本稿はVTuberを題材に、そのビジネスや経営戦略を考える上で重要と思われる情報整理と同時に、その展望についても考えてみる月1連載形式のnoteである。
#1および#2では、先ずVTuberという概念、および基本的なビジネスモデルについて整理を行なった。
【#1のサマリー】
・VTuberとは「タレント」と「IP」の機能をミックスした新しい仕組みである
・VTuberの成立には「タレント」と「IP」の両立が不可欠。「中の人」が変われば同一のVTuberとして機能できない
・VTuberは見た目や社会的アイデンティティの影響を軽減できることや、アニメライクな見た目を活用した強みを持てる可能性がある
・現在は「2Dモデル×大量投入によるタレント事務所モデル」がVTuberビジネスの中心となっている
【#2のサマリー】
・VTuber事務所の事業は「グッズ」「配信」「ライブ・イベント」「タイアップ」に大別される
・成長性の観点からみると、「グッズ」が先ずもって有望な事業セグメント。既存領域の強化に加え、新規領域への拡大も検討されるべきではないか
・「配信」「ライブ・イベント」「タイアップ」にも成長余地は見出せるものの、VTuberの「タレント機能の限界値」を踏まえた戦略策定が必要となる
・VTuber市場規模は約800億円かつトップ2社による寡占的な構造である
・既存領域の継続的な成長に加え、海外展開や新勢力の台頭、新規事業が加わることでVTuber市場は引き続き成長していくとみられる
#3では、これまでの議論を踏まえ、VTuberビジネスの成長戦略および展望についてご議論をさせて頂きたい。
【#3の論点】
・VTuber市場にはどのようなプレイヤーがいるか?どのような戦略の違いがあるか?
・VTuberビジネスの展望を見極めるにあたっての論点はなにか?
本連載は、下記スケジュールで引き続きVTuberビジネスの現在位置と展望について議論を行う予定である(※本連載はPANORA様にて転載を頂いております)。
- #1『前提認識の共有』(note、PANORA)
- #2『VTuber市場の概観(事業構造、市場規模)』(note、PANORA)
- #3『主なプレイヤーとその戦略方向性の整理、VTuberビジネスの展望仮説』⇦ 今回
- #4『業界関係者インタビュー』:2/27(木)投稿予定
目次
- VTuberビジネスを考える上でのフレームワーク
- 主なVTuber企業とその戦略
- どのようなプレイヤーがいるか?
- 寡占構造の要因はなにか?
- どのような成長戦略の違いがあるか?
- どのように新規タレント獲得の違いがあるか?
- VTuberビジネスの成長を考えるためのテーマ
- 「VTuberの捉え方」の方針策定
- 組織、ガバナンス設計
- VTuberビジネスの展望
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VTuberビジネスを考える上でのフレームワーク

VTuberビジネスの戦略を議論する上で、一旦の共通言語を設定したい。
上図は、VTuber企業の機能をインプット/グロース/アウトプットで整理したものである。端的には「VTuberの獲得 ⇒ 成長 ⇒活躍の場の創出」を回すことで収益が成長する構造を想定した。
今回は、このモデルをタレントインキュベーションサイクルと呼び、議論を行う上で適宜参照させて頂きたい。
主なVTuber企業とその戦略
どのようなプレイヤーがいるか?
縦軸にグループの総YouTubeチャンネル登録者数(※)、横軸に設立時期を取ると、2018年2月頃の『にじさんじ』スタート以降、様々なVTuberグループが誕生しているものの、依然として『にじさんじ』と『ホロライブ』が飛びぬけた規模感を持つことが分かる。また分布に乗せていない、より小規模のVTuberグループも無数に存在する。
(※)総YouTubeチャンネル登録者数は、グループ所属のVTuberチャンネルの他、公式チャンネルやユニットチャンネルを累計したもの。したがって1人のユーザーが複数チャンネルに登録するケースも含む。

