8月8日、バーチャル・アーティストプロダクション・KAMITSUBAKI STUDIOが主催する音楽ライブ「KAMITSUBAKI FES’24 THE DAY THE EARTH STOOD STILL」が開催された。
バーチャルアーティストやネット初のフィジカルアーティストを擁するレーベルオリジナリティあるポジションを築きつつあるKAMITSUBAKI STUDIOには、現在多数のシンガーやコンポーザーをはじめとしたクリエイターが在籍している。そんな彼らが一同に集まる今回のライブは、「音楽フェス」形式でめくるめくように音楽を披露していく形となった。
夏の太陽が燦々と降り注ぐ13時半からはじまり、陽の落ちた20時半過ぎまで続いた「神椿の宴」を追いかけてみようと思う。
第一部・第二部を彩った注目のシンガーたちとは?
13時半に第1部の幕が開け、ど~ぱみんによるDJからライブがスタートした。まず観客を盛り上げたのは、梓川、跳亜、詩道と男性シンガー3人。「会いたかったぞ!」と1人1曲ながら観客を煽り、ガッツリと盛り上げていった。
コンポーザー・雄之助とシンガー・WaMiによる男女2人組ユニットのAwairoは、「Pale&Deep」「烙印」とソフトタッチなエレクトロ・ポップを披露し、ゲストシンガーに梓川を呼びこみ、「Replay feat.梓川」をともに歌った。
筆者がこの日のライブで見て驚いたのは、Empty old Cityだった。プロデューサー・Neuronとシンガー・kahocaの2人からなるユニットは、本来はハウス~エレクトロニカ系なサウンドを主体にしたトラックメイクにボーカルを合わせた音楽を生み出してきたが、今回のライブでは生バンド編成で楽曲を披露できることをうけて、自分たち2人に加えてドラムス・ベースを加えた4人編成で楽曲を披露した。
穏やかな鍵盤の音色から入ったあと、手数の多いシャープなドラミングを軸にしたボトムサウンドが肉付けていった「カミツレと愛のブーケ」「Buffer」のパフォーマンスは、まるでポストロックバンドやジャズバンドのように繊細かつアグレッシブなプレイで、かなり楽しむことができた。
あとで知ったが、ドラムスはナナヲアカリやshowmore、花譜のサポートドラムを務めるタイヘイと、Nulbarichでサポートベースを弾くTakayasu Nagaiの2人だったという。ハイスキルな2人の力とともに再解釈されたサウンドスケープは、この日初めてEmpty old Cityを知るKAMITSUBAKIファンのみならず、彼ら2人のファンにとっても新鮮な驚きを与えてくれたはずだ。
第2部でまず目を引いたのは音楽同位体V.I.Pだ。バーチャルシンガー花譜、理芽、春猿火、ヰ世界情緒、幸祜の歌声をベースに誕生した音声合成ソフト「音楽的同位体」、このソフトを元に生まれたバーチャルグループがV.I.Pである。可不・裏命・羽累・星界・狐子の5人は「フォニイ」「機械の声」とカバー/オリジナルの2曲を歌った。
ボーカルにあわせてパパパッと高速で口を動かす様子がスクリーンからでもハッキリ見て取れたことや、人間味が希薄な声色も含め、そこにいるのは音声合成ソフトをベースにしたキャラクターグループであることを強く感じさせられ、それが故に圧倒的な個性・存在感を放っていた。この場合、正確に記すならば「再生した」が正しい。
もう1組存在感を放っていたのは、獅子志司だ。ボカロPとして2018年に活動をスタートし、「絶え間なく藍色」「永遠甚だしい」が注目されたは彼は、実は2024年3月からEmpty old CityとともにKAMITSUBAKI STUDIOのANARCHIC RECORDに所属している。
4月のワンマンライブ後、レーベルメイトたちと並ぶ初のステージとしてこの日のライブを迎えたわけだが、「虚ろを扇ぐ」「絶え間ない藍色」「神下り feat.可不」と3曲を披露、クールな声色と所作の数々ですでに歓声を次々にうけていた。
KAMITSUBAKI STUDIOでは、所属するコンポーザーらが様々なシンガーやクリエイターらに楽曲を提供しあう内製システムによって人気を根強くしていった部分がある。その流れに彼が加わることで、どんな化学変化が起こるのか。そんな期待を抱かせるには十二分なインパクトだったろう。
