
1月24、25日に武道館で開催された、如月千早のソロライブ「OathONE」(レポート記事)。フェスのような形式ではなく単独出演し、2時間一人で歌い通すという20年の「アイドルマスター」シリーズ史上を振り返っても非常に珍しい形式のイベントだった。
筆者はVTuberだけに限らず、初音ミクの時代からキャラクターライブを多く取材してきた。そして今回の武道館は1日目が配信、2日目が現地で参加したが、心に何かがずっと残っていて、執筆中の今に至るまでアーカイブを仕事中に流しながら何度も見てきた。その上で伝えたいのは、語るべきことが本当に多いライブだったということだ。
武道館でのキャラクターライブというと、歌い手グループの「すとぷり」(筆者は未見)、バーチャルシンガー・花譜(現地と配信で見た)、ホロライブ・星街すいせい(配信で見た)と何度か開催されてきたが、今回はまた特別だと実感している。2日間に渡る長文のレポート記事は出しているものの、個人的にとても良かったので、もう1本記事としてまとめていきたい。
文脈を踏まえた「約束」のライブアクトに共感

特に良かったのが、文脈を踏まえた「約束」だった。
ライブに先立って11月末にYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」で披露して、武道館では両日ともアンコールの最後に歌うぐらい、彼女やそのプロデューサー、そしてファンにとって大切な曲になる。
その文脈とは何か。絶対に語っておかなければならないのは、アニメのアイドルマスター20話、タイトルそのままの「約束」だろう。
あらすじを引用すると、「弟の死と両親の離婚。千早の秘密の過去がゴシップ誌に掲載された。悪意を感じる記事に千早は傷つき、歌うことができなくなってしまう。事務所にも姿を見せなくなった千早を心配して、春香(同じ事務所の天海春香)は彼女の家を訪れるが……」というもの。つまりシリアスな話というわけだ。
話の後半では、春香が千早の家を再訪。幼かった千早の弟が生前に描いた絵本を渡して、「みんなで作ったこの歌を、みんなで歌って、千早ちゃんが元気になってくれたら」と伝える。
その説得に応じて、ついに千早はライブハウスに来てくれた。そしてステージに一人で立つわけだが、ピアノソロのイントロが流れ、歌い出しになると、弟の過去の事故がフラッシュバックして声が出なくなってしまう。伴奏が流れ続ける中歌えずに「やっぱり、やっぱりもう」と諦めかける千早。そこに春香が現れて「ねぇ、今、見つめているよ」と先陣を切って歌ってくれる。続けて星井美希、菊地真……と次々と加わっていき、千早に目配せしながら「765PRO ALLSTARS」の全員でサビを合唱。
そして千早は、ステージ上で小さな頃の自分を見つける。囲まれた仲間に勇気づけられ、差し出された手を握って今までの迷いを振り切るように「うん」と微笑んで、「歩こう 果てない夢」と歌い出すのであった。舞台袖で「やった!」とガッツポーズを取るプロデューサーは、まさに視聴者の代弁者。この後のEDに流れる「約束」まで含めて、べしょべしょに泣きっぱなしの内容なのだ。
そんな辛い過去を仲間と共に克服した如月千早が、ついにリアルで、ソロで、しかも武道館でライブをする──。会場に来ればどうしても脳を焼かれたあのシーンが思い起こされるわけで、彼女のPやファンはもちろん、そうでなくともあと一押しすればすぐに涙が溢れてしまいそうという人も多かったのではないだろうか。
そこに加えて「約束」といえば、2014年の「THE IDOLM@STER 9th ANNIVERSARY WE ARE M@STERPIECE!!」(9th)も思い起こされる。
同年1月に映画「THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!」を上映し、その後の8〜10月に実施した9周年記念ツアーだ。まだキャラクター姿のxRは存在せず、声優出演のライブになる。その東京公演2日目、本編の最後からひとつ前に歌われたのが「約束」だった。
生演奏を従えて情緒たっぷりに歌う、如月千早役の今井麻美さん。徐々に感情を募らせ涙を浮かべそうになっているところ、ラスサビで他の出演の7人が現れて「歩こう 果てない道」と今度はアニメと逆の立場で歌い出す。ステージ手前の今井さんが振り向き、ステージ上段中央の春香役・中村繪里子さんに目を合わせ強く頷く。
