第5回:ひとつの「切り口」を得た時のこと(後編)【我々は何者か、何処へゆくのか】

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イラストはAdobe Fireflyにて「ひとつの「切り口」を得た時のこと」で生成

市場規模が右肩上がりで拡大し、2023年度は800億円になるともいわれているVTuberの世界。

アニメやゲームとは異なり、ファンと同じ時間軸を生きて、リアルタイムでコミュニケーションできるという新しいキャラクターの形態は、一体何が人の心をとらえて熱狂させているのか。人とキャラクターの間に立つ新しい存在をひも解くためには、おそらく哲学や神学からのアプローチも必要だろう。

そんな経緯から、バンダイナムコでキャラクターライブを手がけ、現在、英国セントアンドリュース大学大学院で神学を学ぶ鈴木直大氏に筆を取っていただいた。

*連載記事一覧 → 我々は何者か、何処へゆくのか


「名前は、『即席ラーメン』ではどうかしら?

認識すること、考えること、伝えること。あるいはその延長のどんな活動をおこなうときにも、ひとは多くの場合に言語を用いてそれを行います。言い換えると、言語、単語、いわば「呼び名」のないものを認識し思考することは大変に困難です。それを自らの中でだけではなく、集団で行う場合ならばなおさらです。

ならば、これまで見えていなかったものを見るには、何らか得た気づきもちいて「ない」から「ある」にしていくには、考え抜いた正しい言語化が大変に有効です。

そういえば、以前のNHKの朝の連続テレビ小説に、実話を基にした「まんぷく」という作品がありました。ヒロインの夫である発明家は大変な苦労の末、世界初、お湯をかければ3分で食べられるラーメン、というものを作り出し、これでやっと……、という瞬間がきました。この世に「なかった」ものが生まれそうです。そのとき、ヒロインの母親(松坂慶子が演じていたと思います)がいきなりこう言いました。

「いいわね、名前をつけましょう、『即席ラーメン』ではどう?」

当時、NHKの朝ドラを見てから家を出るのが習慣だった私は、そのセリフを聞いた瞬間、画面に向かっておもわず声を上げたことを覚えています。いやお母さん、それはものすごい、その言葉自体こそが発明で、いやそもそも、そんな恐ろしい名付けを一瞬でとかすごすぎ!と。

なにせ、商品開発の大変重要なプロセスでありメソッドである「名前をつける」の瞬間です。でも、もちろん朝ドラは新商品の企画教本でも教材でもないので、いいのです。それにそもそも、未踏に挑んだ実話を元にしたドラマなら、その実話こそがそんなメソッドを産んだ苦闘の歴史そのものなのです。でも、いまもあの瞬間の記憶は鮮明です。

今回を含む掲載三回で書いている、操演型CGキャラクタライブ上演システム「ツーエックス方式」の開発ストーリーにおいても「新たな言葉」による力がありました。

全く未踏の手法を用い、時には従来の価値観を否定する判断すら肯定して、従来の感覚では「あり得ない」と却下したような提案も受け入れ、開発メンバーを最後までブレさせず燃え上がるような日々を走りきらせた一点、お客さんに感じてほしいある種の感覚、それを指し示した造語。それが「実存感」(Jitsu-Zon Kan)でした。

それは、存在感、でも、実在感、でもない、物理的ななにかとは無関係な「居る」ということについての新しい概念を定義した言葉です。私は、この「実存感」という言葉の発明とその実在を確認できたことこそが、与えられたミッションや企業活動という枠を超えた、我々人類社会に向けての大きな成果だったと考えています。

私は、今もこの言葉を追っています。英国で神学を学ぶのもそれが理由です。学べば学ぶほどわからなくなります。だから、自分として振り返るためにもこの開発ストーリーの記録をもう少し記述していきます。


リアリティ、存在感、実在感……。どれとも違う「なにか」。

我々がこの挑みを行っていた2016年当時、従来型CGキャラクタライブで、お客さんが未充足状態であった大きな欲求のひとつは「そのキャラ、が、居ると信じたい気持ちを肯定(背中を押)してほしい」であると我々は抽出し、確信を持ちました。

同時に、敬意を表すべき先人の努力から学ばせてもらった結果として「映像、音響等の高精細化(情報量を増やすこと)はこれの解決法にならない」と判定しました。この二点は大きな発見でした。

そして、この課題を解決できる可能性のある手法も認識できました。それは通常我々が選択しがちな、飽和方向での情報量の増大(高画質化、量の増大等)ではなく、情報が「ある」でななく「ない」ところでのコミュニケーション構築(「間」(ま)の制御により、キャラとお客さんの呼吸を合わせる)を選択しました。これは、ビジュアルとしてはとても素朴な「土くれの顔がついた人形の劇」での上演技法からの学びでした。ついては、台本の仕様も技術開発もそれに焦点を合わせると決め、「間」の制御方法の考案もしました。

このことから、私と相木氏は実開発をスタートさせました。開発目標も手法も明確になったと思えたからでした。迫りくる期限のこともありました。でも同時に、これは未踏に対し未知の方法で挑むという相当困難な開発行為でもありました。