第3部は新たなユニットのデビューとお待ちかねの面々が登場
18時半からスタートした第3部には、V.W.Pを筆頭とした多くのバーチャルアーティストが登場することが予定されており、期待の眼差しがステージに注がれる中、神椿関連楽曲が流れるDJタイム「KAMITSUBAKI DISCOTHEQUE」を展開。トップバッターとして登場したのは、少女革命計画発のユニット2組、バーチャルシンガーユニット「罪十罰」(つみとばつ)と、音楽×物語を標榜したXTuberユニット「心世紀」(しんせいき)だった。
少女革命計画は、今年1月からスタートしたオリジナルIPプロジェクトとして進行しており、SNS上でのユーザー参加型の謎解き企画やショートコミック投稿などを展開していた。この日は氷夏至、美古途、夕凪機からなる罪十罰が「弔花」を、御莉姫、佳鏡院、硝子宮からなる心世紀が「フェイクナイト・シンデレラ」をパフォーマンスした。
罪十罰がアニメキャラクタールックなアバターを通して、心世紀がVALISらと同じように照明を当てず姿があまり見えない状態でそれぞれパフォーマンスしていたが、初めて見るユニットの初ライブ、それも姿形がうっすらとしか見えない中でも、不思議なものでハツラツとした印象をうけた。
それは彼女らのパフォーマンスが初ライブとは思えないほどに統率が取れており、このあと先輩らとコラボした夕凪機をはじめとする高い歌唱力もあったからだ。今後加速度的にコンテンツが増えていくなかにあって、かなりのインパクトを残したといえるのではないだろうか。
新たなプロジェクトから生まれた2組からバトンを受け取ったのは、数々のライブをこなしてきたVALIS。実はこの日メンバーの1人であるMYUが体調不良で出演を控えることとなり、4人でのパフォーマンスとなってしまったのだが、メンバー欠員の状態でもなんのその。「熱愛フローズン」「乙女的サイコパシー」を通して、キレのあるダンスと歌で堂々と存在感を誇示した。
残っているメンバーがだれかはすでにファンには明らか。6人のうち誰が出てくるのか?と待っているなか、最初に登場したのは理芽だった。
新プロジェクトによるいきなりのデビューアクト、キレのあるダンス&ボーカル、第3部はいきなり緊張感を強いる内容が連続したのだが、ここで理芽は自身のディスコグラフィでも愛らしくもふわふわとしたポップス「フロム天国」を披露した。
ハンマリングを使った丸っこい音色のギターリフ、ほどよく力の抜けたボーカルで、さきほどまでの高い緊張感もふっとほどけた。続いて唄った「食虫植物」で退廃的な理芽ワールドへと観客を引きずりこんでいった。心病んだ言葉をスゥっと唄っていく様は、まさしく理芽らしいパフォーマンスであった。
続いて登場したのは春猿火。4月のワンマンライブで解禁した楽曲「巫女」で鍵盤の音色に載せて歌う春猿火、星々のきらめきのような映像にスポットライトを浴びた彼女は、持ち前のロングトーンとラップを活かしながら壮大な世界観を会場に広げていく。
次いで歌ったのは現状正式リリースされていない楽曲「META」。「パシフィコ!声出せー!」と観客を煽り、宇宙規模のようなスケール感をそのまま投影したかのようなラウドロックなサウンドをぶち当てていく。赤・オレンジ色の照明を浴びながらシャウトする春猿火、そのスケール感に観客を圧倒し、そして遥か彼方へと連れて行くようだった。
バトンは幸祜へ手渡され、なんとライブでしか披露していないナンバー「MiMi Cry」を歌いはじめる。細かい鍵盤のタッチとドラミングに、リズミカルにボーカルしていく幸祜。ロングヘアーをポニーテールでまとめ、ショート丈のクロップドトップス・ショートパンツ・黒いロングブーツとオシャレにきめ、セクシーかつ爽やかな風を会場に送り出した。
V.W.P 5人のメンバーでも随一に都会的・シティポップな装いが似合う彼女に生み出せないムードから、自身の最新オリジナル楽曲「始まりの銃声」へ。パシフィコ横浜のすぐ近くには大観覧車・コスモクロック21があり、MVには観覧車が登場するこの曲にはピッタリだ。軽快なロックサウンドにあわせ観客も大きな声で合わせて盛り上がり、大きく手を振って次のシンガー・明透へとバトンが渡された。