分布の赤い点線は、総チャンネル登録者数1,000万人を示す。
データ収集時点(24/12/20)で『にじさんじ』『ホロライブ』以外に、1,000万人ラインを突破しているのは、Brave groupが運営するe-Sports配信に強みをもつ女性VTuberグループ『ぶいすぽっ!』のみとなっている(※厳密には、Brave group傘下のバーチャルエンターテイメント社が運営)。
寡占構造の要因はなにか?
この寡占構造が崩れないのは、タレントインキュベーションサイクルの各機能についてトップ2社が圧倒的であることに他ならない。
例えばグロース機能に着目すると、上位企業は無数に存在するタレント/配信者に埋もれさせることなく、グループ全体の発信力でチャンネル登録者数を0から急速かつ安定的に押し上げる「発射台」を持つ。例えば『ホロライブ』ではデビュー前、すなわち動画投稿や配信活動を本格的にスタートする以前からYouTubeチャンネル登録者数が10万人を越えた事例は、同ブランドの「発射台」の強さを物語る。
結局のところ人気商売の側面があるVTuberビジネスにおいて、新たな人気VTuberを継続的に生み出せる仕組みは強みである。
端的には、「発射台」を軸にタレントインキュベーションサイクルを高速かつ安定して回せる体制の確立に上位企業は成功している。わずかなタレントの人気に依存するよりも、グループ全体の平均値を高め、新規タレントを同水準まで持ち上げられる方が安定成長は期待しやすい。もちろん確立が出来た「発射台」も不変ではないため、継続的な成長を考えることが重要なのは明らかである。
どのような成長戦略の違いがあるか?
現時点ではIP機能⇒タレント機能の順で成功した事例は多くなく(例えばマンガとしてスタートした後、VTuber化する等)、先ずは1人のタレントとしてVTuberを立ち上げる必要がある。
一方、タレントとして認知された後は、通常のタレント事務所と異なる、IP機能や「バーチャル」な特性を発揮することになる。
ANYCOLOR社とカバー社の様々な施策は、まさにフロントランナーとしてタイアップ、ライブ・イベント、配信、グッズ事業のそれぞれで「バーチャル」を活用してきた先行事例である。

近年の傾向では、各事業領域でANYCOLOR社とカバー社は内製化を進めている傾向にある。例えば、3D配信やレコーディングを行う自社スタジオ開設(カバー社、ANYCOLOR社)を行っている他、自社ECの運営、イベント・ライブの自主企画・運営が該当する。
では、違いはなにか?
業界有識者やVTuberファンへのインタビューによると、カバー社はIP機能志向、ANYCOLOR社はタレント機能志向とされている(※直接的に各社が明言しているものではない)。加えて第3位ポジションであるBrave groupは、機能の獲得方法に違いを見出すことが出来る。
下図は、機能の獲得軸と注力軸で成長戦略の方向性を整理したものである。

例えば、『ホロライブ』の場合は日本酒や家電等、幅広くIPを活用したコラボレーションをしている他、HoloIndieというホロライブIPを活用した二次創作ゲーム開発支援の仕組みをつくっている。
ただし、タレント的な個性(日本酒が好き、加湿器に関連して話題になった…等)がコラボレーションの背景となっている点は、VTuberならではの機会創出である。


対してANYCOLOR社は、より多種多様なタレントを抱え、テレビタレント的な活用をしたコンテンツづくりを行っている他、ARライブのような新技術を独自開発する等、VTuberならではの新しい表現を模索している。
ただし売上はグッズ、すなわちIP機能が中心である点には注意したい。タレント機能に力点を置きつつも、最終的にはグッズ販売に繋げているとみるべきである。


(ANYCOLOR社へのインタビューから引用)
この2社とは異なる方法で成長に向けた機能獲得を進めるのが、Brave groupである。
Brave groupは『ぶいすぽっ!』や『HIMEHINA』等を擁するものの、他社運営のVTuberをM&A等を通じてグループに取り込んでいる。さらに、VTuberの活躍を広げる機能獲得も同時に進めている(例えば、越境EC企業との資本業務提携)。この方針は、同社の「IPエコシステム構築」からもうかがうことが出来る。

獲得後もVTuberは独立して活動を行う(例えば、獲得後に『ぶいすぽっ!』に加入させることはしていない)ものの、グループ全体で様々な機能を保有することで運営効率化や技術共有を行っているとみられる。また本筋とはズレるものの、『ぶいすぽっ!』の見た目は同一のまま、プロの声優がアフレコをしている長編アニメ製作を企画する等、IP機能軸の新たな挑戦を続けている点も特徴である。
どのように新規タレント獲得の違いがあるか?
これまでタレントインキュベーションサイクルにおけるグロース機能、アウトプット機能における方向性を整理した。さらに、VTuberの獲得(インプット機能)の方向性の違いについても述べておきたい。
新規タレント獲得では、先ず配信やタレント活動の経験者か?未経験者か?が論点になる。いずれもメリット/デメリットがあるため、どちらが良いと断定することは出来ないものの、この軸でみたときのトップ2社には違いがある。
例えば『にじさんじ』は、VTA(Virtual Talent Academy; バーチャル・タレント・アカデミー)というタレント育成プロジェクトを行っている。