そして今井さんがもう一度「歩こう 果てない道」と歌い出すのだが、「涙拭いて 歌っていこう 決めた道」と感極まって声を募らせて顔を覆ってしまう。すかさず7人が「歌っていこう 祈りを響すように」とサポートに入り、最後の最後、今井さんが「約束」と声を響かせる。
最後の「LaLaLa、LaLaLaLa……」はステージ全員で合唱し、今井さんが客席にもマイクを向けてみんなの声を拾おうとする。ラストの「LaLaLa」は今井さんが一人で歌い上げて、万雷の拍手で演目を終える。
アニメにさらに文脈を重ねてくるようなドラマチックな展開を目の当たりにした人なら、やっぱり涙でべしょべしょになっていたはずだ。
この2つを踏まえていると、武道館の「約束」にぶったまげてしまう。1日目のエンタメ向けロボット群「groovots」の色を使った全員集合も素晴らしかったものの、筆者は現地で参加した2日目のほうが印象に残った。直前のMCで千早はこう伝える。
「一つだけお願いがあるんです。最後に歌う曲は『約束』です。私にとってたくさんの思い出の詰まった、本当に……本当に大切な歌。でも、もっともっと思いを一つにするために、翼を広げるために、私と一緒に、一緒にこの歌を歌ってほしいんです」
ライブ慣れしている人なら、どんなに楽曲が好きでも、他のみんながアーティストの歌声を聴きに来ているのだから勝手に歌うのはNGということはわかるはず。
それが本人に、千早に一緒に歌ってとお願いされてしまう。えっ、そんな20話や9thで見てきた同じステージ……いやいやいや、恐れ多い、後ろにいるコーラス隊のすみっこのすみっこに自分が加わっていいんですか!?、と耳を疑うサプライズだった(一方で、せっかく彼女の歌声だけを聴きたかったのに、みんなが歌う流れになってあまり楽しめなかったという意見もわかるのだが)。
そして歌が始まり、自分で口ずさむと「約束」は本当に歌詞がいい。筆者としては、
「痛みをいつか勇気へと
思い出を愛に変えて
歩こう 戻れぬ道
歌おう 仲間と今
祈りを響すように
約束するよ 夢を叶える
Thank you for love」
の言葉がとても響いた。多分、10代、20代の頃にゲームセンターやXboxでアイマスを遊んで、アニメも通って耳にした「約束」と、そこから人生を十数年重ねて聞く「約束」で、受け取り方が変わったという人もいるのではないだろうか。
ラスサビの「歩こう 果てない道 歌おう 天を越えて」のあとには客席にマイクを差し出し、「約束しよう 前を向くこと」を自分たち託して歌わせてくれる。その一瞬で信頼が伝わってきて、なんだか会場のボリュームが一段と大きくなったように感じた。
最後の「LaLaLa、LaLaLaLa……」を繰り返すうちに、自然と目尻に涙を蓄えていく千早。ついには涙が頬を伝わり、口の前からマイクを下ろして、声を募らせて涙を拭ってしまう。そんな彼女が委ねた状況をサポートするように声を張り上げる客席。最後に千早が「LaLaLa」と力強く歌い上げて曲を終える。その後にセンターステージを包んだ、「ワーッ」という歓声が本当に暖かかったのだ。


20周年を迎えるコンテンツで、如月千早はまだこんなに意味深い涙を流せるのか。正直、全部事前に収録された動画を流しているだけなのかもしれない。でも、だから? 「顧客が本当に求めたもの」を余裕で超えてくる体験設計にうなりまくった。確かに、如月千早はあのステージに存在したのだ。
そしてアイマス30周年、40周年と続いて「約束」を語る際、この武道館ライブは外せない要素になるだろう。だから、各種サブスクで20話を、Blu-rayを入手して9thを、今のアーカイブで武道館を見直してほしい(同様に「M@STERPIECE」も歴史の重みがあるのだが長くなるので省略する。個人的には、The First Take→ムビマス→10th→異次元フェス→OathONEの順で体験してほしい)。
表情とモーションの繊細さに驚いた


もうひとつ、キャラクターライブをずっと取材し続けてきたXR/VTuber/メタバースのメディアだからこそ伝えておきたいことがある。なんとしても「如月千早」を武道館に存在させるという、ライブ表現への並々ならぬこだわりだ。
存在させるというと、キャラクターのリアルライブでは前代未聞の360度お客さんに囲まれるセンターステージ、エンターテインメント向け群ロボットシステム「groovots」を使った花道の移動など、舞台装置での挑戦が目を引いた。それらも素晴らしく機能していたが、装置がスゴいだけでこんなにも実在感が出せるものだろうか?