私はチームメンバーに、「なにをおこなうために、どういうことを、どうやっておこなう」という手法は話せました。相木氏のパワフルな調整能力で揃ったこれ以上ない手練の開発者達でした。某パートでは「今は手がないから、僕がやるよ」と業界の大御所でもある部署責任者が直接参加することにもなりました。

皆は、私と相木氏の説明を聞き、ふむふむと頷き、熱く議論を始めました。嬉しかったです。ですがすぐに、その光景に私はある種の違和感を感じました。それは、「なんだか、皆で互いに会話できていない気がする」という感覚でした。これは未踏に挑むチームでの、最初はいいけれどいずれ爆発する、ある種の時限爆弾の匂いです。

そうなるのは、当然のことでした。「今回の手法では『ある』ではなく、『ない』で存在を感じさせるのだ」、と言ってもそれはこれまでの言葉では示せない何かが埋まっていたからです。もっといえば、お客さんに感じてほしい感覚、を指す言葉がない、状態だったからです。私は、それを言えていなかったのです。

特に、開発メンバーの多くは人類の暮らしを大きく変えた各種技術、特に半導体や表示技術の革命的な進歩とともに、高精細にすれば「実在」しているようだと、もっと高音質にすれば「存在」しているようだと、そういう技術を磨いてきた皆でした。そればかりが手法ではないものの、いわば手練の、電気おじさん中の電気おじさん達です。

リアリティ、という言葉を「まるで居るみたい」という感想をもらうことを目指して使ってきたはずです。その手段は「ある」を用いて「居る」に近づける手法でした。ポリゴン数を増やし、ドット数を増やし、モーションをなめらかにして、音のチャネル数や質を上げて、マシンの計算力や表示技術の向上と共に、何らかの存在を伝える情報が「もっとある」を使いこなしてきました。ですが、今回の手法は違います。

この気づきを、私はすぐには言い出せませんでした。もう既に開発行為はスタートしています。皆やる気十分で、期限も短く、水を差したくない。ですが、このままいくと、おそらく従来手法の延長を振り切ったものにはならない。それどころか開発途中での皆の意識の不整合が発覚しての空中分解もありえる。

そもそも、このミッションの完成は「プログラムの完成」ではありません。お客さんの満足を得る、新たな手法の構築と実証です。従来を振り切らないとそれは達成できません。

どうしたらいいのだろう。いつもの喫茶店で唸る時間はすぐに再開となりました。気持ちは焦ります。効果的なのは、皆が目指す一点を表現する言葉の開発。それこそ「即席ラーメン」のような、それはなにであり、どういうものであり、なんなのか、を指す言葉です。でもそんなの簡単じゃありません。

これに気づきにくかったのは、おそらく私と相木氏は沢山の先行事例を見に行ったことで「技術の高度化ではなんともならない」というある種の敗北を感じ、自分たちのことを「電気おじさん」と呼んで、それを認める努力をした後だったからでしょう。だから、「ある」ではなく「ない」こそが、ということも感銘と共に理解しました。ですが、その実感を得るには時間がかかります。

もう時間はありません。私は、なんとかして「そのココロ」を、ぱっと、伝えないといけなくなりました。


物理的な有無とは無関係な「実存」という概念。そして「実存感」

そんな中で、喫茶店での議論に当時最もつきあってくれたM氏は、ゲームセンター事業も全国・世界で行うナムコとしての、伝説の店長という異名を持つひとでした。相木氏の発案で、この開発チームには当初からナムコの店舗運用側の皆さんが何人も参加していました。それは「電気おじさん、では判定できないことに挑む」から、そして、店舗でCGライブシステムを実際に用いる側の意見を開発当初から反映させたかったからでした。

その中でも、M氏は読書家の洒落者で、ひとの気持ちというものをよく知る、そして大学では言語学を専攻したというひとでした。当時、おそらくもう相当にぐったりして、焦って、どーすんの、どーすんのと繰り返す私を見かねたのでしょう。ずいぶんつきあってくれた秋葉原の喫茶店であれこれ話す中で、彼はこう言いました。

「うーん、つまり物理にあるとかないとかじゃなくて、居ると感じたい、信じたいんだったら、それは『実存』を求めているわけで」

「だって、キャラは『実在』してないから実在感なんて追っても嘘だし、『存在』してないから存在感なんて嘘だよね」

「物理の有無は無関係、感じるのは『実存』なんだから……実存感……」

きっと彼は、その時の熟考の結果として言ってくれたのだと思います。でもそんなときも、どうだ!みたいな感じではない、彼らしいさらっとした言い方と共に、その時の衝撃はよく覚えています。言い方には関係なく、その一言は強烈でした。すぐに聞き返しました。

……実存感! 言いやすく、しかも、ぱっと聞いたときに「存在感」でも「実在感」でもないから「ん?」と思わせるひっかかりもある。実存、という哲学用語を元にしつつ、現在のところ(その当時)「既にある言葉」でもない。学術的な用語を流用しているので表現としての正しさも確認できる。

