2024年11月3日、KAMITSUBAKI STUDIO・PHENOMENON RECORDに所属するバーチャルシンガー・花譜によるソロライブ「怪歌(再)」が開催された(アーカイブ)。
2024年1月に開催された「神椿代々木決戦二〇二四 IN 代々木第一体育館」の”再演””再構築”を狙った本公演。今年最後のソロ公演ということ、なにより1月では表現しきれなかったパフォーマンスや気持ちをもう一度乗せようと試みたライブは、花譜自身にとっても大きなトライだったのは間違いない。
それに加え、1月とは異なったゲストを招集し、12月末には新作アルバム「寓話」を発表するということもあり、実は歌唱した楽曲は代々木でのライブからグッと変わっており、単なる”リトライ”ではない「4.5th ONE MAN LIVE」といっても良いほどにリビルドされた内容であった。
前日に開催された花譜も所属するV.W.Pの2ndワンマン「現象II(再)-魔女拡成-」に続いて、本公演もレポートしていこう。
「花譜です!始めます!」
前日の雨模様から一転し晴れ模様となった11月3日。秋らしい天候のなかで花譜「怪歌(再)」がスタートした。
ライブが始まるカウントダウン映像が始まると大きな歓声が上がり、「5! 4! 3! 2! 1!」と約5000人を超える観客らが声をあげていく。ただ、オープニング映像が始まれば観客はシンと静まり返り、固唾を飲んで映像を見守る。
渋谷、代々木、そして会場の幕張イベントホールへと映像がうつり、アスファルトの地面から花が咲き、ヴァーチャルな空間にいる花譜と巨大な花を捉える。
ポエトリーな語りを終えると、バンド隊がリズミカルに音を出し、それに合わせるように「KAMITSUBAKI PHILHARMONIC ORCHESTRA」によるストリングスが絡んでいく。そのままこの日最初の楽曲「青春の温度」が始まった。
「花譜です!始めます!」と元気よく声を上げた花譜。そのままイントロ部分の歌唱をハイトーンな声で歌い、間奏へ入ると、腕を突き上げる。それに合わせてオイッ!オイッ!と会場が合いの手をいれる。会場の盛り上がりは上々だ。
2曲目「未観測」へとつながると、青・紫の照明が会場を照らすなか、強いドラミングに合わせたアップテンポなバンドアンサンブルとともに花譜も自身の歌をバッチリ決めてみせる。バンド隊とストリングスによる音の厚みにも、花譜の歌声は負けることなく会場に響く。
「改めて花譜です。ついに始まりました。次の曲は、わたしの始まりの曲です」
そう語るMCの後ろでは、次曲のイントロが奏でられていく。「わたしにとってはこの曲は変わらないままだと思います。聴いてください。『糸』」と話しおわると、一気に楽曲へとつながっていく。オーケストラによるストリングスと鍵盤・シンセサイザーによるメロウな響きは、この曲が漂わせていた感傷的な香りをより引き立てる。
そのなかに混じる花譜のボーカルは、センチメンタルな匂いのなかにブレない強さのようなフィーリングを生み出していく。初めて披露されてから約6年近く、この曲の魅力・メッセージ性が変わらずあることを証明した瞬間だった。
「始まりましたー! 幕張! 盛り上がってますかー?」と笑顔でMCを始めた花譜。昨日のライブを見た人を会場に呼びかけたり、当日SNSに投稿した東京都と千葉県とで間違えていたと謝るなど、ユーモアを交えて会場に話しかけた。
オーケストラによるストリングの立ち上がりから4曲目「夜が降り止む前に」へと進んでいく。ウィスパーぎみに発声したボーカル、鍵盤とストリングスが儚さを訴える。
そのまま次曲「海に化ける」を披露、しかもそこから「人を気取る」へと繋がっていった。まるでメドレーのようであるが、ご存知のように「海に化ける」「人を気取る」は、花譜のなかでも指折りの人気曲「過去を喰らう」からの連作となる楽曲だ。
コード進行・ハーモナイズが似通っているだけでなく、自身の変化や他人への恐怖などをテーマにした2曲を立て続けに披露したわけだが、少しだけ脳裏をかすめたことがある。きっと過去の花譜であれば、この2曲はライブの終盤、ドラマティックに歌われただろうと。かつてはモラトリアムのなかでの足掻きを歌っていた彼女だが、今ではそれだけに留まらないイメージを発露するシンガーへと成長したからこそ、この序盤に披露したのだ。