幸祜が生み出したオシャレな空気をそのまま受け取り、彼女は「Spiral」「ソラゴト」と披露していく。本来なら2曲ともシンセポップのアレンジメントだが、生バンド編成となった今日はグッと音圧が増し、よりセンチメンタルな毛色が強くなりつつも、明透の細い声も埋もれることなくスルリと耳へと届いてくる。大柄とは言えない体格の彼女だが、ステージの右に左に歩き、ときに大股に足を開いて、腰を落として音に身を任せて唄う。その姿は、その体以上に大きなプレゼンスを発していた。
残る歌姫は2人。期待を胸に頂きつつアナウンスされたのは、一日前にこの会場でワンマンライブをやりきったヰ世界情緒だった。「みなさーん!ヰ世界情緒です!次は私が会場を盛り上げますよ!」。
そのMCから披露されたのは「ヴァーミリオン」「描き続けた君へ」の2曲だった。「ヴァーミリオン」は前日に開催された3rdワンマンライブ「Anima III」では歌われなかったのだが、ここに持ってくるのはとても心ニクい選曲であろう。ピック弾きのゴリゴリなベースサウンドにドラムスのバスドラムがドッドッと焚きつけるように鳴っていくアッパーなバンド隊に、ヰ世界情緒は持ち前のハイトーンと可憐さを加えていく。
もう1曲「描き続けた君へ」は、彼女自身を体現した1曲として刻まれており、これまた腰の据わった低い重心のバンド隊のアンサンブルで、秘められていた切実さが会場中へと広がっていった。笑顔を見せながら最後まで歌いきったヰ世界情緒は、一夜経ってより大きな存在へと成長したように見えた。
最後に登場するのは、KAMITSUBAKI STUDIOが誇る無二のシンガー・花譜。登場がアナウンスされると割れんばかりの大歓声があがった。ここで披露されたのが2019年にリリースされ、カンザキイオリが手掛けた楽曲の中でも人気曲のひとつとなった「過去を喰らう」。鋭いギターリフに合わせて会場の観客が声を上げるなか、目をつぶって左右にリズムを取る花譜は、そのままスッと唄い始めた。
あなたの笑顔がここにあるなら諦めなんてしなかったんだ
あなたの言葉を思い出すから慰めなんていらなかった
生きる意味ばかり思い出すから優しさを常に疑った
あなたの涙を見て笑えたら今更恥など知らなかった
ウグイスが鳴いて
破り捨てた卒業証書が
夜空になって舞ってった
過去を喰らい尽くした
このときに筆者の胸に去来したのは、花譜の変化だった。5年もの月日で、花譜の周りには一緒に笑いあって話し合えるシンガーやクリエイターが増え、その中で少しずつKAMITSUBAKI STUDIOは大きくなっていった。
14歳でバーチャルシンガーとなった花譜は成長し、高校から大学へと進学した。当初この曲を歌っていた彼女は高校生、同世代・同じ時間に生きる人たちに向けて刃を向けるような鋭さ・エッジさは少しも古びれてはいない。
だがその鋭さを向ける相手は、「過去」という記憶のなかに置いていってしまった「いま目の前にいない存在」へと向けられていると感じたのだ。端的に言えば、時間経過とともに花譜は自身が歌っていた楽曲のスケール感にピタリと合うような存在となり、エッジさとある種の暴力性を鈍らせることなく炸裂させられる表現者へと成長したのだ。
とんでもないビッグパンチを放った直後、彼女が歌ったのは「ゲシュタルト」だった。「過去を喰らう」が放っていたシリアスさは一気に後退し、彼女らしいキュートさやユーモアさすら含んだ1曲を、花譜は笑顔で唄っていく。
ガラス細工のような繊細さをもった歌声は、今度は心の機微そのものとなるような繊細さへと移り変わる。これだけの振れ幅ある曲を2曲続けても、「花譜」であると証明するに十二分だったといえよう。
そんな花譜を筆頭に、理芽、春猿火、ヰ世界情緒、幸祜の5人が揃ったV.W.Pが、この日のフェスのトリを務めた。「V.W.Pでーす!」と大声で名乗って、それぞれに自己紹介を始めるのだが、そのタイミングや間の取り方が微妙にズレていて笑いが起きる。