もしその対象が架空の存在(フィクショナル・キャラクタ)ならば、たしかにそもそも実在も存在もしていない。だから実在や存在の主張は嘘になる。それ故に「居ると、信じたい気持ち」(あくまで「信じたい」、です)を、肯定される感覚。あるいはそれを肯定する情報への表現。それは決して、情報が多いということを指さない。だって居ないのだから。だから、そもそも情報が「ある」とは別の地平での「なにか」を指す言葉。

私は、すぐにその「実存感」という言葉を定義する配布用の資料をつくりました。このプロジェクト内用語としての定義書です。その中には、ナムコのM氏による発案であることも明記して、皆に配りました。

もちろん、それだけで皆は「わかった!なるほど!」とはなりません。その後の議論にあえて「実存感」「実存が高い状態」「それでは実存が低い」、時には「例えば、会ったこともない文通相手からの返事がいつも以上にかかっていることに『どうしたのかしら…』と心配する地方の女の子がいるとして」とか、およそすでに滅んだようなおかしな例えまでいいつつ、繰り返してゆきました。そうすることで、私は徐々に皆がその方向を向く実感を得始めました。

例えば、キャラクタのCGを担当する者が「ゲーム屋としては恥ずかしいレベルだけど、(キャラの)顔はこれくらい(のクオリティー)で収めておいて、挙動を自然にみせる方に手を割きます」と言ったときのことや、サウンドチームが「音は、楽曲以外モノラルでいいですよね。マルチ(チャンネル)とかいらないでしょう。それよりもホールド開放のときの音再生ラグがないように」等、情報が「ある」よりも「ない」ときの品質に皆が向き始めてくれたときの嬉しさもよく覚えています。

そこでは、エレクトロニクスでのゲーム開発を行ってきたナムコのメンバーとはまた違う、M氏をはじめとする店舗運営側としてのナムコのメンバーがチームに居てくれたことも「手練の電気おじさん」側メンバーの理解を加速させました。例えば店舗ナムコ側のKさんという女性による「(議論が続く技術的に高度な内容について)私としてはそういうのはどうでもよくて」という一言に皆が震え上がったりと、厳しくも燃え上がる日々が続きました。

なお、テクノロジー側の開発者達はこの「実存感」による方針に(私の感じていた限りは少なくとも)、全く否定的ではありませんでした。それどころか、今思えばあっというまにそのキモを理解して手の動かし方を変えていきました。そこには、フロンティアを開拓し、誰も見ない土地を明るい笑顔で歩きつづけた「ナムコのゲーム開発者達」の凄みがありました。

平行して、エレクトロニクスの開発以外の様々なパートの作業進行も続きます。台本の初稿があがり、予定する上演場所でのスクリーン設置の設計と使用する大光量プロジェクターや音響設備、ハイエンドの上演用PCの手配等も進みます。もともと予定していた別件で北米出張に行ったメンバーをオンラインでつないで、時差もあるのに品質の判定会を行い、その帰り道には私の判定があまりに強引だとメンバーに諭された日もありました。あとでプログラムチームからは「ちょくだいさんはプログラムが完成する前からチケットを売るスケジュールを譲らない。怖すぎるけどやるしかない」と悲壮な覚悟だったとも聞きました。すみませんでした。

ですが、私は私で、実は、それまでの私の経験にはあり得なかったレベルで、私自身もこの「実存感」という言葉のもとに自分の判断を変え、それ以前なら「そんなのありえないでしょ」と半笑いで却下していた各種の意見を採用せざるを得なくなり……、そしてその結果がことごとく大好評だった、という経験も得ていくことになりました。


今回も長くなりすぎました。最初は前後編で、次には全中後編で終わらせようとしたのに、後一回、この件に関してのことを書こうと思います。文章ってなかなかうまく設計できないものです。

次回は、その「実存感」という言葉のおかげで私が了承せざるを得なかった(過去の私なら全部却下していた)アイデアが上演現場で大興奮を呼び続けたことや、この上演を「やれる」ように社内のルールを柔軟に運用くれた品証チームをはじめとした人たちのこと。初回上演の無事完了に電気おじさん達が関係者席で涙ぐんでたらお客さん達が客席から振り返って「ありがとうございました!」と声を揃えて言ってくれたこと。そして、その後のことと、なぜ神学なのか、でこのエピソードについての話を結ぼうと思います。


●著者紹介 鈴木直大(すずき なおひろ)

1970年生まれ。現在、英国セントアンドリュース大学(University of St Andrews))大学院 (神学)に在学中。並行して某キャラクタビジネス企業グループにて研究職・プロデューサー。

立教大学文学部卒業後、ソニー株式会社(現、ソニーグループ株式会社)に入社。主に商品企画を担当し、その後設立した自社事業ごと株式会社バンダイナムコエンターテインメントに入社。同社プロデューサーとして操演型CGキャラクタライブシステム(ツーエックス方式)を立ち上げた経験から「物理としては居ない『なにか』の存在を感じる」ことに関わる「実存感」という概念への気づきを得て、研究と発表を続けている。