続いて披露した楽曲「邂逅」、こちらも彼女にとって重要な楽曲だ。カンザキイオリが花譜に最後に書き下ろした楽曲である。
KAMITSUBAKI STUDIOが進めるSINKA LIVEシリーズのなかでもコアを担う1曲でもあり、社会に対する怒りや諦めを明確に打ち出したメッセージを、花譜が叫びまじりの歌声で表現する。非常に切迫感のある1曲を、彼女はこの日も歌いきったのだった。
怒涛の豪華ゲストを迎えたコラボパート
大きな拍手に包まれつつ、暗転した会場のなかで、ポエトリーな語りが始まる。
「ねぇ? あたしってどんな人?」
そう問いかける花譜の言葉。それは誰かの視点・目線に収まっている”花譜”の姿に興味を持つ言葉であり、つまり他クリエイターが制作した楽曲のなかにいる花譜とはなにか?と問いかける言葉でもある。ここからは花譜と他クリエイターからの提供曲・コラボパフォーマンスとなった。
新衣装「雷鳥(改)」へと着替えた花譜は、岸田繁との共作によるメロウな楽曲「愛のまま」を歌い始める。鍵盤による導きからうすく広がっていくような花譜の歌声は、ささやかさをうまくかたどっていく。続く曲は、崎山蒼志による「抱きしめて」。崎山の朴訥とした歌声と花譜の歌声が混じると、独特なナイーブさを感じさせるハーモニーとなって胸に刺さる。
さらに一気にポップへ振り切るように、ツミキとの「チューイン・ディスコ」「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ」の2曲を披露した。先程までの2曲では純朴そうであどけないオーラを醸し出していた花譜だが、ここではガラッと変わってキュートに踊りながら歌っていく。テイストは違えどシンセサウンドが会場に鳴り響き、ダンサー4人とのダンスをバッチリこなしながら歌っていく花譜は、ここ1年~2年ほどで新たに見せてきたシティ・ガールなイメージといえよう。
「それでは次はこの方と歌いたいと思います! すいちゃーん!」と星街すいせいを呼び込むと、会場が大きな声をあげて彼女を歓迎した。この日集まった観客がいちばんに期待していたであろうコラボパフォーマンスは、新曲「一世風靡」の披露であった。
シンセサウンドが生かされたポップな1曲だ。Bメロからサビへと流れていく楽曲で、ずっと踊りながら歌っていく花譜&星街の2人。会場は花譜のピンクと星街の青の2色に染められるなか、この日着ていた衣装が黒系統の色合いで揃っていたこともあり、どことなくシックかつセクシーなイメージが新しく映った。
そのまま花譜のリミックスサウンドが次々と流れていく「KAF DISCOTHEQUE」がスタート。キックドラム・シンセ・ベースとさまざまなフレーズやサウンドが強調・誇張・変形したリミックスが次々と流れるなか、スクリーンのなかで花譜は衣装・犀鳥(さいちょう)へと変身。
ピンク色の髪が一気にツインテールとなり、オレンジ色の尻尾とタイツがチャームポイントとなったこの衣装は花譜の中でももっともポップかつキラキラとした衣装だろう。そのうえで音楽同位体・可不を呼びこみ、ここから「不埒な喝采」「フォニイ」と2曲続けて披露した。
実は1月の代々木での公演では「CAN-VERSE」「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ」を歌っており、前日には「機械の声」でコラボしていたなかで、何を歌うのかと観客も期待していただろう。そんな中で2曲の披露、特に花譜と可不による「フォニイ」というのは特大のインパクトだったろう、歌い終わってもざわめきが終わらなかったほどだ。
花譜・可不による歌唱を終えると、ステージは暗転してスクリーンに映像が流れていく。建設途上のビル群とクレーンが並んだ街に、上から落ちてくる女性。「VIRTUAL BEING KAF」が登場した。
ここで最後のコラボ相手であるMoe Shopが登場し、「notice」と新曲「My Life」を披露したのだが、彼の楽曲と同時に登場したのはステージスクリーン一杯まで巨大化したVIRTUAL BEING KAFだ。シンセ・サウンドと細やかなビート感、歪みがかかったエフェクティブな花譜のボーカル、そして黒のタイトなスーツを着た巨大なVIRTUAL BEIING KAFと、SF感マシマシなムードが会場を包みこんだのだった。
