今の技術でフィクションに没頭するのは辛い? 「AIの遺電子」山田胡瓜ロングインタビュー(その3)

LINEで送る
Pocket

その1その2に続いて、マンガ「AIの遺電子」で知られる山田胡瓜(やまだきゅうり)先生のインタビューのラストをお届けしよう。

「多様性って結構残酷な言葉だと思っている」

 
──「幸せマトリックス」の話を深めると、VRChatなどのVRコミュニケーションツールはその一端を表していそうです。アバター=自分の身体というのは、今までのオンラインゲームでは感じられなかったわけですが、それがVR技術の発達により脳が騙される新しい局面に入ってきています。

山田 別の世界を体験するための情報量、その世界をリアルに感じるための相互作用が昔より増えていると感じます。僕の知り合いの大学の先生で、VRChatにハマっている人がいて、「何やるんですか?」と聞いたら、バーに行って飲みに行くって。

 
──そういうことです!

山田 でも、普通に考えるとリアルでは飲んでないわけじゃないですか。「どうやって飲むんですか?」と聞いたら、仮のグラスを持って、そこで出会った人たちと話しながら飲むとか。マジかっていう。

 
──アバター=自分の身体性を持てるようになったことが大きいわけです。飛躍しますが、その先にあるのが、リアルの世界でも別の体を自分の体のように動かせる時代が来るんじゃないかという。

山田 テレイグジスタンスですよね。今、国会議員に当選された重度に身体障害がある方が分身ロボットでの国会参加を希望されているという話がありますが、あれいいですよね。そういうのはエンターテインメントの世界だけじゃなくて、だんだん将来的に現実に入ってくるんじゃないかなって気はします。

体調を崩した男の子がインターネットを介してロボットの体に意識を移し、受験を受けるという話も描かれている(無印版6巻62話「受験当日」より)©︎山田胡瓜(秋田書店)2016

 
──パソコンのOSの上でバーチャルマシンを起動して別のOSを動かすように、人生の上で別の人生を走らせて「この人生がうまくいかなかったから、じゃあ落とそう」みたいなことができる。

山田 人生って1度しかないからやり直しが効かないから「無理ゲー」みたいな話もあって、いろいろな場所で何度も挑戦できるといいですよね。現実がたまたまうまくいかないぶん、バーチャルで楽しんでバランスをとるみたいな人も出てくるかもしれない。

 
──ただ、これもオンラインゲームでもあった話で、付き合う幸せを生む土壌があるなら、別れる不幸も出てくるわけです。結局リアルと変わらないじゃないかみたいな。

山田 情報量が増えてくると、「こっちも結局現実と同じじゃないか」ってなってしまうという。将来的には、バーチャル世界の人生、バーチャル世界がどう発展していくかを考えると、「幸せマトリックス」じゃないですが、相手はAIとか、場をAIが取り持っていたりとか、現実とは違うパワーバランスをわざとつくっていくようになると思います。

川上さん(ドワンゴ会長の川上量生氏)も言及していますが、その行き着く先は、他者がいなくて全部AIの世界です。このレベルにAIがそう簡単に達するとは思いませんが、本当に発展した未来はそうなっている可能性はあると思います。

 
──「AIの遺電子」に出てくる超AI「MICHI」の発想ですよね。

山田 どちらかというとMICHIは「全部AI」の世界にならないように振舞っているのですが、MICHIのような超AIが「全部AI」の世界を構築してくれる未来もあるかもしれない。でも現時点で超AIは存在しないので、現実の他者と向き合うことは大事だと思います。僕は保守的な人間なので、フィクションは現実を生き抜くためのものとして利用してほしい。フィクションの居心地がいいから没頭して現実に帰ってこないというのは、今現在の技術レベルでは辛いことも多いのではないでしょうか。

僕は多分、そこまで苦労してない方なので、現実がハードモードな人たちの気持ちを真に理解してない側面もありますが、現実を生き抜く上で何かヒントになるような、「リアルも頑張ろう!」って思えるようなフィクションを作りたいなというのはありますね。フィクションは現実の力学をいくらでも無視できるので、快楽原則に沿った世界というのを簡単に作れるんだけど、そうやって現実から離れていくと、そのフィクションのメッセージや感動は現実では通用しないものになってしまう。そういうことはよく考えますね。

超AIに管理された幸せは、はたして幸せなのだろうか(無印版2巻20話「お別れ」より)©︎山田胡瓜(秋田書店)2016

 
──御都合主義のストーリーで出てくる教訓は現実で使えない話も多い……って、そりゃそうですよね。ただ一方で、フィクションは、人が現実で満たされない心を埋める「待避所」としても運用されてきました。

