VTuberという存在が注目され始めた2017年末から活動を続け、高い歌唱力や明るいキャラクターで人気を集めてきた富士葵さんが、自身の誕生日である6月18日(金)に「富士葵 生誕記念 2ndソロライブ『シンビジウム』」を開催した。
観客の声出し禁止など新型コロナウイルス感染症対策を万全に行ったうえで、葵さんの憧れの舞台でもあるZepp Tokyoで実施された2年ぶりのソロライブ。この日を待ちわびていた葵歌劇団(ファンの総称)らの前で、3月に発売した2ndアルバム「シンビジウム」の収録曲を中心に、1stアルバム「有機的パレットシンドローム」の曲とカバー曲を含む全18曲が披露された。
ライブの模様は「SPWN」でもリアルタイム配信され、一部の演目ではオンライン視聴でこそ最大限に魅力が発揮されるAR演出も実施されたが、ここでは、現地Zepp Tokyoで体感したライブの模様をレポートする。
ニューアルバムのリード曲で開演
開演時間が来ると、ステージ上のスクリーンでオープニングムービーがスタート。活動の歴史を振り返るような過去配信のコラージュに続いて、紫色の新衣装姿の葵さんが夜空に浮かぶ月へと懸命に手を伸ばす姿が映し出される。どこか切なくもある映像に込められた意味を考えていると、2ndアルバムの表題曲で自ら作詞も担当した「シンビジウム」のイントロが流れ始め、ムービーと同じ姿の葵さんがステージに登場。中央にスッと立つと、壮大なスケール感を感じさせるバラード曲を歌い始める。あっと言う間に客席はペンライトの紫色の光で染まり、開幕から演者とファンの一体感を強く感じた。
葵さんの歌声に聴き入っていたファンが曲の終わりと同時に大きな拍手を鳴り響かせると、2曲目のイントロが流れ出し、葵さんは両手で富士山を模した三角を作るいつものポーズから、いつものあいさつ。
「みなさーん、ふじーあおいです!『みんなで声出して』って言えないけど、葵も全力でいくから、全力でついてきてね!『Eidos』!」
1曲目に続き2ndアルバム収録曲の「Eidos」だが、曲調は一転してアップテンポ。自身の心や夢と向き合うような少し重めな歌詞を疾走感あるロックに乗せて歌い上げていく。筆者は、2階席の最前列からステージの葵さんに見入っていたのだが、気づくと1階席のファンはほぼ総立ちになっていた。
最新アルバムのリード曲とサブリード曲を開幕から連発する前のめりなセットリストに驚いていると、葵さんの曲紹介でさらに驚かされる。
「次は、葵のデビュー曲、『はじまりの音』。今日のZepp Tokyoが葵にとって、そして、みんなにとって、また新しいはじまりの音になりますように。よっしゃ、いくぞー!」
開幕から新旧代表曲のラッシュだ。「はじまりの音」は、「キミの心の応援団長」をコンセプトに活動を続けてきた葵さんにぴったりのポジティブな応援歌。ステージのスクリーンに映し出された真っ青な空と白い雲も、楽曲や歌声の爽やかな魅力を後押しする。葵さんが間奏で客席を煽ると、声は出せないながらも、ファンのテンションがさらに高まっていることが、ペンライトの光の動きと会場の空気からひしひしと伝わってきた。
ロックからバラードまで幅広い曲を披露
「ついにこの日が来たね。会えたねー」
MCが始まり、歌劇団との久しぶりの再会を喜ぶ葵さん。「愛する~」で始まり「よっしゃいくぞー」で締める合言葉のコールアンドレスポンスでは、声の代わりに拍手が響く。制限のある状況の中でも歌劇団に以前と変わらずライブを楽しんでほしい葵さんと、制限など関係なくライブを楽しめているファンがお互いの思いを伝え合っているような光景だった。
