ドワンゴは30、31日、埼玉県川口市の川口総合文化センターにて、音楽ライブ「VTuber Fes Japan 2021」を開催した。フェスの名に相応しく、2日間で総勢60名のバーチャルタレントが出演。息つく間もない名曲ラッシュで、リアルとネットの会場に集まったファンを大いに熱狂させていた。
一言で形容するなら、そこにVTuberの歴史がすべて詰まっている超豪華なステージだった。そして、ドワンゴという日本のネット文化を育んできた企業だからこそ実現できた内容だと実感した。今回もリアル会場を取材したので、現場の空気も含めてレポートしていこう。2ページ目からは、公式写真によるフォトレポートもまとめた。
「ただいま」と「大好き」を歌にのせて、キミに。
この1年、エンターテインメント業界を苦しめ続けているのは、外でもない新型コロナウイルスだ。VTuberやバーチャルタレントであっても例外ではない。
VTuber Fes Japanも、元々2020年4月の「ニコニコネット超会議2020」に合わせて実施予定だったが、一度目の緊急事態宣言を受けて延期を発表。この1月30、31日も二度目の緊急事態宣言が被り、ほかのバーチャルタレントのイベントが続々とオンライン化していく中、厳戒態勢を取った上でのリアル&ネット配信の実施となった。具体的には、検温、アルコール消毒、離れて行列、座席もひとつ隣を空ける、現場では発生禁止……といった具合だ。
しかし、そうした制限の中でも、ファンは現場に集まって応援したいのだ。生バンドによる体の芯にまで響く大音量と、ホールにあふれる美しい照明とレーザービームの光、そしてステージで輝く「推し」。その瞬間を目撃して、完全燃焼したい。音楽は活力で、ライブは生の源。
今回、オープニング映像が終わり、1曲目が始まるとすぐに客席が総立ちになり、あらゆるところで笑顔が爆発して、ペンライトが激しく揺れ動いていた様子を見て、「本当にみんな待っていたんだな」という気持ちが伝わってきた。一方で、新型コロナでみんな現場のエンタメに飢えて、ストレスが溜まっていたんだな……という思いも感じた。
今回のイベントに付けられた「『ただいま』と『大好き』を歌にのせて、キミに。」というキャッチコピーからも、運営側の思いが伝わってくる。そもそも総勢60名という規模のイベントを再調整するのは、関係するスタッフなどの人数を考慮すると、想像するだけでも胃が痛くなる作業だ。しかも、VTuber業界自体がどんどんメジャーになっていき、タレントによってはわずか半年の間に知名度があがって、スケジュールを抑えるのすら難しくなっているというケースもあるだろう。もちろん、タレント側も大舞台に立って、ファンと触れ合う貴重な機会を失いたい訳がない。
表に出ないところで様々な苦労があり、それでもこのフェスを現場で迎えられたことは僥倖といえるだろう。
VTuberの歴史を体現したステージ
肝心のライブ本編だが、語るべき要素が多い。まず触れたいのは、出演メンバーとセットリストの豪華さだ。
なにせ60名も出演するのにステージがひとつしかなく、1日2時間ほどなので、どうしても一人あたり1〜2曲ぐらいしか歌えない。その結果、多くの人が知ってて盛り上がれる代表曲やカバーが息つく間もなく連発するという結果になった。
まるでメインが延々と運ばれてくるコース料理のようで、イントロが流れるたびに客席がペンライトで喜びをステージに返していたのが印象に残っている。このメンバーとセットリストだけで、もう「勝ち確」といって申し分ない。
出演者の多様性も見逃せない。冒頭でも触れたように、出演者がそのままVTuberの歴史を表しているのがスゴい。
VTuberが爆発的に注目を集めたのは、2017年12月頃。当時は3Dの体かつ動画での投稿が主流の時代だったが、その前の黎明期から名を上げていた大御所たちももちろん今回出演していた。例えば、Kizuna AI(キズナアイ)さん、ミライアカリさん、電脳少女シロさん、富士葵さんらだ。
彼女たちは、そもそも市場が固まってない中からスタートして、3年という短い期間でトライ&エラーを繰り返してきた。多くの成功を掴んだし、困難にも当たってきた。途中で仲間が辞めていったり、事務所を移籍したケースもある。バーチャルタレントとして様々な経験をした上で、それでも前線で走り続ける彼女たちだからこそ、その歌声が心にとても響いてくる。
Kizuna AIさんの「the MIRACLE」やミライアカリさんの「Fly to NEW WORLD」、富士葵さんの「シンビジウム」は歌詞に彼女たちの人生が重なっており、聴いていて大いに揺さぶられた。電脳少女シロさんの「叩ケ 叩ケ 手ェ叩ケ」も、客席と一体となって楽しめる「ライブ映え」曲で、現場で体験して興奮を抑えきれなかった。
2018年からは、一芸に秀でたVTuberが増え始める。例えばバーチャルシンガーでいえば、YuNiさん、田中ヒメさんと鈴木ヒナさんによる「HIMEHINA」、LITAさんとLIZさんによる「KMNZ」、天神子兎音さん、「KAMITSUBAKI STUDIO」の花譜さん、「Re:AcT」の獅子神レオナさんらだ。
ライブで個人的に印象に残ったのは、HIMEHINAの「水たまりロンド」と、花譜さんと理芽さんの「まほう」だ。前者は、2人のモノローグによって語られたコロナ禍の中で生まれたというストーリーに自然と引き込まれ、後者は2人のユニゾンの力強さに魅了された。
