるかもしれない。少し攻めたことをして、それが業界に還元されるような形で貢献できれば、「三方よし」でいいなと思っています。

 
──いい話です。小山さんは今後、技術的にチャレンジしていきたいところはありますか?

小山氏 単純にもっと描画性能を上げたいというところと、いわゆる映画のクオリティー、人間と見間違えるほどなんだけど、アニメの要素も持っているみたいな高いレベルのバーチャルヒューマンにまで持っていけるポテンシャルがまだあります。GPUなどのハードウェアがどんどん進歩していっているので、継続的にチャレンジして時代を牽引したいと思っています。

●ANOME 第1回オーディション開催

Awwでは、ANOMEの新規タレントとして活動する2名のオーディションを開催中。募集期間は、7月8日午前11時59分まで。一次、二次選考を経て、最終審査としてリアル面談を行う。応募フォームはこちら


(TEXT by Minoru Hirota

 
 
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