山田 避難所としてのフィクションは意味があるし、大事だと思いますが、そこに避難したっきりで現実に希望をもてないのは、人生として辛い。

僕としては、みんなが現実で生きていける世界を目指したいから、その一助になるようなフィクションを作りたい。自分も環境が違えば、現実に希望を持てない人間になっていたかもしれないという自覚もありますしね。

「AIの遺電子」では人格をコピーして分裂する話がいくつか出てきます。どの話も、「人格は揺るぎないものと思われがちだけど、実際は同じ素体であっても置かれた環境によって変化する余地が多分にある」という思いがあります。無印版3巻の29話「トゥー・フィー」では、同じ人格だったのが違法に分裂させられて、劣悪な環境で育った方が普通に暮らしている方を乗っ取ろうとする話を描きました。

僕はたまたま環境に恵まれて、たまたま漫画家になれたけれど、何か歯車が違っていたら全然違うことをやっていただろうし、もしかしたら犯罪者になっていたり、うつ病を患って塞ぎ込んでいたかもしれない。だから犯罪を犯した人や不幸な人を見たときに、ありえたかもしれない自分をそこに見出してしまうこともあります。

人の幸せは置かれた環境によっても大きく変わってくる(無印版3巻29話「トゥー・フィー」より)©︎山田胡瓜(秋田書店)2016

 
──環境だけでなく、ドーパミンが出にくい体質だったら小さなことで幸せを感じにくいとか、生理学的要素も関係していそうです。

山田 もちろんです。それでいうと僕は人間機械論的なところがあって、結局、自分で選択できることなんて何もないんじゃないかって思っちゃうんですよね。だからこそいろんな人間がいる。

多様性とか結構残酷な言葉だと思っていて、嫌なやつやムカつくやつ、不幸な人も、全部多様性の一部になるじゃないですか。生命が冗長性を保つために必要とせざるを得ないのが多様性で、環境が変わったときに、今まで辛酸を舐めていた奴が突如メキメキと輝くこともある。逆に多様性がないと、環境の変化に対応できず全滅してしまう。生き延びるために必要だけど、残酷さを帯びてますよね。その残酷さを少しでもなくすために、みんながちょっと不愉快な思いをしてでも、お互いに支え合う社会を作ろうというのが本当の意味での多様性だと思います。

 
──だからこそ超AIみたいなのが指示してくれると楽そうですけどね。

山田 そうですね。上位存在みたいなのがいればまた違うんでしょうけど。テクノロジーがその役割をはたすというのはすごく考えています。人間が知らないうちに、世の中の不都合とか残酷さをいい感じにテクノロジーが見えないようにしてくれるという可能性はあるんですが、それはそれでちょっと心配というか……。まぁその方がいいんでしょうけど。

 
──(笑)

山田 そんなすごいAIがいるなら、その方がいいんでしょうけど、やはりディストピアというか、自分の保守的な部分が「それでいいのか!?」って警報を鳴らすんですよね。僕は現代人だから、現代の価値観を肯定したいのですが、現実を大切にしようよとか、人とコミュニケーションして仲良くしようよとか、世界の中で逞しく生きようとか、それを肯定する人間でいたいと思うし、そういうことを言いますが、そんなの未来の人間にとっては知ったこっちゃないかもしれない。未来には未来のヒューマニズムがあって、必ずしもそういうことをしなくていいという。

 
──しかしこうしてずっとお話を聞いていると、もっとぶっ飛んだ妄想が出てくるかと思いきや、胡瓜先生はだいぶ地に足がついた話が多いです。

山田 僕の好みのSFは地味なものが多くて、例えば押井守監督の「パトレイバー2」とか好きなんですが、あれってすごく地味じゃないですか。最新型のロボットが出てくるのに、全然活躍シーンがなくてヘリに撃たれたりとか、主役の乗る乗り物が完全に旧式でお払い箱という、ああいう雰囲気が好きなんです。「そんなわけないよ」と突っ込まれる要素をなるべく取り除きたい。ただ、「AIの遺電子」シリーズも、クライマックスでは地味なりに多少飛躍したつもりです。

 
──「AIの遺電子」は、特に先端技術を扱う開発者にとって刺激となるので、ぜひ読んでほしいです。最後にこれからどういった物語を書いていきたいでしょうか?

山田 心の赴くままに、作りたいものを作ると思います。AIの遺電子から広がる世界かもしれないし、全く違う世界かもしれませんが、面白いと思えるものを作りたいですね。

 
 
(TEXT by Minoru Hirota

*サイトの不具合によりその3の掲載が大幅に遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。

 
 
●関連リンク
山田胡瓜(Twitter)
AIの遺電子 1(Amazon.co.jp)
AIの遺電子 RED QUEEN 1(Amazon.co.jp)