VTAはアイドル業界における「研究生」や「練習生」に近い施策である。すなわち、いきなり『にじさんじ』としてデビューするのではなく、VTA生としてレッスンを受け、活躍できるVTuberへの成長を目指す。
またVTAの過程から配信活動も行う。ただしVTA生の配信は、3Dモデルや2Dモデルよりもさらに簡素な「立ち絵」、すなわち全く動かないイラストのみを表示して配信を行っていることから、あくまでVTA生のトレーニングやテストマーケティング的な位置づけである。

VTAの仕組みは、タレントスキル育成が出来る他、ファンの評価を事前確認できること、有望な人材を低コストで囲い込める…等のメリットが期待できる。一方、アマチュアであることに起因するトラブルや管理体制の難しさも想定される。
VTuberの世界全体でも、未経験層の開拓にチャレンジしている企業は少ない。VTuber×未経験層の開拓でANYCOLOR社が一歩進んだ体制構築が出来るかどうかは、これからも注目すべきポイントであろう。
対象的に『ホロライブ』の場合は、あくまで「公然の秘密」ではあるため詳細は触れないものの、直近でもタレントや配信経験のある活動者を採用する傾向にあるとされている。
参考までに、黎明期の人材獲得を比較すると、上位2社の人材獲得傾向は過去から現在まであまり変わっていないことがうかがえる。
『にじさんじ』の場合は(語弊を恐れず書けば)、”たまたま”な要素が大きい。詳細は#1をご参照頂ければと思うが、同社は一般向けアプリのイメージモデル達のタレントスキルの高さが”たまたま”突出していたため成長した、アマチュア由来のグループである。
一方の『ホロライブ』は、より戦略的にタレント人材を獲得していた。こちらもマナー違反であるものの、ニコニコ動画等で活躍してた配信者を積極的に「中の人」として取り込んでいたのは「公然の秘密」である。すなわち、活動者として成功を収めている才能を主に取り込むことで黎明期の成功を果たしたグループとも解釈できる。
VTuberビジネスの成長を考えるためのテーマ
下図では、経営戦略コンサルティングファームに持ち込まれやすいテーマの一部をあげつつ、VTuber企業の成長を想定した論点を書き出している。
いずれのテーマもVTuberビジネスの成長を考える上で検討が必要と思われる。そのため、これまでは事業戦略を中心に整理を行ってきた次第である。

その他の項目も同様に重要であるものの、全てについて議論を行うと膨大な量になるため、特にVTuberビジネス固有の視点が必要そうなテーマについて補足したい。
「VTuberの捉え方」の方針策定
#1でも述べた通り、VTuberという新しい存在の捉え方については様々な議論が行われている。ビジネスとしてみる場合、VTuberをIPとみるか?タレントとみるのか?両方ならばどのような配分でみるのか?は重要な論点である。この捉え方によって各事業へのリソース配分の方針が決まり、そして事業開発/タレントの稼働/組織づくりの在り方…等へ落とし込まれていくためである。
これまでの議論を踏まえると、VTuberの本質的な価値とはIP機能とタレント機能の両立にある。そして成長領域としてグッズ(IP機能)へは重きを置く必要がある一方、この機能を支えるのはタレント機能とすると、「どう配分するか?」を考える方がリーズナブルではないか。
具体的な配分に関してはビジョンの在り方によって変わるため、ここでは議論を行わないものの、VTuberの捉え方が戦略策定に影響を及ぼすため、どのようにVTuberを捉えるかは検討しておくべきテーマである。
組織、ガバナンス設計
上位企業に限らずVTuber企業の組織の在り方について様々な議論が起きている。
特にVTuberと企業の関係性については、VTuberが”卒業”する(企業所属のタレント活動を辞める)際には、ファンから不満が生じるケースがしばしば観測される。また別の観点では、カバー社が下請法違反で公正取引委員会から勧告を受けたことも記憶に新しく(参考:カバー社リリース)、外部クリエイターとの連携にも課題があることがうかがえる。
これらの事象を企業の能力不足とするのは簡単であるものの、一歩踏み込んで考えてみると、ビジネス人材、クリエイター人材、タレント人材を動的に動かし続ける「異能調和」な経営の知見/経験/検討が誰にとっても不足している状況とも捉えられる。
現時点までで種々発生した不祥事を擁護するものではないものの、歴史的にみても「異能調和」経営は新しい分野であるため、リアルとバーチャルに跨りつつ、異なる能力/価値観を調和させる事業体を目指した誠実な議論が必要である。
VTuberビジネスの展望
【VTuber企業への投げかけ】ジレンマへの真摯な向き合いに、次世代VTuber企業の競争力がある
そもそも、今後VTuberはなくなるのだろうか?
その姿や定義は変容していくと思われるものの、「IP機能(「バーチャル」な見た目)とタレント機能(人間的な個性・魅力)を兼ね備えた存在」が完全に消失するとは考えにくい。すると、この存在を活用したビジネスをつくることを考える企業も引き続き存在するだろう。
資金力や発信力を武器に強力な「発射台」をつくる事例や、K-POPのように徹底的にタレントスキルを磨き込んだ人材を送り出す事例、新技術を活用して想像も出来ない施策で参入する事例も想像される。
しかしながらそのような状況でも、VTuber企業達は下図のようなジレンマから避けることは難しい。

