#14 音楽で振り返る、ホロライブ・湊あくあの軌跡 内気な女の子がアイドルを願い、自分自身を変えた奇跡【Pop Up Virtual Music】

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5月中旬からスタートした連載「Pop Up Virtual Music」は、ここまでディスクレビューに加え、バーチャルシンガー・ヰ世界情緒理芽へのインタビュー、関東圏で催される音楽イベントのライブレポートなどを執筆してきた。

そんな中で今回は、初めて過去の楽曲について、そして1人の人物について追いかけて書いてみたいと思う。ホロライブで長く活動してきた湊あくあについてだ。

その活動の全容を追いかけるとなるととんでもない文字数となってしまうのは必定なのだが、あくまで「Pop Up Virtual Music」という音楽面にフォーカスをおいた連載らしく、彼女について記していきたいと思う。いまだ卒業のショックが止まない中ではあるが、今から数年後に振り返る際に、ひとつの軸となれれば嬉しい。


湊あくあは、2018年8月3日にSNSをスタートし、8日に初配信をしたことで活動スタートした。ホロライブの2期生としてデビューした彼女は、2024年8月28日まで約6年ほどにわたって活動を続け、つい先日華々しく卒業をしていった

YouTubeでの配信を中心に、3Dビジュアルを使っての動画投稿やイベント/ライブ出演でも多くの企画・番組に出演を続け、彼女はホロライブのなかでも根強いファンを持つようになった。

なんといっても、自他ともに認める陰キャな性格をしたタレントであり、デビュー当初は同期・同僚であるホロライブの面々とも会話するのが一苦労で、配信中のコメントへの応対もアタフタする瞬間が何度もあったほど。

活動が長くなり、友人とも言える面々が増えたことで、こういった傾向・表情をみせることはかなり少なくはなったが、引っ込み思案・臆病にすら見える言動の数々で同期・同僚らをやきもきさせたことは一度や二度では済まない。

事実、彼女がホロライブの門を叩いたのは、「引っ込み思案な自分を変えたい」という過ぎるほどにナイーブな願いを持っていたからだ。

そういったこともあり、湊あくあは見ている者を誘う存在だった。先輩・同期・後輩には自信に満ちあふれていたり、強烈なキャラクター・個性でファンを生み出していくタレントに溢れている。

「この子、今後大丈夫なのかな?」

臆病風にふかれて怖気づきやすい彼女の内向的な気質は、いってしまえば”不安”を誘う存在だった。

一度そう思ってしまうと、どうしても目を離せない。「可哀想は可愛そう」とはネットで生まれた一種のスラングだが、その言葉は湊あくあにうまく刺さった。配信を通して、歌を通して、彼女は、弱気で内向的な自分をうまく変えていく、そんなストーリーを描こうとした。クローズからオープンへ、そんな解放的・上方思考なイメージが次第にファンに広まったことで、根強いファンがつくようになったのだ。


そんな彼女は、活動の途中からこのように自分を語る様になっていった。

「湊あくあはアイドルになる」

実は、湊あくあは活動最初期に「アイドル」という言葉は使っておらず、「マリンメイド」という言葉をおおく使っていた。2019年から次第に「アイドル」を意識し始め、SNSでも積極的に使うようになっている。Xを検索してみるとそれは明らかだ。

2019年から2020年にかけて積極的に言葉として投稿しており、2021年以降は「アイドル」と投稿することは激減することになった。とはいえ、配信上で何度となく口にしていたことはファンの方であればご存知であろう。

そんな湊あくあが残したオリジナルソロ楽曲は17曲あり、歌ってみた・カバー動画もかなり多い。果たして、湊あくあは「アイドル」になれていたのだろうか。彼女のディスコグラフィから印象的な楽曲をピックアップして追いかけていこう。

湊あくあの初ソロ曲となったのは、2020年8月29日リリースの「#あくあ色ぱれっと」だった。2019年までソロ曲をリリースするのはときのそらとAZKiの2人がかなり多かったが、2019年末から2020年に入ると1期生・2期生と順々にソロ曲をリリースし始め、彼女もその波に乗っかる形でリリースすることになったのだ。

キラキラとした鍵盤の音色の静かな入りから、ドラムスの刻み、バンドサウンドとだんだんに音が重なっていく様は、大人しさから賑やかしく変化していった自分と周辺の環境を表現しているようであり、人の心が開いていくような一瞬すら感じさせすらいる。そのイメージは、冒頭で歌われる歌詞で決定的になる。

