
今、最も著名で、影響力のあるVTuberやバーチャルシンガーは誰か?
このような問いかけがファンの間でひろまったら、どんな名前が上がるだろう?
ホロライブに所属する宝鐘マリンや兎田ぺこら、にじさんじで活躍する葛葉、叶、月ノ美兎ら、いや今年に入ってカムバックを果たしたKizuna AIをあげる人だっているはず。
だがおそらく、シーンの内外において存在感を常に発し続けている彼女が、今最も旬で存在感を持っているといっても過言ではない。
ホロライブ所属、星街すいせいだ。
今回は彼女が2025年1月22日にリリースした3枚目のフルアルバム「新星目録」のみならず、その後に発表したいくつかの楽曲について、そこから導かれる読解などを記していこうとおもう。
アルバム「新星目録」へ至るまでを振り返る
星街すいせいは、2018年3月に自身のYouTubeチャンネルにて動画を初投稿、その歩みをスタートさせた。ファンにはよく知られている話だが、いちばん最初に使用していたビジュアルは本人が描き、制作したもので、そもそも当初はホロライブからデビューしたわけではなかった。
デビュー1周年を迎えたタイミングでリリースした「天球、彗星は夜を跨いで」。この今も見ることができるMVは、星街自身が制作したアニメーションとなっている。
最近VTuberのファンになった方からは少し意外に思われるかもしれないが、”創作意欲”がそもそも高い人物がVTuberとなるケースは多く、星街すいせいも同じタイプのクリエイター気質の強いタレントという見方もされていた。
2019年5月19日に、カバー社が当時新たに設立したイノナカミュージックにオリジナルメンバーとして加入すると、同年12月にホロライブへと転籍。ここから現在に繋がる、配信活動と音楽活動を両立した活動をスタートさせた。
2020年3月22日に配信されたデビュー2周年を祝う楽曲「NEXT COLOR PLANET」がリリースされると、パーティ感あるポップなサウンドでホロライブリスナーから話題を呼ぶことになった。この時期はコロナウイルスが世界で猛威をふるったタイミングだったが、彼女のみならずVTuberシーン全体に大きな注目が集まるキッカケになったことは、今更文字を割く必要もないことだろう。
高い注目度のなかで2021年9月29日に1stアルバム「Still Still Stellar」をリリースすると、バラエティー豊かな楽曲群のなかで芯の入ったボーカルを披露し、”ホロライブの歌姫”としての立ち位置を固めていくことになる。
2021年4月から2023年10月まで声優・田所あずさとのラジオ番組「星街すいせい・田所あずさ 平行線すくらんぶる」でラジオMCを務め、2022年3月末からは人気トラックメイカー・TAKU INOUEとの2人組ユニットMidnight Grand Orchestra(略称:ミドグラ)にボーカリストとして参加。なによりYouTubeでの配信も続けていたこともあり、少しずつ彼女の名が知られていくことになった。
2023年1月には2ndアルバム「Specter」をリリース。本作では「灼熱にて純情(wii-wii-woo)」「TEMPLATE」「みちづれ」「Newton」といった楽曲で、田淵智也、キタニタツヤ、Ayase(YOASOBI)、じんといったロックミュージックを背景に持ったクリエイターを多数起用した。
「ライブで生バンドを引き連れたパフォーマンスがみたい」というファンからの声を聞き、作品に反映させたと彼女は語っているが、芯のある歌声を持っていた彼女にロックサウンドは抜群に相性がよく、ある種の力強さやパワフルさを引き出すことに成功した。
実際、「Specter」リリースして3日後となる2023年1月28日に開催されたセカンドライブ「Hoshimachi Suisei 2nd Solo Live “Shout in Crisis”」では、生バンドともにライブに臨むと、そのパワフルな歌声を遺憾なく見せつけたのだ。
しかもアルバムリリース直前となる1月20日には、人気YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」にVTuberとして初めて出演すると、披露した「Stellar Stellar」に称賛の声が集まることになった。それはホロライブのファンだけではなく、このチャンネルを長く見ていたファンや音楽ファンからの声であり、このヒットがキッカケとなってVTuber”外”からの注目を一気に高めることになった。
人気チャンネルへの参加と高パフォーマンス、新作アルバムリリース、そしてライブ公演へ。ホロライブ側が事前に仕込んでいたメディア露出と仕掛けだったと思うが、その反響はおそらく想定を飛び越えたはずだ。
望外なほどの注目と評価を集めることに成功し、その後の活動に多大な影響を与えることになった。
実はこの時期を乗り越えた後、彼女は配信ペースをグッと落とすことになる。