似たようなジレンマはどのような業態でも発生するものの、特にVTuberビジネスの場合は、プロトコル間の距離の遠さが問題となる。
#1で「クリエイティブと経営の両立」に関心があることを述べたが、VTuberビジネスの場合は、クリエイターに加え、タレントも「一心同体」となるため、その複雑性はさらに増す。
特性の異なるビジネス/クリエイティブ/タレント人材をまとめ、イベントやグッズといった異なるルールを持つ事業を同時に行い、さらには海外展開も必要と想像すると、経営を整えていく苦しみは想像に難くない。
このジレンマを一気に解決する方法はない。一方、あらゆるVTuber企業もいずれは同じ苦しみに直面するならば、異能な人材をどのようにまとめ、どのように出力するか?に向き合い、解決策を蓄積することが次世代VTuber企業の競争力になるのではないか(参考:『二項動態経営』)。
あわよくば日本企業がこの競争力を先んじて獲得することで、グローバルに広がる「VTuberフォーマット」のトップランナーであり続けることを期待したい。
【VTuber企業以外への投げかけ】VTuberの裾野は広がる
上記は主にVTuberを扱う企業に向けての期待になるものの、それ以外の企業についてはどうか。
これまでの整理からも分かるように、VTuberとはコンテンツやデジタル技術を応用して「タレント」と「IP」の機能をミックスさせた新しいクリエイティブの仕組みである。
この発想は何ら制限されるものではなく、あらゆるクリエイティブの選択肢の1つとして組み込まれていくだろう。
そのため、現在の「VTuberブーム」を、固有のタレント(あるいはキャラクター)によるものと捉えると新たな機会を逸することになる。
企業のあらゆるクリエイティブを考える上でVTuberの存在を感じる場面も増える中で、単純なタレント/インフルエンサーとしての起用ではなくVTuberの機能的側面にフォーカスして捉えてみることが、新たな価値創造に繋がる可能性がある。
またVTuber企業も「一過性の人気」に依存することなく、VTuberの本質的な価値を探索しつつ、その価値を最大化する経営を行うことへ期待する。
まとめ
#3の議論の整理は下記の通りである。
【#3のサマリー】
・VTuberビジネスは、先ず優秀なタレントを抑え、次のタレントを再生産するための「発射台」を確立することが重要
・「発射台」確立以降の成長戦略は、先行企業も模索段階。しかしながらタレント軸/IP軸への志向性の違いが徐々にみられ始めている
・今後のVTuberビジネスの成長には、異能人材×出力方法×出力地域を整合させるジレンマに向き合うことが重要
・その上で、VTuberの仕組みが引き続き存在し続けることを前提に、「人気」以外の価値創造へのチャレンジも期待される
#1~#3を通じてVTuberビジネスの大枠をお伝えしたものの、#3だけで約8,100文字、全編を通じて約2.3万字にお付き合い頂いたことに感謝を申し上げる。
#4ではこれまでの議論を踏まえ、当事者としてVTuberビジネスに関わる方をお呼びした上で、VTuberビジネスを内部からどのようにみているかをうかがう予定である。
本稿の後半にかけて、少々抽象的かつ発散的な議論になってしまったため、インタビューを通じてより具体的な展望についても議論を行いたい。
本記事の執筆者は株式会社コーポレイトディレクションの松元です。
経営コンサルタントとして様々な業界の新規事業策定および実行支援、中長期経営戦略策定支援業務等に従事している他、特にバーチャル×エンタメ/コンテンツ領域に関心があるため、VTuber他、メタバースやXR分野のウォッチをしています。
略歴:
慶應義塾大学を卒業した後、三井物産株式会社入社。MBA取得を経て、現在に至る
主要プロジェクト:
【新規事業開発支援】
・建材メーカーの新規事業策定支援
・ヘルスケア企業の新規スポーツ関連事業策定支援
【経営戦略策定業務】
・放送局の新規メディア事業成長戦略策定支援
・製薬企業の東南アジア展開戦略策定支援
・玩具メーカーの中期経営計画策定支援
【調査関連業務】
・放送局の事業投資に向けたビジネス・デューデリジェンス
・医療機関買収に向けたビジネス・デューデリジェンス
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