「魂から魂へ伝承する。いまわたし、進化(深化)するんだ……」という語りから、自身の衣装を扇鳩(おうぎばと)へ。シリアスな緊張感あるムービーを終えると、彼女の楽曲のなかでもとびきりにキュート&ポップな「ゲシュタルト」を披露した。ステージにはVALISのメンバーがサプライズとして登場してダンスを披露し、何より重要なのはこのキュートな1曲をバッチリと歌い踊った花譜とそれに応じて盛り上がった会場である。
彼女が大きく前に腕をふると、それに合わせて「ハイッ!ハイッ!」と大きな掛け声をあげて応じる。「ゲシュタルト」と同じEPに収録された「アポカリプスより」へとうつると、ダンサブルなビートはキュートさや愛らしさではなく、すこし複雑な曲展開とともにアグレッシブな質感へと変わっていく。そんな楽曲の変化にも、会場はピタリとひっつくように盛り上がっていったのだ。
かつての彼女のイメージに引っ張られることなく、今の彼女のパフォーマンスとイメージにファンがピッタリと応えているように筆者には感じられた。
「改めて、またこの姿でも、私と会ってくれて本当にありがとう」
そしてここからライブは、代々木公演の再演というレールから一気に外れ、この日だからこその内容へとシフトしていく。
「ここから先日発表した4thアルバムから楽曲を披露します」
そうMCして、まず最初に歌い始めたのは「何者」という楽曲。ギターの単音リフとシンセサウンドがアンサンブルを引っ張り、花譜はなるたけ力強く歌っていく。水色と白のライトアップとムービーに、心の昏いところをクリアにしていくような言葉の数々。新作アルバムのなかでも映える1曲になるかと感じられた。
続く「カルぺ・ディエム」「代替嬉々」と新作からの未発表曲を立て続けに歌っていく花譜。前者はポエトリーリーディングを交えながら「生きて!生きて!生きて!」というラストの連呼が印象深く、後者は心の狂気を早口でまくし立てていく1曲だ。「代替嬉々」は全体的なメロディの流れやハーモナイズ、歌詞の言葉遣いなどを踏まえ、”大森靖子節”が効いている1曲であった。
そのまま暗転すると、エリック・サティによる「ジムノペディ第1番」が流れ始め、「深化 Alternative」についての説明がスクリーンに流れていく。ライブを通じてのパフォーマンス、音楽同位体(音声創作ソフトウェア)の制作、音楽を通して「自分」と向き合い、そして様々なアバターを使って外見から自由になること。それらを通過したことによって生まれたのが、アバターに頼らない花譜自身をメインに据えた廻花であった。
代々木での公演以来となる廻花としてのライブパフォーマンス、それは鍵盤によるゆったりとした伴奏で始まった「ターミナル」から。つづく楽曲は新曲「スタンドバイミー」、よりスローテンポになり、鍵盤とオーケストラによるストリングスとともに廻花は歌っていく。ミラーボールが光を会場中をきらめきで満たすなかで、バンド隊がくわわり、最後は泣きのギターソロも加わってドラマティックに映えていく。
「どんなかたちでも、そこに命一つで立っていることは変わりなくて。花が咲く瞬間の特別さみたいなものはきっとあるけど、すべてがそのためだけに存在した時間ではなくて、どこを切り取っても、もがきながら生き抜くことの連続なのだといまは思います」
「同じ時代を巡るだれかと、歌でも、身体でも、画面でも、何を通してでも、確かにどこかで繋がる心があったらいいなと。それがいまの私の願いです。改めて、またこの姿でも、私と会ってくれて本当にありがとうございます。」
この言葉は、真摯かつ誠実な言葉だった。「花譜と廻花という2つの名前を使いながら、自分という存在一つを捉えたい」と続けた言葉には、自己の探求や内省が自身の音楽活動と深く結びついていることがアリアリと伝わってきた。
そうした言葉につづけて彼女が歌い始めたのは、「一人暮らしをし始めて、少ししてから作った曲」と語った「テディベア」という曲。しかも、彼女は後ろにシルエットだけ見えていたアコースティックギターを肩からかけ、そこから始まったイントロ・伴奏は廻花によるアルペジオがキーとなったものだ。しっとりと、いやしんみりとしたスローバラッドは、か細い彼女の歌声にこれでもかとマッチする。