4曲目からは、MCを挟まず5曲連続で披露。まずは、イントロでの軽快なステップやターンなどダンスも印象的な「コヨーテ」。ここまで紫や青ばかりだったペンライトが一気にカラフルになり、華のあるパフォーマンスを盛り上げた。
バーチャルな存在だからこその精度の高いAR演出によって、客席の頭上を浮遊する小さなステージ上から歌った「Anitya」。壮大なスケール感のバラードは、低音から高音まで常に力強く深みのある葵さんの歌声にピッタリだ。
葵さん自身が作曲したロックナンバー「Q.E.D」では、ネオンライトきらめく街と派手なタイポグラフィー(文字による演出)を背景に、ときに客席を煽りつつ、力強い歌声を響かせる。
7曲目の「まだ希望に名前はない」が始まると、にぎやかだったネオンが消えて、夜明け間近の静かな街へと変化。歌声も曲調も爽やかだ。サビでは大きく左右に手を振る葵さんに合わせて、会場中のペンライトが揺れていた。
「葵にとってのみんなのように、大切な人を思い浮かべながら聴いてもらえるとうれしいです」
そんな曲紹介から披露された8曲目は「ヨスガノカケラ」。静かなイントロからサビに向けて徐々に盛り上がっていくメロディーに合わせて背景も徐々に変化。夜が明けて街の真ん中に大きな木が生えると、その木から広がった緑が町を覆っていき、やがてスクリーンは森のような風景へと変化。葵さんは、木漏れ日に包まれながら優しいバラードを歌い続ける。
「こうしてライブに来てくれて。そして、見てくれて、いつも葵のそばにいてくれて、本当にありがとう。まだまだ後半戦も盛り上げていくので、最後まで楽しんでいってください。ありがとうございました」
誰もが知る人気曲をそろえたカバー曲ゾーン
2度目のMCでは、ここまでの曲を振り返り、「Q.E.D.」作曲時の裏話も披露。すべては、葵さんの鼻歌から生まれたらしい。MCの後は、ステージに緞帳が下りて、お着替えタイム。あえて衣装チェンジの時間を取るのは、バーチャルアーティストのライブでは珍しい演出だ。
「次はカバー曲ゾーンです!」
という声の後、制服姿に着替えた葵さんがステージ左からひょっこり登場。UNISON SQUARE GARDENの「シュガーソングとビターステップ」。DECO*27のボカロ曲「ゴーストルール」。amazarashiの「空に歌えば」と、3曲続けて人気曲のカバーを披露した。どの曲もテンション高くライブ映えする曲で、静かなままの客席も熱気はますます高まっていく。
葵さんのMCによると、カバー曲は思い出深い曲の中から選んだとのこと。10曲目の「ゴーストルール」は、さいたまスーパーアリーナで開催された「ニコニコ超パーティー2018」という大舞台で披露したこともある曲で、恐らく大勢いるはずの古参歌劇団の中には懐かしく思い返した人もいただろう。
また、このMCでも楽曲制作に関する裏話を披露。曲作りのスタート地点では、チーム内で曲のイメージを共有するために既存の曲を例に出し「この曲のここみたいな」などと話しながら、制作を進めるそうだ。そして、11曲目に歌った「空に歌えば」は、2ndアルバム収録曲「Anitya」のスタート地点になった曲らしい。完成した曲の印象はまったく異なるだけに、声が出せる状況なら客席からは大きな驚きの声が聞こえたはずだ。
続いては、次の曲をより楽しむための準備として、葵さんにリードされながら三三七拍子の練習。ところが、歌劇団の手拍子のリズムは最初から完璧で、あっと言う間に練習は終了。12曲目、人気クリエイターのナユタン星人さん作詞作曲による「エールアンドエール」が始まった。