何をしても不器用で 何かとミスしてばっか

ダメダメな私だってできる事があるの

凹んで悲しくたって笑顔にしてあげるんだ

ここにいるから早く 私を見つけてね


内向的で引っ込み思案な自分がすこしだけ背伸びして誰かを笑顔にする、そしてそんな自分を「見つけて」とすら歌う。それまで2年近く彼女を見ていたであろうファンからすれば、その挑戦的でトライアルな言葉には心底震わされただろう。

自分自身のポジティブな変幻を唄ったこの曲は、「曲、歌詞、タイトルすべてにこだわった曲」と後日彼女はライブ中のMCで振り返っていたが、その言葉通り、湊あくあにして原点と言える1曲なのだ。

その約1年後となった2021年8月9日にリリースされた「海想列車」は、「#あくあ色ぱれっと」の続編ともいえる立ち位置の曲だろう。理由はやはりその立ち上がりにある。

キラキラとした鍵盤の音色の静かな入りから、ドラムスの刻み、バンドサウンドとだんだんに音が重なっていく……「#あくあ色ぱれっと」と同じような立ち上がりを模しており、この2曲が連作であるのは間違いない。

2曲の違いは、その歌詞にある。約1年でまた違った言葉と感情を封じ込めた。


「ごめんね」も「ありがとう」もまだ言い足りてないよ

私のペースで不器用なりに伝えてくから

海上を走り抜け まだ知らない世界へ

空白の路線図は今この手で作り上げてゆく


回想を「海想」ともじりつつ、海・列車・路線図といった自身の活動や人生をメタファーにした表現で彼女自身を表現する。途中途中で素朴に感情と気持ちを綴り、彼女の心情をしっかりと描く。作詞・作曲をつとめた40mPの見事な手腕もあり、この2曲はYouTubeチャンネル・Spotifyなどのストリーミング数も上位にランクインする人気曲となった。

この2曲の影響もあり、彼女が自身の内心をバンドサウンドに乗せ、センチメンタルかつアップテンポに表現した楽曲群が生まれていくことになった。「きらきら」「未だ、青い」などがまさにその系譜に入る曲であり、特に「未だ、青い」は上記2曲のDNAを受け継ぐ1曲と筆者は捉えている。自身をテーマにしたゲームの主題歌にもチョイスされているところも見逃せない。

こちらのテイストを「湊あくあの内心」を表現した楽曲群とすれば、他の楽曲はどのように表現できるだろう?ズバリ言い換えれば、「湊あくあの外面(げめん)」であり、「湊あくあの理想像」を思いっきり表現したものであろう。

2022年1月24日にリリースされた「あくたんのこと好きすぎ☆ソング」は、IOSYSのまろん・ARM2名によって作詞・作曲された。

メイドというプロフィールから受け取れる献身さ・貢献といったイメージを思いっきりチャーミングに表現したサウンドや歌詞となっており、インターネット的なスラングとノリに乗っかりながら、満面の笑顔を生み出すポップな一面が描かれている。

と同時に、先程まで描いていた後ろ向きで内気な本人性は、ほとんど顔を出していない。無用に前に出ることは好まない彼女の口から、「あくたんのこと好きすぎ☆」なんていうアッパーで調子に乗った言葉が乗っかるとは。

くわえて御主人様のためになんでもパーフェクトにこなせるメイドである!という主張を続けるが、その温度感・目線も「湊あくあの理想像」を描いている筆致だ。彼女の理想像的な一面として。この曲はその最たる例だ。

一度、彼女の気質に引き寄せてみよう。彼女はFPSが得意であり、負けず嫌いな性格でもあった。ゲーム配信では何度となくチャレンジしてみせ、うまくいった姿も、うまくいかなかった姿も、すべてをさらけ出してきた。

ゆえに勝利への渇望・貪欲さはしられているところで、その理想を唄ったのが「For The Win!」「エイムに愛されしガール」であろう。

こういった、理想的な自分自身への希求。渇望・表現は「君の最推しにしてよ!」で、最鋭角かつ頂点を迎えることになる。HoneyWorksによる作詞・作曲となったこの曲において、とんでもないまでの領域にまで彼女は唄ってみせる。


ハートをくれた分だけ

私は君に恋する

ハートをくれた分だけ

私は夢を叶える!