ファーストアルバムリリース時期からセカンドアルバムを迎える約1年半の間に、3Dライブの準備や監修・FPS大会への出場・ダンスレッスンに、もちろん歌唱曲の覚えや収録が重なったことで、慢性鼻炎と喉の調子が悪化し、2022年9月に手術を行なっていた。
「周囲は褒めるが、自分的にはうまく歌えていない」というジレンマを抱えていたと彼女は振り返る。こういった苦境にあって、配信上で手術ネタを披露する辺りに、彼女のしたたかさが感じられる。だが忘れてはいけない、彼女は心身ともダメージを負っていたのだ。
ちなみに、現在も星街は治療をつづけており、その治療を彼女は「鼻ドス」と表現していたが、ホロライブには同じような症状に悩んでいたメンバーが多かったようで、大空スバル、常闇トワ、響咲リオナといったメンバーが「鼻ドス」治療を受けるようになっている。
本作リリースならびにライブ出演後、喉や鼻の調子がまだまだ本調子に戻っていなかったことや、それまでの約1年半で怒涛のような活動をしていたことも相まって、ライブ配信は月に5~7回ほどのペースへと変わることに。反対に、ショート動画やライブのワンシーンを収めた動画に、自身のオリジナル楽曲や歌ってみた動画、そしてホロライブのメンバーとの仲睦まじい動画を投稿するようになった。
時間を先へ進め、「ビビデバ」をリリースして大きなブレイクを果たした後の2024年6月23日の配信で、「配信でハマった星詠みはもう諦めたほうがいいですか?」というコメントが書き込まれた。
そのコメントを拾った星街は、「すいちゃんの配信頻度があがることは諦めたほうがいいですか? という話だったら、諦めたほうがいいかもしれない」とひと声かけ、「配信活動をやめようという考えは別にないの、だけど配信よりもやりたいことがいっぱいある」と付け加えた。
2023年初めから現在にかけて、星街すいせいは少しずつ彼女自身が臨む活動へと焦点をあわせていくことになった。
「ビビデバ」から「新星目録」へ 星街すいせいから新たな提示となった一枚
大きな注目を集めるアクションから約1年が経過した2024年3月22日。この日に発表された楽曲で、星街の活動はより一段階、いや二段階以上のうえの次元へと上り詰めることになった。
「ビビデバ」のリリースだ。
自身の活動6周年&誕生日ライブにて初お披露目されたこの曲は、ミュージックビデオが公開されるとともにInstagramやTikTokなどで「踊ってみた」動画のネタとして大いに流行ることになる。
翌月7日にはVTuber史上最速の16日で1000万回再生を突破すると、11月15日には1億回再生を突破。2025年1月にはBillboard JAPANチャートにおけるストリーミングの累計再生回数1億回を超え、VTuber~バーチャルシンガーとして初の1億回突破となった。
「ビビデバ」にまつわる考察は、以前の連載でしっかりと触れたので、興味がある方はこちらを読んでほしい。
拡張と変幻、同調と同居、対比と更新といったメッセージが読み解けるなかに、「ビビデ!バビデ!ブゥーワ!」という往年の名台詞とともにダンスするというユーモアが混ざりあった楽曲は、THE FIRST TAKEへの出演が先んじて彼女の知名度をぐっと上げていたことが影響し、文字通りに「大ヒット」となったのだ。
勢いに乗る彼女は、2024年には新曲「ムーンライト」「AWAKE」と新曲をリリースし、テレビやラジオ番組へ次々に出演していく。
「ムーンライト」ではPRの一環として渋谷のセンター街で行われたゲリラ路上ライブが開催され、「AWAKE」では同じく渋谷の街のなかを闊歩する星街をアニメーション作画で描くという内容で、渋谷をイメージにした都会感と2Dと3Dをクロスしていく「ビビデバ」「ムーンライト」「AWAKE」に、一貫性を感じたファンも多くいるだろう。
2024年11月から行なわれたライブツアー「Hoshimachi Suisei Live tour “Spectra of Nova”」では、そんなアッパーなムードに魅入られたファンが大集合。筆者もさいたまスーパーアリーナでの公演についてライブレポートを執筆した。
これは肌感覚の話になるが、「いまこの瞬間、もっとも輝いていて盛り上がっているアーティスト」のライブは、ライブ始まる前から独特の高揚感や期待感が、観客からにじみ出ているように感じられる。さいたまスーパーアリーナでの公演はまさにそれを感じさせてくれるもので、いままさに昇り龍である彼女だから発することのできるバイブスやオーラが、知らず知らずのうちにファンを熱狂へと導いている、といえば正確だろうか。
そういった上り調子のなかで、2025年1月22日にリリースされたのが3枚目のフルアルバム「新星目録」だ。
少し落ち着いて読み解いてみよう。
普段からよく目にしている「目録」という言葉だが、その意味は「品名・内容・数量などを書き並べてみやすくした文書」という意味になる。そこに新星という言葉がくっついている。
そうすると、アルバムタイトルはこのように読める。「星街すいせいによる新しい目録(内容)」と。つまり今作は、「星街すいせいによる新たなイメージの提示」という意味合いがこめられた作品ではないか?