「応援だ。応援だ。いっせーのーで、応援だ」という歌い出しのフレーズに、ぴたりと合った三三七拍子。そのシンクロの心地よさに「よっしゃいくぞー」と叫ぶ葵さんのテンションもさらに高まっているように見える。タイトル通りにド直球な応援歌のこの曲。ナユタン星人さんらしい、ちょっとダメな子が頑張る歌詞は、不思議と葵さんにも重なってくる。繰り返し聴きたくなる楽しいメロディーも、明るく華のある歌声と合わさって魅力倍増。葵さんも、この曲では楽しむことに意識を全振りして、より自由に歌っているようだった。葵さんの背後のスクリーンの中では、ディフォルメされたミニ葵さんも可愛く応援。演出や客席の反応も含めて、楽しさのゲージがさらに上昇するパフォーマンスだった。
自身が作詞作曲した新曲「8分19秒」も披露
「やればできる」というセリフで曲が終わるり、葵さんの姿が消えると、スクリーンにはステージ裏の通路を駆け足で移動する葵さんの姿が。葵さんがドレッシングルームに入ると、閉じられたドアの向こうから、「脱げない! 脱げない!」「ベルトしてない! パンツ落ちる!」といった慌ただしい声が聞こえてくる。
そんなドタバタの中、最近の通常衣装(ライブ衣装)に着替えた葵さんが披露した13曲目は「秘密を聞いてよ」。この曲でもオンライン配信向けのAR演出により、葵さんは客席の頭上にできた花道でパフォーマンスを行った。
会場では、前方にあるステージのスクリーンに観客の頭上で歌う葵さんの様子が映し出されているため、筆者を含む観客の大半は、ここまでの演目と同様に前方のステージを見ていたのだが、観客の中には自分の頭上に向けてペンライトを振っている人も。鍛え抜かれたファンの目は、最新AR技術の限界を超えて、頭上で歌う葵さんの姿を捉えていたのかもしれない。
前方のステージに戻ってきた葵さんが歌うのは、自ら作詞作曲した「8分19秒」。自分の中から生まれた言葉を、テンポも音程も変化が激しいメロディーにしっかりと乗せて歌いあげていく。曲、詞、歌と「アーティスト富士葵」の才能とスキルのすべてを堪能できる曲だ。壮大なサビなども葵さんの鼻歌から生まれているのだと思うと不思議で、鼻歌版「8分19秒」を聴いてみたくなる。
このライブでは全編を通して歌詞のタイポグラフィーが効果的に使われていたが、「8分19秒」での駅のホームや横断歩道の映像の上に歌詞が流れていく表現は、特に印象的だった。ちなみに、ライブ後、気になって調べたのだが、「8分19秒」は太陽から放たれた光が地球に到着するまでの時間らしい。
4度目のMCで、直前に歌った3曲を振り返った後は、「葵にたくさんの夢を見せてくれるみんなへ。愛を込めて歌います」というメッセージから、2ndアルバム「シンビジウム」の最後に収録されている「紫陽花が泣いた」を披露。王道のバラードに乗って、葵さんならではの澄み切った高音が伸びやかに響いていく。元気に背中を叩いて励ましたり、前から手を取って引っ張ってくれたりするだけでなく、そっと隣に寄り添って静かに応援もしてくれる。「キミの心の応援団長」の表現力の幅を証明するようなパフォーマンスだった。
いつも支えてくれる歌劇団への感謝の思いと、「1年後も10年後も葵の歌と一緒にまだまだ新しい景色、見に行こうね」というファンには嬉しい宣言でライブ本編は終了。深々とお辞儀した葵さんはステージ左に退場した。
新たな音楽レーベル「Acro」への所属を発表!