ねぇ愛して? 愛して!

一緒にいこう?

頂上目指す我が民よ!

憧れのアイドル目指して

配信・レッスン忙しいです

疲れてる時に見てしまった

アンチコメントに落ち込む

「才能無い」「努力は無駄」

「辞めろ」とか…

そうかもって飲まれそうな時もある

大嫌い大嫌い弱虫ハート

もっと強くなるために

君の最推しにしてよ!


自分が活動をつづけていくためには君の力が必要であり、夢を叶えていく姿を通して君に力を与えていく。湊あくあとファンの間に結ばれた単線的な相互関係を唄ったこの曲で、彼女とファンの間には強固な共犯関係が生まれたといって良い。

なにせ、酸素・血肉・女神・主役は誰か?と問いかけ、あくたん!と答えさせているのだ。かつての引っ込み思案な彼女では想像もつかないほどの強烈な主張、マッチョでパワフルなものだ。

この曲が湊あくあにとっての一つの頂点といえる理由はもう一つある。

この曲は2022年12月2日にリリースされた曲で、この年だけで7曲目となるリリースとなった。前年にも6曲ものリリースをしていたわけで、リミックス楽曲なども含めれば計13曲もの楽曲を費やして、湊あくあは自身のイメージを、素の自分/理想像の自分の両面に分けて作り上げていったのだ。

だが次曲「エイムに愛されしガール」は、ほぼ1年後となる2023年12月1日にリリースされた。2年にも及ぶ矢継ぎ早なリリースから、一転しての沈黙した。そうしてみると、彼女は21年・22年における楽曲リリースを通して、自身のイメージ表現が”頂点に達した””完成してしまった”と想像しても不思議でない。


湊あくあのラストソングとなったのは、2024年8月28日に公開された「#きみいろプリンセス」だった。イントロのストリングスの厚みあるサウンドに、すこしずつ音を加えていくバンドサウンドという曲構成にマイナーキーが混ぜつつセンチメンタルな感触を残してくれるこの曲、タイトルがハッシュタグになっている点という点で察することができるが、先程筆者が示した「湊あくあの内心」を表現した楽曲群に入る曲であり、卒業ライブのなかで湊あくあ自身が「#あくあ色ぱれっと」へのアンサーソングと明言した曲でもある。

かくして「アイドルになりたい」と口にした女性は、いつのまにか「プリンセス」の名を戴冠する。美しきストーリーラインへと仕上げ、彼女は自身の活動に幕を閉じたのだった。

卒業する直前、彼女はホロライブ運営との方向性の違いを口にしていたが、どのような部分に対して彼女が運営に不満やストレスをもっていたかわからない以上、この言葉を意識したりフォーカスを当てるのはやめておこう。少なくとも、湊あくあの卒業配信は70万人以上の視聴者をあつめ、信じられないほどのコメント・言葉に後押しされて彼女は次のステージへと向かったのだ。

「ちっちゃい頃から、学校の先生に『あなたは声が高いからダメ』とか言われたことめっちゃあるよ。本当に悲しい思い出。でも、わたしはそれを乗り越えて、いま声を出している。それってすごく素敵なことだと思わない?」

「こんな私でも生きていけるんだって。声が高いだけで偏見をくらう、そんな世の中。それもわたしは、いまこうして生きてます。」

とある配信中にこうリスナーに問いかけた湊あくあ。おそらくだが、この言葉は自身がうまく対人コミュニケーションができなくなってしまったことを、かなり遠くの距離・角度から捉えたように見える。

自分自身を奮い立たせようとする言葉と歌声、その姿で彼らを支え続け、多くのリスナーが心に抱えていたであろう孤独感や疎外感に似た感情を癒やし、共感すら呼び起こす。3期生としてデビューした宝鐘マリンをはじめとし、後輩には彼女に対して憧れや羨望の眼差しをもつ者もいたほど。

そんな湊あくあがアイドルであったかどうかは人によるところだろう。アイドルに厳しいリスナーやファンもいたっていい。

だがそれ以上に、彼女が誰かのための支えになろうと唄い、踊り、必死になれる、一人前の人間へと変わっていったこと。「内気な自分をどうにかしたい」とすこし自分本位なふわっとした考えでデビューした女性が、ホロライブに入り卒業するまでのあいだに、それだけの成長をしたのだ。それだけは、確かなのだと思うのだ。


(TEXT by 草野虹

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