だがそんな空気も彼女らにとっては通常運行といったところで、水を飲みにステージ後方へ下がったメンバーを茶化す場面もあるほど。ライブステージに立っているとは思えないほどのリラックスしたムードに、観客も笑顔になってしまった。
この日は「同盟」「欲望」「電脳 – THE DAY THE EARTH STOOD STILL -」と3曲を披露したが、会場と一体感を生む仕掛け満載の「同盟」、スローナンバーながらも力強さが漲る「電脳 – THE DAY THE EARTH STOOD STILL -」とタイプの異なる楽曲だ。
そんななかでも、太め/細め、ドライ/ウェットと、5人各々の歌声が不思議なほどにハマるハーモニーはこの日も健在。ユラユラと体を動かしつつ直立不動でボーカルに集中していく5人は、5年前にその姿を見せた時よりも大きなスケール感を背負った歌姫グループとなり、この日のライブを見事にクロージングしてみせたのだった。
プロダクションの黎明期から支えてきたシンガーを先頭に、さまざまなタイプのシンガーやユニット、続々とスタートした新規プロジェクトや毛色の似たクリエイターらの移籍など、さまざま経路で拡大していったKAMITSUBAKI STUDIO。
音楽だけではなくさまざまなクリエイトを通して、色濃く、根深く、時に尖り、時にまろやかに、見るものの心を彩ってきた。設立から5年目。これまでとこれからが濃厚に混じり合い、多くのファンを魅了した一日となった。
●セットリスト
ー第1部ー
M01. ど~ぱみん DJ Time
M02-1. 梓川「今さらサレンダー – ノルカ//ソルカ Medley」
M02-2. 梓川「ノルカ//ソルカ」
M03. 跳亜「凍結」
M04. 詩道「黎明」
M05. Awairo「Pale&Deep」
M06. Awairo「烙印」
M07. 梓川×Awairo「Replay feat.梓川」
M08. KAMITSUBAKI DISCOTHEQUE
M09. Empty old City「カミツレと愛のブーケ」
M10. Empty old City「Buffer」
ー第2部ー
M11. 雄之助 DJ Time
M12. 音楽的同位体 V.I.P「フォニイ」
M13. 音楽的同位体 V.I.P「機械の声」
M14. 水野あつ「知りたい」
M15. 雨宿り「スターダスト」
M16. 雨宿り「猫かぶり」
M17. ANMC「月の匂い feat.WaMi, ueil」
M18. ANMC「Sad Sad Hot Latte feat.むト」
M19. 獅子志司「虚ろを扇ぐ」
M20. 獅子志司「絶え間なく藍色」
M21. 獅子志司「神下り feat.可不」
ー第3部ー
M22. KAMITSUBAKI DISCOTHEQUE
M23. 罪十罰 from 少女革命計画「弔花」
M24. 心世紀 from 少女革命計画「フェイクナイト・シンデレラ」
M25. VALIS「熱愛フローズン」
M26. VALIS「乙女的サイコパシー」
M27. 理芽「フロム天国」
M28. 理芽「食虫植物」
M29. 春猿火「巫女」
M30. 春猿火「META」
M31. 幸祜「MiMi Cry」
M32. 幸祜「始まりの銃声」
M33. 明透「Spiral」
M34. 明透「ソラゴト」
M35. ヰ世界情緒「ヴァーミリオン」
M36. ヰ世界情緒「描き続けた君へ」
M37. 花譜「過去を喰らう」
M38. 花譜「ゲシュタルト」
M39. ヰ世界情緒×幸祜 with 夕凪機(罪十罰)「キミ消失セカイ」
M40. 理芽×春猿火 with 梓川「ピルグリム」
M41. 花譜×明透 with kahoca(Empty old City) & VALIS「ホワイトブーケ」
M42. V.W.P「同盟」
M43. V.W.P「欲望」
M44. V.W.P「電脳 – THE DAY THE EARTH STOOD STILL -」
(TEXT by 草野虹、Photo by 日吉”JP”純平、タマイシンゴ)
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