そんな疑問を元に2時間半のライブ×2日間を何度か見返したところ、気づいたのが表情とモーションへの自然さだった。
表情でいえば目の制御。特に歌において、この曲のこのパートを歌うとしたら、多分こうだろうという状態にきちんとなっていた。今回、彼女の目の動きをずっと見てわかったのが、全開/7分開き/閉じるという3パターンしかないこと。そこにほんの少し眉毛が変化するぐらいで、もちろん口は動いているのだが、先ほどの涙を流す以外はVTuberでよく用意している特殊表情(例えば「目がしいたけ」とか)もない。
だいぶ手数限られているように見受けられたにも関わらず、全開で力強さ、7分開きの遠い目で感情を乗せる、閉じるで染み入る気持ち……と、目を開閉するタイミングを細かく合わせてくることで、歌に感情を乗せていることを表現していた。その表情の解釈が、全部ではないものの筆者が思う「ここならこうなるよね」にシンクロしていたから生っぽさを感じたのだ。楽曲の多くがスローテンポで、彼女の表情に注目しがちだからこそ、この繊細な表現が光っていた。
これは、千早が他のアイドルに比べてストイックな性格で、そこまで気持ち全開で表情を変えないという前提があるから、少ない手数でも再現しやすかったというのがあるかもしれない。それでも2時間半×2日分を収録し、何人もの人が関わって見直して細部の微修正を繰り返すというのはとても面倒そうだ。
モーションについても、「多分、千早ならこの速度でこう振る舞うだろう」という動きが完璧だった。
これについては、ライブの後に公開された今井麻美さんと「アイドルマスター」シリーズ・MRプロジェクトでプロデューサーを務める石田裕亮氏が出演するオーディオコメンタリーが詳しかった。1日目の27分ぐらいから語っている今井さんによれば、立っているときの重心の置き方、子音と母音のときの口/頭/首/肋骨の動かし方、ブレスの位置など自身で「狂気の沙汰」と表現する演技指導をモーションアクターチームにお願いしていたようだ。
特にこだわったのはMCのシーンとのこと。歌唱時のモーションはゲームで見られるためプロデューサー補正で千早に見えてくることがあるかもしれないが、MCは存在しないため、どうやって彼女を顕現させるか最後まで諦めずにモーションアクターチームと取り組んだという。
モーションアクターさんへのディレクションは重要で、お任せしてキャラクターを演じてもらうと、キャラ設定を伝えていても「プロ」が考えたスマートな動きに解釈されてしまうこともある。それをどこまで理想とすり合わせられるか。もちろん予算だったり、現場の空気だったり、納期だったりで、こだわれる限度がある。
それが今回は武道館という大舞台だったこともあってか気合が入っていて、素晴らしいクオリティーに仕上がっていた。例えるなら、ゲームの動きをベースに、経験を積んで武道館に立てるほど成長したベテランの歌姫を直感させた。実際、9thの「約束」や10th「細氷」という同じ曲で、今井麻美さんと武道館の千早の動きを見比べると、姿勢や振る舞い方、速さなどが全然違うことがわかる。
厳密に全曲比較はしていないものの、それこそ「約束」のように2日間とも歌った曲でも動きが異なっていて、それぞれのセットリストで表現したいことに合わせて、愚直に表情とモーションを作り込んでいった印象がある。その地味だけど本当に丁寧な仕事のおかげで、「如月千早」の存在が強まったのだ。
あとは以前のxRライブに比べて、ライティングやシェーダーを変えたのか、よりセルルック(というかVTuberのようなイラストを元にしたようなCG)に近づいたのも個人的には好みだった。バラード中心という曲調や、センターステージという舞台装置に合わせて、なるべく会場を暗くしていたせいもあってか、CGっぽさが感じられなかったのも実在感に寄与したように感じた。過去の公演を見ると方向性の違いがわかるはずだ。
繰り返しの話になるが、長年、キャラクターのライブを取材している筆者でも、今回の武道館は特に何度も見返したくなるほどとてもよかった。
それは作り手側の成熟も関係しているのかもしれない。xRライブのプロジェクトは、2024年に「はんげつであえたら」を開催した前後から約2年間になる。だいたい手探りになる新規立ち上げで、しかも大人数が関わる数千人規模のライブを続けていくとなると、普通に考えてチームの醸成に時間がかかりそうだ。
今回でいえば、舞台装置やCG以外にも、音楽用の施設ではない武道館なのに謎に聞きやすかった音響、配信にはたまにしか映らないが会場で曲を大いに引き立てていた照明とレーザーと特効、半透明で上下できる幕とステージ土台に巻かれた特殊な円形LED、会場内のサービススクリーンや配信に映す映像の撮影とアングルの切り替え……など、さまざまなスタッフが参加している。
2時間半×2日のそれぞれのシーンにおいて、各担当と事前に何度も折衝し、現場に入ってからさらにリハーサルで実際の現場での見え方を微調整していく。それはどのライブでも同じ話になるのだが、xRというまだまだ特殊なジャンルで、かつセンターステージやgroovotsという挑戦も盛り込んでいるわけで、越えなければいけないハードルはやっぱり高いだろう。
実際にライブをやってみて気づいたよかったこと/悪かったことを2年間積み上げて臨んだ武道館。そしてどんなに準備をしてきていても、最後は本番でお客さんに気づいてもらえるように、それこそ「想いが届くように」託すしかない。そうしたすべてのピースがはまって、誰もが会場の中央に如月千早の存在を感じ、一体となれたことがとても貴重だと感じたのだ。
そんな筆者も仕事中にずっと流していたアーカイブ配信が視聴できるのも2月25日までとなる。未見の方はぜひ見ておいてほしい。
(TEXT by Minoru Hirota)
©窪岡俊之 THE IDOLM@STER™& ©Bandai Namco Entertainment Inc.
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●関連リンク
・如月千早単独武道館公演「OathONE」(公式ページ)
・如月千早単独武道館公演「OathONE」(アーカイブ配信)
・アイドルマスターシリーズ(公式サイト)