そうなると、先に上げた「ビビデバ」でのレビューでも描いていたような、バーチャルとリアル/2Dと3Dの垣根を飛び越えていこうとする果敢な挑戦・跳躍が大きなテーマとして上がってくるだろう。
音楽的にみてみると、前作「Specter」ではストレートな8ビートにエレキが乗っかったロック色を強めたが、そのエネルギーは星町の低めな声色やサウンドの骨太さへと今作では置き換わった。代わりにダンサブルな要素、ファンキーなグルーヴ、ブラスサウンド、ダンス・ポップ、グルーヴィ&メロウな楽曲がウェイトを多く占める。
アルバム前半にズラリと並んだ「ビビデバ」「AWAKE」「ビーナスバグ」「Caramel Pain」「ムーンライト」は、そういった要素やテーマを交差させた楽曲であることからも、かなり意識的なのが伝わってくる。
さらにこれら5曲は、本作リリース前後にミュージックビデオが続々と投稿された。実写とアニメーションの映像美をかけあわせ、自身の本音にウソをつくことなく、自分自身をつよく提示しようとする女性像、あるいはそういった理想像に憧れて葛藤しながらもがく人物像が描かれている。
後半には同じバーチャルシンガーとしてシーンを引っ張る花譜とのコラボ曲「DEADPPOOL」に、人気ボカロP Kanariaとの楽曲「レクイエム」が並ぶ。そんななかで、「ザイオン」や「綺麗事」といった楽曲では、心のどこかで尾を引くような悔しさや痛みが滲む。
言葉を詰めてラップ&フロウのような歌唱が求められていた前半の楽曲から打って変わり、ロングトーンとビブラートを活かして、感情の揺れ動きや機微を表現するボーカル曲となっている。
指を差されて笑われて
下を向かず歩いてきた
気丈に笑うの不敵に
密かに手のひら握りしめ
踏み出し続けたい
選ばれなくとも
Now it is time to make a choice
「ザイオン」
本音も言えない日常には
ただ「理想なんて」と嘲け笑う声
言い返す言葉も選べずに
ただ増していく痛み
虚勢を張る衝動で隠して
綺麗なままで生きてたいのか
諦めを塗り重ねて
「本当」が見えなくなってしまうんだ
「綺麗事」
特に本作ラストを飾る「綺麗事」は、アルバムリリースから約4ヵ月後となる5月19日にミュージックビデオが公開された。アニメ制作会社CloverWorksによるアニメーションは、「当時の自分自身」「学生時代の自分自身」「いまの自分自身」が対比的に描かれ、自分自身のあり方や感情を探し求めていくというストーリー内容となっている。
この曲は、星街すいせい本人による初めての作詞曲である。幼い頃、夢半ばの頃、いま現在と3人の星街を描いていくという内容を、星街自身が指示したかは不明だが、このミュージックビデオを見ることで本曲のメッセージがより立体的に掴むことができる。
綺麗事を口走ってしまう自分が嫌いだから、歌を歌う。すべてを包み込むような優しい言葉や愛情を届けたいが、うまくいかないこともある。そんな不完全で、情けなくて愚かな自分だとしても、歌を歌っていきたい。どこまでもついて回る”彼女自身”という実像に、最後は誠実であろうと歌うのだ。
この誠実さ、人間味、人間臭さは、アルバム前半で描いていた自身の虚像に操られず、強い自分像を提示しようとすることとストレートに結びつき、バーチャルとリアル/2Dと3Dの垣根を飛び越えていこうというメッセージやイメージを補強してくれる。
2Dと3Dを縦横無尽につかって渋谷の街のなかをカジュアルかつゴージャスに闊歩しながら、歯ぎしりしてしまいそうなほどの悔恨も抱えながら、まっすぐに歌っていく。その2つの姿・イメージ・メッセージを通し、星街すいせいはファンを魅了している。
星街すいせいは今作について
チームの中でも1stはキラキラ、2ndはギラギラと言っていて、「じゃあ、その次は何だろう」と悩んだ結果、「だったら爆発するか」と。そこから「新時代を作ろう」みたいなイメージになって、”革命”というワードがコンセプトになりました。
https://www.billboard-japan.com/special/detail/4717