ゲーム実況ジャンルの先駆けとなった猫宮ひなたさん、企業勢の燦鳥ノムさんも2018年のデビューだ。名取さなさん、ピーナッツくん&ぽんぽこさん(筆者註:ピーナツくん自体は2017年組)のように、企業に所属しない、個人勢という流れもこの年に生み出された。
外せないのは、「.LIVE」「にじさんじ」「ホロライブ」という「箱」(グループ化)の概念が2018年に生まれたことだ。2019年には「にじさんじ」から毎月タレントがデビューしていき、異彩を放つ個性とコラボの魅力で多くのファンを惹きつけた。2020年を迎えると、今度はネットミームや生配信自体の面白さなどを通じて「ホロライブプロダクション」が海外にまで広まる結果となった。
今や「にじさんじ」は100名、「ホロライブプロダクション」は50名を超える大所帯にまで成長し、自前のタレントだけでフェス規模のイベントが実現できる状況だ。今回の1日目には、そうしたライブにおいて象徴的に歌われる「にじさんじ」の「Virtual to Live」、「ホロライブ」の「Shiny Smily Story」という全体曲が同じステージで披露された。これは、おそらく史上初の快挙と思われる。
バーチャルアイドルという潮流も忘れてはいけない。1日目に出演していた「えのぐ」、「GEMS COMPANY」、「まりなす(仮)」の3グループは、歌声や煽り、フォーメーションダンス、ステージ衣装といった点で、頭ひとつ抜けたパフォーマンスを見せつけていた。VTuberというと動画や配信がメインになりがちだが、ライブという「現場」を重ねて醸成してきたチームの力が如実に現れて、観客を圧倒して爪痕を残した。
そうした約3年かけて生み出されてきた多様な才能たちが、2日間の豪華なステージに凝縮されているわけで、これはもうVTuberライブの超王道と言っても過言ではない。
ニコニコ動画から脈々と続くネット文化
さらに言えば、「ニコニコ動画」のドワンゴがこのフェスをやっていることにも意義がある。
ボーカロイド、歌ってみた、踊ってみた、描いてみた、MMD、生主──。VTuberは2006年12月に突如として生まれたニコ動の文化と地続きになっており、タレントや制作チームにもニコ動で知られたクリエイターやそれを支えてきたスタッフがいる。2017年後半〜2018年前半頃も、ニコ動でのまとめ動画がVTuberの認知に大いに寄与していた。
例えば、ボーカロイドでは、既存曲が「歌ってみた」の題材として選ばれるだけでなく、kzさんの「Virtual to Live」をはじめ、ボカロPがVTuberにオリジナル楽曲を提供するケースも非常に多い。
今回のステージでも数多くのボカロ曲カバーが歌われていた。「シャルル」や「からくりピエロ」などでは、ステージに立つタレントの後ろでオリジナル動画を流す演出を入れ、その関係を色濃く演出していた。
2日目のアンコール、最後の曲が「メルト」というのも、そんな積み重ねてきた歴史の現れを感じた。2007年12月に投稿され、ニコ動の「課題曲」として多くの歌い手にカバーされたり、イラストやMMDなどの二次創作も数多く生み出してきた。
正直、ニコ動直撃世代にとっては懐メロ、20歳前後のVTuberファンにとっては小学生で耳にしたか上の世代が聴いていた曲……と感じたかもしれないが、14周年目で最先端のVTuberが歌うからこそ感じ取れる重みもある。それはまさにドワンゴの企業理念である「ネットに生まれて、ネットでつながる。」だ。
ニコ動に投稿していたクリエイターから生まれた「HoneyWorks」から、monaさんとLIP × LIPが出演した点でも歴史のつながりを感じさせる。monaさんが2日目冒頭で歌った「ファンサ」は数々のVTuberがカバーしてきた曲だが、今回、本家の生歌を初めて聴いたという方も多かったかもしれない。
1日目のバーチャル 中田ヤスタカさん、2日目の「ヴァーチャルドリカム」のMASADOさん・MIWASCOさんというビックネームをこの舞台に引き込んだのもドワンゴらしい。かつて「ニコニコ超会議2018」の「超音楽祭ステージ」でキズナアイさんと小林幸子さんが共演し、のちに「バーチャルグランドマザー小林幸子」として動画が投稿されたように、ここから新しいバーチャルの展開が生まれるかもしれない。
文化の広がりを集約し、自分が今まで知らなかったアーティストや楽曲に気づいて新しく好きになる──。だからフェスは面白くて、参加する意義があるのだ。
いいライブとは体が知っていて、現場にいると得てしてドキドキして体温が少し上がるもの。今回、アドレナリンが漲り、心と体が満たされて帰ったという参加者も多かったはず。
VTuberの新たな歴史の一ページとなる本イベントなので、未視聴の方はぜひタイムシフトで体験しておきたい。チケット価格はGoToイベントキャンペーン対象で、どちらか1日が4800円、2日間通しが9000円。チケット購入は2月28日まで、視聴期間は3月1日までとなっている。
(TEXT by Minoru Hirota)
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