オーケストラのストリングスに伴奏はまかせ、アコースティックギターを横におくと、そのまま曲は「転校生」へ。コーラス系エフェクターがグッとかかったギターリフに、シンセサウンドとストリングスの厚みあるサウンドが絡んでいく。
次いで歌ったのは「東京、ぼくらは大丈夫かな」。こちらも新曲だ。先程までとは打って変わってのアップテンポなギターロックであり、ギターリフの軽快なリフと鍵盤2台を活かしたアレンジで、廻花もよりエネルギッシュなボーカルを見せてくれた。
初披露した「東京、僕らは大丈夫かな」に関する感想を話してくれた廻花。そのまま彼女は1月に催した代々木での「怪歌」について振り返りはじめた。
「今日ここにいる人は、すでに『廻花』というものを知った状態で来てくれていると思うんです。1月のライブのまえは、新しいことができるというワクワクよりも、これを一体どういう風に受け取ってもらえるんだろう?という不安のほうが、日が近づけば近づくほど膨らんでいった。なので、当日わたしがこの姿で歌い始めたとき、温かい拍手や声をかけてくれたことで、本当にたくさん勇気をもらえました。」
そのまま彼女は、いまなにを考え、現在の心境がどういったものなのかを深く語っていった。矛盾が混じっていたり、間違いがのこっていたり、白にも黒にもつかない曖昧模糊とした色合いだからこそ、「花譜≒廻花」というポップアートがアリアリと浮かび上がり、オリジナルの輝きが放つことができる。彼女の言葉を聞き、筆者はそんなことを考えていた。
KAMITSUBAKI ORCHESTRAによるイントロがはじまる。最後の楽曲は「かいか」。間違いなくあの日よりもポジティブに、明るい兆しが彼女の目には映っているはずで、その心模様はボーカルへと伝播していただろう。青白く明滅するスクリーンの映像とライト演出、バンド隊とストリングスによる壮大なサウンドのなかで、「はじめまして」という言葉を交わしたのだった。
先にも記したように、この日のライブは”再演”である。身も蓋もないことも言ってしまえば、観客の多くはある程度のライブの流れが分かったうえでこの日を迎えていた。種も仕掛けもわかっている手品を見に来たような、そんな様相になるのではないか? とうっすら脳裏をかすめたファンがいたかもしれない。
しかしながら、実際にはまったくその内容ではなかった。楽曲は半数近くが差し替えられており、KAMITSUBAKI ORCHESTRAによるストリングスの音色はバンドサウンドに+αの厚みを加えていた。
感情表現がより豊かになった彼女のボーカル、どんどん恥じらいが薄れているダンスや振り付けなど、彼女自身も1月のライブから約10ヶ月を通し、さまざまな経験を積んでひと回り成長していたのがアリアリと見えていた。
だからこそハッキリと書こう。ライブとは演出や曲順がある程度分かっていても、その日その瞬間でどのようなパフォーマンスをするかでグッと内容が変わっていく。音楽とは手品ではなく、魔法なのだ。彼女はこの日のライブでハッキリと示したのだ。
最後に、1月の代々木公演ではうまく伝えきれず、尾を引いていたやりきれなさを清算したという意味でも、花譜・ファンにとって大きな意味をもたらしたライブだったと思う。2025年、彼女はさらに飛躍していくはずだ。
●セットリスト
1.青春の温度
2.未観測
3.糸
4.夜が降り止む前に
5.海に化ける~人を気取る(メドレー)
6.邂逅
7.愛のまま
8.抱きしめて feat.崎山蒼志曲
9.チューイン・ディスコ~トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat.ツミキ
10.一世風靡 feat.星街すいせい
11.KAF DISCOTHEQUE
12.不埒な喝采〜フォニイ feat.可不(メドレー)
13.notice feat.Moe Shop
14.My Life feat.Moe Shop
15.ゲシュタルト
16.アポカリプスより
17.何者
18.カルぺ・ディエム
19.代替嬉々
20.ターミナル
21.スタンドバイミー
22.テディベア
23.転校生
24.東京、ぼくらは大丈夫かな
25.かいか
(TEXT by 草野虹、Photo by 小林弘輔)
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