葵さんを見送る感謝の拍手はすぐにテンポアップし、アンコールを求める拍手へ変化。すると、ステージの中央にグランドピアノが現れて、ステージ左からはライブTシャツを羽織った葵さんが登場し、ピアノの前に座った。母親がピアノ講師で、幼い頃からピアノにも親しんでいた葵さんが弾き語りで披露したのは、優しく甘いメロディーで、2ndアルバム収録曲の中でもピアノによる弾き語りにはベストチョイスの「チョコレート」。疲れた身体に糖分が急激に吸収されていくように、ライブ本編で大きく揺さぶられた感情に、葵さんの歌う甘い歌詞と柔らかなピアノの旋律が染みわたっていく。
個人的な話になるが、筆者は、VTuberによるライブでピアノの弾き語りを観るのは初めての経験。葵さんがピアノの前の椅子にごく自然に座る動作だけで、小さく感嘆の声がもれた。
演奏を終えた葵さんは再びステージから退場。会場の拍手からは、一瞬だけ「もう1回来てくれるのかな?」という戸惑いも感じたが、すぐにアンコールを求めるハイテンポなリズムへと変わる。すると、「MY ONLY GRADATION」のイントロの中、葵さんがステージへ。激しいロックを力強く歌い、前方のファイアー演出が熱いステージをさらに盛り上げる。「手に入れろ 僕だけの色」という歌詞で始まるこの曲では、ファンの一人一人が好きな色のペンライトを振るのが恒例。客席は、この日一番、カラフルに彩られた。
MCでは、この日、6月18日が誕生日の葵さんへのサプライズとして、バースデーケーキが登場した後、大きな告知が2つ。まずは、初のオフィシャルファンブックが9月27日に発売されることが発表された。さらに、元Lantis代表取締役社長の井上俊次さんと、音楽プロデューサーの森康哲さんによる新たな音楽レーベル「Acro」(アクロ)が創設され、葵さんがレーベル所属第1弾のアーティストになったことも発表。まったく想定もしていなかったビッグニュースに、会場の大きな拍手からファンの喜びが伝わってきた。すでに新曲も制作中とのことだ。
ラストは2年前と同じ「ユメ⇒キミ」
うれしい告知の後、改めて歌劇団への思いを語る葵さん。
「『葵とみんな』とか『みんなに応援している葵』とかになりがちだけど、みんなの心の中に『ちび葵』を置いておいてほしいというか。本当に葵も一人一人を応援してるし、寄り添ってるし、辛いこととか悲しいこととあったら教えてほしい。ちび葵をお守りとして持って帰っていただけるとうれしいです。一人一人、応援してるからね!」
ライブを締めくくるのは、2年前の1stライブでも最後の曲だった「ユメ⇒キミ」。ポジティブな歌詞と青春感あふれるメロディーは、楽しい未来を信じる葵さんによるライブのフィナーレにふさわしい曲だ。音域も表現力も広く、激しいロックから壮大なバラードまでどんな歌でも自由自在に歌いこなす葵さんだが、筆者としては「ユメ⇒キミ」のようなストレートにポジティブな曲を歌っているときの歌声が最も魅力的に感じる。
「今日、こうして一緒に過ごした時間が葵とみんなの思い出に。葵とみんなの糧に。葵とみんなの羅針盤に。そして、葵とみんなのこれからも続く終わらない物語の1ページになればうれしいです。最後はあえて、この言葉で締めたいと思います。せーの! よっしゃ、いくぞー!」
ライブの最後に、出発の号令を叫んでライブは終了。「ありがとうございましたー」と叫び、ぴょんぴょんと跳びはねながら笑顔で両手を振る葵さんがかわいらしかった。
コロナ禍の影響や、昨年7月に「Smarprise」から独立したことによる環境の変化などもあってか、1stライブから約2年越しで実現したこのソロライブ。タイポグラフィーを効果的に使った映像など、演出の点でも見どころの多いライブではあったが、何よりも「ボーカリスト富士葵」の魅力を再確認した約2時間だった。
2017年の後半、ネタ系動画やゲーム実況をきっかけにVTuberという文化に興味を持った筆者にとって、葵さんは「こんなガチで歌の上手いVTuberいるんだ!」と驚かされた最初の存在で、ある意味では最初に知った歌系VTuber。それから3年半の間に、数え切れないほどの歌が得意なVTuberやVシンガーがデビューし、追いかけるVTuberも増えていった。それでもやはり、葵さんの歌声を聴くと、その歌唱力の高さに改めて驚きそうになる。
「キミの心の応援団長」の歌声は3年半前に出会ったときから魅力的だったが、社会も人もどこか元気がなくなりがちな今の時代こそ、さらに多くの人へと届いてほしい。代表曲がぎっしり詰まったこの2ndソロライブのアーカイブの視聴チケットは、7月4日(日)の21:00まで購入可能だ。
(TEXT & PHOTO by Daisuke Marumoto)
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