インタビューでこのように語っている。リリース後に開催された日本武道館でのライブタイトルが「SuperNova」ということも踏まえ、単なる個々人の心のなかで起こることではなく、音楽シーンや社会からの視線をひっくり返そうという、真っ当な意味合いでの”革命””SuperNova”を起こそうとしているのは間違いない。
・星街すいせい武道館ライブ「SuperNova」レポート 彼女とホロライブの歴史 次の目標を感じさせた珠玉のステージ
筆者が本作を聞き、日本武道館公演を見て捉えてしまうのは、彼女自身がそのメッセージ性をアップデートさせ、より射程を広げたこと。その向こう側にかすかに見える希望と不安感だ。
新しい星の目録(内容)から読み溶けるのは、深く深く自分自身を見つめ直し、その歌声だけでなく言葉としても感情をかたどっていきながら、場所やフィールドを問わずどこへでも自身を登場させていこうという心意気。そして、アニメーションと実写というギャップから生まれる溝や固定概念を、大いに揺らし続けてやろうという野心である。
いま日本でもノリにノッている女性シンガーのうちの1人による、アッパーなエネルギーや固く強い骨太なパワフルさが詰め込まれた1枚だと言える。
こういった野心に溢れた感情や目論見は、デビュー当初の彼女はおろか、ファーストアルバムをリリースしたときですら感じていなかっただろう。
振り返ってみれば、星街個人としての活動に始まり、ホロライブ・イノナカミュージックへの加入と転籍、コロナ禍が起こり数年にわたって活動に支障が出たうえに、今度は喉や鼻にダメージを負ってしまうが、1年毎にヒットソングと印象的なモーメントを生み出した。
デビューした当初から”想定外””予定外”の繰り返しでそのキャリアを歩み続けた結果、彼女が理想と感じていたであろうファンからの人気や影響力は大きく飛び越え、デビュー時に掲げていた目標の場所・日本武道館でのライブを完遂してしまうことになった。
では、星街すいせいという存在は、太陽圏外へと到達し、太陽系を脱出してしまったのだろうか?いやそんなことなはい。日本武道館公演『SuperNova』において、彼女は次なる目標を東京ドームと掲げ、翌日には公式サイトのプロフィールも「いつか東京ドームでライブをすることを夢見て活動している。」と変更された。
先日までテレビ放映されていた『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』では「もうどうなってもいいや」「夜に咲く」の2曲が起用され、シーンを飛び越えて彼女の存在が知れわたるようになった。今後も様々な場所で彼女の歌声が響き、時には青髪をサイドポニーにまとめてチェック柄の衣装を着た姿を見せてくれるだろう。
さて、さきほど文章表現として「太陽圏外へ到達」「太陽系を脱出」と書かせてもらったが、これは主に人工衛星(宇宙探査機)に対して使われる言葉だ。地球や太陽系の天体の観測を終えた人工衛星には、さまざまな役割が求められている。
恒星間空間の観測、太陽圏の構造理解、地球外知的生命体へのメッセージなどさまざまあるが、ことVTuber~バーチャルタレントシーンと芸能界や音楽シーンといったものに置き換えてみれば、星街すいせいはまさに特派員であり、シーンを大きく跨いでやってきたバーチャルタレントシーンの代弁者というべきだろう。
実は、VTuberなぞ一つも知らないアニメファンの友人や音楽好きから、「星街すいせいってどんなひとなの?」と問われることも少なくない。「『ビビデバ』を歌っている映像をみて、うちの子がファンになったみたいで……」と4歳の子どもについて話してくれた友人もいた。
「アニメキャラクターのようなルックスで素晴らしい歌声と音楽を披露してくれる存在」
それが当たり前の光景へと変わっていく。時代が変わっていくひと時を、今まさに目にしているのだ。
(TEXT by 草野虹)
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